上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第28話:“好き”の代償と、沈黙の夜

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火曜日。
出社してすぐ、空気が重かった。

「……聞いた?」
「クライアントからクレームだって」
「“社内恋愛を宣伝する企業とは取引できない”って」
「やばくない? あの動画が原因らしいよ」

(……そんな……)

机に着くと同時に、柊からの社内メッセージが届いた。

【至急:会議室C】

(課長……?)



会議室C。
扉を開けると、柊が窓際で腕を組んでいた。
表情がいつもより硬い。

「真由。座ってくれ」
「……はい」

一呼吸置いて、彼は静かに言った。

「クライアントの一社が契約延期を通告してきた」
「……やっぱり、あの写真のせいですか」
「ああ。“理想の上司シリーズ”が、恋愛目的の宣伝に見える、と」
「そんな……!」

柊が机の上の資料を差し出す。
SNSの分析レポート。
“理想の上司カップル”のタグがトレンド一位。
“社内恋愛ブランド”のイメージが急上昇。

「バズるって、必ずしもいいことじゃない」
「……課長」
「誠、だ」
「誠さん……どうするんですか?」
「ひとまず、俺が広報責任として前に立つ」
「そんな、私も関係者です」
「いや。お前は守る」
「またそれ……!」

真由が立ち上がる。

「“守る”って言葉、優しいけど、ずるいです!」
「……」
「一緒に始めたことなのに、いつも“私を守る”って理由で
 課長ばっかり前に出て!」
「前に出るのが、上司の仕事だ」
「私は“部下”じゃなくて、“恋人”です!」

沈黙。
会議室に響く心臓の音。

柊の指が、机の上で軽く震えていた。

「……すまない」
「謝らないでください。
 私、もう“隣に立てない恋”なんて、嫌です」

(言っちゃった……)



その夜。
真由は定時で退社した。
けれど、柊はまだ会議室にいた。

「……藤原は?」
成田が声をかける。
「もう帰りました」
「そっか。……あの二人、どうなるんだろうな」
美咲「彼、今“責任の取り方”を考えてる顔ね」
「まさか辞めるとかじゃないだろうな」
「……あの人、本気ならやりかねないわよ」



夜のオフィス。
照明が半分落とされた空間で、
柊はひとり、PCの前に座っていた。

画面には――退職願のテンプレート。

「……“責任を取る”って、こういうことじゃないだろ」
小さく呟いて、画面を閉じた。

代わりに開いたのは、X(旧Twitter)。
指が、迷いながらも打ち始める。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“恋”も“仕事”も、責任を取るって決めた。
 だから、どちらも手放さない。」



翌朝。
真由はその投稿を見つけた。

(……やっぱり、この人……)

会社に着くと、周囲の視線が変わっていた。
ざわめきの中、柊が現れる。
スーツ姿、いつもより少し疲れて見える。

「課長……いえ、誠さん」
「うん」
「昨日の投稿……見ました」
「後悔はしてない」
「私も、です」

彼がゆっくりと笑う。

「もう、隠すのはやめよう」
「……いいんですか?」
「“責任”は取る。
 でも、“恋”をやめる理由にはならない」

(……あぁ、やっぱりこの人、真っ直ぐだ)

真由は少しだけ微笑んだ。

「じゃあ、私も誠さんの隣で、ちゃんと責任取ります」
「……“共犯”の再契約だな」
「そういう言い方しないでください!」



昼休み。
社内チャットに新しいスレッドが立っていた。

【公式発表】
“理想の上司”プロジェクト継続決定。
テーマ:「信頼と恋の両立は、可能か?」

美咲「ほらね、話題は利用しちゃう方が早いのよ」
成田「さすが広報! 炎上を燃料に変えた!」
真由「もう……この会社、タフすぎる……」
柊「だが、俺たちもだろ」
「……そうですね」



夜。
二人で帰る。
ビルの外に出ると、冷たい風。

「……誠さん」
「ん?」
「昨日の言葉、もう一回聞いていいですか」
「どれだ?」
「“恋も仕事も手放さない”ってやつ」
「もちろん」
「……」
「俺は君が好きだ。
 だから、仕事でも恋でも、一緒に生きたい」

(また、反則)

真由は静かに手を伸ばす。
指先が彼の手に触れた。

「じゃあ、その責任……二人で、ちゃんと背負いましょうね」
「ああ」

ビルの灯りが二人を包む。
その沈黙は、決して重くなかった。
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