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《オペレーション・ラストソング》 X
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俺はすぐに「バビロン」の柏木さんの所へ向かった。
柏木さんは甲板にいて、マンロウと御坂が両側で護っている。
「柏木さん! 何があったんですか!」
「石神さん、あの空洞の下に誰かがいます!」
「何者ですか!」
「分かりません。ですが妖魔ではありません。波動が美しい」
「!」
それは!
「確実な感覚ではありません。ですが、今のロシアにこれほど美しい波動を持つ人間はそうはいないはずです。それで巨大な霊能も感じます! 石神さん、これは「タイニー・タイド」であるかもしれません!」
「なんですって!」
「邪悪な波動ではないのです! 是非、確認を!」
「分かりました!」
俺は再び飛んで、空洞に戻った。
ここに「タイニー・タイド」がいるのか!
諦めていた事態に、俺は歓喜しながら急いだ。
何としても「タイニー・タイド」を救いたい。
俺はこれが唯一にして最後の機会だと確信した。
「紅六花」は果敢に戦い、何とか妖魔の噴出を押さえていた。
俺は「虎王」を両手に握り、《星骸(せいがい)》を放った。
80%の妖魔が消える。
慎重に空洞を全て破壊せずに、技を放ったのだ。
残るのは穴の底にいるものだけだった。
俺はそのまま潜り、無数の妖魔を蹴散らしながら、空洞の底へ向かった。
「紅六花」が全員飛び込んで来て、六花とカリンが俺に並走する。
確かに柏木さんの言ったとおり、一人の老婆が空洞の底にいた。
妖魔たちとは明らかに雰囲気が違う。
小柄な身長で、髪が異常に長い。
ほとんど足首に届きそうで、その髪は全て白かった。
俺は「タイニー・タイド」の凄絶な半生をその髪の色から感じていた。
正面の顔は見えないが、恐らく深い苦悩の皺が刻まれていることだろう。
しかしその前に「ゲート」が開き、200体の《青い剣士》が出て来た。
やはり「業」はこれだけの数の《青い剣士》を排出出来るのだ。
そしてこれが限界とは考えない方がいい。
そうではあるが、数体しか出して来なかった所にこの数ということは、「タイニー・タイド」を何としても逃がそうとしているのだろう。
《青い剣士》が老婆を護るかのように取り囲んで行く。
《青い剣士》と入れ替わるように、老婆が「ゲート」に向かっていた。
《青い剣士》たちが老婆を逃がすために出て来たのは明らかだ。
「虎王」を握った俺には分かるが、老婆は妖魔ではない、明らかに人間だった。
しかも、「業」にとっては何としても死なせたくない人物なのだ。
ならば!
「待て!」
俺が止めると老婆が振り向いて言った。
英語だった。
「私にもこれは予言出来なかった」
「!」
「予言」と言った。
やはりあの老婆は!
六花とカリンが《青い剣士》と戦い出す。
周囲にはまだ膨大な妖魔もいたが、「紅六花」の連中がそちらに対応していた。
俺は不自然にはならないように会話した。
万一「タイニー・タイド」が俺たちに助けを求めない場合、彼女が裏切り者だと「業」に気付かせるわけにはいかない。
俺は何としても「タイニー・タイド」を救いたいのだが、「タイニー・タイド」はそれを望まない可能性も考えていた。
もう、この老婆こそが「タイニー・タイド」であることは間違いない。
だが「タイニー・タイド」は今も俺から逃げようとしている。
俺は無理矢理拉致する態で「タイニー・タイド」に言った。
「お前を連れて行く!」
「無駄だ。私はまだ「業」様に尽くさねばならん」
「待て!」
「イシガミ、お前は必ず「業」様に殺される。そのお前の顔を見ることが出来て良かった」
「!……」
俺は老婆に「救出に来た」とは言えなかった。
彼女は自分が「業」の傍にいる人間であること、そして「予言」という言葉を口にすることで、その正体を俺に伝えた。
だが「タイニー・タイド」は、やはり最期まで「業」の傍にいるつもりと分かった。
老婆はもう振り向きもせずに、「ゲート」を潜って行った。
俺は《青い剣士》たちを斃し、六花とカリンが「ゲート」を潰した。
戦闘は終わった。
「トラ、あの老婆は!」
「ダメだ、「殺せ」なかった」
「でも!」
俺は六花の口を押えた。
傍で俺と老婆の会話を聞いていた六花にも分かったのだ。
「ダメだったんだ。もうダメだったんだよ」
「トラ……」
戦闘が終了し、空洞の内部を調べた。
何かの幾何学模様と紋様が全体に刻まれていた。
あの北京の大空洞にも同様のものがあった。
そして空洞から伸びる隧道を見つけ、そこを辿ると少し離れた場所の屋敷に繋がっていた。
恐らくそこが、あの老婆のいた場所だったのだろう。
襲撃された場合、隧道を通って妖魔の密集する空洞へ逃げて「ゲート」で避難する。
そういう用意であったことが分かった。
屋敷は狭くは無かったが、ほとんど調度品が無い寂しいものだった。
ここで「タイニー・タイド」は一人で過ごしていたのだろう。
テレビも無く、娯楽の何も無かった。
ベッドと小さな木のデスクにテーブルと椅子、それに幾つかの棚とタンス。
服も数着しか無く、食器も少ない。
俺はその部屋を見て、やるせない思いが募った。
「タイニー・タイド」は何も楽しむことなく、何を考えて長い年月を過ごして来たのだろう。
残っていた食料品を見ても、あまりにも質素なものだった。
何も持ち出された形跡は無かった。
ここには最初から何も無かったのだ。
俺たちに何かの情報を渡さないためではない。
「無かった」のだ。
孤独だけなのだ。
一つだけあった。
デスクの引出しに、一冊の詩集が見つかった。
オーデンの詩集だった。
その詩集は表紙がボロボロになり、かがり糸も切れかかっていた。
「タイニー・タイド」が何千回も読んだのだろう。
そういう壊れ方だった。
それを手にして、俺は涙が出た。
「タイニー・タイド」は、これだけを残して去った。
そのことが無性に悲しかった。
もうこの後は破滅だけなのだ。
そう自分自身で決めて、ここに残して去ったのだ。
「タイニー・タイド」は救えなかった。
彼女は最期まで「業」の傍にいるつもりなのだ。
俺たちに拉致される振りさえしなかった。
まだやることがあるということなのだろう。
俺は《轟霊号》に戻った。
生存者の最後の集団を鷹が救い出した。
鷹は計画上の全ての生存者を救出した後にも、更に人間がいないか探し回っていたのだ。
そして見つけた。
俺はシベリアで活動していた全部隊を「紅六花」の応援に向かわせた。
「業」の反撃は続いたが、俺たちを脅かすようなものは来なかった。
《青い剣士》は全て撃破した。
今回は驚異的な力を持つ者はいなかったが、油断は出来ない。
《青い剣士》は戦場に出て、何かを積み上げている。
それはいずれ《刃》を遙かに超えるものとなるだろうことは、全員が分かっていた。
今は剣技の試行錯誤の途中なのだ。
アラスカでは救助者の収容で忙しくなっている。
結局4万人のロシア人を救うことが出来た。
動植物はもっと多い。
全ての作戦が終了した。
《オペレーション・ラストソング》は終わった。
もうロシアで歌を歌える者はいなくなった。
たった一人を除いて。
ただ、その一人は決して歌を歌わない。
そのことが無性に悲しかった。
俺は最も美しい歌を歌う者を救えなかったのだ。
《お前の顔を見ることが出来て良かった》
それが「タイニー・タイド」の最期の歌だったのだ。
柏木さんは甲板にいて、マンロウと御坂が両側で護っている。
「柏木さん! 何があったんですか!」
「石神さん、あの空洞の下に誰かがいます!」
「何者ですか!」
「分かりません。ですが妖魔ではありません。波動が美しい」
「!」
それは!
「確実な感覚ではありません。ですが、今のロシアにこれほど美しい波動を持つ人間はそうはいないはずです。それで巨大な霊能も感じます! 石神さん、これは「タイニー・タイド」であるかもしれません!」
「なんですって!」
「邪悪な波動ではないのです! 是非、確認を!」
「分かりました!」
俺は再び飛んで、空洞に戻った。
ここに「タイニー・タイド」がいるのか!
諦めていた事態に、俺は歓喜しながら急いだ。
何としても「タイニー・タイド」を救いたい。
俺はこれが唯一にして最後の機会だと確信した。
「紅六花」は果敢に戦い、何とか妖魔の噴出を押さえていた。
俺は「虎王」を両手に握り、《星骸(せいがい)》を放った。
80%の妖魔が消える。
慎重に空洞を全て破壊せずに、技を放ったのだ。
残るのは穴の底にいるものだけだった。
俺はそのまま潜り、無数の妖魔を蹴散らしながら、空洞の底へ向かった。
「紅六花」が全員飛び込んで来て、六花とカリンが俺に並走する。
確かに柏木さんの言ったとおり、一人の老婆が空洞の底にいた。
妖魔たちとは明らかに雰囲気が違う。
小柄な身長で、髪が異常に長い。
ほとんど足首に届きそうで、その髪は全て白かった。
俺は「タイニー・タイド」の凄絶な半生をその髪の色から感じていた。
正面の顔は見えないが、恐らく深い苦悩の皺が刻まれていることだろう。
しかしその前に「ゲート」が開き、200体の《青い剣士》が出て来た。
やはり「業」はこれだけの数の《青い剣士》を排出出来るのだ。
そしてこれが限界とは考えない方がいい。
そうではあるが、数体しか出して来なかった所にこの数ということは、「タイニー・タイド」を何としても逃がそうとしているのだろう。
《青い剣士》が老婆を護るかのように取り囲んで行く。
《青い剣士》と入れ替わるように、老婆が「ゲート」に向かっていた。
《青い剣士》たちが老婆を逃がすために出て来たのは明らかだ。
「虎王」を握った俺には分かるが、老婆は妖魔ではない、明らかに人間だった。
しかも、「業」にとっては何としても死なせたくない人物なのだ。
ならば!
「待て!」
俺が止めると老婆が振り向いて言った。
英語だった。
「私にもこれは予言出来なかった」
「!」
「予言」と言った。
やはりあの老婆は!
六花とカリンが《青い剣士》と戦い出す。
周囲にはまだ膨大な妖魔もいたが、「紅六花」の連中がそちらに対応していた。
俺は不自然にはならないように会話した。
万一「タイニー・タイド」が俺たちに助けを求めない場合、彼女が裏切り者だと「業」に気付かせるわけにはいかない。
俺は何としても「タイニー・タイド」を救いたいのだが、「タイニー・タイド」はそれを望まない可能性も考えていた。
もう、この老婆こそが「タイニー・タイド」であることは間違いない。
だが「タイニー・タイド」は今も俺から逃げようとしている。
俺は無理矢理拉致する態で「タイニー・タイド」に言った。
「お前を連れて行く!」
「無駄だ。私はまだ「業」様に尽くさねばならん」
「待て!」
「イシガミ、お前は必ず「業」様に殺される。そのお前の顔を見ることが出来て良かった」
「!……」
俺は老婆に「救出に来た」とは言えなかった。
彼女は自分が「業」の傍にいる人間であること、そして「予言」という言葉を口にすることで、その正体を俺に伝えた。
だが「タイニー・タイド」は、やはり最期まで「業」の傍にいるつもりと分かった。
老婆はもう振り向きもせずに、「ゲート」を潜って行った。
俺は《青い剣士》たちを斃し、六花とカリンが「ゲート」を潰した。
戦闘は終わった。
「トラ、あの老婆は!」
「ダメだ、「殺せ」なかった」
「でも!」
俺は六花の口を押えた。
傍で俺と老婆の会話を聞いていた六花にも分かったのだ。
「ダメだったんだ。もうダメだったんだよ」
「トラ……」
戦闘が終了し、空洞の内部を調べた。
何かの幾何学模様と紋様が全体に刻まれていた。
あの北京の大空洞にも同様のものがあった。
そして空洞から伸びる隧道を見つけ、そこを辿ると少し離れた場所の屋敷に繋がっていた。
恐らくそこが、あの老婆のいた場所だったのだろう。
襲撃された場合、隧道を通って妖魔の密集する空洞へ逃げて「ゲート」で避難する。
そういう用意であったことが分かった。
屋敷は狭くは無かったが、ほとんど調度品が無い寂しいものだった。
ここで「タイニー・タイド」は一人で過ごしていたのだろう。
テレビも無く、娯楽の何も無かった。
ベッドと小さな木のデスクにテーブルと椅子、それに幾つかの棚とタンス。
服も数着しか無く、食器も少ない。
俺はその部屋を見て、やるせない思いが募った。
「タイニー・タイド」は何も楽しむことなく、何を考えて長い年月を過ごして来たのだろう。
残っていた食料品を見ても、あまりにも質素なものだった。
何も持ち出された形跡は無かった。
ここには最初から何も無かったのだ。
俺たちに何かの情報を渡さないためではない。
「無かった」のだ。
孤独だけなのだ。
一つだけあった。
デスクの引出しに、一冊の詩集が見つかった。
オーデンの詩集だった。
その詩集は表紙がボロボロになり、かがり糸も切れかかっていた。
「タイニー・タイド」が何千回も読んだのだろう。
そういう壊れ方だった。
それを手にして、俺は涙が出た。
「タイニー・タイド」は、これだけを残して去った。
そのことが無性に悲しかった。
もうこの後は破滅だけなのだ。
そう自分自身で決めて、ここに残して去ったのだ。
「タイニー・タイド」は救えなかった。
彼女は最期まで「業」の傍にいるつもりなのだ。
俺たちに拉致される振りさえしなかった。
まだやることがあるということなのだろう。
俺は《轟霊号》に戻った。
生存者の最後の集団を鷹が救い出した。
鷹は計画上の全ての生存者を救出した後にも、更に人間がいないか探し回っていたのだ。
そして見つけた。
俺はシベリアで活動していた全部隊を「紅六花」の応援に向かわせた。
「業」の反撃は続いたが、俺たちを脅かすようなものは来なかった。
《青い剣士》は全て撃破した。
今回は驚異的な力を持つ者はいなかったが、油断は出来ない。
《青い剣士》は戦場に出て、何かを積み上げている。
それはいずれ《刃》を遙かに超えるものとなるだろうことは、全員が分かっていた。
今は剣技の試行錯誤の途中なのだ。
アラスカでは救助者の収容で忙しくなっている。
結局4万人のロシア人を救うことが出来た。
動植物はもっと多い。
全ての作戦が終了した。
《オペレーション・ラストソング》は終わった。
もうロシアで歌を歌える者はいなくなった。
たった一人を除いて。
ただ、その一人は決して歌を歌わない。
そのことが無性に悲しかった。
俺は最も美しい歌を歌う者を救えなかったのだ。
《お前の顔を見ることが出来て良かった》
それが「タイニー・タイド」の最期の歌だったのだ。
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