富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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《オペレーション・ゴルディアス》 Ⅵ : 接敵

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 先ほどまでの激甚な大地への破壊は既に終わっていた。
 暴風と激しい振動と共に、ロシアの広大な大地が泣き喚くかのような凄まじい光景だった。
 地上は身を捩り、荒れ狂い、激しく捲れ上がりながら崩壊して行った。
 無機物の大地が、明らかに「死んでいく」という思いで全員が見ていた。
 ここまでの大破壊が行なわれるとは、誰一人、想像だにしなかった。
 直接石神さんから説明を受けていたが、予想を遙かに超える大規模な破壊だったのだ。
 広大で起伏に富んでいたロシアが、一挙に平坦になってしまった。
 石神さんは、まさしく「ゴルディアスの結び目」を千々に切り裂いて行ったのだ。
 俺の隣にいた副隊長の伊庭が観測班の人間と相談して戻って来た。
 俺に観測結果を報告する。

 「御影隊長、全く驚きましたね」
 「ああ、本当にな」
 「これで生き残っている連中がいるなんて信じられません」
 「油断するな。必ず反撃はある。この中で残っているのは、間違いなく強敵だぞ」
 「はい」
 「あれだけの攻撃でも破壊出来なかった場所が44か所だ。そこは必ず相当なものだ」
 「そうですね」

 歴戦の兵士の伊庭が緊張しているのが分かった。
 態度には一切見せないが、伊庭も何かを感じているのは確かだ。
 それにしても、凄まじい破壊だった。
 かつてこれほどに広大な大地が破壊されたことは無い。
 かつてこれほどに徹底的に破壊されたことは無い。
 第三次世界大戦は核戦争だろうと以前は言われていたが、そうであってもここまでの破壊は無かっただろう。
 大地が奥深くまで捲れ上がり、蹂躙され、死滅させられた。

 「最後の審判か……」
 「え、なんですか?」

 俺の呟きを伊庭が聞きとがめた。

 「いや、どうもな。俺たちは神話の世界にいるのかもしれんな」
 「はい? あの、どういうことでしょうか?」

 伊庭は現実主義者だ。
 俺も夢想家ではないつもりだったが、これほどの光景を見せつけられては常識が壊れる。

 「いいさ。俺たちのやることは一つだ」
 「はい!」

 俺たちの《ジャガーノート》は最初の攻撃目標に向かっている。
 この艦には今、石神家の虎白さんと虎蘭さん、虎豪さんや虎水さんが乗っている。
 それに花岡家の斬さんも。
 石神家の剣聖の方々と斬さん、亜紀さんは遊撃のはずだったが、今は何の指示もないまま5人が俺たちの艦に乗っている。
 流石は戦場の流れを読む方々だ。
 この艦が向かう先にヤバいことがあるのを感じているのだろう。
 俺と伊庭はまだ何も感じていない。
 だが、虎白さんたちが来たということは、それほどの脅威が待っていると知った。

 その場所にもう間もなく到着するはずだった。
 俺たちものんびり構えてはおらず、石神さんに言われた通り、これまでの道程でも目に見える範囲を破壊している。
 死滅した大地に尚も攻撃しているのだ。
 部下たちは俺の命令を真剣に実行している。
 常に周囲数十キロが俺たちの攻撃で爆散し、崩壊して行く。
 その中で俺はこのロシアの大地がいつか甦ることがあるかと考えていた。
 しかしそういう考えは今は無駄だ。

 「目標は近い! 総員準備せよ!」
 『はい!』

 もう地図には意味が無かったが、以前にノヴォシビルスクがあった辺りだ。
 接近すると、さっきまでブリッジにいた石神家の方々と斬さんが甲板に出ていた。
 あの人たちは戦場の勘で何かが起きるのを察知することが出来る。
 まだ「霊素観測レーダー」などには何の反応も無い。
 でも、確実に大きな動きがあるのだ。
 俺は全部隊に告げ、各員の戦闘準備を進めた。
 全員が石神家の方々や斬さんが甲板に出ていることを知っていたので、即座に整えて行った。

 3分後、上空で哨戒していた「ウラール」から連絡が来て、妖魔の群れが噴出した。
 あれほどの凄まじい破壊の後で出て来た奴らだ。
 その理由は明白だった。
 次元を超えて逃れていたのだ。

 「「界離」が使われている! 《青い剣士》が出て来るぞ!」

 俺が全員に通達し、《ジャガーノート》の全砲門が開いた。
 妖魔の群れは30京以上だ。
 石神家の剣聖の方々が飛び出して行く。
 だが、それは妖魔の群れとは別な方向だった。
 だから俺は砲門を一斉射撃させ、大隊の連中は妖魔の群れに向かって攻撃を開始した。

 「御影隊長、剣聖の方々と斬さんはどこへ行ったのでしょうか」
 
 観測員の出光が俺に聞いて来た。
 そちらには何の「霊素」反応も無いのだ。

 「分からんよ。あの人らは特別な感覚で動いている。きっとあちらにとんでもねぇものがあるんだろう」
 「そうですよね」

 俺たちには分からない。
 だが、確実に何かがあるのだ。
 とにもかくにも、あの大規模な破壊攻撃の中で残っているのだ。
 尋常であるはずがない。
 ここからは、俺たちに理解出来るものでも、「霊素観測レーダー」で捉えられるものでもないのだ。
 以前に御堂総理が言っていたと、亜紀さんから聞いた話を先ほどから思い出していた。

 今の時代は「神話」の時代なのだと。

 ならば、俺たちの戦場は人間の戦いではないのかもしれない。
 俺たち自身も「花岡」や石神家の剣技を学び、人間以上の力を手にしている。
 その上で、石神家の剣聖や斬さんは飛び抜けている。
 石神さんに至っては、もう計り知れない力を持っている。
 そして「業」の力も途轍もない。
 これほどの破壊をロシアに仕掛けて置いて、まだ「業」が死んだとは全く思えないのだ。
 もちろん、今も目の前に「業」の攻撃と思われる敵が現われている。
 やはり、まだ「業」は生きているのだ。
 とにかく、今は目の前の敵を殲滅するしかない。

 「《ジャガーノート》の砲撃を潜り抜ける奴がいたら、全て斃せ!」

 《ジャガーノート》の「オロチストーム砲」は膨大な数の妖魔を次々に減じている。
 俺たちは回り込んで来る敵を撃墜していった。
 以前の数兆の敵に右往左往していた俺たちではない。
 どんな膨大な数で来ようと、着実に対処できる戦力を持つようになった。
 だが、それでも尚驚異的な敵はいるだろう。
 「業」は決して甘い男ではないのだ。
 しかし、それでも俺たちには不安も迷いも無い。
 「虎」の軍は、突き進むだけだ。
 この《オペレーション・ゴルディアス》は、ロシアに存在する全てを破壊するのだ。
 敵もそうでないものも、全て。

 壮絶な破壊の最中に俺は夢を見ているような錯覚に襲われた。
 これは果たして「戦争」なのだろうか。
 何と敵対し、何が勝利になるのだろうか。

 無数の妖魔が駆逐されて行く。
 部下たちは雄々しく応戦している。
 誰も迷ってはいない。
 俺ももちろん、そうだ。
 だが、余りにも「人間」の範疇を超えた戦いの中にあって、俺は自分が何者なのかを見失いそうになる。

 (石神さん……)

 あの人の美しい顔が思い浮かんだ。
 それだけが、俺を戦いに繋ぎ止めているものだ。
 この戦いが何であろうと、俺はあの人のために戦うのだ。
 若き日にあの人を知ったあの時から、ずっと俺はそう望んで来た。
 あの人の命令で戦い、進み、あの人の御前で死ぬ。
 それだけの道を歩んで来た。
 この戦いがその果てにあることを思い出す。

 「総員! 全てを破壊せよ!」

 俺の号令で、一層部下たちが動き出す。
 みんな、俺と同じ思いなのだ。

 「石神高虎のために!」
 『石神高虎のために!』

 響き渡る雄叫びが、戦場を駆け抜ける。
 



 俺たちは「虎」なのだ。
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