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緑子

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 ものすごい美少女が生まれた。
 さすがの俺も見たことがない。
 SNSや動画コンテンツに挙げれば、間違いなくバズりまくり、世界中に拡散するだろう。

 「タカサンタスケテ」
 「バカ! 喋るな! 大事なとこなんだ!」
 皇紀は涙目だ。
 それがまたゾクゾクする。
 双子は呆けて見上げている。
 亜紀ちゃんは大笑いをしている。
 俺と緑子は言葉を喪っていた。

 女性では辿り着けない、アヤカシの領域だ。
 やってはならんことをやった結果、俺たちは時空を超えた何かを観た。
 俺はキャノンの一眼レフをダッシュで取りに行き、フラッシュを焚き続ける。
 寝室の心室のリャドの『カンピン夫人』の絵の前に引っ張っていくが、リャドが霞む。

 「アアッー、待て!」

 皇紀がウィッグを自分でかなぐり捨てるまで、撮影は進んだ。


 午後は、地下の音響ルームで、緑子が出演したドラマをみんなで見る。
 やめてよ、やめてください、と繰り返す緑子を皇紀と双子が押さえ込み、俺たちはドラマを楽しんだ。
 「なんで、こんなの観るのよぅ!」
 「お前が毎回俺に連絡してきて、いつも最高画質で録れって言ってたじゃないか」
 ドラマは好評でシリーズ化した、芸者が事件を解決していくミステリーものだ。
 緑子は主演の芸者の後輩という設定で、気風のいい若い芸者という役だ。

 事件を追いかける主役に警察が「邪魔だ」と詰め寄るシーンがある。
 そのとき緑子扮する若い芸者が言う。
 『あんたたちねぇ! 姐さんのお蔭でこれまで幾つも事件が解決したのを忘れたの!?』
 そう啖呵を切る。

 「お前、演技してねぇよな。そのままじゃねぇか」
 「うっさいわよ! みんな褒めてくれたんだから!!」
 子どもたちが笑った。
 ドラマが終わって、最後のスクロールに緑子の名前が出る。
 「あ、あった!」
 亜紀ちゃんが叫んで、双子が大喜びする。
 「はぁ、緑子さんって、やっぱりお綺麗ですよねl
 亜紀ちゃんがそう言うと、緑子は照れていた。
 「そりゃ、一応私は女優ですからね!」

 その後、ずっと双子が緑子に張り付いて、遊んでもらった。


 今日は泊まってもらうのだと言うと、みんな喜んだ。
 皇紀だけが、ちょっと後ろに下がった。
 夕食は、フレンチのフルコースを作った。
 亜紀ちゃんにももちろん手伝ってもらう。
 フォンは事前にとっていたし、下ごしらえは済んでいたので、それほど時間はかからない。
 緑子も手伝うと言ってくれたが、お客さんだから座ってもらった。
 最初にホワイトアスパラガスの前菜。
 コーンスープ。
 カニとカラスミのマリネ。

 「なによ、この野菜の盛り付け!」

 立体的に飾り包丁を入れた盛り付けに、緑子が叫ぶ。
 「あんたって、なんでいつも殴りたくなるのよ」
 「お前、言ってる意味がわかんないよ」

 亜紀ちゃんにはもう手伝うこともないので、座ってもらう。
 「あ、このソースの模様って、伊勢丹で見た!」
 「お姉ちゃん、なにそれ」
 皇紀が尋ねると亜紀ちゃんは動揺した。
 「な、ナンデモナイデス」
 自分だけフレンチを食べたというのは、気が退けるのだろう。
 「デートか?」
 緑子が突っ込むと、亜紀ちゃんは真っ赤な顔で否定していた。

 メインのシャトーブリアンを出すと、子どもたちは分かりすぎるほど悲しい顔をする。
 量が少ないのだ。
 肉の鬼たちにとって、これは受け入れられないのだろう。
 亜紀ちゃんまで「え、これだけ」という顔をしてた。
 だが、一口食べて、みんなの表情が変わる。
 こういう、味わっただけで満足する料理もあることを知る。
 玻璃が言った。
 「もうちょっと欲しいな……」
 「お前、台無しだよ……」

 グルニエのバゲットは、あっという間になくなった。
 いつもと量的にはそれほど変わらないはずだが、ゆっくりと食べたためか、みんな充足感を味わっていた。
 まあ、バゲットをたらふく食った。
 デザートにシャーベットを出すと、双子が喜んだ。
 レモンの芳香が口の中をさっぱりとさせる。
 「まあまあ、美味しかったわ」
 緑子に合格点をいただいた。

 「皿まで舐めてくれてありがとう」
 「舐めてないわよ!」
 子どもたちが笑った。



 風呂に入り、緑子は亜紀ちゃんと双子の部屋に行き、それぞれ遊んでくれた。
 皇紀の部屋にも入ろうとしたが、また今度、と追い出されてしまった。

 みんなが寝付いて、俺と緑子は食堂で軽くワインを飲んだ。
 今日の礼を言い、また是非時間があったら来て欲しいと頼んだ。
 しばらく話して、俺たちも自室へ下がった。


 俺が本を読んでいると、ドアが小さくノックされる。
 開くと寝巻きの緑子がいた。

 「お礼をしなさいよ」
 「……」

 緑子が俺を押して部屋に入ってくる。
 軽い力だったが、俺は後ろに動いた。

 「お前とは清い仲でいようと言っただろう」
 「もう三回したじゃない」
 した。
 「子どもたちもいるんだ」
 「声は出さないから」


 「お礼をしなさいよ」


 うつむいて呟く緑子を、俺は抱きしめた。

 朝食をワイワイ食べ、昼前に緑子は帰った。
 送っていくと言う俺を制して、タクシーを呼んだ。

 「また来るからね」

 緑子は子どもたちに手を振りながら、俺を見つめて言った。
 昨日よりも、緑子は美しかった。
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