富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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一色六花

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 六花は、俺を見かけると挨拶するようになった。
 いや、挨拶はみんなしてくれるのだが、六花の挨拶はまず正面に立ち、腰を90度に曲げる。

 「石神先生、こんにちは!」
 とやってくる。
 以前は
 「チィース!」
 だったから、マシになった。

 レディースにいたことはすぐに分かった。
 俺が高校時代に暴走族にいたことを話してやると、飛び上がって喜んだ。

 「自分みたいな人間が、石神先生と接点があるなんて!」
 「いや、若い頃は、悪くていいんだよ」
 「ほんとうっすか? それで、私はいつ抱かれても……」

 大体それで俺が頭に拳骨を落として、俺たちの会話は終わる。



 ある時、食堂で一緒になり、俺は六花を自分の前の席に誘った。
 その後の小児科での働きを知りたかったのだ。
 六花は美しい顔で嬉しそうに笑った。
 少々眩しかった。
 六花の心底からの喜びが伺えたからだ。

 「最初は戸惑ってばかりでした。話しても通じないガキばかりで、ほとほと困っていました」
 「うん」
 「でも、あるときキレて、本気で怒鳴って説教したんです」
 「ああ」
 「その子は泣き出したんですが、私が困って慰めてやって。そうしたらちょっとずつ言うことを聞くようになりました」
 「そうか」

 「石神先生、あれで良かったんでしょうか」
 「だって、良くなったんだろ?」
 「はい、それはそうなんですが」
 「だったら良かったんだろうよ」
 「はぁ」

 六花はよく分からないようだった。

 「お前さ、その時患者を抱きしめてやったろう?」
 「え、はい、そうしたと思います」
 「大人の患者は理性があるからな。でも子どもはそうじゃねぇ。突然親とも離されて、寂しくて不安でしょうがないんだよ。」
 「ああ、前に先生の小児科講義でもそういうことをおっしゃっていましたよね」

 「うん。子どもが反抗する、暴力をする、物を壊す、それは、寂しさと不安を紛らわせる行動なんだ。悪いことをすれば、自分にかまってもらえる。だからだよ」
 「……!」
 「六花、お前はかまってやり、そして抱きしめて愛情を示してやった。だから言うことをきくようになった、ということだ」

 「はぁ、石神先生はすごいですねぇ」
 「そうかよ」
 「はい、抱かれたいです」
 「お前なぁ。お前みたいな超絶美人に言われたら、普通の男は襲ってくるぞ?」
 「は、え? 私って美人ですか?」

 六花は恥ずかしがってもない。
 単純に驚いている。

 「お前の美的感覚って、どうなってんだよ」
 呆れて俺が言う。

 「すいません。でも、こんな毛唐のようなツラなんて、気持ち悪いだけでしょう」
 「そうかよ。まあ、お前がそう思ってんのなら別にそれでいいけどな」
 「でも石神先生が美人だっていうなら、どうか自分を……」
 「黙れ!」



 小児科で暴行事件が起きたと聞いた。
 見舞いに来ていた患者の親が、自分の子どもに暴力を振るった。
 駆けつけた六花が子どもに覆いかぶさり、患者に怪我はなかった。
 親は取り押さえられ、愛宕署に連行されている。
 酒に酔っていたとのことだった。
 あとで詳しい話が警察から聞けるだろう。

 レントゲンの結果、六花は肋骨が折れ、左上腕にヒビが入っていた。
 MRIをと言うのを、頭は蹴られなかったと言い、断った。
 高価な検査費用を遠慮したのだろう。
 あいつ、もしかして自分で払うと思ってんのか?

 俺は小児科長に断って、処置室で休む六花を見舞った。

 「お前はなんか、この部屋が似合うな」
 俺の冗談に六花は笑った。
 「自分、ここには深い思い出があります」
 俺も笑った。

 「お前、よく暴力を振るわなかったな」
 「いえ、子どもを守らなきゃって、そればっかで」

 こいつは変わったのだろう。
 自分がダメで、どうしようもないという不安と、認められないという怒りを、六花は暴力で発散していた。
 その才能があったことが裏目に出て、彼女は暴力に染まっていった。
 しかし、その根源では、優しい人間だった。
 チームが最大規模に膨れ上がったと聞いたことがあるが、それは力での支配ではなかったのだろう。
 きっと六花を慕って、同じような少女が集まったのだろうと思う。

 六花は今、居場所を得て、自分をちゃんと見てくれる人間の存在を知った。
 だから六花は変わった。
 なんのことはねぇ。反抗するガキとおんなじじゃねぇか。
 でも、それで本当の六花の優しさ、勇気が表に出て来た。






 良かったな、六花。
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