富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
278 / 3,202

バレンタインデーの出来事

しおりを挟む
 院長室に呼ばれた。
 「石神、入ります!」

 今日は珍しく、最初からソファに座っていた。
 既に、俺の分のコーヒーが置いてある。

 「おう! 入れよ。わざわざすまんな」

 初めてのパターンだ。
 「わざわざすまん」だってぇ?

 「院長、どこかご病気ですか?」
 「何を言ってるんだ。石神はいつも面白いなぁ。アッハハハ!」
 「……」
 なんだ、こいつ。

 「うん、どころでね。アレなんだが」
 「なんですか」
 「いや、ほら、来月はバレンタインデーじゃないか」
 「そうですね」
 「ほら、コーヒーを飲みなさい」
 「何か入ってますか?」
 「いいから飲めぇ!」

 1分で崩壊した。
 俺に下手に出ても無駄だと分かったのだろう。

 「いいか、前の俺はどうかしてた」
 「だからなんですか!」
 「バレンタインデーを復活する!」
 「ちょっと、あれだけ約束したでしょう!」

 「うるさい! 黙れ!」
 お前が呼んだんだろう。

 「いいか、これは人間的な交流を妨げる悪法だった。俺はお前に騙されて間違った判断を下した! 間違ってるんだから、それは正さねばならん!」
 「何言ってんですか。人間的交流に不味いから辞めたんでしょう」
 「いや、好きな相手に気持ちを伝える、重要な行事だ」
 「数百ももらったら大変ですよ!」
 「去年までずっと、俺は妻からしかもらってない」
 「その一枚でいいでしょうが」
 「お前!」

 「他の女に好きだと言われたいってことですか!」
 「女はどうでもいい」
 「じゃあ一体何が」
 「俺はチョコレートが大好きなんだぁ!」
 言い切りやがった。

 「そんなもの、自分で幾らでも買えばいいじゃないですか」
 「女性からもらうのが好きなんだ!」
 「女はどうでもいいんじゃ?」

 院長の息が詰まる。
 肩で息をしている。
 そんなに頑張って言うことがこれか。

 「院長、どうせもらっても「勘違いしないで」とか「別に好きじゃありませんが」とかって書いてあるでしょう?」
 「どうしてお前がそれを知ってるんだ?」
 「だって俺が指示してますから」

 「お前がアレを書かせていたのかぁ!!!」

 「そうでもしないと、誰も院長にチョコを渡さないんですから。しょうがないでしょう!」
 「お前ぇー!」

 俺たちは掴み合いの寸前だった。


 「とにかく、バレンタインデーはやるからな!」
 「じゃあ、一つだけ条件を言わせていただきます」
 「なんだ」
 「俺宛のチョコレートはすべて院長室に持ってくるようにしてください」
 「どういうことだ?」
 「冗談じゃないですよ。全部院長が引き受けて下さい」

 「それだけでいいのか?」
 「結構です」

 「お、俺が貰ってもいいの?」
 「むしろ、こちらからお願いします」



 
 バレンタインデー当日。

 「はい! タカトラ、これもらってください!」

 今日の響子は、パジャマではない。
 可愛いサテンの上下に白いフリルのたくさんついた服を着ている。
 俺にかわいらしい包みをくれた。
 ゴディヴァだ。

 「響子、ありがとう。嬉しいよ」
 「エヘヘヘ」

 響子が笑っている。

 「すいません。私からもこれを」

 六花が響子よりも一回り小さなゴディヴァのチョコをくれた。
 きっと六花が響子の分も買ってきたのだろう。
 六花にとって、高級チョコレートといえば、ゴディヴァってことか。

 「ありがとうな」

 俺は響子と六花の頬にキスをした。

 栞からはピエールマルコリーニの綺麗なチョコレートをもらった。

 「わざわざ、すいません」
 「こういうのは大事だからね!」

 頬にキスをした。

 宅急便で大阪の風花から、また緑子からも届いた。
 どちらも電話でお礼を言う。
 二人とも元気そうだ。
 御堂の娘、柳からも届く。
 澪さんのものも一緒だった。
 手作りチョコだった。

 「柳! 久しぶりだな」
 「あ、石神さん!!!」
 「届いたぞ。悪いな、俺なんかにまで」
 「何言ってんですか! 石神さんだけですよ!」
 「御堂にだってやったんだろ?」

 「お父さんはチロルチョコです」
 「ほんとかよ」

 別途御堂にも電話した。
 たっぱり手作りチョコだったようだ。
 澪さんにも礼を言ってくれと頼んだ。

 「先週から、澪と二人で大騒ぎだったよ」
 御堂が笑って言っていた。
 まあ、本当に嬉しい。




 売店の前を通り過ぎようとして、ふと気になった。
 響子の部屋へ行く。
 響子は眠っている。

 「おい、響子は自分のチョコレートを買ってないか?」
 「ああ、石神先生と同じものを買って欲しいと言われましたので。あ、報告してませんでした。申し訳ありません」
 「いやいい。それよりも、売店に行って響子が買い物してないか確認してきてくれ」
 「は、はい。すぐに行きます!」

 すぐに六花が戻って来た。

 「石神先生のお考えの通りでした。先週にバレンタインデーで使うからって、また5箱も棒雨とかを買ってます」

 「……」




 俺たちは、あの倉庫へ行った。
 すぐに、響子の買った飴や甘い菓子が見つかった。

 「あいつ、段々悪知恵が働くようになったな」
 「まだ石神先生には全然かなわないから、大丈夫ですね」
 「お前、殴るぞ」
 「殴ってから言わないで下さい」
 六花が頭を押さえている。

 俺たちはバットとミットを用意した。
 一江がクラッカーを持っていたのでもらう。
 廊下にそれらを置き、病室には段ボールを開いて床に置いた。
 響子がモゾモゾし出した。

 「タカト……」

 青ざめる。

 「ちょっと来い!」
 俺は廊下へ六花を引っ張っていった。
 「お前! 二度も失敗しやがってぇ!」
 「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
 バットでミットを殴り、床を足と手で叩く」

 「私ももう我慢できません! 一緒に死んでください!」
 六花がクラッカーを鳴らした。

 「きょ、きょうこ! に、にげろ!」

 「りっかぁー! 殺すなら私もいっしょにー!」

 響子が飛び出して来る。
 俺と六花は肩を組んでニッコリと笑った。
 響子は大泣きだった。
 散々説教した。

 「いいか、俺と六花の信頼を喪ったら、お前は別な病院へ移すからな」

 さっきよりも大泣きする。

 「タカトラー、ごめんなさいー!」






 院長から呼ばれた。
 「石神、俺が間違ってた」

 院長室には十以上もダンボールが積み上がっていた。
 「だから言ったじゃないですか」
 「すまん」
 「これ喰ったら、来年はもう院長はいませんね」
 「だから、すまんと」

 響子の大量買いに、院長室の大量のチョコレート。
 うちのピラニアたちに喰わせてもいいが、さすがに身体を壊す。

 五箱を「紅六花」のタケ宛に送った。
 斬のじじぃにも五箱。
 嫌がらせだ。
 岡庭くんに一箱。
 女子プロの連中が喰うだろう。
 俺と院長が一箱ずつ。
 便利屋に一箱。
 あいつなら一人で喰っても大丈夫だろう。

 大体裁けそうだが、仕訳が大変だった。
 カードや手紙は丁寧に抜いていく。
 もちろん、院長にも手伝って貰う。
 顔中に汗をかいて、一生懸命にやる姿が、ちょっとだけ痛々しかった。









 院長宛のものは、一つも無かった。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

処理中です...