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愛の罪
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「結局、アレはなんだったの?」
食後に子どもたちを風呂に入れ、部屋に行くように言った。
リヴィングのテーブルで、栞が俺に問う。
「花壇が原因のようですね。院長のあの不思議なエネルギーが、生命に作用するのは分かってます。それを双子がゴキブリ育成に使ったんですね」
「うわぁ」
栞は想像して気持ち悪がった。
「予想以上の効果があったようです。多分、まだ俺に説明しきれていないこともあるんでしょうが」
「どうしてそう思うの?」
「「花岡」が効かなかったじゃないですか」
「ああ!」
「俺も「虚震花」を放ちましたが、他のゴキブリは霧散しましたけど、あの金属のような大型は何の影響もありませんでした」
「私も使ったけど、そうだったよね」
俺は廊下に出て、誰もいないことを確認した。
山田錦の「光明」を出す。
グラスに注いで、栞の前に置いた。
「ブリガディアも効きません」
「ああ、使っちゃったよね。子どもたちは大丈夫かな」
「まあ、見えないようにはしましたが、音はどうしようもないですね。緊急のことだったので、仕方ありません」
「うん」
「ナイフも、クザン・オダでなければ危なかったですね。普通のものではナイフもへし折れていたでしょう」
俺が若い時に、特注で作ったものだ。
鍛造を極めたナイフ職人である、クザン・オダに、最高のナイフを作ってもらった。
鋼鉄も引き裂く硬度を持っている。
「ただ、外骨格は相当硬いですが、内部はそれほどでもないようで。物理的に振動を与えると、大人しくなりました」
「じゃあ「螺旋花」なら有効かな」
「分かりませんね。実験はしてみますが、もしかしたら」
「えー! じゃあ殺しようが無いじゃない」
「あの外骨格には、粘液が回ってます。それが衝撃を滑らせるようになってますね。だから真上からの尖ったものでの攻撃しかないでしょう」
「「螺旋花」の超振動も流されるかも?」
「そういうことですね」
「おじいちゃん、大丈夫かなー」
「それは大丈夫でしょう。あれはバケモノですからね」
「でも、「花岡」が効かないんでしょ?」
「俺でも殺れたんですから。斬のじじぃだって、なんとかしますよ」
俺は斬に、「花岡」無効の用意があることを知らせるために送った。
もちろん、こちらの制御下にはないが、斬はそれは知らない。
抑止力のつもりだ。
栞は肉親への愛はあるが、俺の味方でいてくれる。
きっと斬には黙っていてくれるだろう。
「双子ちゃんは、どうしてあんなものを作ったのかな」
「俺のためですよ」
「え?」
俺は自分と栞のグラスに、「光明」を注いだ。
「あいつらが考えているのは、いつだってそれです。学校を支配するのも、巨額の金を作るのも、「花岡」を極めるのも。全部俺を守るため、俺のために役立つことしか考えてません」
「そうか」
「今回のことだって、聞かなくたって分かります。強い生物を作って、俺を守るために利用できたら、と考えたんでしょう」
「でも、いくらなんでもゴキなんて!」
俺は笑って言う。
「あいつらも動物が好きですからね。犬や猫での実験はイヤだったんじゃないですか? まあ、ゴキブリで成功したら、次の段階に進んだでしょうけど」
「「花岡」を防ぐ生物を作ろうとしたってこと?」
「そこまでは考えてなかったでしょう。これは偶然ですよ。あいつらだって知らなかったに違いない」
「あの残ったのはどうするの?」
「ああ、もちろん実験しますよ」
「どこかの研究施設?」
「それは不味いですよね。表沙汰にはできません。俺たちがタダじゃ済みませんよ」
生物兵器の開発は、恐ろしい闇に繋がっている。
「じゃあ」
「あの三人にやらせます」
「エェッー!」
俺は口に指をあて、静かにするように伝えた。
「俺の制御下に置きますから、大丈夫ですよ。とにかく大きな目標は二つ。一つは、あれを殺す手段。もう一つは、あれの開発が可能なのかを調べること。後者は慎重にいきますけどね」
「大丈夫なの?」
「出来てしまった技術は、制御しなければなりません」
「失敗して世界中が無敵ゴキに襲われないようにしてね!」
俺たちは静かに笑った。
「新たな育成は、恐らくやりませんよ。あんなゴキブリに手間取るんですから。制御を知るだけです」
「ならいいけど」
すっかり遅くなった。
俺は栞を送っていった。
俺が手を繋ぐのを嫌がるのを知っていて、栞は腕を絡めてきた。
家の前で、軽いキスをする。
「じゃあ、また明日」
「今日はいろいろご迷惑をおかけしました」
「いいの。石神くんのためならって思うのは、子どもたちだけじゃないのよ」
「ありがとうございます」
帰り道。
俺は疲れを感じていた。
忙しいゴールデンウィークだったが、最後にトドメが来た。
≪おのれと愛の羅(あみ)に誑かされ、悪行を作りて、いま悪行の報いを受くるなり≫
『往生要集』の一節が浮かんだ。
愛は美しいだけのものではない。
すべての「力」の根源だ。
子どもたちを守らなければならない。
俺は堅く誓った。
食後に子どもたちを風呂に入れ、部屋に行くように言った。
リヴィングのテーブルで、栞が俺に問う。
「花壇が原因のようですね。院長のあの不思議なエネルギーが、生命に作用するのは分かってます。それを双子がゴキブリ育成に使ったんですね」
「うわぁ」
栞は想像して気持ち悪がった。
「予想以上の効果があったようです。多分、まだ俺に説明しきれていないこともあるんでしょうが」
「どうしてそう思うの?」
「「花岡」が効かなかったじゃないですか」
「ああ!」
「俺も「虚震花」を放ちましたが、他のゴキブリは霧散しましたけど、あの金属のような大型は何の影響もありませんでした」
「私も使ったけど、そうだったよね」
俺は廊下に出て、誰もいないことを確認した。
山田錦の「光明」を出す。
グラスに注いで、栞の前に置いた。
「ブリガディアも効きません」
「ああ、使っちゃったよね。子どもたちは大丈夫かな」
「まあ、見えないようにはしましたが、音はどうしようもないですね。緊急のことだったので、仕方ありません」
「うん」
「ナイフも、クザン・オダでなければ危なかったですね。普通のものではナイフもへし折れていたでしょう」
俺が若い時に、特注で作ったものだ。
鍛造を極めたナイフ職人である、クザン・オダに、最高のナイフを作ってもらった。
鋼鉄も引き裂く硬度を持っている。
「ただ、外骨格は相当硬いですが、内部はそれほどでもないようで。物理的に振動を与えると、大人しくなりました」
「じゃあ「螺旋花」なら有効かな」
「分かりませんね。実験はしてみますが、もしかしたら」
「えー! じゃあ殺しようが無いじゃない」
「あの外骨格には、粘液が回ってます。それが衝撃を滑らせるようになってますね。だから真上からの尖ったものでの攻撃しかないでしょう」
「「螺旋花」の超振動も流されるかも?」
「そういうことですね」
「おじいちゃん、大丈夫かなー」
「それは大丈夫でしょう。あれはバケモノですからね」
「でも、「花岡」が効かないんでしょ?」
「俺でも殺れたんですから。斬のじじぃだって、なんとかしますよ」
俺は斬に、「花岡」無効の用意があることを知らせるために送った。
もちろん、こちらの制御下にはないが、斬はそれは知らない。
抑止力のつもりだ。
栞は肉親への愛はあるが、俺の味方でいてくれる。
きっと斬には黙っていてくれるだろう。
「双子ちゃんは、どうしてあんなものを作ったのかな」
「俺のためですよ」
「え?」
俺は自分と栞のグラスに、「光明」を注いだ。
「あいつらが考えているのは、いつだってそれです。学校を支配するのも、巨額の金を作るのも、「花岡」を極めるのも。全部俺を守るため、俺のために役立つことしか考えてません」
「そうか」
「今回のことだって、聞かなくたって分かります。強い生物を作って、俺を守るために利用できたら、と考えたんでしょう」
「でも、いくらなんでもゴキなんて!」
俺は笑って言う。
「あいつらも動物が好きですからね。犬や猫での実験はイヤだったんじゃないですか? まあ、ゴキブリで成功したら、次の段階に進んだでしょうけど」
「「花岡」を防ぐ生物を作ろうとしたってこと?」
「そこまでは考えてなかったでしょう。これは偶然ですよ。あいつらだって知らなかったに違いない」
「あの残ったのはどうするの?」
「ああ、もちろん実験しますよ」
「どこかの研究施設?」
「それは不味いですよね。表沙汰にはできません。俺たちがタダじゃ済みませんよ」
生物兵器の開発は、恐ろしい闇に繋がっている。
「じゃあ」
「あの三人にやらせます」
「エェッー!」
俺は口に指をあて、静かにするように伝えた。
「俺の制御下に置きますから、大丈夫ですよ。とにかく大きな目標は二つ。一つは、あれを殺す手段。もう一つは、あれの開発が可能なのかを調べること。後者は慎重にいきますけどね」
「大丈夫なの?」
「出来てしまった技術は、制御しなければなりません」
「失敗して世界中が無敵ゴキに襲われないようにしてね!」
俺たちは静かに笑った。
「新たな育成は、恐らくやりませんよ。あんなゴキブリに手間取るんですから。制御を知るだけです」
「ならいいけど」
すっかり遅くなった。
俺は栞を送っていった。
俺が手を繋ぐのを嫌がるのを知っていて、栞は腕を絡めてきた。
家の前で、軽いキスをする。
「じゃあ、また明日」
「今日はいろいろご迷惑をおかけしました」
「いいの。石神くんのためならって思うのは、子どもたちだけじゃないのよ」
「ありがとうございます」
帰り道。
俺は疲れを感じていた。
忙しいゴールデンウィークだったが、最後にトドメが来た。
≪おのれと愛の羅(あみ)に誑かされ、悪行を作りて、いま悪行の報いを受くるなり≫
『往生要集』の一節が浮かんだ。
愛は美しいだけのものではない。
すべての「力」の根源だ。
子どもたちを守らなければならない。
俺は堅く誓った。
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