438 / 3,202
四度目の別荘 XII
しおりを挟む
「良かったですね、小アベルさん」
亜紀ちゃんが言った。
「そうだな。今でも同じ店で働いてるよ」
「タカさんは、その後もお店に行ってるんですか?」
「年に一度くらいな。顔を見に行っている。手紙も来るし、盆暮れには何か送ってくれるしなぁ」
「そうなんですか! 気づきませんでした。でも、ユキさん? 小アベルさん?」
「いや、本名だよ。別にいいじゃないか」
「いえ、でも」
「あいつが本名で送るってことは、一人の人間として立ってるという証だ。自分の本源に立っている、というな。それはユキでも小アベルでもない。裸一貫の人間としてだ。他にあんまり知られたくはないだろうよ」
「なるほど」
「まあ、亜紀ちゃんならいつか一緒に行ってみるか?」
「はい! 是非お願いします」
「石神先生、私も一緒に」
「なんでだよ。お前そういう店って興味ねぇだろう?」
「いえ、鬼棒を拝見したく」
「もう出してねぇよ!」
みんなが笑った。
響子が眠そうだ。
「いったん解散するか。残りたい奴は自由にやってくれ」
俺は響子を寝かせた。
六花は当然のように俺のベッドにいる。
眠った響子を見ながら、俺に自分の後ろで寝ろと指さす。
パジャマの下をずり下ろした。
「俺はもうちょっと飲むから、響子を頼むぞ」
目に涙を溜めて、六花は頷いた。
泣くほどかよ。
俺が屋上に戻ると、亜紀ちゃんが一人でいた。
俺を見てニッコリと笑う。
「タカさん、星がきれいです」
俺は笑って座った。
「皇紀と双子は寝たのか」
「はい。あの子たちはいつも早く寝ますんで」
「亜紀ちゃんもそうなんじゃないのか?」
「私は梅酒会とかいろいろ深夜の行事がありますから」
「なんだよ、それは」
俺は笑った。
俺たちはしばらく、夜空の星を眺めた。
「鬼愚奈巣って、本来は白鳥座のことなんだよな」
「へぇー、そうなんですか」
俺は北天の星を教えてやる。
「一番輝いているのが「デネブ」というな。その星と、琴座のベガ、鷲座のアルタイル。この三つが有名な「夏の大三角」だ」
俺は指で示してやる。
「はぁー」
「白鳥座は、天の川に翼を広げて飛んでいるからな。非常にロマンティックな星座だ。なんであんなヘッポコ連中がその名前にしたかなぁ」
「さっきの薔薇姫瑠璃子さんもすごかったですよね」
俺たちは笑った。
「そういえば、ヤクザと揉めたんですよね。その後大丈夫だったんですか?」
「ああ。薔薇姫瑠璃子は実は関東の広域暴力団「住田連合」の上部団体の元幹部だったんだよな。その伝手で話がついたというか、もっと先からあの男は警告されてたんだ。だから店でも無茶なことはしなかった。ただユキに惚れ込んでんで大人しく飲んでたって感じだな」
「じゃあ揉め事を起こしたのは」
「そうだ。あいつの方で、けじめはきっちり取ったようだな」
俺たちはスープをもう一杯ずつ注いだ。
「だから結果的には俺が火種を消したって言うかなぁ。店にいくともうボラれることなく楽しく飲んでいるよ」
「毎年オチンチンを出すんですね!」
「出してねぇよ! ってさっきは六花には言ったんだけどな」
「えー! 出しちゃうんですか?」
「なんか、あそこに行くと楽しくってなぁ。みんなから見せてって言われて、出しちゃうんだよなぁ」
亜紀ちゃんが笑っている。
「ユキも段々明るくなってきてな。楽しくやってるよ」
「そうですかぁ」
「ユキさんって、タカさんのこと好きですよね」
「そんなことはねぇだろう」
「ダメですよ。分かりますから」
「まあ、あいつがどう思ってるのかは知らないけど。なんとか生きていて欲しいとは思うよな」
「綺麗な人なんですか?」
「まあ、あの連中の中ではなぁ。でも全然鼻にかけないし、自分を拾ってくれたママに感謝して一生懸命に働いてるからな。みんなにも可愛がられてるよ」
「そうですか。幸せになるといいですね」
《他者の魂を、我が生の裡に体験するのだ。(Er erlebt das andere Leben in dem seinen.)》
「シュヴァイツァーの言葉だ。ユキはそれだけを願って生きている。あいつが死なないのは、自分が死ねばアベルさんも死ぬからだ」
「!」
「そういう人生もあるんだよ、亜紀ちゃん。辛いけどな。でも俺はあいつの生き方は嫌いじゃないよ」
「はい」
俺はパストゥールとシュヴァイツァーの確執の話をした。
そして、スープを飲み切らないと傷んでしまうと話し合い、二人で一生懸命に飲んだ。
でも美味いな、と言って笑った。
部屋に戻ると、響子と六花はぐっすりと寝ていた。
恐らく六花が剥がしたであろう布団を響子にかけてやる。
六花は寝相が悪い。
縮こまっていた響子が身体を伸ばし、微笑んだ。
二人を起こさないように、そっと横になった。
亜紀ちゃんが言った。
「そうだな。今でも同じ店で働いてるよ」
「タカさんは、その後もお店に行ってるんですか?」
「年に一度くらいな。顔を見に行っている。手紙も来るし、盆暮れには何か送ってくれるしなぁ」
「そうなんですか! 気づきませんでした。でも、ユキさん? 小アベルさん?」
「いや、本名だよ。別にいいじゃないか」
「いえ、でも」
「あいつが本名で送るってことは、一人の人間として立ってるという証だ。自分の本源に立っている、というな。それはユキでも小アベルでもない。裸一貫の人間としてだ。他にあんまり知られたくはないだろうよ」
「なるほど」
「まあ、亜紀ちゃんならいつか一緒に行ってみるか?」
「はい! 是非お願いします」
「石神先生、私も一緒に」
「なんでだよ。お前そういう店って興味ねぇだろう?」
「いえ、鬼棒を拝見したく」
「もう出してねぇよ!」
みんなが笑った。
響子が眠そうだ。
「いったん解散するか。残りたい奴は自由にやってくれ」
俺は響子を寝かせた。
六花は当然のように俺のベッドにいる。
眠った響子を見ながら、俺に自分の後ろで寝ろと指さす。
パジャマの下をずり下ろした。
「俺はもうちょっと飲むから、響子を頼むぞ」
目に涙を溜めて、六花は頷いた。
泣くほどかよ。
俺が屋上に戻ると、亜紀ちゃんが一人でいた。
俺を見てニッコリと笑う。
「タカさん、星がきれいです」
俺は笑って座った。
「皇紀と双子は寝たのか」
「はい。あの子たちはいつも早く寝ますんで」
「亜紀ちゃんもそうなんじゃないのか?」
「私は梅酒会とかいろいろ深夜の行事がありますから」
「なんだよ、それは」
俺は笑った。
俺たちはしばらく、夜空の星を眺めた。
「鬼愚奈巣って、本来は白鳥座のことなんだよな」
「へぇー、そうなんですか」
俺は北天の星を教えてやる。
「一番輝いているのが「デネブ」というな。その星と、琴座のベガ、鷲座のアルタイル。この三つが有名な「夏の大三角」だ」
俺は指で示してやる。
「はぁー」
「白鳥座は、天の川に翼を広げて飛んでいるからな。非常にロマンティックな星座だ。なんであんなヘッポコ連中がその名前にしたかなぁ」
「さっきの薔薇姫瑠璃子さんもすごかったですよね」
俺たちは笑った。
「そういえば、ヤクザと揉めたんですよね。その後大丈夫だったんですか?」
「ああ。薔薇姫瑠璃子は実は関東の広域暴力団「住田連合」の上部団体の元幹部だったんだよな。その伝手で話がついたというか、もっと先からあの男は警告されてたんだ。だから店でも無茶なことはしなかった。ただユキに惚れ込んでんで大人しく飲んでたって感じだな」
「じゃあ揉め事を起こしたのは」
「そうだ。あいつの方で、けじめはきっちり取ったようだな」
俺たちはスープをもう一杯ずつ注いだ。
「だから結果的には俺が火種を消したって言うかなぁ。店にいくともうボラれることなく楽しく飲んでいるよ」
「毎年オチンチンを出すんですね!」
「出してねぇよ! ってさっきは六花には言ったんだけどな」
「えー! 出しちゃうんですか?」
「なんか、あそこに行くと楽しくってなぁ。みんなから見せてって言われて、出しちゃうんだよなぁ」
亜紀ちゃんが笑っている。
「ユキも段々明るくなってきてな。楽しくやってるよ」
「そうですかぁ」
「ユキさんって、タカさんのこと好きですよね」
「そんなことはねぇだろう」
「ダメですよ。分かりますから」
「まあ、あいつがどう思ってるのかは知らないけど。なんとか生きていて欲しいとは思うよな」
「綺麗な人なんですか?」
「まあ、あの連中の中ではなぁ。でも全然鼻にかけないし、自分を拾ってくれたママに感謝して一生懸命に働いてるからな。みんなにも可愛がられてるよ」
「そうですか。幸せになるといいですね」
《他者の魂を、我が生の裡に体験するのだ。(Er erlebt das andere Leben in dem seinen.)》
「シュヴァイツァーの言葉だ。ユキはそれだけを願って生きている。あいつが死なないのは、自分が死ねばアベルさんも死ぬからだ」
「!」
「そういう人生もあるんだよ、亜紀ちゃん。辛いけどな。でも俺はあいつの生き方は嫌いじゃないよ」
「はい」
俺はパストゥールとシュヴァイツァーの確執の話をした。
そして、スープを飲み切らないと傷んでしまうと話し合い、二人で一生懸命に飲んだ。
でも美味いな、と言って笑った。
部屋に戻ると、響子と六花はぐっすりと寝ていた。
恐らく六花が剥がしたであろう布団を響子にかけてやる。
六花は寝相が悪い。
縮こまっていた響子が身体を伸ばし、微笑んだ。
二人を起こさないように、そっと横になった。
0
あなたにおすすめの小説
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる