上 下
462 / 2,621

奈津江 Ⅷ: 写真

しおりを挟む
 「私ね、秘密があるの」

 奈津江が言った。
 俺は格安でポルシェ928を手に入れ、最初に奈津江を乗せてドライブした。
 那須高原に行った。
 9月初旬の頃だった。

 「なんだよ、秘密って?」
 奈津江が俺を見る。

 「私ね、実は巨乳なの!」
 俺は大笑いした。
 奈津江のパンチが飛ぶ。

 「ちょっと笑いすぎよ!」
 「悪い」
 俺が素直に謝ると、奈津江が殴った頬を撫でてくれた。

 「なによ、ちょっとタカトラみたく冗談を言ったのに」
 「面白かったよ」
 また奈津江のパンチが飛んだ。
 冗談の軽い奴だ。

 「数年先には確認できるな」
 「やめてよ!」
 奈津江は文句を言いながら微笑んでいた。





 「タカトラって、全然写真撮ってくれないよね」
 「そうか?」
 「そうだよ! 私が一緒に撮ろうって言っても、いつも曖昧に誤魔化すじゃない」
 「あんまり好きじゃないんだよ」
 「どうして?」

 「親が離婚したって話したろ?」
 「うん」
 「昔のアルバムにはさ、親父が写ってる」
 「そう」
 「それがちょっと辛いんだ」

 「分かった」

 奈津江が何を分かったのかは知らない。
 でも、俺の心を受け止めてくれたのは感じられた。


 


 「この車って、傷だらけよね」
 「しょうがないだろう。それで安く買えたんだしな」
 「修理しないの?」
 「修理費で、この車買った以上とられる」
 「あー、私の彼氏はダメ人間だー」
 俺は笑った。

 「働くようになったら、新車を買うって」
 「へー、そうなんだー」
 「あ、お前信じてないな!」
 「まーがんばりたまえ」
 俺が憮然とすると、奈津江は「うそうそ」と言いながら、ポッキーを出して俺にくわえさせた。
 俺はニコニコしてポリポリと食べた。

 東北自動車道に乗る。
 あとは道なりに行けばいい。
 俺はポルシェのスピードを上げた。
 一時間ほどで、那須高原に着いた。
 俺たちは地図を拡げ、滝やつり橋を渡ったりして楽しんだ。
 俺たちは昼食を摂りに、有名な牧場へ向かう。

 「ジンギスカンがあるぜ」
 「じゃあ、それにする?」
 メニューを二人でじっくり見る。
 
 「奈津江はちっちゃいからお子様プレートでいいだろ?」
 「なんでよ!」
 「あんまりお金がないんだ」
 「え! うん、じゃあそれでいいよ」
 冗談だと言うと、奈津江のパンチが飛んだ。
 俺たちはラムと牛肉のミックスセットを頼んだ。

 「私、羊のお肉って初めて」
 「あ、俺も」
 「美味しいね」
 「そうだなぁ」
 奈津江が焼いた肉を俺に食べろと言った。

 「なんだよ、ほんとにお子様プレートで良かったじゃねぇか」
 奈津江のパンチが飛んだ。

 「ダーリン! おしおきだっちゃ!」
 俺は殴られた腕をさすりながら言った。

 「なにそれ?」
 「『うる星やつら』のラムちゃん」
 奈津江が笑った。
 カワイイ。

 「お子様プレートにはゼリーみたいのついてたぞ?」
 「え、私食べたい!」
 俺は笑って店員にゼリーだけもらえるか聞いた。
 「このお子様が食べたいって言うんで」
 奈津江のパンチが飛ぶ。

 店員は、あれはお子様プレートにしかついてないのだと言った。
 俺はなんとかならないかと聞いたが、断られた。

 「すまん! またダメ彼氏で!」
 「そーよねー」
 しばらく食べていると、店員が小さなゼリーを持って来てくれた。

 「彼氏さんがおカワイソウですから」
 奈津江が恐縮して受け取った。

 「もうかっちゃったな!」
 「バカ!」
 奈津江が美味しそうに食べた。




 店を出て、動物のエサやりをし、ハリネズミを触った。
 奈津江がハリネズミを持つと、全身の毛を逆立てた。
 
 「ちょっと痛いよー」
 俺が受け取ると、ハリネズミは毛を休め、気持ちよさそうに撫でられる。
 大人しくなったので、奈津江に返すと、また毛を逆立てた。

 「なんでよー!」

 暑かったので、ソフトクリームを買った。

 「ここは私が出すよ」
 奈津江がバッグから財布を取り出そうとして、小さなカメラが落ちた。
 俺が拾って渡す。
 奈津江はそっとカメラを受け取った。

 「あのね、お兄ちゃんから借りたの。でもいいの、ごめんね」
 奈津江が申し訳なさそうにそう言った。

 俺は笑って、一緒に撮ろうと言った。
 奈津江の顔が輝いた。

 「じゃーさ、ソフトクリームはプレミアムにしよ!」

 一番高いものを二つ買い、俺たちは放牧の柵の前で撮った。
 今のようなデジカメではない。
 俺ができるだけ手を伸ばし、シャッターを押した。
 
 「あー! 撮る時は言ってよ!」
 「悪い」

 目をつぶってしまったらしい。
 俺は謝ってもう一枚を撮った。
 
 「はい、ちーず!」

 撮り終え、気配を感じて振り向くと、俺の顔の横から牛が頭を出していた。
 二人で笑った。



 その後、奈津江がカメラを持って来ることは無かった。











 何枚かは一緒に撮った。
 前に羽田空港で杉本さんに撮って頂いたものなどもある。
 しかし、どれもピントがズレていたり、俺たちが小さかったり、いいものは無い。

 この二枚の写真だけが、俺たちのすべてだった。

 申し訳ない。
 今でもそう思う。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

イバラの鎖

BL / 連載中 24h.ポイント:1,634pt お気に入り:227

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:170

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:489pt お気に入り:976

度を越えたシスコン共は花嫁をチェンジする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:1,942

騎士団長の幼なじみ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:633

異種族キャンプで全力スローライフを執行する……予定!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,797pt お気に入り:4,743

処理中です...