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鷹との別荘

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 金曜日の夜。
 俺と鷹は早めに上がり、駐車場へ向かった。
 アヴェンタドールには張り紙をした。

 《触るな!》

 その貼り紙に、「はい!」と沢山書かれていた。
 誰かが書いたものをみて、他の人間も真似したようだ。
 鷹が可笑しそうに笑った。

 「石神先生は、本当にモテますよね」
 俺は苦笑し、貼り紙に「よくやった!」と書いて、壁に貼った。
 二泊だから、荷物は少ない。
 アヴェンタドールの狭い収納にも収まった。

 都内を走っている間は灯も多いが、すぐに暗い山ばかりになっていく。
 時折照らしている遠くの街灯が、それはそれで美しい。

 「鷹、疲れてないか?」
 「はい。石神先生こそ。運転までさせてしまって」
 「俺は大丈夫だよ。まあ、ちょっと食事を少なくすると子どもたちが心配するんだけどな」
 「そうなんですか」
 「健康って、食事の量だと思ってるんだよ、あいつら」
 鷹が声を出して笑った。

 中央道は空いていた。
 短い時間だが、時速300キロで走る。
 エンジンが喜んで唸る。

 「鷹、これが300キロの体感だ」
 「速いですね」
 「覚えておいてくれ」
 「はい」
 子どもたちならば、途中のサービスエリアで食事をする。
 しかし今日は鷹がいるので、遅くなるが別荘で作ろうということになっていた。
 食材は買ってある。
 米や調味料などは、こないだ来た時に残してあった。

 別荘に着いたのは、夜の8時前だった。
 アヴェンタドールを飛ばしてきた甲斐があった。
 途中で中山夫妻の家に寄り、鍵を受け取った。

 「素敵な別荘ですね」
 鷹が言ってくれた。

 「さあ、入ろう」
 外は少し肌寒かった。
 中を案内するのは後にし、俺たちは食事を作った。
 米を研ぎ、6合炊きの炊飯器で炊く。

 「おい! これを使うのは久しぶりだぞ!」
 以前から別荘に置いてあるものだ。
 鷹が可笑しそうに笑った。
 簡単なものだ。

 アボガドと焼きキノコのサラダ。
 大エビの焼き物。
 フグの唐揚げ。
 シャトーブリアンのステーキ。
 千枚漬け。
 椀はズワイガニだ。

 二人で楽しく作った。

 「やっぱり鷹と一緒の食事はいいなぁ!」
 「そんなことをおっしゃって。お子さんたちと、いつも楽しそうに召し上がってるじゃないですか」
 「ああ、あれも楽しいけどな。でもこうやってゆったりと食べるのは格別だよな」
 「そういうものですか」
 「鷹だからな」
 鷹が微笑んだ。

 「ズワイガニの椀なんて初めてだ」
 ズワイガニの身が花を開いたようになっている。
 生臭さを思ったが、まったくない。
 素材の下処理が完璧なのだ。
 身が甘い。

 「美味いな!」
 「ありがとうございます。石神先生のステーキも流石です」
 「子どもたちとじゃ、滅多に喰えない。一度出したら、量が少ないって文句言われたよ」
 「ウフフフ」
 食事の話題で盛り上がった。

 「響子も最近食べるようになってきたんだ」
 「背も伸びましたよね」
 「ああ。今154センチだ。やっぱりアメリカ人だよな」
 「一時は随分とふっくらと」
 「あー、菓子を隠れて喰ってた時なぁ」
 二人で笑った。



 鷹が片付けている間に、俺は風呂を準備した。
 掃除し、湯を焚く。
 戻ると、鷹がコーヒーを淹れてくれた。
 風呂の準備が整うまで、二人でのんびりする。

 「静かですね」
 「ああ。外は真っ暗だろ?」
 「はい」
 「夜はお化けが出るからな」
 「そうなんですか?」
 「おお。だから俺の傍を離れるなよな」
 「分かりました」
 鷹が微笑んでいる。



 一緒に風呂に入った。
 亜紀ちゃんとは違って、下着を自然に隠して仕舞う。
 自然に前を隠して歩く姿は新鮮だ。
 鷹が俺の身体を洗ってくれる。
 俺も鷹を洗おうとすると、恥ずかしいと言われた。
 俺は笑って湯船に先に入る。
 鷹と一緒にゆったりと湯船に浸かった。

 「いいお風呂ですね」
 「風呂が好きだからな。広めに作った。でも最近じゃ三人一編に入ろうとしたりで、全然寛げなかったよ」

 俺は歌を歌った。
 安全地帯の『消えない夜』。

 鷹がそっと俺の肩に頭を乗せた。
 「石神先生、素敵です」
 鷹が呟いた。

 風呂から上がり、俺は鷹のゆるくウェーブのかかった長い髪を乾かしてやる。
 鷹はずっと恥ずかしげに鏡を見ていた。



 冷やしたワインとチーズを持ち、俺たちは屋上へ上がった。
 階段の昇り口で、鷹が立ち止まった。

 「石神先生、これ」
 「幻想空間。そう名付けたよ」

 鷹は恐る恐る進んだ。

 「子どもたちが親を喪った年な。夏休みにどこにも行ってないだろうって聞いたんだ」
 「はい」
 「もちろん、それどころじゃなかったわけだけどな。俺もレジャーのつもりじゃなかった。この幻想空間を見せてやろうってな。」
 「はい」
 「そうしたらどうなる、なんて考えてない。俺が出来るすべてのことをしてやろうと思っただけだ」
 「そうなんですね」
 「子どもたちもここに来て、一瞬だろうけど親を喪った悲しみから逃れてくれた。それだけで満足だった」
 「まあ」
 鷹が優しく笑った。
 本当に美しい女だった。

 「亜紀ちゃんたちは毎日笑ってますよね」
 「ああ、あれは俺のためでもあるんだけどな」
 「え、どういうことですか?」
 「自分たちが悲しい顔をしていると、俺が心配するからなんだよ」
 「!」
 「前に亜紀ちゃんに言われたんだ。ちょっと落ち込むと俺が猛烈に心配するからできないですよーってさ」
 俺は笑った。

 「まったくなぁ。じゃあ部屋で落ち込めばいいだろうって言ったら、それでも俺が察して部屋に来るんだって。そんなことあるかよなぁ」
 「石神先生……」
 「まったく、子どもらしいことをさせてやれない。ダメな親だよ」
 「そんなこと!」
 鷹が俺の手を握った。

 「石神先生は最高の人です」
 「ありがとう、鷹」
 俺たちは唇を重ねた。



 「前からお聞きしたかったんですけど。石神先生はどうしてお医者様になったんですか?」
 「別に何でも良かったんだけどな」
 「というと?」
 「お袋が医者を尊敬してたからな」
 「お母様のためなんですか!」
 



 「ああ」
 俺は鷹に、絶望したバカなガキの話をした。
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