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六花の笑顔
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「六花、黙っていて悪かったな」
「いいえ」
六花が俺の身体を気遣って運転していることは、すぐに分かった。
響子にも、こうやって運んでいたにちがいない。
黒のパンツスーツに白のシャツと淡い緑のグラデーションのネクタイ。
レイバンのティアドロップのサングラスをしている。
「お前はきっと、話せば飛んで来ただろう」
「はい、必ず」
「お前や栞のような直情的な人間は、俺の身代わりになろうとしただろう」
「はい」
「だから呼ばなかった」
「はい」
六花は涙を流した。
「クロピョンは、容赦がない。俺の無事を願えば、即座にお前たちの命を対価で奪う。そうやって大きな存在になっていったんだからな」
「俺の命は、代価にはならなかったようだ。だから試練を与えた。人間には乗り越えられない試練をな」
「それは」
「俺は子どもたちやお前たちに手を出さないでくれと頼んだ。俺の命を奪ってもいいからと」
「石神先生!」
「でも、それでは俺の命が対価としては高すぎる。だから「すぐには奪わない」試練を寄越した。酷い詐欺みたいなものだけどな。でも、アレの中では筋が通るんだろうよ」
「じゃあ!」
「そうだ。最初から俺の命を奪うつもりだった。俺が気付かないということを知っての上でな。ひでぇ話だ」
「はい!」
「やばかったが、俺は試練を超えた。「Ω」と「オロチ」を喰った」
「!」
「俺が今後どうなるのかは分からない。しかし、ちゃんと今こうやって生きてお前を愛している」
「石神先生!」
「泣くな、六花。俺が決めてやったことだ。お前は俺の傍にいてくれ」
「はい!」
車は圏央道から関越自動車道に入った。
特別移動車のシートは快適だった。
揺れやカーブでのGはまったく感じない。
「おい、このシートすごいぞ!」
「そうですか、良かったです」
「ちょっと響子を甘やかしすぎかもなぁ」
「ウフフ」
「響子は元気か?」
「はい。石神先生が急にいらっしゃらないので寂しがってはいますが」
「早く復帰して喜ばせてやろう」
「はい!」
響子がコトランの出産シーンの再現をするそうだ。
「早く見てぇなぁ!」
「アハハハ」
途中のサービスエリアで休憩した。
俺はサンドイッチを少し摘まんだ。
六花も食べようとしないので、無理にカレーを喰わせた。
「お前が少食になってどうすんだ!」
「すいません」
「俺は六花がニコニコ食べてるのを見るのが、何よりも楽しみなんだ!」
「はい」
まあ、蓮花の料理を喰えば、こいつも笑顔になってくれるだろう。
「研究所では、お前には「花岡」の技のテストを主にしてもらう」
「はい」
「俺は別な場所でやらなければならないことがある」
「そのお身体の治療ですよね?」
「それもあるが、それ以外のこともある」
半分は本当だ。
「Ω」と「オロチ」を取り込んだ俺の検査を指示していた。
しかし、主な目的は「ブラン=ミユキ」だ。
俺が直接に会い、脳の活性化を促さなければならない。
それは六花には話せない。
「それと重要なことだ」
「はい」
「セックスはしないぞ?」
「はい、分かっています」
一江から俺の状態を聞いている。
今は何よりも体力を温存しなければならないのだと、六花に説明している。
「御無理はさせません」
「そうか。でもちょっとだったらいいかも、だぞ?」
「ほんとですか!」
「ウソだ」
「はい」
消沈する。
「しょげるな! もうしばらくだ。すぐに良くなってみせるさ」
「は、はい!」
状況を再認識させ、希望を持たせる。
俺は純粋なこいつを騙している自分に苦しんでいる。
「お前と俺は最高のカップルだからなー」
「そうですよね!」
二人で笑った。
本当にそうなのだ。
再び車に戻る。
六花が俺に肩を貸して歩いた。
俺にシートベルトを締め、六花はキスをしてきた。
「このくらいは大丈夫ですか?」
「もちろんだ」
六花は笑顔で車を発進させた。
「鷹さんが羨ましいです」
六花が呟いた。
「あいつは料理がとにかく上手いからな。俺の容態に合ったものを食べさせてくれた」
「私には何も出来なかったんですね」
「お前には明るく笑うという重大な使命がある」
「?」
「お前が笑っているだろうことが、俺には何よりも嬉しいことなんだ」
「そうですか」
「そうだよ。お前の笑顔は最高だ。俺が笑顔にしたってことは、俺の最大の悦びだ」
「それは嬉しいです」
「お前が美味しいものを食べてる時な! あれは本当にいいぞ?」
「そうなんですか?」
「そうだよ! みんなもそう言ってる。こないだも亜紀ちゃんとその話で盛り上がったんだ」
「ウフフフ」
「反対になぁ。お前が泣いていたり悲しそうな顔をすると、心が痛むんだよ」
「それは!」
「お前に話せなかったり、時にはウソで騙すこともある。それはお前の最高の笑顔を守りたいからなんだ」
「石神先生……」
「でもな、そうやって騙しているのは俺にとって苦痛なんだ」
「分かりました」
「少しだけ寝てもいいか?」
「もちろんです! お話しさせてしまってすいません」
俺は目を閉じた。
辛かった。
六花のような純粋で優しいだけの女に黙っていることが。
俺は研究所に着くまで、眠った振りをしていた。
六花は、俺のために注意深く車を進めてくれた。
時折、俺の額に優しく手を置き、俺の体温を確認した。
本当に優しい女だった。
「石神先生、もうすぐです」
六花が俺に声を掛けた。
俺は蓮花に電話する。
すぐに電話に出た。
「石神様。門を開いておきます」
俺たちの車が前に着くと同時に、鉄扉の門が開かれた。
本館の玄関に、蓮花の姿があった。
俺は六花に車を回させる。
「お待ち申し上げておりました」
蓮花が深々と挨拶する。
いつもの、彼岸花の着物だった。
「これが六花だ。今日はよろしく頼む」
「一色様、よろしくお願いします」
「一色六花です。どうか六花とお呼び下さい」
「かしこまりました」
俺たちは中へ入った。
蓮花は車いすを用意していた。
俺は黙ってそれに座る。
蓮花が押した。
六花は荷物を持つ。
前回も使った食堂に案内された。
すでに俺たちの膳が並んでいる。
和食だ。
俺のものは栄養価が高く、それでいて消化に良いもの。
根菜の煮物や魚の蒸し物。
箸で切れるほど柔らかな豚の角煮。
米も柔らかく炊かれていた。
六花は豪華な膳だ。
刺身に天ぷらなどがついている。
「六花、喰えよ。蓮花の料理は上手いぞ」
「はい!」
俺がちゃんと食べると観て、六花も食欲を取り戻した。
俺はいつものペースではなく、ゆっくりと味わっていく。
食事が終わり、俺には薬湯が出た。
六花には紅茶だ。
「これは?」
「漢方の素材で作りました薬湯です。味はご勘弁ください」
俺は一口飲んだ。
「美味いじゃないか」
「よろしゅうございました」
六花は堪能してニコニコしている。
「やっぱりお前の笑顔は最高だな!」
「はい!」
蓮花も微笑んでいた。
六花は最高なのだ。
「いいえ」
六花が俺の身体を気遣って運転していることは、すぐに分かった。
響子にも、こうやって運んでいたにちがいない。
黒のパンツスーツに白のシャツと淡い緑のグラデーションのネクタイ。
レイバンのティアドロップのサングラスをしている。
「お前はきっと、話せば飛んで来ただろう」
「はい、必ず」
「お前や栞のような直情的な人間は、俺の身代わりになろうとしただろう」
「はい」
「だから呼ばなかった」
「はい」
六花は涙を流した。
「クロピョンは、容赦がない。俺の無事を願えば、即座にお前たちの命を対価で奪う。そうやって大きな存在になっていったんだからな」
「俺の命は、代価にはならなかったようだ。だから試練を与えた。人間には乗り越えられない試練をな」
「それは」
「俺は子どもたちやお前たちに手を出さないでくれと頼んだ。俺の命を奪ってもいいからと」
「石神先生!」
「でも、それでは俺の命が対価としては高すぎる。だから「すぐには奪わない」試練を寄越した。酷い詐欺みたいなものだけどな。でも、アレの中では筋が通るんだろうよ」
「じゃあ!」
「そうだ。最初から俺の命を奪うつもりだった。俺が気付かないということを知っての上でな。ひでぇ話だ」
「はい!」
「やばかったが、俺は試練を超えた。「Ω」と「オロチ」を喰った」
「!」
「俺が今後どうなるのかは分からない。しかし、ちゃんと今こうやって生きてお前を愛している」
「石神先生!」
「泣くな、六花。俺が決めてやったことだ。お前は俺の傍にいてくれ」
「はい!」
車は圏央道から関越自動車道に入った。
特別移動車のシートは快適だった。
揺れやカーブでのGはまったく感じない。
「おい、このシートすごいぞ!」
「そうですか、良かったです」
「ちょっと響子を甘やかしすぎかもなぁ」
「ウフフ」
「響子は元気か?」
「はい。石神先生が急にいらっしゃらないので寂しがってはいますが」
「早く復帰して喜ばせてやろう」
「はい!」
響子がコトランの出産シーンの再現をするそうだ。
「早く見てぇなぁ!」
「アハハハ」
途中のサービスエリアで休憩した。
俺はサンドイッチを少し摘まんだ。
六花も食べようとしないので、無理にカレーを喰わせた。
「お前が少食になってどうすんだ!」
「すいません」
「俺は六花がニコニコ食べてるのを見るのが、何よりも楽しみなんだ!」
「はい」
まあ、蓮花の料理を喰えば、こいつも笑顔になってくれるだろう。
「研究所では、お前には「花岡」の技のテストを主にしてもらう」
「はい」
「俺は別な場所でやらなければならないことがある」
「そのお身体の治療ですよね?」
「それもあるが、それ以外のこともある」
半分は本当だ。
「Ω」と「オロチ」を取り込んだ俺の検査を指示していた。
しかし、主な目的は「ブラン=ミユキ」だ。
俺が直接に会い、脳の活性化を促さなければならない。
それは六花には話せない。
「それと重要なことだ」
「はい」
「セックスはしないぞ?」
「はい、分かっています」
一江から俺の状態を聞いている。
今は何よりも体力を温存しなければならないのだと、六花に説明している。
「御無理はさせません」
「そうか。でもちょっとだったらいいかも、だぞ?」
「ほんとですか!」
「ウソだ」
「はい」
消沈する。
「しょげるな! もうしばらくだ。すぐに良くなってみせるさ」
「は、はい!」
状況を再認識させ、希望を持たせる。
俺は純粋なこいつを騙している自分に苦しんでいる。
「お前と俺は最高のカップルだからなー」
「そうですよね!」
二人で笑った。
本当にそうなのだ。
再び車に戻る。
六花が俺に肩を貸して歩いた。
俺にシートベルトを締め、六花はキスをしてきた。
「このくらいは大丈夫ですか?」
「もちろんだ」
六花は笑顔で車を発進させた。
「鷹さんが羨ましいです」
六花が呟いた。
「あいつは料理がとにかく上手いからな。俺の容態に合ったものを食べさせてくれた」
「私には何も出来なかったんですね」
「お前には明るく笑うという重大な使命がある」
「?」
「お前が笑っているだろうことが、俺には何よりも嬉しいことなんだ」
「そうですか」
「そうだよ。お前の笑顔は最高だ。俺が笑顔にしたってことは、俺の最大の悦びだ」
「それは嬉しいです」
「お前が美味しいものを食べてる時な! あれは本当にいいぞ?」
「そうなんですか?」
「そうだよ! みんなもそう言ってる。こないだも亜紀ちゃんとその話で盛り上がったんだ」
「ウフフフ」
「反対になぁ。お前が泣いていたり悲しそうな顔をすると、心が痛むんだよ」
「それは!」
「お前に話せなかったり、時にはウソで騙すこともある。それはお前の最高の笑顔を守りたいからなんだ」
「石神先生……」
「でもな、そうやって騙しているのは俺にとって苦痛なんだ」
「分かりました」
「少しだけ寝てもいいか?」
「もちろんです! お話しさせてしまってすいません」
俺は目を閉じた。
辛かった。
六花のような純粋で優しいだけの女に黙っていることが。
俺は研究所に着くまで、眠った振りをしていた。
六花は、俺のために注意深く車を進めてくれた。
時折、俺の額に優しく手を置き、俺の体温を確認した。
本当に優しい女だった。
「石神先生、もうすぐです」
六花が俺に声を掛けた。
俺は蓮花に電話する。
すぐに電話に出た。
「石神様。門を開いておきます」
俺たちの車が前に着くと同時に、鉄扉の門が開かれた。
本館の玄関に、蓮花の姿があった。
俺は六花に車を回させる。
「お待ち申し上げておりました」
蓮花が深々と挨拶する。
いつもの、彼岸花の着物だった。
「これが六花だ。今日はよろしく頼む」
「一色様、よろしくお願いします」
「一色六花です。どうか六花とお呼び下さい」
「かしこまりました」
俺たちは中へ入った。
蓮花は車いすを用意していた。
俺は黙ってそれに座る。
蓮花が押した。
六花は荷物を持つ。
前回も使った食堂に案内された。
すでに俺たちの膳が並んでいる。
和食だ。
俺のものは栄養価が高く、それでいて消化に良いもの。
根菜の煮物や魚の蒸し物。
箸で切れるほど柔らかな豚の角煮。
米も柔らかく炊かれていた。
六花は豪華な膳だ。
刺身に天ぷらなどがついている。
「六花、喰えよ。蓮花の料理は上手いぞ」
「はい!」
俺がちゃんと食べると観て、六花も食欲を取り戻した。
俺はいつものペースではなく、ゆっくりと味わっていく。
食事が終わり、俺には薬湯が出た。
六花には紅茶だ。
「これは?」
「漢方の素材で作りました薬湯です。味はご勘弁ください」
俺は一口飲んだ。
「美味いじゃないか」
「よろしゅうございました」
六花は堪能してニコニコしている。
「やっぱりお前の笑顔は最高だな!」
「はい!」
蓮花も微笑んでいた。
六花は最高なのだ。
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