富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
543 / 3,202

千万組、盃事。

しおりを挟む
 連休最終日の火曜日。
 8時頃に起きて着替えていると、電話が鳴った。
 千両からだった。

 「石神さん、ちょっと頼みたいことが」
 千両は、盃事を行ないたいと言った。
 俺への親子盃だ。
 俺に完全承服するという意味だが、やくざの世界ではそれを明確に示す儀式が必要なのだ。

 「めんどくさいなぁ」
 「そうおっしゃらずに、お願いいたします」
 大きな組織だから、仕方がないのは分かる。
 少し考えさせて欲しいと言い、電話を切った。

 リヴィングに降りると、俺の顔を見て亜紀ちゃんが声を掛けて来た。
 双子はまだ寝ている。
 流石に疲れたのだろう。
 
 「何かあったんですか?」
 「ああ」
 俺は千両の電話の内容を話した。

 「え! 盃事!」
 亜紀ちゃんが驚いて言った。

 「まったくめんどくさい話だよなぁ。俺はカタギだってぇのに」
 「タカさん! 是非行きましょう!」
 「あ?」
 「私、見てみたいです!」
 亜紀ちゃんはアクション映画と時代劇と任侠映画が大好きだ。

 「亜紀ちゃん、そんなこと言っても」
 「だってタカさん! こんなもの滅多に見れないですよ!」
 亜紀ちゃんの剣幕に圧されたこともあるが、確かに千両には必要なことだろうと思った。

 「分かったよ。じゃあ引き受けるか」
 「私も一緒にですからね!」
 「あ?」
 「私が見たいんです!」
 「俺がお前たちをヤクザに近づけたくないのは知ってるだろう」
 「だって! 見たいんですもん!」
 「やめろ」
 「じゃあ、私が組を起こして全国制覇しますからね!」
 本当にやれる子だ。
 俺は笑って折れた。
 まあ、何があっても「危険」はない。

 「分かったよ」
 亜紀ちゃんが喜んだ。

 「じゃあ、タカさん。あの着物を着て行きましょうよ!」
 「こないだまた蓮花にもらった奴か?」
 「そうです! 「六根清浄」、カッコイイじゃないですか!」
 俺もノって来た。

 「そうだな! 袴がなくてもいいか聞いておこう」
 「じゃあ、私も着物を用意しないと」
 「亜紀ちゃんは別にいいよ」
 「ダメですよ! 盃事なんですよ?」
 俺は笑った。

 「いつですか?」
 「出来れば今週の土曜日にってさ」
 「え! タカさん、すぐに三越に行きましょう」
 俺は友人に日本橋の呉服屋がいると言った。
 デパートでは間に合わないだろう。

 「俺のオシャレ友達なんだよ。一緒にいろんなものをオーダーして作ってたんだ」
 亜紀ちゃんに急かされ、その場で連絡した。



 「石神さん、お久しぶり!」
 亀井呉服店の五代目亀井勝司こと亀さんが挨拶に出てきた。

 「亀さん、御無沙汰してます」
 俺より10歳上の人だ。
 もう一人、石油大手の会社の会長さん70歳と三人でよく一緒にいろいろなものを作った。
 エルメスのフルオーダーや、希少な革などを手に入れてバッグや小物などを作ったり、宝飾も散々作った。
 俺はもっぱらお二人に教わって、楽しい思いをさせていただいた。

 「今日は娘の着物を作って欲しくて」
 「え、石神さん結婚したの?」
 「いいえ。友人の子どもたちを引き取ったんですよ」
 「あ、そうか。こんなにおっきい子だもんね」

 反物を用意してもらっている間、俺たちは茶を飲みながらしばし話した。

 「そういうことだったのかぁ。石神さんは立派だねぇ」
 「いえ、そんなことは」
 「タカさんには本当に助けていただいたんです」
 亜紀ちゃんが言う。

 「私たちのためにいつも頑張ってくれて。本当に幸せなんです」
 「そうですか」
 亀さんは微笑んでそう言った。

 反物が幾つか揃った。
 亀さん自ら開いて見せてくれる。
 どれも艶やかな良い柄だった。
 しかし亜紀ちゃんは興味を示さない。

 「あれ、お気に召さないかな?」
 「すみません。こういう綺麗なものではなくてですね」
 「うん?」
 「あの、盃事とかで着るようなものをですね」
 俺は茶を吹きそうになった。
 亀さんが笑っている。

 「そうかそうか、それは失礼した」
 そう言って、奥に引っ込んだ。

 「亜紀ちゃん!」
 「だってぇ。折角作るんですから」
 亀さんが戻って来る。
 手に、既に縫われている黒地の着物を持っている。

 「これはね。ある方から頂いた物でね。これならお嬢さんのお気に召すかな?」
 着物かけに拡げてくれる。
 前には牡丹と月の柄。
 そして背には般若の面があった。
 筋者の妻のものだろう。
 見事なものだった。

 亜紀ちゃんは見とれていた。

 「おい、これは幾ら何でも」
 「石神さん。着るものっていうのは、本人の心意気だよ?」
 亀さんがそう言った。
 昔から亀さんに、何度も言われた言葉だった。
 何も言えなくなった。

 「タカさん、これにします」
 「亜紀ちゃん」
 「かしこまりました。じゃあ採寸させてね。すぐに直すからね」
 亜紀ちゃんは店員に奥へ連れて行かれた。

 「あれって」
 「うん。ある関東の大物ヤクザの奥さんのものだよ。親分さんがね、亡くなってからあの着物を見るのが辛いって持って来られた。でもうちでもねぇ。石神さんにお譲りするよ」
 「いけませんよ!」
 「いいんだって。僕が病気の時に助けてくれたじゃない」
 「そんなのは仕事ですって」
 「いいからいいから。娘さんを持ったお祝いってことでね」
 俺は固辞して百万円を渡した。

 「弱ったなぁ。じゃあ、こうしよう。着物以外の小物はこれで用意するよ。石神さんのものは何かいらないかな?」
 俺は仕方なく、そのお言葉に甘えた。
 どう見ても、百万では足りない価値の着物だった。

 二日で仕上げると言い、亀さんは亜紀ちゃんの小物を包んでくれた。
 亜紀ちゃんが着物を引き取りに来ることになった。
 着付けも、その時に教わる。
 亜紀ちゃんならば、すぐに覚えるだろう。
 俺も多少は手伝える。



 俺は水曜日から仕事に復帰した。
 今週一杯はオペは入れていない。
 久しぶりの職場で、みんなが喜んで迎えてくれた。
 大分痩せたが、若返ったようだとよく言われた。

 響子が泣いた。
 コトランの出産を見せてくれと言うと、泣きながら見せてくれた。 
 俺と六花で笑った。

 木曜日の夜。
 亜紀ちゃんが出来上がった着物を着てみんなに見せた。

 「「カッコイイ!」」
 「すっげぇー!」
 「にゃ」
 三人の子どもたちが大喜びだった。

 「本当にいいな」
 俺がそう言うと、亜紀ちゃんが喜んだ。
 俺にも着てくれと言う。
 俺が「六根清浄」の着物を着ると、みんなが喜んだ。

 「じゃあ、土日は二人で出掛けるからな」
 「「「はい!」」」
 「ルー、ハー」
 「「はい!」」
 「どこにも行くなよ!」
 「「アハハハ!」」」




 部屋で着替えていると、斬から電話があった。

 「おう、久しぶりだな」
 「お前、千両のとこへ行くんだって?」
 「ああ、面倒だが仕方が無くてな」
 「千両のとこの刎ねっかえりが狙ってるぞ」
 「どういうことだ?」

 「辰巳って武闘派の連中だ。千両がお前の下につくのに反発している」
 「そうか」
 「別にお前のことは心配しておらん」
 「ふーん」
 「じゃが、盃事を失敗すれば、千両がただではすまん」
 「なるほどな」

 俺は千両のところの角刈りたちの進展を聞いた。

 「筋は悪いがな。まあ根性はあるようだけどな」
 「宜しく頼む」
 俺がそんなことを言ったので、斬が驚く。

 「お前、病気か?」
 「ああ、こないだ死に掛けた」
 ふざけるなと言って、斬は電話を切った。
 あいつも変わった。






 金曜日の夜。
 俺と亜紀ちゃんは出発した。
 今回は荷物が多いので、ハマーH2だ。
 場所は千両の別荘のある群馬県の桐生市だ。
 大きな別荘で、今回の盃事を行なう。
 幹部組員だけでも数百名にもなる。




 助手席で、亜紀ちゃんはあどけない笑顔の合間に、獰猛な顔を見せていた。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

処理中です...