609 / 3,202
麻布の密談
しおりを挟む
「ミハイル、結局誰も殺せなかったな?」
ザハ・ハディッドの巨大な椅子に腰かけた、怨霊を纏ったような雰囲気の男が言った。
「申し訳ありません。分断して、あれほど早く到着するとは」
前髪が頭頂まで禿げ上がった痩せぎすの白衣の男が答えた。
分厚い眼鏡のせいで巨大化した眼は、オドオドとし、前を向かない。
「まあいい。これでまたあいつらの戦力が知れた。お前の「バイオビースト」はなかなかに優秀だな」
「ありがとうございます」
「バイオノイドは量産が容易いが、バイオビーストは時間は掛かるが強力だ。100頭もいれば、海上の戦力は一掃できるかな」
「核兵器を使われれば別ですが、まあ大抵の状況で逃げ切りますな」
「陸戦タイプはどうなっている?」
「はい。数年のうちにはカルマ様のご満足のいくものが出来上がるでしょう」
「空戦タイプはどうだ」
「そちらはまだ研究中です。ですが必ず」
「お前は役立つ。楽しみだ」
闇そのものが笑ったような邪悪な笑みに、白衣の男はたじろいだ。
しかし、不興を買えば即座に殺されることをよく知っている。
やっとのことで言った。
「カルマ様のお力あってのことです」
「石神にはまだ届かないがな」
「今回は、あの謎の力は観測できませんでしたね」
「まあいい。あいつも自在には扱えないのかもしれん」
「山梨での「蛇」はどうします?」
「まだだ。あれはいつか対処できる。むしろ今回見られた「レールガン」の対応を考えねばな」
「フフフ、イシガミも徐々に底が見えましたね」
「ミハイル、侮るな。あいつも強くなる」
「さようで」
「あいつは俺に似ている。戦いになれば、どこまでも手を拡げてくる」
「はい。カルマ様がいずれロシアを掌握するように」
「そうだ。あいつは既にアメリカの一部を手に入れようとしている」
「しかしアメリカには」
「ああ。アレがあるからな」
「楽しそうでございますね」
「アレと石神が潰し合ってくれれば面白いな」
「そうでございますね」
椅子の男が声を上げて笑った。
その背後に、黒い霧が立ち込めた。
白衣の男は一礼し、口を押えながら急いで退出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
月曜日の夜。
俺はジェイと会っていた。
麻布にあるCIAのセイフハウスだ。
「また、とんでもないものが出て来たな」
「ああ。俺の子どもたちでも危うかった」
俺たちは四つ切に引き伸ばした幾つもの写真を大きなテーブルに拡げていた。
「これも「カルマ」の仕業か?」
「間違いない。俺たちのことをよく知っている」
「これまでの戦闘データか」
「そうだ」
敢えて一頭を犠牲にしてまで、最強戦力の亜紀ちゃんを本隊と引き離す戦略。
双子を分断する攻撃法。
確実に双子を殺すための作戦だった。
それが構築できるほど、「業」は俺たちの戦力を知っている。
俺たちは改めて「巨獣」の写真を見た。
百メートルを超える身体。
全身が装甲板のような硬質の皮膚で重なり合って覆われている。
「こいつらは「花岡」を使う。だから通常兵器が無効化されてしまう」
「厄介だな」
「現時点では対処できないだろう」
「核兵器は?」
「有効だろうが、弾着まで大人しく待ってない。あのスピードで逃げるだろうな」
「戦闘機からのミサイル攻撃は?」
「亜紀ちゃんが乗ったF15の電子機器が途中でダウンしたそうだ。恐らく「轟雷」に似た電磁波攻撃ができる」
「戦艦の大型砲は?」
「有効かもしれんが、もうお前たちも持ってないだろう?」
俺たちは笑った。
第二次世界大戦以降、海戦は航空戦力に主力が移り、さらにミサイル攻撃が主流になった。
それを防ぐ戦力の登場に、世界の軍事関係者は頭を悩ますだろう。
「タイガーのレールガンか」
「そうだな。お前たちもレールガンの開発はしているだろうけど、実用は遠いだろう。むしろ「CMS(Conventional Strike Missile)」が現在実現性が高いかな?」
「よく勉強している」
ジェイが唸った。
「タイガーのレールガンはレール長がそれほど無いと聞いた」
「そうか」
「教えてはくれないんだな?」
「お前らが米軍のうちはな」
「そうだな」
ジェイは考え込んだ。
「話を変える。タイガーはあの生物はどのように開発されたと思う?」
「遺伝子操作だろうな。それ以外は考えられん」
「まさか、遺伝子を自在に組み替えてあんなものを生み出す技術が!」
ジェイが驚愕した。
「そうだとしか言いようがないな。もちろん、まだまだ自由自在とは行かないだろう。今回もあの15頭が全てだ」
「しかしあのサイズは」
「俺は恐竜の遺伝子も発見されたんだと思うぞ?」
「!」
「この外観から見るに、俺は装甲恐竜がベースになっているんじゃないかと思う」
「なんだと?」
「ジェイ、今更常識は捨てろ。現に存在するんだ。だったらあらゆる可能性で考えろよ」
「わ、分かった」
ジェイが額の汗を拭いた。
「ただでかいだけの生物なら、いくらでも対応できる。問題は」
「「ハナオカ」だな!」
「その通りだ。奴らの最大の強さはそれだ。人間以外にも、「花岡」を操れるようにしてやがる」
「そんなことができるのは何故だ?」
「そりゃ、「人間」を使っているんだろうよ」
「!」
「ガラはともかくな。脳は人間だと俺は考えている」
「タイガー!」
「それ以外には考えつかない。まったく悍ましいことをやる奴だな」
「……」
ジェイはしばし押し黙った。
「話はここまでかな。何にせよ、あの時レイと一緒にレールガンを用意してくれたマリーンに感謝する。双子はまだまだ子どもだ。諦めない戦いを示してくれた。ありがとう」
「いや、俺たちこそ、本当に助けられた。礼を言う」
「じゃあ、バーガーでも喰いに行くか!」
「待ってくれ。一つだけ。今の話はターナー少将に報告してもいいか?」
「なんだ、黙っててくれるつもりもあったのか」
「もちろんだ! 俺は米軍に忠誠を誓っているが、俺自身はタイガーの友だと思っている」
俺はジェイの肩を叩いた。
「ありがとう、親友!」
「い、いや」
「ターナー少将なら問題はない。全部話してくれ」
「ありがとう」
「ジェイ、麻布に美味いバーガーを出す店があるんだ。お前に「六根清浄」の限定バーガーを喰わせてやろう」
「ロッコン?」
俺は笑ってジェイを連れ出した。
「ああ、でもお前のおごりだからな!」
「分かっている」
俺たちは肩を組んで、笑いながら歩いた。
ザハ・ハディッドの巨大な椅子に腰かけた、怨霊を纏ったような雰囲気の男が言った。
「申し訳ありません。分断して、あれほど早く到着するとは」
前髪が頭頂まで禿げ上がった痩せぎすの白衣の男が答えた。
分厚い眼鏡のせいで巨大化した眼は、オドオドとし、前を向かない。
「まあいい。これでまたあいつらの戦力が知れた。お前の「バイオビースト」はなかなかに優秀だな」
「ありがとうございます」
「バイオノイドは量産が容易いが、バイオビーストは時間は掛かるが強力だ。100頭もいれば、海上の戦力は一掃できるかな」
「核兵器を使われれば別ですが、まあ大抵の状況で逃げ切りますな」
「陸戦タイプはどうなっている?」
「はい。数年のうちにはカルマ様のご満足のいくものが出来上がるでしょう」
「空戦タイプはどうだ」
「そちらはまだ研究中です。ですが必ず」
「お前は役立つ。楽しみだ」
闇そのものが笑ったような邪悪な笑みに、白衣の男はたじろいだ。
しかし、不興を買えば即座に殺されることをよく知っている。
やっとのことで言った。
「カルマ様のお力あってのことです」
「石神にはまだ届かないがな」
「今回は、あの謎の力は観測できませんでしたね」
「まあいい。あいつも自在には扱えないのかもしれん」
「山梨での「蛇」はどうします?」
「まだだ。あれはいつか対処できる。むしろ今回見られた「レールガン」の対応を考えねばな」
「フフフ、イシガミも徐々に底が見えましたね」
「ミハイル、侮るな。あいつも強くなる」
「さようで」
「あいつは俺に似ている。戦いになれば、どこまでも手を拡げてくる」
「はい。カルマ様がいずれロシアを掌握するように」
「そうだ。あいつは既にアメリカの一部を手に入れようとしている」
「しかしアメリカには」
「ああ。アレがあるからな」
「楽しそうでございますね」
「アレと石神が潰し合ってくれれば面白いな」
「そうでございますね」
椅子の男が声を上げて笑った。
その背後に、黒い霧が立ち込めた。
白衣の男は一礼し、口を押えながら急いで退出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
月曜日の夜。
俺はジェイと会っていた。
麻布にあるCIAのセイフハウスだ。
「また、とんでもないものが出て来たな」
「ああ。俺の子どもたちでも危うかった」
俺たちは四つ切に引き伸ばした幾つもの写真を大きなテーブルに拡げていた。
「これも「カルマ」の仕業か?」
「間違いない。俺たちのことをよく知っている」
「これまでの戦闘データか」
「そうだ」
敢えて一頭を犠牲にしてまで、最強戦力の亜紀ちゃんを本隊と引き離す戦略。
双子を分断する攻撃法。
確実に双子を殺すための作戦だった。
それが構築できるほど、「業」は俺たちの戦力を知っている。
俺たちは改めて「巨獣」の写真を見た。
百メートルを超える身体。
全身が装甲板のような硬質の皮膚で重なり合って覆われている。
「こいつらは「花岡」を使う。だから通常兵器が無効化されてしまう」
「厄介だな」
「現時点では対処できないだろう」
「核兵器は?」
「有効だろうが、弾着まで大人しく待ってない。あのスピードで逃げるだろうな」
「戦闘機からのミサイル攻撃は?」
「亜紀ちゃんが乗ったF15の電子機器が途中でダウンしたそうだ。恐らく「轟雷」に似た電磁波攻撃ができる」
「戦艦の大型砲は?」
「有効かもしれんが、もうお前たちも持ってないだろう?」
俺たちは笑った。
第二次世界大戦以降、海戦は航空戦力に主力が移り、さらにミサイル攻撃が主流になった。
それを防ぐ戦力の登場に、世界の軍事関係者は頭を悩ますだろう。
「タイガーのレールガンか」
「そうだな。お前たちもレールガンの開発はしているだろうけど、実用は遠いだろう。むしろ「CMS(Conventional Strike Missile)」が現在実現性が高いかな?」
「よく勉強している」
ジェイが唸った。
「タイガーのレールガンはレール長がそれほど無いと聞いた」
「そうか」
「教えてはくれないんだな?」
「お前らが米軍のうちはな」
「そうだな」
ジェイは考え込んだ。
「話を変える。タイガーはあの生物はどのように開発されたと思う?」
「遺伝子操作だろうな。それ以外は考えられん」
「まさか、遺伝子を自在に組み替えてあんなものを生み出す技術が!」
ジェイが驚愕した。
「そうだとしか言いようがないな。もちろん、まだまだ自由自在とは行かないだろう。今回もあの15頭が全てだ」
「しかしあのサイズは」
「俺は恐竜の遺伝子も発見されたんだと思うぞ?」
「!」
「この外観から見るに、俺は装甲恐竜がベースになっているんじゃないかと思う」
「なんだと?」
「ジェイ、今更常識は捨てろ。現に存在するんだ。だったらあらゆる可能性で考えろよ」
「わ、分かった」
ジェイが額の汗を拭いた。
「ただでかいだけの生物なら、いくらでも対応できる。問題は」
「「ハナオカ」だな!」
「その通りだ。奴らの最大の強さはそれだ。人間以外にも、「花岡」を操れるようにしてやがる」
「そんなことができるのは何故だ?」
「そりゃ、「人間」を使っているんだろうよ」
「!」
「ガラはともかくな。脳は人間だと俺は考えている」
「タイガー!」
「それ以外には考えつかない。まったく悍ましいことをやる奴だな」
「……」
ジェイはしばし押し黙った。
「話はここまでかな。何にせよ、あの時レイと一緒にレールガンを用意してくれたマリーンに感謝する。双子はまだまだ子どもだ。諦めない戦いを示してくれた。ありがとう」
「いや、俺たちこそ、本当に助けられた。礼を言う」
「じゃあ、バーガーでも喰いに行くか!」
「待ってくれ。一つだけ。今の話はターナー少将に報告してもいいか?」
「なんだ、黙っててくれるつもりもあったのか」
「もちろんだ! 俺は米軍に忠誠を誓っているが、俺自身はタイガーの友だと思っている」
俺はジェイの肩を叩いた。
「ありがとう、親友!」
「い、いや」
「ターナー少将なら問題はない。全部話してくれ」
「ありがとう」
「ジェイ、麻布に美味いバーガーを出す店があるんだ。お前に「六根清浄」の限定バーガーを喰わせてやろう」
「ロッコン?」
俺は笑ってジェイを連れ出した。
「ああ、でもお前のおごりだからな!」
「分かっている」
俺たちは肩を組んで、笑いながら歩いた。
0
あなたにおすすめの小説
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる