富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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亜紀の修学旅行

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 四月中旬の水曜日の朝。

 「おい! いい加減にしろ!」
 「タカさーん」
 亜紀ちゃんが泣きそうな声で言う。

 「もう出て行け!」
 「そんなぁー!」

 荷物を詰め込んだ、グローブトロッターのキャリーケースを持っている。

 「出て行くのは嫌ですよー!」
 「お前なぁ!」

 他の子どもたちが真剣な顔で見ている。

 「まさかと思うが、絶対に帰って来るなよな!」
 「えー! ここは私のおうちなのにぃー!」

 しぶとく抵抗してくる。
 俺はキャリーケースを持って、外へ追い出した。

 「早く行け! 帰って来るなよな!」
 「タカさーん。許してくださいー!」





 「修学旅行くらいで何言ってんだぁ!」





 俺は無理矢理、門で待っている真夜に亜紀ちゃんを押し付け、出て行かせた。

 今日から二泊で京都だ。
 先週からグズついていた。
 アホウが。

 進学校の故なのか、こんな時期に修学旅行をやる。
 二年生の夏休みにかけてが受験で最も重要な時期になるためだろう。
 気が緩む行事を最初に終わらせて、勉強に専念させる意向だ。

 まったく、朝から大変だった。
 確かに、亜紀ちゃんならいつ受験でも大丈夫だが、そういう問題ではない。
 俺はなるべく「普通」の生活をさせてやりたい。
 多分に俺の責任のせいだが、異常な生き方をさせてしまっている。
 そのせいか、学校で友達もいない。
 釣り合わないのだ。

 でも、バカでもダメでも、友達にはなれる。
 そういうことに気付いて欲しい。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「タカさんのバカー!」

 亜紀はタクシーの中で怒鳴っていた。

 「石神さん、落ち着いて」
 真夜がハラハラしている。
 運転手がバックミラーで見ている。

 「なによ! 修学旅行なんて全然行きたくないのに!」
 「そうでしょうけど、どうか機嫌を直して」
 「あー! なんで私が」
 「その通りです」
 「そう思うでしょ?」
 「はい、まったく」

 「温かいうちで、いつものように過ごしたいのに」
 「ほんとに、ほんとに!」
 「真夜も、あったかい家にいた方がいいでしょ?」
 「まあ、それは亜紀さんにこないだぶっ壊されましたが」
 「あぁ! アハハハハハ!」
 「……」

 真夜のグローブトロッターは、亜紀が買ってやった。
 亜紀は赤で、真夜はアイボリーだ。

 「真夜がいなかったら、絶対に行かなかった」
 「ありがとうございます」
 「でも帰りたいなー」
 「石神さんに、いいお土産を探しましょう」
 「あ! そうだね!」
 「はい!」

 「皇紀さんやルーさんとハーさんにも」
 「え、そっちはいいや」
 「そんなこと言わずに」
 「まあ、適当にね」

 真夜のお陰で、亜紀の機嫌は徐々に直って行った。

 「でも、小遣いは決まってますからね。慎重に選びましょう」
 「え?」
 「だから、一人2万円までって」
 「真夜、それしか持って来てないの?」
 「え、ええ」
 「あんた、マジメ?」
 「石神さんがそうじゃないですか」
 「私は500持って来てるけど?」
 「えぇー!」
 500円じゃないだろう。

 「何使うんですか!」
 「だって、京都だよ? 美味しいもの一杯ありそうじゃない」
 「そうですけど」
 「どうせ宿の食事じゃ足りないしね」
 「あ、ああー」
 真夜は亜紀の異常な食欲を知っている。

 「でも、バレたら」
 「私ね、何やっても怒られたことないから。休んでも欠席になったことないし」
 「そうなんですか!」
 亜紀の抜群の成績は、学校側で高い評価を得ていた。
 亜紀の機嫌を損ねて転校でもされることを恐れていた。
 間違いなく、東大でも京大でも、トップの成績で入学できる。
 その上、石神家からは、多額の寄付金も受け取っていた。

 「私と真夜は、いつでも自由行動できるからね!」
 「は、はぁ」
 「でも、京都って不良とかいるのかなぁ」
 「さぁ」
 「ヤクザでもいいんだけど」
 「いや、それは流石に」

 真夜も、無理だとは全然思ってない。
 単に平穏無事に過ごしたいだけだった。

 「ニューヨークでも、食べて暴れて過ごしてたからなー」
 「ソオッスカ」


 
 東京駅に着いた。
 待ち合わせの時間はもう僅かしかない。
 亜紀はキャリーケースを二つ握った。
 
 「真夜! 上に乗ってしっかり捕まって!」
 「は、はい!」

 亜紀の言うことは絶対服従だ。
 恐る恐る乗った。
 物凄い勢いで走り始めた。
 キャリーケースは宙に浮いた。
 真夜は必死でハンドルに捕まる。
 階段は、文字通り「飛んだ」
 真夜は目を瞑って恐怖に耐えた。
 しかし、思ったようなショックはない。
 Gは凄まじいが、振り落とされるような衝撃は一切なかった。
 亜紀がちゃんと制御している。

 1分もかからずに、待ち合わせの改札に着いた。
 真夜は真っ青だ。

 「石神、間に合ったか!」
 「遅くなりましたー!」
 「柿崎も一緒だな」
 「……」

 担任の教師は、他の教師に全員が集まったことを告げに行った。
 改札が開き、300人ほどの生徒がホームへ向かった。

 

 新幹線の中。

 「あぁー!」
 「どうしたんですか、石神さん?」
 「駅弁買い忘れたー!」
 「え?」
 「どうしよう!」
 「後で売りに来るんじゃないでしょうか?」
 「真夜!」
 「はい」
 「20個買って来て!」
 「へ?」

 亜紀が10万円を真夜に渡す。

 「肉系ね!」
 「は、はい!」
 「あ、もちろん、あんたの分もね!」
 「はい、ありがとうございます」

 別に自分は食べたくないが、と真夜は思った。
 周囲はワイワイ騒いでいる。
 真夜は、車両を出て行こうとして、教師の一人に呼び止められた。

 「柿崎! どこへ行くんだ?」
 「はい、石神さんの弁当を買いに」
 「ああ、そうか! 頑張れよ!」
 「はい」

 何のことも無かった。
 亜紀の要望だと分かると、教師は何も止めない。
 焼肉弁当とトンカツ弁当に鳥弁当、一応幾つか幕の内とホタテ弁当を買った。
 2万円で済んだ。

 「石神さん、買ってきました」
 「ありがとー!」
 亜紀が上機嫌になった。

 「あ! タカさんが好きそうなホタテだぁ!」
 亜紀が喜んだ。
 真夜は嬉しくなった。

 「あの、お釣りです」
 「ああ、それは真夜のお小遣いね! 一緒に行動するんだから、ある程度は持っといて!」
 「いえ、幾ら何でも多過ぎですよ」
 「あんたにはいつも世話になってる。本当にそう思ってるの」
 「でも、これは」
 「今日だって、真夜が門で待ってなきゃ、絶対来なかったもの」
 「そんな」
 「さあ、食べよう!」
 「石神さん」

 「余ったら返して。それでお願い!」
 「分かりました」

 嬉しそうに笑う亜紀を、これ以上待たせたくなかった。
 亜紀は真夜に焼肉弁当を膝に乗せてやった。

 「あの、あたしはお腹はあんまり減ってないです」
 「いいから! 一口でもいいからさ」
 「はい、じゃあいただきます」

 亜紀は茶まで買って来た真夜を褒めた。
 そして全部食べた。
 空の弁当を、真夜は何度かに渡って捨てに行った。
 戻ると、亜紀は寝ていた。
 
 「タカさーん」

 呟く亜紀を、真夜は微笑みながら見た。




 「あたしも石神さんがいなけりゃ、こんなのは来なかったですよ」
 真夜が呟くと、亜紀は仄かに笑った。

 真夜は、亜紀と一緒の旅行が楽しみになった。 
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