富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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エアコン故障

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 7月。
 梅雨が早々に明け、気温が急に上がったように感じる。
 クールビズが推奨され、ネクタイをしない会社員ばかりだ。
 もちろん、上着も着ない。

 「東南アジアかよ」
 
 俺は通年、スーツにネクタイを締めている。
 夏は毎年暑いものだ。
 それを「楽しむ」ことが人生を豊かにする。

 「最近、車で出勤が多いですね」

 亜紀ちゃんが朝食の時に言った。

 「だって暑いだろう!」

 当たり前だ。
 週に三日はアヴェンタドール、二日はベンツだ。
 月に二度ほど、コルベットで行く。
 冷房の効いた車内は快適だ。
 俺は外で酒を飲むこともほとんどないし、基本的に家と病院の往復しかない。


 

 7月初旬の火曜日。
 響子の部屋へ行くと、響子が首に携帯用の扇風機を提げていた。
 部屋が暑い。

 「今朝、エアコンが壊れまして」

 六花が説明した。
 急遽、業者を呼んでいるが、季節柄で来るのは明後日になるらしい。
 響子のいる場所はいろいろな意味で特殊で、部屋を移ることも難しい。
 ロックハートとの契約もある。

 「今、冷風機を手配してます」
 「そうか」

 冷風機は音が煩い。
 昼間はいいが、夜は寝るのにも影響するだろう。
 響子は既にぐったりしている。

 「大丈夫か?」
 「うん」

 俺はアビゲイルに電話した。
 響子の部屋のエアコンが故障したことを話し、夜は俺の家に連れて行く許可を得た。

 「もちろんいいとも! 是非響子を頼む」

 アビゲイルは許可してくれた。

 「タカトラのおうち!」

 元気の無かった響子が喜んだ。
 俺は一江と打ち合わせ、夕方以降に伸びそうなオペを調整し、早く帰れるようにした。

 「石神先生! 私も是非お宅へ」

 六花が言う。

 「お前はいいよ」
 「あの、うちのエアコンも調子が悪く」
 「嘘つけ!」
 
 悲しそうな顔をする。

 「お前、絶対わざとエアコンを壊すなよ!」
 「石神せんせー」
 「万一壊れてもホテルで寝ろ!」
 「そんなー」

 こいつが来たら、絶対タダじゃ済まねぇ。




 その日の夕方。
 響子は病院で夕食を食べ、俺と一緒に家に向かった。

 「響子ちゃん、いらっしゃい!」
 「ニャー」

 亜紀ちゃんとロボが出迎える。
 レイも柳もリヴィングで響子を歓迎する。
 もちろん、皇紀や双子もだ。
 俺が食事をしている間、響子はレイや柳と話していた。

 俺と一緒に風呂に入った。
 
 「タカトラ、まだ一杯傷だらけだね!」
 「お前もな!」

 俺たちは笑って、『新選組の旗は行く』を歌った。
 俺たちの最近大好きな歌だ。
 時代劇はどうかと思ったが、俺が一番好きな物だと言うと、響子が見たがった。
 ド嵌りした。


 ♪ 花の吹雪か血の雨か 今宵白刃に散るは何 誠一字に命をかけて 新選組は剣を執る ♪


 「カァーーーーーー!!!! いいよなぁ、まったく!」
 「そうだよね!」

 大声でもう一度歌っていると、亜紀ちゃんが飛び込んで入って来る。
 時代劇好きの亜紀ちゃんが一番好きなものが、この主題歌の『新選組血風録』だ。
 三人でもう一度歌った。

 俺は湯船に入って、『新選組血風録』の話をした。

 「俺は初放映の時に二歳だったけどな。もう大興奮して毎週観てたんだよ。毎日お袋に早く次の回を見せてくれって頼んでなぁ」
 「カワイイですね!」
 「アハハハ。それでな、大人になってからビデオが発売されたのな。早速買ったんだ。でもなぁ、全話じゃなかった。26話のうちの20話な。物凄く残念だったけど、もう元のフィルムがねぇのかと思った」
 「そうなんですか」
 「東映に問い合わせをしたのな。如何に俺があの番組に感動したのかって話して。二歳の時から観てたって言ったら驚かれて。よく覚えてますねって言うんだけど、「あたぼうよ!」って言ったら笑ってた」
 「アハハハハ!」

 「まだ若い人だったんだけど、その人はビデオ化する時に初めて観たらしんだよ。その人も大好きになって、いろいろ話し込んで。「〇月〇日の記念集会にいらっしゃいましたか?」って言うの。知らなかったよ。「何で俺に声を掛けないんだ!」って言ったらまた笑ってな。俺と話したからじゃないんだろうけど、その後で追加のビデオが出て、全話が揃った」
 「へぇー」
 「その後でDVDの時代になって、全話が順番通りに並んでな。亜紀ちゃんはこっちで観たということだ」
 「そうだったんですね!」

 「響子もDVDだよなー!」
 「……」
 「響子ちゃん?」

 「おい! こいつのぼせてるぞ!」

 俺たちはぐったりしている響子を慌てて外に出し、身体を冷やした。
 俺と亜紀ちゃんは必死で謝ったが、大事にはならなくて良かった。
 まったく、暑いからうちに連れて来たというのに。
 レイと柳に「時代劇バカ」と怒られた。





 翌朝、響子はうちで朝食を食べた。
 タケの所で毎回食べさせてもらう、フルーツ入りのヨーグルトだ。
 響子はニコニコして美味しいと言った。

 一緒に大改造コルベットで出勤する。
 俺は日中の運転の時にはカザールのサングラスをかける。
 響子にも亜紀ちゃんのシャネルのキャッツアイのサングラスを借りてかけてやった。
 響子が喜んで助手席に座り、走り出した。

 「スゴイね!」
 「どうだ、いいだろ?」
 「うん! なんか回ってるよ!」
 「おう! スーパーチャージャーな!」

 信号待ちをしていると、隣の車の人間がこっちを見て来る。

 「タカトラ、みんな見てるよ」
 「ああ、手を振ってやれよ」

 響子が手を振ると、あちらも振って来る。
 響子が喜んだ。
 響子は病院に着いてもサングラスを取らず、そのまま病室へ向かった。
 途中でナースたちにカッコイイと言われ、超ご機嫌だった。

 


 病室では六花が待っていた。

 「何とか頼み込んで、今日修理してもらえるようにしました」
 「おお、そうか!」
 「……」

 午後に業者が来て、きちんと修理して帰った。
 
 「響子、直りましたよ! 良かったですね!」

 「六花のバカ」
 「はい?」




 その日、響子は六花と口を利かなかった。
 夕方に俺がシャネルのサングラスを買ってやり、ようやく機嫌を直した。 
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