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桃とネクタリン
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早乙女と飲んだ翌日の土曜日。
昼食を食べ終わると、早乙女から電話が来た。
「おう!」
「でかい声を出すな」
案の定、二日酔いだ。
「昨日は大丈夫だったか!」
でかい声で言った。
「ウゥゥ、ああ。家に帰ってすぐに気を喪ったけどな」
「あ? じゃあ、昨日のことは全部覚えてんのか」
「ああ」
俺は大笑いした。
早乙女にとっては、トラウマになりそうな記憶だろう。
「あんなに酒を飲んだのは、他に一度しかない」
「!」
自制の塊のような男だ。
深酒をするようなことは、本当に無かっただろう。
早乙女は赤星綺羅々に父親と最愛の姉を殺されている。
「おい、悪かったな」
「え? いや、楽しかったぞ。警察の新人歓迎会の時は散々だったけどな」
「あ?」
「いや、だから今回は楽しかったから良かったって」
「てめぇ! 今度は「久遠ちゃんニャンコ」にしてやっからなー!」
「なんだって?」
このやろう。
「いや、いい。貴重な酒だった」
「よくは分からないが。まあとにかく会って話したい」
「そうか、じゃあうちに来い」
「悪いんだが、うちに来てもらえないか。まだ身体がどうにも」
「ケッ、情けねぇ。分かったよ。これからでいいか?」
「ああ、30分は後にしてくれ。これからシャワーを浴びたい」
「分かった」
起きてくすぐに俺に電話したのか。
二日酔い野郎が。
俺は二日酔い用の薬を用意した。
「亜紀ちゃん、ちょっと出て来る」
「はーい! 夕飯は食べますよね」
「ああ、そんなに時間は掛からないと思うよ」
「分かりました! いってらっしゃーい」
「おう」
早乙女のマンションは表参道にある。
公務員のくせに、いい場所に住んでやがる。
まあ、恐らくは緊急時の対応のためだろうが。
マンションの駐車場にベンツを止めた。
俺の車の中で最も「目立たない」真っ赤なスポーツカーだ。
部屋は分かっているので、エレベーターで上がった。
でかいマンションの8階に住んでいる。
チャイムを押した。
すぐに早乙女が顔を出した。
薄いグレーのスラックスに、ワイシャツを着ている。
相当な二日酔いのはずだが、俺に気を遣ってちゃんとした格好でいる。
自制心の強い男だ。
俺は部屋へ入った。
3LDKの結構広いマンションだ。
綺麗に片付いている。
二日酔い野郎が急には出来ないだろうから、普段からそうなんだろう。
「おい、二日酔いの薬だ」
「え?」
「すぐに飲め。ぬるま湯でな」
「あ、ああ」
「ああいい! 俺が用意する。キッチンを借りるぞ」
「すまない」
ポットは無かった。
シンクでお湯を出し、コップに注いで持って行った。
俺はまたキッチンに戻り、千疋屋の桃を剥いてカットした。
適当な皿に盛る。
その間に湯を沸かし、勝手にコーヒーを淹れた。
早乙女はなかなかいい道具を持っていた。
コーヒーが好きなのだろう。
早乙女には白湯を注いだ。
「桃なら喰えるだろう」
「ありがとう」
「ふん!」
俺は自分の皿の桃を食べた。
やはり、千疋屋は間違いがない。
早乙女も一口食べて感動していた。
「好きかは分らんが、ネクタリンと杏子も持って来た。夜になれば、もうちょっと何か喰えるだろう」
「ああ。本当にありがとう。この桃は美味いな」
「俺様が買って来るんだからなぁ!」
早乙女が桃を喰い終わるまで待った。
「それで、「業」がロシアにいるんだって?」
「ああ。でも確証ではないんだ。うちの海外担当が掴んだ。ロシアのグルジア・マフィアの一派だ。恐らくフランス外人部隊の頃から面識があったのだろう」
「ヨーロッパにも進出している連中か」
「お前は話が早い。その通りだ。先日ヨーロッパにいる人間から、一年前に日本人がロシアに逃れた情報がもたらされた。調べていくと、どうもその日本人はフランス外人部隊から脱走したらしい。その後グルジア・マフィアの連中の手によってキエフへ向かった」
「キエフ?」
「ああ。そこまでの情報だ。だが、時期的に見て、俺は「業」なのだと思う」
「そうだな。しかしどうしてウクライナなんかに」
「分からない。そこへ向かったということだけだから、またそこから移動しているのかもしれない」
俺は妙に引っ掛かっていた。
「業」の目的はキエフにあった、と俺の勘が告げている。
しかし、どうしてあんな地方都市に。
俺は考えていた。
何か重大なものに手が届きそうだった。
「おい、ネクタリンも食べていいか?」
「てっめぇー! 今重要なことが分かりかけていたのに!」
「え、すまん」
俺は早乙女を睨みつけ、ネクタリンを剥いてやった。
「ほら!」
「すまん」
「冷やした方が美味いのに」
「いや、お前の買って来てくれたフルーツがあまりに美味くて」
「杏子はとっとけよな。ネクタリンもまだ一つある」
「感謝する」
薬が効いて来たらしい。
早乙女は随分と楽そうな顔になった。
「水分を摂って少し寝ろ。夕方には大丈夫だろうが、胃が荒れてるからな。消化のいいものを今日は喰え」
「分かった。いろいろとありがとう」
「いや、俺が調子に乗って飲ませ過ぎたんだ。悪かったな」
「石神、夕べは本当に楽しかった」
「そうかよ。じゃあまた行こうな」
「頼む」
ヘンな野郎だ。
あんな乱痴気騒ぎをし、恥ずかしい告白もしておきながら、平然としている。
まあ、あの化け物の綺羅々にビビらずに戦った男だ。
きっと頭のネジが何本もぶっ飛んでいるんだろう。
俺は情報の礼を言い、マンションを出た。
あいつは父親と姉を殺され、友達もいないままで、あのマンションに独りで耐えていた。
尋常ではない精神力だ。
そのあいつが、俺を友達だと言ってくれた。
悪い気分ではない。
この広い世界で、早乙女久遠の友達は俺一人だけだ。
「たまんねぇな!」
俺は大笑いしてベンツに乗り込み、ルーフを畳んで風を感じながら帰った。
桃とネクタリンが美味いと言っていた。
また喰わせよう。
昼食を食べ終わると、早乙女から電話が来た。
「おう!」
「でかい声を出すな」
案の定、二日酔いだ。
「昨日は大丈夫だったか!」
でかい声で言った。
「ウゥゥ、ああ。家に帰ってすぐに気を喪ったけどな」
「あ? じゃあ、昨日のことは全部覚えてんのか」
「ああ」
俺は大笑いした。
早乙女にとっては、トラウマになりそうな記憶だろう。
「あんなに酒を飲んだのは、他に一度しかない」
「!」
自制の塊のような男だ。
深酒をするようなことは、本当に無かっただろう。
早乙女は赤星綺羅々に父親と最愛の姉を殺されている。
「おい、悪かったな」
「え? いや、楽しかったぞ。警察の新人歓迎会の時は散々だったけどな」
「あ?」
「いや、だから今回は楽しかったから良かったって」
「てめぇ! 今度は「久遠ちゃんニャンコ」にしてやっからなー!」
「なんだって?」
このやろう。
「いや、いい。貴重な酒だった」
「よくは分からないが。まあとにかく会って話したい」
「そうか、じゃあうちに来い」
「悪いんだが、うちに来てもらえないか。まだ身体がどうにも」
「ケッ、情けねぇ。分かったよ。これからでいいか?」
「ああ、30分は後にしてくれ。これからシャワーを浴びたい」
「分かった」
起きてくすぐに俺に電話したのか。
二日酔い野郎が。
俺は二日酔い用の薬を用意した。
「亜紀ちゃん、ちょっと出て来る」
「はーい! 夕飯は食べますよね」
「ああ、そんなに時間は掛からないと思うよ」
「分かりました! いってらっしゃーい」
「おう」
早乙女のマンションは表参道にある。
公務員のくせに、いい場所に住んでやがる。
まあ、恐らくは緊急時の対応のためだろうが。
マンションの駐車場にベンツを止めた。
俺の車の中で最も「目立たない」真っ赤なスポーツカーだ。
部屋は分かっているので、エレベーターで上がった。
でかいマンションの8階に住んでいる。
チャイムを押した。
すぐに早乙女が顔を出した。
薄いグレーのスラックスに、ワイシャツを着ている。
相当な二日酔いのはずだが、俺に気を遣ってちゃんとした格好でいる。
自制心の強い男だ。
俺は部屋へ入った。
3LDKの結構広いマンションだ。
綺麗に片付いている。
二日酔い野郎が急には出来ないだろうから、普段からそうなんだろう。
「おい、二日酔いの薬だ」
「え?」
「すぐに飲め。ぬるま湯でな」
「あ、ああ」
「ああいい! 俺が用意する。キッチンを借りるぞ」
「すまない」
ポットは無かった。
シンクでお湯を出し、コップに注いで持って行った。
俺はまたキッチンに戻り、千疋屋の桃を剥いてカットした。
適当な皿に盛る。
その間に湯を沸かし、勝手にコーヒーを淹れた。
早乙女はなかなかいい道具を持っていた。
コーヒーが好きなのだろう。
早乙女には白湯を注いだ。
「桃なら喰えるだろう」
「ありがとう」
「ふん!」
俺は自分の皿の桃を食べた。
やはり、千疋屋は間違いがない。
早乙女も一口食べて感動していた。
「好きかは分らんが、ネクタリンと杏子も持って来た。夜になれば、もうちょっと何か喰えるだろう」
「ああ。本当にありがとう。この桃は美味いな」
「俺様が買って来るんだからなぁ!」
早乙女が桃を喰い終わるまで待った。
「それで、「業」がロシアにいるんだって?」
「ああ。でも確証ではないんだ。うちの海外担当が掴んだ。ロシアのグルジア・マフィアの一派だ。恐らくフランス外人部隊の頃から面識があったのだろう」
「ヨーロッパにも進出している連中か」
「お前は話が早い。その通りだ。先日ヨーロッパにいる人間から、一年前に日本人がロシアに逃れた情報がもたらされた。調べていくと、どうもその日本人はフランス外人部隊から脱走したらしい。その後グルジア・マフィアの連中の手によってキエフへ向かった」
「キエフ?」
「ああ。そこまでの情報だ。だが、時期的に見て、俺は「業」なのだと思う」
「そうだな。しかしどうしてウクライナなんかに」
「分からない。そこへ向かったということだけだから、またそこから移動しているのかもしれない」
俺は妙に引っ掛かっていた。
「業」の目的はキエフにあった、と俺の勘が告げている。
しかし、どうしてあんな地方都市に。
俺は考えていた。
何か重大なものに手が届きそうだった。
「おい、ネクタリンも食べていいか?」
「てっめぇー! 今重要なことが分かりかけていたのに!」
「え、すまん」
俺は早乙女を睨みつけ、ネクタリンを剥いてやった。
「ほら!」
「すまん」
「冷やした方が美味いのに」
「いや、お前の買って来てくれたフルーツがあまりに美味くて」
「杏子はとっとけよな。ネクタリンもまだ一つある」
「感謝する」
薬が効いて来たらしい。
早乙女は随分と楽そうな顔になった。
「水分を摂って少し寝ろ。夕方には大丈夫だろうが、胃が荒れてるからな。消化のいいものを今日は喰え」
「分かった。いろいろとありがとう」
「いや、俺が調子に乗って飲ませ過ぎたんだ。悪かったな」
「石神、夕べは本当に楽しかった」
「そうかよ。じゃあまた行こうな」
「頼む」
ヘンな野郎だ。
あんな乱痴気騒ぎをし、恥ずかしい告白もしておきながら、平然としている。
まあ、あの化け物の綺羅々にビビらずに戦った男だ。
きっと頭のネジが何本もぶっ飛んでいるんだろう。
俺は情報の礼を言い、マンションを出た。
あいつは父親と姉を殺され、友達もいないままで、あのマンションに独りで耐えていた。
尋常ではない精神力だ。
そのあいつが、俺を友達だと言ってくれた。
悪い気分ではない。
この広い世界で、早乙女久遠の友達は俺一人だけだ。
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俺は大笑いしてベンツに乗り込み、ルーフを畳んで風を感じながら帰った。
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