富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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呪いを破れ!

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 双子を家で降ろし、俺は蓮花の研究所へレイラの遺体を運んだ。
 蓮花には家から概略を話していた。
 高速を途中で休むことなく走った。
 雨が降り始め、やがて激しくなっていく。
 初めてレイラと出会った日のようだった。

 


 蓮花は玄関で待っており、俺は降ろしたレイラの遺体を蓮花が用意していたストレッチャーに乗せた。
 蓮花が押そうとするのを断り、俺が運んだ。
 以前にヴァーミリオンを調べた最下層の部屋で、遺体を冷蔵庫へしまった。
 蓮花と食堂へ上がる。
 蓮花は俺のために食事を用意してくれていた。

 俺は食べながら、蓮花に詳細を話した。

 「まさか、石神様の血が……」
 「俺も迂闊だった。想像もしていなかった」
 「わたくしもです。わたくしがもっと注意深く考えていれば」
 「そう言うな。これは俺の責任だ」

 俺は蓮花に指示を出した。

 「まず、俺のDNAを調べてくれ。万一異常があれば、士王にも影響する。それから血液だ。そちらはもっと徹底的にな。DNA、RNAはもちろん、赤血球、白血球、血小板、その他全てを徹底的に調べてくれ。生理的、免疫的、あらゆる方向でだ。何が普通の人間と違うのか、それを見つけ出せ」
 「はい、かしこまりました」
 「それとレイラの方もだ。レイラと俺との相性なのか、他の人間にも影響するものなのか」
 「はい」

 蓮花は真剣に聞いている。
 様々な思考が蓮花の中で渦巻いていることだろう。
 蓮花は生理学、生物学、細胞学の専門家でもある。

 「レイラは次第に激痛に襲われるようになったようだ。それを和らげるために、ヘロインを使った」

 俺はレイラの部屋にあったヘロインを蓮花に渡した。
 5キロあった。

 「でもヘロインも徐々に痛みを和らげなくなった。痛みのせいかは分からんが、食欲も落ち、レイラはやせ細っていた」
 「はい、先ほど拝見しました」
 「まるで末期がんの患者のようだ」
 「はい」
 「腫瘍の有無も調べてくれ」
 「はい、必ず」

 俺は一晩泊り、蓮花の作業の幾つかを手伝った。
 MRIとCTで詳細な断面を撮影していく。
 特に脳の画像は5ミリ間隔で撮った。

 


 翌朝、俺は斬の屋敷へ行った。
 斬に、花岡の習得過程で激痛が起こる場合を聞いたが、その事例は無かった。

 「お前たちもやっただろうが、最初に基礎的な動きを教える。言い換えればそれが無ければ技は使えない」
 「そうだな」
 「偶然に出来るものではないことは、お前も分かっているだろう」
 「ああ」
 
 斬は俺に何も聞かなかった。
 俺が尋ねることに、ただ答えてくれた。

 「でも、何事も例外はある。栞が生む子どもは、最初から「花岡」の基礎が備わっているはずだ」
 「なに?」
 「だから栞の教育が必要なのだ。制御しなければ、自分を傷つけることになるからな」
 「どういうことだ」
 「俺たちはどこへ向けて撃つのかを決めている。しかし、何も知らずに撃てば、それは己に向いているかもしれん」
 「!」

 「まあ、分かっていて己に向ける者もいるかもしれんがな。ワシには分からんが」

 俺はそういう人間を一人だけ知っている。



 レイがそうだったのではないのか。



 俺は斬の屋敷を出て帰った。





 週末。
 俺は蓮花からの報告を聞いた。
 今までの所、俺の身体には異常は無かった。
 もちろん、まだ検査は続けると言っているが、蓮花が本気でやったことだ。
 一通りのものは終わっているだろう。

 レイラの方も同じだった。

 「石神様。一つ、わたくしの愚考の想像を申し上げてもよろしいでしょうか」
 「なんだ?」
 「わたくしは、現代医学、生物学では捉え切れない何かを想像しております」
 「まあ、それは分かるが」
 「石神様は、どうして栞様を妊娠させたのでしょうか?」
 「!」

 「石神様の御意志が普通の人間には届かない程大きなものであることを、私は知っております。その御意志は細胞レベル、代謝や様々な生命活動に密接に関わっているのではないかと」

 俺は蓮花の説明に驚いていた。
 俺は明確に栞を妊娠させたいと思っていた。
 そして、その通りになったのだ。
 その経緯は、他人から指摘されるまで自分でも気づいていなかった。
 俺にとっては、当たり前のことのように考えていた。

 「石神様は、今回どのようにお考えになり、輸血をなさいましたか?」
 
 蓮花が俺に問うた。

 「俺は何としてもレイラを助けたかった。そして両親を一夜にして喪った哀れなレイラに、強く生きて欲しいと願った」

 蓮花は黙って聴いていた。

 「俺がそう願ったからだろうか、蓮花」
 「分かりません。わたくしの想像を遙かに超えたことでございますので」
 「そうか」

 しかし、俺の中では確信に変わっていた。

 「仮に、俺が願ったので俺の力の一部がレイラに宿ったとする。でも、どうしてそれがレイラを滅ぼすことになったのか」
 「石神様の御力は、あまりに巨大です。御心も優しく、そしてあまりにも強い。その力を振るい、他人を苦しめたとして、普通の人間、まして子どもがその結果に耐えられましょうか」
 「……」

 俺の中で繋がった。
 レイラは自分を苦しめた者たちへ残虐な復讐を果たした。
 しかし、まだ子どもであったレイラは、そのことでまた苦しみ始めた。
 人が決して為しえないことを為すことが出来たレイラ。
 その巨大な反動で自分の罪の意識に耐えられなかったレイラ。
 苦悩から逃れるために、超越者然とするために罪を犯し続け、その度に己を壊し続けた。
 それがレイラの苦痛であり、滅びへ導いたものだ。

 俺の罪だ。
 俺が救おうと思ったために、レイラを地獄へ堕としてしまった。

 「石神様のせいではございません」
 「蓮花……」

 「何かを与えられ、それを悪用する弱き者は数多くいます。それでも尚、何かを与え続けるのが石神様ではございませんか」
 「ありがとう、蓮花」

 俺は電話を切ろうとした。
 蓮花が最後に俺に話した。

 「石神様、もう一つわたくしの愚考をお聞きいただけませんか?」
 「なんだ、何でも言ってくれ」
 「道間麗星様にご相談されてはいかがでしょうか?」
 「麗星さんに?」
 「はい。あの方は「縁」について、並々ならぬ洞察を持っている方と感じました。石神様が些細な「縁」を開かれるだけで、麗星さまは即座に察知され行動に移られました」
 「ああ、なるほど。確かにな」
 「あの方であれば、石神様が今後どのように注意されるべきかをお教え下さるのではないかと」
 「そうだな、それは思いもよらなかった」
 「差し出がましいことを申しました」
 「いや、蓮花、本当にありがとう」

 俺は電話を切った。





 俺は京都へ出向く段取りを考えていた。
 何としても、呪いを解かなければならない。 
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