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早乙女家、吉報です! Ⅲ
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「吉原さん、ちょっと飲み過ぎですよ」
「大丈夫さね」
また吉原が上がり込んで来た。
仕事柄、自分の部屋に他人を入れることはほとんどない。
家族は別だが、早乙女には家族はもういなかった。
だが、不思議とこの吉原龍子だけは家に出入りさせている。
自分でもよく分からない。
吉原の持って来る様々な食事や酒が美味かったことは確かだ。
しかし早乙女がそんなことで私生活に触れさせることは無いはずだった。
「そろそろね。あんたの運命が動きそうだったんでね。その前祝さね」
「俺の運命?」
「そうだよ。一目見た時から感じていた。あんたはいずれとんでもなく大きな仕事をすることになる」
「俺が? いや、俺なんてとても大したことは。俺がやり遂げたいのは一つのことだけだ」
早乙女は父と姉への復讐を思い、グラスを握りしめた。
「そうさ。もうすぐその「一つ」が始まる。そこからあんたの本当の運命が回り始めるのさ」
「……」
早乙女には意味は分からない。
自分が秘めた思いを、吉原が知るわけもない。
心の疵に触れられることは嫌だった。
早乙女は話題を変えた。
「ところで吉原さんは、どういう仕事をしているんです?」
「拝み屋だよ。知ってるかい?」
「いや、すまない」
「まあ、探し物から縁結びにその逆、それに呪殺もやれるよ。何かあるかい?」
「!」
話題は変わったが、それも物騒な話になった。
「いや、別に。それであの日に揉めていたのか」
「そうさね。ヤクザの親分がね。自分の親を殺して欲しいって。それでやってやったら自分じゃなくて別な人間が親になった。それで怒って八つ当たりだよ。半金も寄越さないでね」
「そうなのか」
「まあ、今はもういなくなったから、これ以上の揉め事はないけどね」
「それは……」
「アーハハハハハ!」
吉原が高笑いし、早乙女は少し気分が悪くなった。
「あんたは私を助けてくれた。まあ、どうでもいいんだけど、あの時にあんたを初めて「観た」。信じられないほどの運命なんだねぇ、あんたは」
「俺?」
「神に近い男との縁が結ばれるよ。その男は本当にでかい。真っ赤な炎の柱だ。「神獣の王」だよ。あんたはその手助けをする」
「なんです、それは?」
「巨大な王にはまた巨大な敵がいる。恐ろしい奴さね。世界を滅ぼす力を与えられている」
「俺にはよく分かりませんよ」
「だろうね」
吉原はまた笑った。
普段は怖い顔をしているが、早乙女の前では柔和になる。
そして今、吉原は一層優し気な顔で早乙女を見ていた。
「あんたは優しい男さね」
「やめてくださいよ。俺はダメな奴だから、友達も一人もいない」
「ああ、それは大丈夫だよ」
「え?」
「あんたは親友を得るよ。その「神獣」の王だ。すごいね。それにその親友から、最愛の人間と出会わせてもらえる」
「ほんとに?」
早乙女も信じてはいない。
だけど、そう言われて少しばかり嬉しかった。
「まあ、いずれ分かるよ」
吉原は聞き取れないほどの小さな声で呟いた。
「まさか、またあの子と縁が繋がるとはね」
早乙女は聞こえない振りをした。
吉原が思わず呟いてしまったことが分かったからだ。
その一週間後、早乙女は石神高虎から呼ばれた。
《赤星綺羅々と敵対する者だ》
そう言われた。
早乙女はすぐに動いた。
巧妙に消されてはいたが、公安の資料から、石神高虎の信じられない力の一端を確認した。
石神高虎と接触するかを迷っていた時。
また吉原龍子が来た。
「ぐずぐずするんじゃないよ、まったく。早く会いなよ」
家に入るなり、吉原はそう言った。
早乙女は吉原が自分の悩みを見通していることを感じた。
「吉原さん、まさか何か知っているんですか?」
「もちろんだ。あんた、あの方に繋がったんだろ?」
「え?」
「迷ってる暇はないよ。あんたの仇討を手伝ってくれる。あんたらはそういう運命なんだ」
「ちょっと待ってくれ。吉原さん、本当に何か知ってるの?」
「あんたの仇は強いよ。現成すれば日本は滅茶苦茶だ」
「げんじょう?」
また意味が分からないことを話し出した。
「人間じゃないからね。身体の中に凄いバケモノがいる。しかも二匹もね。道間の連中もとんでもないことをしたもんだ」
「道間?」
「あんた、死ぬんじゃないよ? まあ、あの方が守ってくれるんだろうけど」
その日はお茶だけ飲んで帰った。
これから新宿のキャバレーでゴキブリの大移動をするそうだ。
ライバル店に流すのだと言っていた。
その話もよく分からなかった。
そして、その会話をしたことすら忘れてしまった。
石神たちと一緒に赤星綺羅々を斃すことが出来た。
家に帰ると玄関前に鍋が置いてあった。
《おめでとう。これはお祝いだ》
そうメモがあった。
中身は早乙女が好物のクリームシチューが入っていた。
また姉が作ってくれた味に似ていた。
その後、早乙女は西条雪野と出会い、短期間の交際の後に結婚する。
新居を構え、引っ越しをすることになった。
雪野が手伝いに来た。
引っ越し業者を連れて部屋へ入ろうとした時、雪野は廊下で年配の女性に呼ばれた。
「あの、早乙女のお知り合いですか?」
「そうだよ。へぇ、あんたが! なかなか良い光だね」
「はい?」
「あの唐変木がよくもまあ、あんたみたいな女をねぇ。これもあの方のお陰だね?」
「あの、早乙女を呼んで来ましょうか?」
「いいよ。湿っぽいのは苦手なんだ。これをあんたに渡したくてさ」
「私に?」
「あの唐変木はいい奴だ。あいつの光も綺麗だった。私なんかにはもったいなくね」
「そうですか」
「あいつと一緒に飲み食いするのは楽しかった。私が他人と一緒に飯を喰うなんて、もう無いことかと思ってたけどね」
「よろしければ今後も。それほど離れた場所でもありませんし」
女が笑った。
「嬉しいけどね。これからはあんたらも結構ヤバい。あの方が守ってくれるけど、私は関わりたくないね」
「そうなんですか?」
「まあ、幸せにおなりよ。これは餞別だ」
「ありがとうございます」
女から奉書紙に包んだ長方形のものを受け取った。
「光の人間同士が結ばれると、「光の子」が生まれる。子どもたちを大事にしなさい。大きな運命を持っているからね」
「はぁ」
「じゃあ、元気でね」
「あの、ちょっとお待ちください、主人を今!」
女は笑ってエレベーターに乗って去った。
雪野は包を大事に抱え、自分で新居まで運んだ。
「その包はなんですか?」
「はい、大事なものですので、私自身で運びますね」
「そうなんですか」
早乙女はそれ以上聞かなかった。
早乙女自身も不思議なほど、そういうものなのだと納得していた。
その包は夫婦の寝室のサイドボードの上に奉書紙に包んだまま置かれた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「ね、石神さん。不思議なお話でしょう?」
「いやね、雪野さん。そんなことより、何でそんな怪しいものを平気で置いてるんですか!」
「石神、違うんだ。今までずっと忘れていたんだよ」
早乙女が雪野さんを庇う。
「だって寝室に飾ってるんだろう! お前は雪野さん以外にもちゃんと見ろ!」
双子が「ギャハハハハ」と下品な笑い方をするので頭をひっぱたいた。
「本当なんだ。二人で毎日見ていたはずなのに、何も感じていなかった。それに雪野さんも吉原さんと会ったことも忘れていた。俺もそうなんだ」
「なんだよ、そりゃ」
「お前に連絡して、夕べのことなんだ。二人で「なんだあれは」って気付いて。そうしたら、二人とも一気に思い出した」
「ヤバイな」
俺は心配した。
結構な力のある拝み屋のようだった。
「ルー、ハー、今度早乙女の家に行って、一度見てくれ」
「「はーい!」」
「いや、持って来たから」
「「「「「「ナニィ!」」」」」」
早乙女を全員で睨んだ。
「テメェ! なんでそんな物騒なものをこの家に入れやがったぁ!」
俺が怒鳴った。
「え、いや。お前に見てもらおうかと」
「このバカ!」
うちにはクロピョンやタヌ吉たちの霊的防衛機構がある。
うちに害を為すものを持ち込めば、たちまち制裁される。
危なかった。
俺は早乙女にそういう話をした。
早乙女たちは青ざめていた。
「しょうがねぇ。持って来い!」
早乙女が部屋に戻り、急いで包を持って来た。
「どうだ?」
俺は双子に聞いた。
「結構スゴイよ。早乙女さんたちを守るためのものらしいけど」
「青光りしてるよね。それと、開運祈願と安産祈願と縁結び祈願?」
「最後のはあんまり効いてねぇな。まだこいつ友達少ないし」
双子はいつになく解説してくれた。
人間がやったことなので、話してもいいそうだ。
「なんか入ってるよ?」
早乙女たちへのものではないらしい。
ハーが早乙女と俺に断って包みを開いた。
手紙が入っていた。
《「虎王」の主の方へ》
そう書いてあった。
俺が手紙を拡げて読み上げる。
吉原龍子が早乙女と雪野さんを気に入っていること。そして自分が早乙女一家に世話になっていたこと。
父親は早乙女と同じように客とのトラブルを解決してくれ、早乙女の姉は不愛想な自分にいつも話し掛けてくれ、買い物袋などをよく替わって持ってくれていたこと。
時々自分の家に来て、何か困っていないかと声を掛けてくれていたこと。
そして、早乙女の運命が見えたこと。
《卑小なる自分ではお力にはなれませんが、どうか早乙女さんと奥様、そしてお子様たちをお守り下さい》
そう最後に認められ、「お好きにお使い下さい」と、鍵が入っていた。
早乙女と雪野さんは驚いていた。
「実はここへ来る前に、吉原さんの部屋へ二人で行ったんだ。聞いてみようと思って。でも、留守だった」
「そうなのか」
「ドアの新聞受けに、一杯紙が押し込まれていた。あれは前にもあったけど、客の依頼とか苦情だ。いつも吉原さんが片付けていたので、多分しばらく留守にしているんだろうと思う」
「そうか」
「少ししたら、また行ってみようと思う」
早乙女がそう言うと、双子が俺の袖を引っ張った。
早乙女たちの後ろを見ている。
そういうことか。
俺たちは翌日、早乙女達と一緒に吉原龍子のマンションの部屋へ行った。
ハマーと柳のアルファードに分乗する。
思っていた通り、部屋は包に入っていた鍵で開いた。
居間のテーブルに手紙があった。
早乙女宛だった。
早乙女が中身を開くと、財産の贈与のための書類と、自分の処置の方法が書かれていた。
寝室のベッドで、吉原龍子は死んでいた。
数日は経つのだろうが、不思議に遺体は傷んでいなかった。
早乙女が警察と救急車の手配をした。
老衰と診断された。
一応急性心不全だ。
遺書もある状況から事件性はない。
生前に鍵を預かっており、早乙女が連絡が付かないので様子を見に行ったことにしている。
俺は部屋の中にあったものを双子に見させ、一部を早乙女に断って警察が来る前に運んだ。
預金通帳があり、とんでもない額が入っていた。
吉原龍子の手紙に、すべて早乙女に譲ると書いてあった。
手紙の最後の方に、早乙女と雪野さん、そしてその子どもたちの幸せを祈ると書かれていた。
そのまた本当の最後に、俺宛と思われることが書いてあった。
《「虎王」の主様へ。 後のこと、どうか宜しくお頼み申し上げます》
具体的な内容は無かった。
でも、俺はそれが早乙女たちのことだと感じた。
俺には二重線で消された部分が気になっていた。
《お父様のこと》
早乙女の父親のことかと思うが、何故消されたのか分からない。
吉原龍子の遺書にあったように、指定の寺で葬儀を行ない、連絡する人間たちを呼んだ。
早乙女夫妻と俺も参列した。
墓は既に準備され、永代供養の手続きも済んでいた。
財産を相続すべき係累はいなかった。
吉原龍子は何冊かのノートを残していた。
俺宛のものになっていた。
それは、吉原龍子が知る「能力者」の名前と住所、それに各人の能力や性格、その他について書かれていた。
「大丈夫さね」
また吉原が上がり込んで来た。
仕事柄、自分の部屋に他人を入れることはほとんどない。
家族は別だが、早乙女には家族はもういなかった。
だが、不思議とこの吉原龍子だけは家に出入りさせている。
自分でもよく分からない。
吉原の持って来る様々な食事や酒が美味かったことは確かだ。
しかし早乙女がそんなことで私生活に触れさせることは無いはずだった。
「そろそろね。あんたの運命が動きそうだったんでね。その前祝さね」
「俺の運命?」
「そうだよ。一目見た時から感じていた。あんたはいずれとんでもなく大きな仕事をすることになる」
「俺が? いや、俺なんてとても大したことは。俺がやり遂げたいのは一つのことだけだ」
早乙女は父と姉への復讐を思い、グラスを握りしめた。
「そうさ。もうすぐその「一つ」が始まる。そこからあんたの本当の運命が回り始めるのさ」
「……」
早乙女には意味は分からない。
自分が秘めた思いを、吉原が知るわけもない。
心の疵に触れられることは嫌だった。
早乙女は話題を変えた。
「ところで吉原さんは、どういう仕事をしているんです?」
「拝み屋だよ。知ってるかい?」
「いや、すまない」
「まあ、探し物から縁結びにその逆、それに呪殺もやれるよ。何かあるかい?」
「!」
話題は変わったが、それも物騒な話になった。
「いや、別に。それであの日に揉めていたのか」
「そうさね。ヤクザの親分がね。自分の親を殺して欲しいって。それでやってやったら自分じゃなくて別な人間が親になった。それで怒って八つ当たりだよ。半金も寄越さないでね」
「そうなのか」
「まあ、今はもういなくなったから、これ以上の揉め事はないけどね」
「それは……」
「アーハハハハハ!」
吉原が高笑いし、早乙女は少し気分が悪くなった。
「あんたは私を助けてくれた。まあ、どうでもいいんだけど、あの時にあんたを初めて「観た」。信じられないほどの運命なんだねぇ、あんたは」
「俺?」
「神に近い男との縁が結ばれるよ。その男は本当にでかい。真っ赤な炎の柱だ。「神獣の王」だよ。あんたはその手助けをする」
「なんです、それは?」
「巨大な王にはまた巨大な敵がいる。恐ろしい奴さね。世界を滅ぼす力を与えられている」
「俺にはよく分かりませんよ」
「だろうね」
吉原はまた笑った。
普段は怖い顔をしているが、早乙女の前では柔和になる。
そして今、吉原は一層優し気な顔で早乙女を見ていた。
「あんたは優しい男さね」
「やめてくださいよ。俺はダメな奴だから、友達も一人もいない」
「ああ、それは大丈夫だよ」
「え?」
「あんたは親友を得るよ。その「神獣」の王だ。すごいね。それにその親友から、最愛の人間と出会わせてもらえる」
「ほんとに?」
早乙女も信じてはいない。
だけど、そう言われて少しばかり嬉しかった。
「まあ、いずれ分かるよ」
吉原は聞き取れないほどの小さな声で呟いた。
「まさか、またあの子と縁が繋がるとはね」
早乙女は聞こえない振りをした。
吉原が思わず呟いてしまったことが分かったからだ。
その一週間後、早乙女は石神高虎から呼ばれた。
《赤星綺羅々と敵対する者だ》
そう言われた。
早乙女はすぐに動いた。
巧妙に消されてはいたが、公安の資料から、石神高虎の信じられない力の一端を確認した。
石神高虎と接触するかを迷っていた時。
また吉原龍子が来た。
「ぐずぐずするんじゃないよ、まったく。早く会いなよ」
家に入るなり、吉原はそう言った。
早乙女は吉原が自分の悩みを見通していることを感じた。
「吉原さん、まさか何か知っているんですか?」
「もちろんだ。あんた、あの方に繋がったんだろ?」
「え?」
「迷ってる暇はないよ。あんたの仇討を手伝ってくれる。あんたらはそういう運命なんだ」
「ちょっと待ってくれ。吉原さん、本当に何か知ってるの?」
「あんたの仇は強いよ。現成すれば日本は滅茶苦茶だ」
「げんじょう?」
また意味が分からないことを話し出した。
「人間じゃないからね。身体の中に凄いバケモノがいる。しかも二匹もね。道間の連中もとんでもないことをしたもんだ」
「道間?」
「あんた、死ぬんじゃないよ? まあ、あの方が守ってくれるんだろうけど」
その日はお茶だけ飲んで帰った。
これから新宿のキャバレーでゴキブリの大移動をするそうだ。
ライバル店に流すのだと言っていた。
その話もよく分からなかった。
そして、その会話をしたことすら忘れてしまった。
石神たちと一緒に赤星綺羅々を斃すことが出来た。
家に帰ると玄関前に鍋が置いてあった。
《おめでとう。これはお祝いだ》
そうメモがあった。
中身は早乙女が好物のクリームシチューが入っていた。
また姉が作ってくれた味に似ていた。
その後、早乙女は西条雪野と出会い、短期間の交際の後に結婚する。
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雪野が手伝いに来た。
引っ越し業者を連れて部屋へ入ろうとした時、雪野は廊下で年配の女性に呼ばれた。
「あの、早乙女のお知り合いですか?」
「そうだよ。へぇ、あんたが! なかなか良い光だね」
「はい?」
「あの唐変木がよくもまあ、あんたみたいな女をねぇ。これもあの方のお陰だね?」
「あの、早乙女を呼んで来ましょうか?」
「いいよ。湿っぽいのは苦手なんだ。これをあんたに渡したくてさ」
「私に?」
「あの唐変木はいい奴だ。あいつの光も綺麗だった。私なんかにはもったいなくね」
「そうですか」
「あいつと一緒に飲み食いするのは楽しかった。私が他人と一緒に飯を喰うなんて、もう無いことかと思ってたけどね」
「よろしければ今後も。それほど離れた場所でもありませんし」
女が笑った。
「嬉しいけどね。これからはあんたらも結構ヤバい。あの方が守ってくれるけど、私は関わりたくないね」
「そうなんですか?」
「まあ、幸せにおなりよ。これは餞別だ」
「ありがとうございます」
女から奉書紙に包んだ長方形のものを受け取った。
「光の人間同士が結ばれると、「光の子」が生まれる。子どもたちを大事にしなさい。大きな運命を持っているからね」
「はぁ」
「じゃあ、元気でね」
「あの、ちょっとお待ちください、主人を今!」
女は笑ってエレベーターに乗って去った。
雪野は包を大事に抱え、自分で新居まで運んだ。
「その包はなんですか?」
「はい、大事なものですので、私自身で運びますね」
「そうなんですか」
早乙女はそれ以上聞かなかった。
早乙女自身も不思議なほど、そういうものなのだと納得していた。
その包は夫婦の寝室のサイドボードの上に奉書紙に包んだまま置かれた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「ね、石神さん。不思議なお話でしょう?」
「いやね、雪野さん。そんなことより、何でそんな怪しいものを平気で置いてるんですか!」
「石神、違うんだ。今までずっと忘れていたんだよ」
早乙女が雪野さんを庇う。
「だって寝室に飾ってるんだろう! お前は雪野さん以外にもちゃんと見ろ!」
双子が「ギャハハハハ」と下品な笑い方をするので頭をひっぱたいた。
「本当なんだ。二人で毎日見ていたはずなのに、何も感じていなかった。それに雪野さんも吉原さんと会ったことも忘れていた。俺もそうなんだ」
「なんだよ、そりゃ」
「お前に連絡して、夕べのことなんだ。二人で「なんだあれは」って気付いて。そうしたら、二人とも一気に思い出した」
「ヤバイな」
俺は心配した。
結構な力のある拝み屋のようだった。
「ルー、ハー、今度早乙女の家に行って、一度見てくれ」
「「はーい!」」
「いや、持って来たから」
「「「「「「ナニィ!」」」」」」
早乙女を全員で睨んだ。
「テメェ! なんでそんな物騒なものをこの家に入れやがったぁ!」
俺が怒鳴った。
「え、いや。お前に見てもらおうかと」
「このバカ!」
うちにはクロピョンやタヌ吉たちの霊的防衛機構がある。
うちに害を為すものを持ち込めば、たちまち制裁される。
危なかった。
俺は早乙女にそういう話をした。
早乙女たちは青ざめていた。
「しょうがねぇ。持って来い!」
早乙女が部屋に戻り、急いで包を持って来た。
「どうだ?」
俺は双子に聞いた。
「結構スゴイよ。早乙女さんたちを守るためのものらしいけど」
「青光りしてるよね。それと、開運祈願と安産祈願と縁結び祈願?」
「最後のはあんまり効いてねぇな。まだこいつ友達少ないし」
双子はいつになく解説してくれた。
人間がやったことなので、話してもいいそうだ。
「なんか入ってるよ?」
早乙女たちへのものではないらしい。
ハーが早乙女と俺に断って包みを開いた。
手紙が入っていた。
《「虎王」の主の方へ》
そう書いてあった。
俺が手紙を拡げて読み上げる。
吉原龍子が早乙女と雪野さんを気に入っていること。そして自分が早乙女一家に世話になっていたこと。
父親は早乙女と同じように客とのトラブルを解決してくれ、早乙女の姉は不愛想な自分にいつも話し掛けてくれ、買い物袋などをよく替わって持ってくれていたこと。
時々自分の家に来て、何か困っていないかと声を掛けてくれていたこと。
そして、早乙女の運命が見えたこと。
《卑小なる自分ではお力にはなれませんが、どうか早乙女さんと奥様、そしてお子様たちをお守り下さい》
そう最後に認められ、「お好きにお使い下さい」と、鍵が入っていた。
早乙女と雪野さんは驚いていた。
「実はここへ来る前に、吉原さんの部屋へ二人で行ったんだ。聞いてみようと思って。でも、留守だった」
「そうなのか」
「ドアの新聞受けに、一杯紙が押し込まれていた。あれは前にもあったけど、客の依頼とか苦情だ。いつも吉原さんが片付けていたので、多分しばらく留守にしているんだろうと思う」
「そうか」
「少ししたら、また行ってみようと思う」
早乙女がそう言うと、双子が俺の袖を引っ張った。
早乙女たちの後ろを見ている。
そういうことか。
俺たちは翌日、早乙女達と一緒に吉原龍子のマンションの部屋へ行った。
ハマーと柳のアルファードに分乗する。
思っていた通り、部屋は包に入っていた鍵で開いた。
居間のテーブルに手紙があった。
早乙女宛だった。
早乙女が中身を開くと、財産の贈与のための書類と、自分の処置の方法が書かれていた。
寝室のベッドで、吉原龍子は死んでいた。
数日は経つのだろうが、不思議に遺体は傷んでいなかった。
早乙女が警察と救急車の手配をした。
老衰と診断された。
一応急性心不全だ。
遺書もある状況から事件性はない。
生前に鍵を預かっており、早乙女が連絡が付かないので様子を見に行ったことにしている。
俺は部屋の中にあったものを双子に見させ、一部を早乙女に断って警察が来る前に運んだ。
預金通帳があり、とんでもない額が入っていた。
吉原龍子の手紙に、すべて早乙女に譲ると書いてあった。
手紙の最後の方に、早乙女と雪野さん、そしてその子どもたちの幸せを祈ると書かれていた。
そのまた本当の最後に、俺宛と思われることが書いてあった。
《「虎王」の主様へ。 後のこと、どうか宜しくお頼み申し上げます》
具体的な内容は無かった。
でも、俺はそれが早乙女たちのことだと感じた。
俺には二重線で消された部分が気になっていた。
《お父様のこと》
早乙女の父親のことかと思うが、何故消されたのか分からない。
吉原龍子の遺書にあったように、指定の寺で葬儀を行ない、連絡する人間たちを呼んだ。
早乙女夫妻と俺も参列した。
墓は既に準備され、永代供養の手続きも済んでいた。
財産を相続すべき係累はいなかった。
吉原龍子は何冊かのノートを残していた。
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