富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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南原陽子 Ⅲ

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 陽子さんに風呂に入ってもらった。
 東京の夜景の映像を流し、『TAKE FIVE』の様々なバージョンの音楽を掛けた。
 陽子さんが感激してくれる。

 気楽に寝間着に着替えてもらい、みんなで「幻想空間」へ入った。
 日本酒を用意した。
 つまみは豆腐、オクラ、焼きナス、ソーセージとハモンセラーノ、マグロとタコの刺身、出汁巻き卵、あとは子どもたちの唐揚げ。

 陽子さんは「幻想空間」の雰囲気に感動してくれた。

 「トラちゃんはやっぱり素敵ね」
 「ありがとうございます」

 左門とリーは身体を寄せ合ってニコニコしている。
 子どもたちは食べながら俺を見ていた。
  
 「なんだよ?」
 「早く始まらないかなー」
 
 ハーが言う。
 亜紀ちゃんもニコニコしている。
 ルーが陽子さんに言った。

 「ここでね、タカさんがいつも素敵なお話をすることになってるの」
 「そうなの!」
 
 「別に決まってねぇ!」
 
 子どもたちが笑った。

 「しょうがねぇ」

 俺は語り出した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 奈津江が死んだ後。
 俺は久しぶりに山口に行った。
 お袋が久しぶりに会いたいと言って来たからだ。
 大学卒業を前にした夏休みだった。

 山口空港に、いつものように陽子さんが迎えに来てくれた。

 「トラちゃん! 元気そうね!」
 「陽子さんも! それにお綺麗ですよね!」
 「もう!」

 俺たちは笑って車に乗った。

 「トラちゃん、全然来てくれないんだから!」
 「すみません」
 「お姉さんは寂しいぞ!」
 「アハハハハ!」

 俺たちは近況を話し合った。

 「そうか、いよいよ卒業なんだね」
 「ええ。うちの大学って国家試験の直前まで実習があるんですよ。まいってます」
 「そうなの。流石は東大ね」
 「まあ、落ちる奴はほとんどいないらしいですけど」

 楽しく話していると、南原家に着いた。
 南原さんとお袋に挨拶し、中へ入った。
 土産に、鈴伝の栗菓子を渡した。

 「気を遣わなくていいのに」
 「そんな。南原家のみなさんにはお袋が本当に良くしていただいてますから」

 お袋が、俺にゴルフを誘った。

 「おい! お袋がやってるのかよ!」
 
 俺は本当に驚いた。
 南原さんのお陰で旅行が好きになっていたのは知っていたが、まさかゴルフなどに夢中になっているとは。
 お袋は無趣味もいいとこで、唯一絵を描くくらいだった。
 それも本当にたまにだ。
 水彩で花などを描いていた。
 あとは新聞紙に習字か。
 とても趣味などではない。

 「そうだよ! 結構上手くなったんだから」
 「孝子さんは、しょっちゅう練習場に行くんだよ」
 「私も一緒に行くのよ?」
 
 南原さんと陽子さんが説明してくれた。

 「お袋のニセモノだろう!」

 みんなが笑った。
 俺は南原さんに改めて礼を言った。
 お袋をこんなに楽しませてもらって、本当に有難かった。

 「いや、今じゃ僕の方が誘われるんだよ」
 「まだ勝てないけどね。でもそのうちに」
 「おい、本当にどうしちゃったんだよ」
 「タカトラもやれば分かるわよ。面白いんだから」

 お袋が夢中にゴルフの楽しさを語り、俺も無理矢理練習場に連れて行かれた。
 南原さんと陽子さんも一緒に来る。

 俺は球技全般が苦手だ。
 ボールは真後ろに飛び、南原さんの顔の脇を抜けた。
 南原さんが打ち方を教えてくれたが、全然まっすぐに飛ばない。
 マットが下に落ちてみんなに笑われた。

 「高虎、初めての時の私よりもヘタだよ?」
 「う、うるせぇ!」

 お袋が楽しそうに笑うので、俺も楽しかった。

 夕飯はステーキが出た。
 お袋が俺が初めてステーキを食べた翌日に大下痢をしたと言った。
 
 「なんか、悲しくなっちゃった」
 「やめてくれ」
 「もう大丈夫なの?」
 「当たり前だ! 奈津江とも牧場で……」

 俺の目から涙が零れた。
 自分でもどうにもならなかった。

 「あんたはもう。いつまでも泣き虫ね」

 お袋が俺の頭を抱いてくれた。

 「そうだ! こないだね、陽子さんがパターをプレゼントしてくれたの!」
 「いや、お袋、もうゴルフの話は」
 「聞きなさいよ! これがとってもいいパターでね!」
 「孝子さん、随分ショットが決まるようになりましたもんね!」
 「そうなのよ!」

 お袋がまた延々とゴルフの話をした。
 俺はいつの間にか笑って聞いていた。

 「高虎も東京で練習しておいてね!」
 「俺もやるのかよ!」
 「当たり前よ!」
 「勘弁してくれよー」
 「南原さん、ボクシングとかやってないんですか?」
 「とんでもないよ」
 「今度やりましょうよ!」
 「えーとね」
 「高虎! この人は優しい人なの!」
 「俺もだよ!」

 みんなで笑った。

 「じゃあ、私に教えて!」
 「あ! やりますか!」
 「うん!」

 お袋が、止めた。

 「高虎ね、女の子の顔も平気で殴るのよ」
 「そうなんですか!」
 「俺は男女平等主義なんで」
 「エェー!」

 食事を終え、風呂を頂いた後に、俺は陽子さんの部屋に呼ばれた。

 「孝子さん、今日は楽しそうだった」
 「そうですか」
 「うん。あんなに楽しそうに話すのは、トラちゃんが来てくれたからだね」
 「そんな。あのお袋がゴルフに夢中だなんて、南原さんと陽子さんのお陰ですよ」
 「あのね」
 「はい」
 「孝子さんが言ってたの。自分はトラちゃんに何もしてやれなかったんだって」
 「そんなことは。俺が病気ばっかりで、お袋には苦労を掛けてばかりで」
 「違うの。普通の親だったら、子どものためにいろいろしてやるんだって。でもあんまりお金がなくて、何一つしてやれなかったって」
 「そんな」
 「うん、トラちゃんはそう思ってないって分かる。でもね、孝子さんは今になって、トラちゃんのために何かしてあげたいんだよ」
 「俺、ゴルフしなきゃダメですかね」

 陽子さんが笑った。

 「お父さんや私にもいろいろしてくれるんだけど。やっぱり孝子さんはトラちゃんが一番大事なのね」
 「そんなことは」
 「食事をしててもね、「これは高虎が好きなものだ」って。よく言うのよ。青い色が大好きだとか、トランペットを吹いたのが良かったとかって。いろいろな話をしてても、必ずトラちゃんのことが出るの」
 「何やってんだか」
 
 「素敵なお母さんね」

 俺は笑った。
 
 「俺にとっては掛け替えのない人ですよ。でも、あんなに幸せそうなのは、南原さんと陽子さんのお陰です」

 


 翌日の午後。
 俺はお袋とドライブに出掛けた。

 「久しぶりに二人で行って来るといいよ」

 南原さんがそう言って車を貸してくれた。
 俺は地理に疎いので、地図を見ながら海を目指した。

 お袋はいろいろな話をした。
 南原家のみなさんが、いかに自分に良くしてくれるのか。
 ゴルフの話は出なかった。

 「陽子さんが特にね。いろいろ気遣ってくれるの」
 「あの人はそうだよなぁ! 本当に有難い」
 「ゴルフもね、最初はそれほど興味は無かったのよ」
 「そうか」
 「でもね、陽子さんが外に出た方がいいって言ってくれて。連れ出してくれたの」
 「優しい人だよなぁ」

 海に着いた。
 いろいろ道に迷ったので、夕暮れに近かった。
 お袋と海辺のカフェに入った。
 夕暮れて行く浜辺が美しかった。

 「高虎」
 「うん」
 「私ね、もうあなたとは暮らせないわ」
 「そうか」
 「こんなに大事にされてるんだもの。もう私は南原家の人間として死ぬから」
 「そうしてくれ」

 お袋は微笑んだ。

 「でも、一番大事なのはお前だから」
 「そうかよ」
 「お前に何かあったら、いつでも飛んで行くからね」
 「何もないよ」
 「お前はもう私のことは気にしないで、好きなように生きなさい」
 「そうか」

 お袋が俺になんでそんな話をするのかは分かっていた。
 俺の重荷になりたくは無かったのだろう。

 「お袋はいつも、俺のために何でもしてくれたよな」
 「そうだよ」
 「俺もそうしたいよ」
 「私のことはいい」
 「……」

 お袋は唐突に言った。

 「お前、陽子さんをどう思う?」
 「え? まあ、優しいし美人だし頭もいいよな」
 「そう」
 「なんだよ?」
 「何でもない」

 お袋がクスクスと笑い出した。

 「おい、なんだよ」
 「ああ、お前ってしょっちゅう刑務所に入るからね」
 「入ったことねぇよ! あれは留置場だ!」
 「ウフフフフ」
 「どうしたってんだ」
 「陽子さんはちゃんとした人がいいかなって」
 「そりゃそうだろう」

 俺たちは店を出て帰った。
 帰りの車の中でお袋が呟いた。

 「私はもう十分に幸せ」
 「そうか。良かったよ」
 「うん。これ以上は高望みだよね」
 「なんだ?」
 「何でもない」





 お袋が穏やかに笑っていた。
 そういう笑顔にさせてくれる南原家の人々に感謝した。

 家に戻ると、南原さんたちが心配していた。

 「慣れない車で、事故でも起こしたかと心配したよ」
 「すみません。道に迷ってしまって」
 「いや、無事で良かった。さあ、夕飯を食べよう」
 
 南原さんが優しく笑った。
 本当に有難い人たちだった。   
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