富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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石神虎之介

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 伊勢丹から帰って、午後5時。
 俺はロボと少し自室でウトウトした。
 早乙女夫婦は、亜紀ちゃんたちに任せた。
 
 夢を見た。

 俺は一人の侍になっていた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「妖子、次の瓦版はどうだ」

 俺が資金を出して後ろ盾になっている瓦版屋に寄った。

 「石神様! ようこそお出でに!」

 女主人の妖子が嬉しそうに笑った。
 猿のような愛嬌のある女だった。
 ちなみに、「妖子」はもちろん偽名だ。
 本当の名前は以前に聞いたが忘れた。
 元は一江家という下級武士だったようだが、何代か前に武士をやめ、市井で暮らすようになった。

 「近くまで来たのでな、顔を出した」
 「今、お茶をお入れします!」

 妖子は急いで竈に火を入れた。
 しばらく待たされ、茶が来た。
 俺を見てニコニコしている。

 「お前の顔はいつ見ても面白いな」
 「何をおっしゃいますかー!」
 
 二人で笑った。

 もう妖子の瓦版屋に関わって10年にもなる。
 最初は偶然だった。

 


 俺は行きつけの呉服屋「山中屋」に行った。
 いつものように、主人の娘たちが俺にまとわりつき、楽しかった。
 その帰り、通りで揉めている数人を見た。

 「おい! お前が勝手なことを書いたから、うちの客が減っちまったじゃねぇか!」
 「ふん! 本当のことを書いたまでよ! いちゃもんは迷惑だよ!」
 「なにをー!」
 「なんだい! 女に手を出そうってのかい!」
 「う、うるせぇ!」

 つまらない喧嘩だったが、三人のうち二人が結構な身体をしていた。
 俺はヒマ潰しに関わることにした。

 「おい、この女は俺の知り合いだ」
 「あんだてめぇ!」
 
 掴み掛かって来た男を投げ飛ばす。
 同時に二人の屈強な男に襲い掛かり、何本か骨を折ってやった。
 地面に蹲って呻いている。

 遠巻きにしていた町人たちが驚いている。

 「あれ、「暴れ虎」様じゃ!」
 「あ、ああそうだぁ! あいつら、バカな真似しがやったなぁ」
 「こないだは30人相手にしたってよ」
 「ああ、みんな死に掛けたらしいぜ」
 「しかし、いつ見てもいい男だねぇ」
 「吉原の花魁が本気らしいぜ」
 「紅一家のお嬢さんも夢中だってな」
 「ああ、六花さんだろ?」

 口々に噂し合っている。
 俺は鬱陶しくて、女を連れて離れた。
  



 「おい、大丈夫か?」
 
 まったく興味は無かったが、助けた手前、女に聞いた。
 猿のような顔で笑った。

 「はい、ありがとう存じます」
 「いや、いい。暇潰しだったからな」
 「あなた様は旗本の石神虎之介様ですね?」
 「なんだ、知っているのか」
 「そりゃもう! 有名な御仁ですからね! 私、これでも瓦版をやってますの」
 「ほう。それでさっきの揉め事か」
 「はい。私が書いたものが気に入らないと、店主が用心棒を連れて」
 「なるほどな」

 興味はない。

 「あの、宜しければうちに寄っていただけませんか?」
 「いや、このまま帰る。これからはあまり他人の恨みを買わないようにしろ」
 「エヘヘヘヘ。そうは行きませんよ。私はこれに命をかけてますからね」
 「そうか。まあ、生き方だ。それじゃあ好きにしろ」



 その後、同じようなことが3度あった。

 「お前はどうして毎回俺の行き先で揉めてるのだ?」
 「それは私におっしゃられても」
 「まあ、そういえばそうだな」
 「でも、運命とか?」

 「ワハハハハ! お前は顔も言うことも面白いな!」
 「石神様も御冗談がお上手で!」
 「「ワハハハハハ!」」

 俺は妖子が気に入り、いろいろ話すようになった。
 妖子は何かを調べ上げたり、それを考えてもっと深い真実を探り当てることに長けていた。

 「実はな、お前に調べてもらいたいことがあるのだ」
 「なんでございましょうか?」

 俺は自分の御役目のことを話した。

 「お前には俄かに信じられぬかもしれんが、俺はあやかしを斬っている」
 「あやかし?」
 「そうよ。この江戸が主だが、時には遠くへ行くこともある。我が家は剣の達人が多くてな。その腕を見込まれ、徳川様から特別な刀をお預かりしている」
 「そうなのですか」
 「その刀であやかしを斬っているのよ。それでな、お前にあやかしの噂を集めてもらいたいのだ」
 「え、私がですか!」
 「お前の噂を集める力はよく分かっている。それを見込んでのことだ」
 「はぁ」

 妖子は戸惑っている。

 「手伝ってくれれば、俺がこの瓦版屋を支えてやろう」
 「ほんとですか!」
 「ああ。俺が後ろ盾に付いたとなれば、お前にとやかく言う人間もいなくなるだろう」
 「石神様は有名ですものね!」
 「そうか?」
 「はい! 喧嘩が大好きの「暴れ虎」はもちろんですが、お顔の美しさ故に、浮名も随分と」
 「何を言う」

 俺は笑った。

 「町の娘たちを随分と」
 「よせよせ」
 「私の噂の集める力ですよ! 山中屋の娘たちとか」
 「あれはまだ子どもだ! まあ、みんな美しいが、でも俺に懐いてるだけだ」
 「「紅」一家の六花さんとか」
 「あー、あれはまた美しいよなー! 相性もばっちりだー」
 「料亭「峰岸」のお嬢様とか」
 「あれは綺麗で気立てがいいんだー」
 「名前は存じませんが、拳法の道場の娘とも」
 「志桜里はまた綺麗でオッパイがなー」
 「他にも沢山いらっしゃいますよね?」
 
 「おし! お前に頼んだ! 後ろ盾は俺に任せろ!」
 「はい、喜んで!」
 「じゃあ、お前はこれから「妖子」と名乗れ!」
 「はい!」

 



 妖子の集める噂のお陰で、俺は随分と御役目をこなすことが出来た。
 時には間違うこともあったが。

 「てめぇ! 行ったらただの盗賊の隠れ家だったぞ!」
 「宜しいじゃありませんか! 世のためです!」
 「ばか! 相手は50人もいたんだぁ!」
 「石神様ならば」
 「お前、死にかけたぞ!」
 「まあ、よく御無事で」
 「この野郎!」

 そんなこともあった。
 まあ、自分でもよくそんな下手を打っていたので、体中に傷がある。
 だが、妖子とは気が合い、身分は違えど友と呼べる関係になった。
 何よりも、旗本のこの俺にズケズケと物言いをする妖子を気に入っていた。





 「石神様、いよいよ御親友の御堂様の御嬢様とご結婚なさるのですね」
 「ああ! もうすぐだ! これで御堂とは一段と繋がりが増すなぁ!」
 「おめでとうございます」
 「ありがとうな!」
 
 妖子がいつもと違う、淑やかな態度で俺に接していた。

 「まあ、あちこちに御子をもうけておられますが」
 「おまえー! 御堂には余計なことを言うなよー!」
 「もし、御伝えしたら」

 俺は大笑いした。

 「まあな。でも御堂には何でも話しているのだ。あいつとは親友だからな。俺も女遊びはもうやめる。これまで出来た子の面倒は見るがな。そういうことも御堂は知っている」
 「さようでございますか」
 
 妖子は寂しそうに笑った。

 「石神様、最後にもう一人だけ」
 「あ?」
 「私にも石神様の御子を」
 「なんだと?」
 「一生のお願いにございます」

 妖子が床に平伏した。

 「お前なー」
 「わたくしも女でございます。これまでそう見ては下さらなかったことは存じております」
 「まあ、お猿かと思ってたからな」
 「!」

 俺は笑った。

 「冗談だよ。お前の気持ちには気付いていたさ。でもな、お前とは友情で結ばれたかったのだ」
 「石神様、それは……」

 妖子の泣き顔を見るのは辛かった。

 「お前、どうして俺の子が欲しいのだ?」
 「石神様との証を」
 「あ?」
 「ただ一度でいいのです。どうか、御情けを!」

 妖子が着物を脱いだ。
 顔と同様に、貧相な身体だった。

 「このような醜い私では御満足できないかと」
 「そんなことはねぇよ」

 妖子の純情がひしひしと感じられた。
 これまで俺への思いを胸に秘めて、さぞ辛かっただろう。

 俺は遊び歩いて鍛え上げている。
 楼閣の花魁・稍々(やや)を中心に、楼閣の女25人と朝までやったこともある。
 どうしようもない醜女もいたが、俺は屹立する。

 「分かった、妖子。お前と契ろう。長年、こんな俺に付き合ってくれた礼だと思ってくれ」
 「嬉しい、石神様!」

 俺も着物を脱いだ。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「タカさーん! 夕ご飯できましたよー」
 「海鮮丼、美味しそうですよー」

 双子が俺を起こしに来た。
 二人の顔を見て、涙が流れた。

 「タカさん! 大丈夫!」
 「またコワイ夢を見たの!」

 二人がベッドの俺を両方から抱き締めてくれる。

 「怖かったよー!」
 「もう大丈夫だよ!」
 「私たちがいるよ!」

 俺は、うんうんと何度も頷いた。

 「お前ら、よくこのタイミングで起こしてくれたな!」
 「え?」
 「危なかった! 二度と立ち直れないことになってた」
 「そうなの?」
 「大事な部下を殺さなきゃならないかもしれなかった」
 「なにそれ?」

 俺は二人を抱き締めた。





 ご先祖よー。
 何やってんのよー。
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