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向かいの家
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早乙女さんにこの家を与えられ、しばらく家に引きこもっている。
別に外に出たいとも思わないが、時間を持て余していることは確かだ。
早乙女さんは一日おきに来てくれ、私に食料品や日用品を届けてくれる。
「あの、有難いのですが、こんなに食料品はいりませんよ」
「え? ああ、そうか。どうもここに来ると大目に買ってしまうようで。じゃあ次は食料品は無しにしますね。愛鈴さんが食べたいものがあったら電話して下さい」
「ありがとうございます」
私は早乙女さんを家に上げた。
最初は女性の一人住まいだからと遠慮されていたが、私が話し相手が欲しいのだとお話しすると、笑って上がってくれるようになった。
「すいませんね、本当に閉じ込めてしまっているようで」
「いいえ、理由は分かっていますから。私が万一「太陽界」の誰かに見られるといけないということですよね」
「その通りです。今、親友が対応策を考えてくれていますので、しばらくは」
「はい。こちらこそ、いろいろとご迷惑をお掛けしてすいません」
早乙女さんは優しい人だ。
最初に見た時には、ちょっと怖い顔をしているとも思ったが、笑うと本当に優しい顔になる。
それに、無口かと思ったら結構いろいろと気楽に話せる人だと分かった。
多分誰にでもなのだろうが、相手を否定せずに話を聞いてくれる。
「俺の親友は結構きつい冗談を言うんだけどね」と言っていたことがある。
早乙女さんが優しいから、何でも言えるのだろうと思った。
早乙女さんには失礼だが、カワイイ人という感じもあった。
立派な人なのだが、どこか守ってあげたくなる。
「何か変わったことはありませんか?」
そう聞かれた。
毎回聞かれる。
私を心配してのことだ。
「あの、ちょっと気になっていることが」
「なんですか!」
優しい早乙女さんは、即座に反応した。
「実はうちのことではないんですが」
「はい!」
「お向かいの「石神」さんですか。あそこのお宅に時々ヘンなものが来ているようです」
「なんですって!」
早乙女さんは更に興奮された。
「でも、すぐにいなくなるんです。今はどなたもいらっしゃらないですよね? それが分かるとすぐに消えてしまって」
「……」
早乙女さんは何か考えていた。
私のことを心配しているのだろう。
「それはどこから見ていますか?」
「あの、時々2階の窓から。ヘンな気配を感じて覗いてみるんです。あ、不味かったですか?」
「いいえ、大丈夫だと思います」
「あそこのお宅は、何かあるんでしょうか。結構強い妖魔も来ているようなんですけど」
「そうですか。まあ、ちょっと知っている家なんですが、あそこは心配ありません」
「アドヴェロスに関わっている方ですか?」
「いえ、そうではありません。ちょっとした知り合いです」
「じゃあやっぱり、私を狙って来ているんでしょうか!」
早乙女さんは慌てた。
「大丈夫ですよ。愛鈴さんはここにいれば安全です。向かいの家も大丈夫ですから」
「でも……」
早乙女さんは笑った。
ちょっと無理に笑顔を作っている感じで、きっと私を安心させようとしているのだろう。
「大丈夫です。向かいの家に人にも俺から知らせておきます」
「そうですか。でも本当に……」
「安心して下さい」
「はい」
早乙女さんは出て行かれた。
今日は親友の方に借りて、自分も奥さんも大好きだというDVDを置いて行かれた。
「絶対、面白いから!」
「ありがとうございます」
《『ポピーザぱフォーマー』》
観たが、ちょっとよく分からなかった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
早乙女から連絡が来た。
「おう、なんだ」
「実は、さっき愛鈴さんの家に行ったんだ」
「まあ、俺の家だけどな!」
「あ、すまん」
「早く話せ!」
「……」
「おい!」
「ああ、悪かった。愛鈴さんが、時々お前の家の庭に妖魔が来てると言うんだ」
「あー」
覚えはある。
「「業」の攻撃なのだろうか」
「まーなー」
「え! 本当にそうなのか!」
「まあ、前からあるんだよ。でも、全部ロボがぶっ殺してる。どうも俺たちの戦力を観測したいらしいんだがな」
「大丈夫なのか!」
「全然問題ないよ。大した奴は送り込まれないからな」
「どうしてだ?」
「タヌ吉の結界だよ」
「なんだって?」
「ある程度の規模の奴が来ると、結界が作動して「地獄道」に呑み込まれるようになっている。これは「業」も蓮花研究所で見ているから、解放してあるんだ」
「そうなのか!」
「木っ端は無視している。万一一般人が侵入したらどんな目的であっても消してしまうからな。だから中規模以上の妖魔に反応するようにした」
「良かったよ」
「ああ、だから愛鈴には絶対に入らないようにしろよ! あいつはもしかすると「地獄道」が反応するかもしれん」
「わ、分かった!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
(また来ている)
気配を感じて、二階の裏窓から「石神」さんの家を見た。
鬼火のような姿だが、炎の中に小さな人影がある。
(私がいるために、あの家の人に迷惑が掛かっている)
少し迷ったが、あの程度の妖魔なら自分が祓える。
私は外に出て、「石神」さんのお宅の前に立った。
塀の高さは4メートルあったが、私は軽く飛び越えて庭に入った。
鬼火の妖魔は庭を漂っている。
次の瞬間、壮絶な気配を感じた。
振り向くと、家の陰から着物姿の女性が歩いて来る。
声が出せなかった。
身体が勝手に震え出した。
こんな強大な気配は今まで感じたことが無い。
「お前は向かいに住んでいる女ですね」
着物姿の女性が言った。
近くに来ると、相当な美人だと分かる。
「危うく、消してしまうところでした。お前は何をしにここへ入った」
私は口が開かなかった。
「ああ、あれか。お前はあれを消そうとしたのだね」
女性が鬼火を見上げていた。
「ほう、この家に迷惑を掛けたと。なるほど、お前はこちら側か」
(?)
「ならば帰るが良い。ここは心配いらない。私がいるからね」
身体が自由になった。
口は相変わらず動かなかったので、首を縦に振って言われたことに従う意志を示した。
自分が何も言わなくとも、この女性は自分の心を読んでいる。
「今日のことは誰にも言うな。主様のお考えに障る可能性がある。もしも話せば、お前は消える」
突然自分の目の前の空間が裂けた。
ほんの一瞬だ。
だけど、その垣間見たものは、絶対に忘れられない。
「良いな」
首を何度も縦に振った。
あんな死に方は嫌だ。
家に戻り、裏窓のカーテンを全て閉めた。
もう、絶対に向かいの家は覗かない。
それに、私が何かをしなくても、あそこにはあの「女性」がいる。
どんなモノが来ても大丈夫だ。
あれは相当高位の妖魔だ。
恐らく、世界でも指折りの実力者だろう。
なんであんなモノがあの家にいるのかは知らない。
あんなに強大な妖魔を従える人間なんて、いるはずは無いのだが。
私は自分の中に入った妖魔の「記憶」で、それが分かる。
でも、実際に、アレはあそこにいる。
「なんてこと……」
早乙女さんから夜に電話が来た。
「石神」家には絶対に入らないようにとのことだった。
もちろん私は約束した。
別に外に出たいとも思わないが、時間を持て余していることは確かだ。
早乙女さんは一日おきに来てくれ、私に食料品や日用品を届けてくれる。
「あの、有難いのですが、こんなに食料品はいりませんよ」
「え? ああ、そうか。どうもここに来ると大目に買ってしまうようで。じゃあ次は食料品は無しにしますね。愛鈴さんが食べたいものがあったら電話して下さい」
「ありがとうございます」
私は早乙女さんを家に上げた。
最初は女性の一人住まいだからと遠慮されていたが、私が話し相手が欲しいのだとお話しすると、笑って上がってくれるようになった。
「すいませんね、本当に閉じ込めてしまっているようで」
「いいえ、理由は分かっていますから。私が万一「太陽界」の誰かに見られるといけないということですよね」
「その通りです。今、親友が対応策を考えてくれていますので、しばらくは」
「はい。こちらこそ、いろいろとご迷惑をお掛けしてすいません」
早乙女さんは優しい人だ。
最初に見た時には、ちょっと怖い顔をしているとも思ったが、笑うと本当に優しい顔になる。
それに、無口かと思ったら結構いろいろと気楽に話せる人だと分かった。
多分誰にでもなのだろうが、相手を否定せずに話を聞いてくれる。
「俺の親友は結構きつい冗談を言うんだけどね」と言っていたことがある。
早乙女さんが優しいから、何でも言えるのだろうと思った。
早乙女さんには失礼だが、カワイイ人という感じもあった。
立派な人なのだが、どこか守ってあげたくなる。
「何か変わったことはありませんか?」
そう聞かれた。
毎回聞かれる。
私を心配してのことだ。
「あの、ちょっと気になっていることが」
「なんですか!」
優しい早乙女さんは、即座に反応した。
「実はうちのことではないんですが」
「はい!」
「お向かいの「石神」さんですか。あそこのお宅に時々ヘンなものが来ているようです」
「なんですって!」
早乙女さんは更に興奮された。
「でも、すぐにいなくなるんです。今はどなたもいらっしゃらないですよね? それが分かるとすぐに消えてしまって」
「……」
早乙女さんは何か考えていた。
私のことを心配しているのだろう。
「それはどこから見ていますか?」
「あの、時々2階の窓から。ヘンな気配を感じて覗いてみるんです。あ、不味かったですか?」
「いいえ、大丈夫だと思います」
「あそこのお宅は、何かあるんでしょうか。結構強い妖魔も来ているようなんですけど」
「そうですか。まあ、ちょっと知っている家なんですが、あそこは心配ありません」
「アドヴェロスに関わっている方ですか?」
「いえ、そうではありません。ちょっとした知り合いです」
「じゃあやっぱり、私を狙って来ているんでしょうか!」
早乙女さんは慌てた。
「大丈夫ですよ。愛鈴さんはここにいれば安全です。向かいの家も大丈夫ですから」
「でも……」
早乙女さんは笑った。
ちょっと無理に笑顔を作っている感じで、きっと私を安心させようとしているのだろう。
「大丈夫です。向かいの家に人にも俺から知らせておきます」
「そうですか。でも本当に……」
「安心して下さい」
「はい」
早乙女さんは出て行かれた。
今日は親友の方に借りて、自分も奥さんも大好きだというDVDを置いて行かれた。
「絶対、面白いから!」
「ありがとうございます」
《『ポピーザぱフォーマー』》
観たが、ちょっとよく分からなかった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
早乙女から連絡が来た。
「おう、なんだ」
「実は、さっき愛鈴さんの家に行ったんだ」
「まあ、俺の家だけどな!」
「あ、すまん」
「早く話せ!」
「……」
「おい!」
「ああ、悪かった。愛鈴さんが、時々お前の家の庭に妖魔が来てると言うんだ」
「あー」
覚えはある。
「「業」の攻撃なのだろうか」
「まーなー」
「え! 本当にそうなのか!」
「まあ、前からあるんだよ。でも、全部ロボがぶっ殺してる。どうも俺たちの戦力を観測したいらしいんだがな」
「大丈夫なのか!」
「全然問題ないよ。大した奴は送り込まれないからな」
「どうしてだ?」
「タヌ吉の結界だよ」
「なんだって?」
「ある程度の規模の奴が来ると、結界が作動して「地獄道」に呑み込まれるようになっている。これは「業」も蓮花研究所で見ているから、解放してあるんだ」
「そうなのか!」
「木っ端は無視している。万一一般人が侵入したらどんな目的であっても消してしまうからな。だから中規模以上の妖魔に反応するようにした」
「良かったよ」
「ああ、だから愛鈴には絶対に入らないようにしろよ! あいつはもしかすると「地獄道」が反応するかもしれん」
「わ、分かった!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
(また来ている)
気配を感じて、二階の裏窓から「石神」さんの家を見た。
鬼火のような姿だが、炎の中に小さな人影がある。
(私がいるために、あの家の人に迷惑が掛かっている)
少し迷ったが、あの程度の妖魔なら自分が祓える。
私は外に出て、「石神」さんのお宅の前に立った。
塀の高さは4メートルあったが、私は軽く飛び越えて庭に入った。
鬼火の妖魔は庭を漂っている。
次の瞬間、壮絶な気配を感じた。
振り向くと、家の陰から着物姿の女性が歩いて来る。
声が出せなかった。
身体が勝手に震え出した。
こんな強大な気配は今まで感じたことが無い。
「お前は向かいに住んでいる女ですね」
着物姿の女性が言った。
近くに来ると、相当な美人だと分かる。
「危うく、消してしまうところでした。お前は何をしにここへ入った」
私は口が開かなかった。
「ああ、あれか。お前はあれを消そうとしたのだね」
女性が鬼火を見上げていた。
「ほう、この家に迷惑を掛けたと。なるほど、お前はこちら側か」
(?)
「ならば帰るが良い。ここは心配いらない。私がいるからね」
身体が自由になった。
口は相変わらず動かなかったので、首を縦に振って言われたことに従う意志を示した。
自分が何も言わなくとも、この女性は自分の心を読んでいる。
「今日のことは誰にも言うな。主様のお考えに障る可能性がある。もしも話せば、お前は消える」
突然自分の目の前の空間が裂けた。
ほんの一瞬だ。
だけど、その垣間見たものは、絶対に忘れられない。
「良いな」
首を何度も縦に振った。
あんな死に方は嫌だ。
家に戻り、裏窓のカーテンを全て閉めた。
もう、絶対に向かいの家は覗かない。
それに、私が何かをしなくても、あそこにはあの「女性」がいる。
どんなモノが来ても大丈夫だ。
あれは相当高位の妖魔だ。
恐らく、世界でも指折りの実力者だろう。
なんであんなモノがあの家にいるのかは知らない。
あんなに強大な妖魔を従える人間なんて、いるはずは無いのだが。
私は自分の中に入った妖魔の「記憶」で、それが分かる。
でも、実際に、アレはあそこにいる。
「なんてこと……」
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