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亜紀ちゃんの入学式
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少し遡り、4月8日。
仕事から戻り、一人でウッドデッキで飲んでいた。
何となく、庭を見ながら飲みたかった。
ロボが付き合って、一緒に日本酒を飲む。
つまみは簡単に、刺身を適当に盛った。
ロボも刺身を食べながら飲む。
「ちょっと寒いけどいいな!」
「にゃ!」
ロボにはヒーターを当てている。
床にも暖房カーペットを敷いてやっていた。
亜紀ちゃんが来た。
「あの、タカさん」
「なんだ?」
「実は入学式なんですが」
「ああ、12日だよな?」
「はい。金曜日なんですけど」
「そうだな!」
亜紀ちゃんが珍しく言い淀んでいた。
「どうした? まあ、座って一緒に飲めよ」
「はい」
一旦家に入って、自分のグラスを持って来た。
俺が注いでやる。
「なんだ?」
「あの、タカさんは仕事で忙しいですよね?」
「ああ。オペが3つ入っているな」
「じゃあ、無理ですね……」
俺に来て欲しいのか。
「悪いな。まあ、真夜もいるし大丈夫だろ?」
「はい」
亜紀ちゃんが封筒を持っていた。
「そうですね! 同伴の入場券も入っていたんですけど、いりませんでしたね!」
「仕事だから、申し訳ないな」
「いいえ!」
俺に渡したかったのか。
封筒にはその入場券が入っているのだろう。
俺自身が親の同伴で入学式や卒業式に行ったことはない。
だから、その感覚で子どもたちの式典にも出たことは無かった。
子どもたちも今まで何も言って来なかった。
亜紀ちゃんは来て欲しかったのかもしれないが、まあもう18歳だ。
今更親が行かなくてもいいだろう。
家の前で、出掛ける前に写真でも撮るか。
「当日は朝にみんなで写真を撮ろう」
「ありがとうございます!」
亜紀ちゃんが微笑んだ。
一緒に飲んで、楽しく話した。
東大は毎年入学式の日程が決まっている。
4月12日だ。
土日に当たる場合は、後ろへずれるが、基本はこの日だ。
大学の中では異例に遅い。
しかも、もう授業は始まっている。
おかしなことだとも思われるが、伝統なのでそうなっている。
武道館でやることがほとんどだ。
大体、3000人程も集まる。
その4月12日の朝。
朝食を食べて、みんなで玄関の前で記念撮影をした。
亜紀ちゃんを中心に、みんなで笑顔で撮った。
真夜と柿崎夫妻も来たので、また一緒にみんなで撮った。
「よし! じゃあ行って来い!」
「はい!」
亜紀ちゃんが笑顔で出て行った。
「あれ?」
柳が俺を見て言った。
「石神さんは行かないんですか?」
「俺は仕事だよ」
「でも、亜紀ちゃん楽しみにしてたのに」
「もう大学生なんだから、親が一緒じゃなくてもいいだろう」
「……」
柳が俺をウッドデッキの方へ引っ張って行った。
「石神さん、亜紀ちゃんから聞いてないんですか?」
「なんだ?」
「亜紀ちゃんのご両親は、いつも子どもたちの入学式や卒業式に行ってたそうですよ?」
「なんだって!」
「お二人とも楽しみにしてたそうです。亜紀ちゃんたちも。でも、石神さんは忙しいからこれまで言えなかったんだと思います」
「おい、なんで言わないんだ!」
「それは……」
「俺、一度も出たことないぞ……」
柳が困った顔をしていた。
「言えなかったんですよ、きっと。それは分かります。石神さん、本当に忙しいし、それにあまり行事的なことって好きじゃないって言ってるじゃないですか。クリスマスもバースデイもしませんよね?」
「それはそうだけど……」
「だから、入学式に来て欲しいなんて言えなかったんじゃないでしょうか」
「また……また俺が悪かったんだな……」
本当に申し訳ないことをしてしまった。
「亜紀ちゃん、きっとご両親が生きてたら喜んでくれたと思ったんじゃないでしょうか。東大医学部ですからね。それもトップの成績で入学して。だから、ご両親の替わりに石神さんに来て欲しかったんだと思いますよ」
「どうして俺は……」
「最後の入学式でもありますからね。だからきっと」
「皇紀の卒業式にも出なかった。あいつ、もうああいうことは無いのに」
「しょうがないですよ。私も余計なことを言ってしまいました。すみません」
「柳! ありがとう!」
俺は柳を抱き締めた。
一江に電話した。
「一江、悪いんだが、今日は病院には行けない。ああ、3時までには行けるとは思うんだが」
「どうしたんですか?」
「こんな理由で申し訳ないないんだが、今日は亜紀ちゃんの入学式だったんだ」
「ああ、12日ですもんね!」
「行けないと言っていたんだが、どうも亜紀ちゃんが俺に来て欲しかったらしいんだよ」
「どういうことです?」
俺は柳に聞いた話を一江に言った。
「本当に個人的なことで申し訳ない。でも行ってやりたいんだ」
「部長! 絶対に行って下さいよ! こっちのことなんか、どうにでもしますから! だから絶対に!」
一江の声が震えていた。
「すまん! じゃあ、頼むな!」
「はい! お任せ下さい!」
一江も恐らく親は来なかっただろう。
俺と同じ感覚だ。
でも、俺と同じように、亜紀ちゃんの心を分かってくれた。
俺はタキシードに着替えて、亜紀ちゃんの部屋に入った。
ゴミ箱にあった入場券を見つけた。
「皇紀!」
皇紀を呼んだ。
「はい!」
「出掛けるぞ!」
「はい?」
「スーツを着て来い! 急げ!」
「は、はい!」
皇紀とシボレー・コルベットに乗った。
これなら無茶してぶっ飛ばせる。
「どうしたんですか?」
俺は柳から聞いたことを皇紀にも話した。
「すまなかった! 俺はまたお前たちの心を何も分かって無かった! 皇紀、お前の卒業式に出てやれず、本当に申し訳ない!」
「タカさん!」
「お前はもうああいう式典は無いよな。本当に済まなかった!」
「タカさん、いいんですって! 僕たちはもう十分にいろいろなことをしてもらってるんですから」
「すまん!」
俺はずっと謝りながら走った。
「お前の卒業式に出られなかった。だから一緒に亜紀ちゃんの入学式に行こう」
「はい!」
相当飛ばして、ギリギリ武道館に入れた。
車は路上に停めた。
大使館ナンバーだから、駐禁は無い。
入り口で入場券を見せて中に入った。
亜紀ちゃんを探す。
「いたか?」
「あ! あそこに!」
皇紀が見つけた。
俺たちは走って行った。
亜紀ちゃんは真夜と、柿崎夫婦と一緒に話していた。
「亜紀ちゃん!」
亜紀ちゃんが俺を振り向いた。
大粒の涙を流す。
「タカさん!」
「悪かった! 急いで来たんだ」
「どうして! なんでですか!」
「柳に聞いたんだ。山中たちはお前たちの入学式や卒業式に必ず出ていたんだって。今まで知らなくて申し訳ない!」
亜紀ちゃんが大泣きした。
俺は抱き締めて謝った。
「本当に済まなかった! 本当に……」
「タカさーん!」
皇紀が亜紀ちゃんの背中をさすっていた。
真夜も一緒にさすった。
「ほら、もうすぐ式典が始まるぞ。化粧を直して来いよ」
真夜に連れて行ってもらう。
俺は柿崎に挨拶した。
「悪かったな、みっともない姿を見せてしまった」
「いいえ! とんでもない! 良かったですね、間に合って」
「ああ」
柿崎たちも、涙ぐんでいた。
亜紀ちゃんが化粧を直し、俺たちに挨拶して、席に着いた。
式典が始まり、様々な祝辞の後、「入学生総代宣誓」が始まった。
今年は「理三」の代表だったようで、亜紀ちゃんが壇上に上がった。
「あいつ、自分が総代になったことも言わなかったのか」
「タカさんに遠慮したんですよ。言えば無理して来るかもしれないって」
「ばかやろう、俺はなんてダメな男なんだ」
「タカさん……」
《……私が中学二年生の時に、両親が事故で亡くなりました。その時に、父の親友であった石神高虎に兄弟四人で引き取ってもらいました。私が医者を目指し、この東京大学医学部を目指すきっかけは、今の父・石神高虎の影響です。石神高虎が、ここ東京大学医学部を出ていたからです。石神高虎は私たちを深い愛情で育ててくれました。そして同時に仕事に邁進する人間でした。ある日、一人の外国人の少女の手術をしました。絶対に助からない、しかも失敗すれば医者として破滅する、そういう状況でした。誰もが諦め、手を差し伸べようとしない中で、石神高虎は手術を決意しました。81時間43分。世界的にもほとんど類例のない長時間に及ぶ手術で、その少女は奇跡的に一命を取り留めました。私は感動しました。私が医者になろうと決意した瞬間でした。石神高虎の姿は神々しく、そして……》
亜紀ちゃんは語り続けた。
その、亜紀ちゃんの姿の方こそ、神々しく、美しかった。
皇紀も、涙を流して俺と一緒に亜紀ちゃんを見詰めていた。
仕事から戻り、一人でウッドデッキで飲んでいた。
何となく、庭を見ながら飲みたかった。
ロボが付き合って、一緒に日本酒を飲む。
つまみは簡単に、刺身を適当に盛った。
ロボも刺身を食べながら飲む。
「ちょっと寒いけどいいな!」
「にゃ!」
ロボにはヒーターを当てている。
床にも暖房カーペットを敷いてやっていた。
亜紀ちゃんが来た。
「あの、タカさん」
「なんだ?」
「実は入学式なんですが」
「ああ、12日だよな?」
「はい。金曜日なんですけど」
「そうだな!」
亜紀ちゃんが珍しく言い淀んでいた。
「どうした? まあ、座って一緒に飲めよ」
「はい」
一旦家に入って、自分のグラスを持って来た。
俺が注いでやる。
「なんだ?」
「あの、タカさんは仕事で忙しいですよね?」
「ああ。オペが3つ入っているな」
「じゃあ、無理ですね……」
俺に来て欲しいのか。
「悪いな。まあ、真夜もいるし大丈夫だろ?」
「はい」
亜紀ちゃんが封筒を持っていた。
「そうですね! 同伴の入場券も入っていたんですけど、いりませんでしたね!」
「仕事だから、申し訳ないな」
「いいえ!」
俺に渡したかったのか。
封筒にはその入場券が入っているのだろう。
俺自身が親の同伴で入学式や卒業式に行ったことはない。
だから、その感覚で子どもたちの式典にも出たことは無かった。
子どもたちも今まで何も言って来なかった。
亜紀ちゃんは来て欲しかったのかもしれないが、まあもう18歳だ。
今更親が行かなくてもいいだろう。
家の前で、出掛ける前に写真でも撮るか。
「当日は朝にみんなで写真を撮ろう」
「ありがとうございます!」
亜紀ちゃんが微笑んだ。
一緒に飲んで、楽しく話した。
東大は毎年入学式の日程が決まっている。
4月12日だ。
土日に当たる場合は、後ろへずれるが、基本はこの日だ。
大学の中では異例に遅い。
しかも、もう授業は始まっている。
おかしなことだとも思われるが、伝統なのでそうなっている。
武道館でやることがほとんどだ。
大体、3000人程も集まる。
その4月12日の朝。
朝食を食べて、みんなで玄関の前で記念撮影をした。
亜紀ちゃんを中心に、みんなで笑顔で撮った。
真夜と柿崎夫妻も来たので、また一緒にみんなで撮った。
「よし! じゃあ行って来い!」
「はい!」
亜紀ちゃんが笑顔で出て行った。
「あれ?」
柳が俺を見て言った。
「石神さんは行かないんですか?」
「俺は仕事だよ」
「でも、亜紀ちゃん楽しみにしてたのに」
「もう大学生なんだから、親が一緒じゃなくてもいいだろう」
「……」
柳が俺をウッドデッキの方へ引っ張って行った。
「石神さん、亜紀ちゃんから聞いてないんですか?」
「なんだ?」
「亜紀ちゃんのご両親は、いつも子どもたちの入学式や卒業式に行ってたそうですよ?」
「なんだって!」
「お二人とも楽しみにしてたそうです。亜紀ちゃんたちも。でも、石神さんは忙しいからこれまで言えなかったんだと思います」
「おい、なんで言わないんだ!」
「それは……」
「俺、一度も出たことないぞ……」
柳が困った顔をしていた。
「言えなかったんですよ、きっと。それは分かります。石神さん、本当に忙しいし、それにあまり行事的なことって好きじゃないって言ってるじゃないですか。クリスマスもバースデイもしませんよね?」
「それはそうだけど……」
「だから、入学式に来て欲しいなんて言えなかったんじゃないでしょうか」
「また……また俺が悪かったんだな……」
本当に申し訳ないことをしてしまった。
「亜紀ちゃん、きっとご両親が生きてたら喜んでくれたと思ったんじゃないでしょうか。東大医学部ですからね。それもトップの成績で入学して。だから、ご両親の替わりに石神さんに来て欲しかったんだと思いますよ」
「どうして俺は……」
「最後の入学式でもありますからね。だからきっと」
「皇紀の卒業式にも出なかった。あいつ、もうああいうことは無いのに」
「しょうがないですよ。私も余計なことを言ってしまいました。すみません」
「柳! ありがとう!」
俺は柳を抱き締めた。
一江に電話した。
「一江、悪いんだが、今日は病院には行けない。ああ、3時までには行けるとは思うんだが」
「どうしたんですか?」
「こんな理由で申し訳ないないんだが、今日は亜紀ちゃんの入学式だったんだ」
「ああ、12日ですもんね!」
「行けないと言っていたんだが、どうも亜紀ちゃんが俺に来て欲しかったらしいんだよ」
「どういうことです?」
俺は柳に聞いた話を一江に言った。
「本当に個人的なことで申し訳ない。でも行ってやりたいんだ」
「部長! 絶対に行って下さいよ! こっちのことなんか、どうにでもしますから! だから絶対に!」
一江の声が震えていた。
「すまん! じゃあ、頼むな!」
「はい! お任せ下さい!」
一江も恐らく親は来なかっただろう。
俺と同じ感覚だ。
でも、俺と同じように、亜紀ちゃんの心を分かってくれた。
俺はタキシードに着替えて、亜紀ちゃんの部屋に入った。
ゴミ箱にあった入場券を見つけた。
「皇紀!」
皇紀を呼んだ。
「はい!」
「出掛けるぞ!」
「はい?」
「スーツを着て来い! 急げ!」
「は、はい!」
皇紀とシボレー・コルベットに乗った。
これなら無茶してぶっ飛ばせる。
「どうしたんですか?」
俺は柳から聞いたことを皇紀にも話した。
「すまなかった! 俺はまたお前たちの心を何も分かって無かった! 皇紀、お前の卒業式に出てやれず、本当に申し訳ない!」
「タカさん!」
「お前はもうああいう式典は無いよな。本当に済まなかった!」
「タカさん、いいんですって! 僕たちはもう十分にいろいろなことをしてもらってるんですから」
「すまん!」
俺はずっと謝りながら走った。
「お前の卒業式に出られなかった。だから一緒に亜紀ちゃんの入学式に行こう」
「はい!」
相当飛ばして、ギリギリ武道館に入れた。
車は路上に停めた。
大使館ナンバーだから、駐禁は無い。
入り口で入場券を見せて中に入った。
亜紀ちゃんを探す。
「いたか?」
「あ! あそこに!」
皇紀が見つけた。
俺たちは走って行った。
亜紀ちゃんは真夜と、柿崎夫婦と一緒に話していた。
「亜紀ちゃん!」
亜紀ちゃんが俺を振り向いた。
大粒の涙を流す。
「タカさん!」
「悪かった! 急いで来たんだ」
「どうして! なんでですか!」
「柳に聞いたんだ。山中たちはお前たちの入学式や卒業式に必ず出ていたんだって。今まで知らなくて申し訳ない!」
亜紀ちゃんが大泣きした。
俺は抱き締めて謝った。
「本当に済まなかった! 本当に……」
「タカさーん!」
皇紀が亜紀ちゃんの背中をさすっていた。
真夜も一緒にさすった。
「ほら、もうすぐ式典が始まるぞ。化粧を直して来いよ」
真夜に連れて行ってもらう。
俺は柿崎に挨拶した。
「悪かったな、みっともない姿を見せてしまった」
「いいえ! とんでもない! 良かったですね、間に合って」
「ああ」
柿崎たちも、涙ぐんでいた。
亜紀ちゃんが化粧を直し、俺たちに挨拶して、席に着いた。
式典が始まり、様々な祝辞の後、「入学生総代宣誓」が始まった。
今年は「理三」の代表だったようで、亜紀ちゃんが壇上に上がった。
「あいつ、自分が総代になったことも言わなかったのか」
「タカさんに遠慮したんですよ。言えば無理して来るかもしれないって」
「ばかやろう、俺はなんてダメな男なんだ」
「タカさん……」
《……私が中学二年生の時に、両親が事故で亡くなりました。その時に、父の親友であった石神高虎に兄弟四人で引き取ってもらいました。私が医者を目指し、この東京大学医学部を目指すきっかけは、今の父・石神高虎の影響です。石神高虎が、ここ東京大学医学部を出ていたからです。石神高虎は私たちを深い愛情で育ててくれました。そして同時に仕事に邁進する人間でした。ある日、一人の外国人の少女の手術をしました。絶対に助からない、しかも失敗すれば医者として破滅する、そういう状況でした。誰もが諦め、手を差し伸べようとしない中で、石神高虎は手術を決意しました。81時間43分。世界的にもほとんど類例のない長時間に及ぶ手術で、その少女は奇跡的に一命を取り留めました。私は感動しました。私が医者になろうと決意した瞬間でした。石神高虎の姿は神々しく、そして……》
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