富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
1,525 / 3,202

大阪 風花の家 Ⅳ

しおりを挟む
 店に着いて名前を言うと、すぐに個室へ案内してくれた。
 オーナーが挨拶に来る。

 「石神様。今日は当店にお出で頂きまして、ありがとうございます」
 「この店が評判がいいんで、無理を言って申し訳ありません」
 「いいえ。精一杯やらせていただきます」

 風花がどういう店かと見回していた。
 六花は美味しいに決まっていると安心している。

 「ここは直心組の稲葉セツに紹介されたんだ。ネットでの評判も見てみたんだが、やっぱりああいう人間の方が確実だ」
 「ああ! 前に一緒に食堂で食べた方ですね!」
 
 風花が思い出したようだった。
 以前に杉本の食堂で一緒に食事をした。

 店内は客で埋まっていた。
 着ている物を見ても、安い恰好ではない。
 高級店なのだ。

 俺は更に、金に糸目を付けずに最高の素材を用意してくれと頼んだ。
 料理は任せる。
 
 ハマグリの皿が出た。
 見た目は甘辛煮だったが、その大きさや輝きから、見ただけで良いものと分かる。
 ナイフを入れると、濃厚な汁が溢れて来た。
 柔らかい中に、プリプリとした食感もちゃんとある。
 潮の香りが鼻を抜ける。
 天然物で、7年以上の最高のものだと分かる。
 六花も風花も驚いていた。
 
 「これは、この後も期待できるな」

 洋食と和食の融合が売り物のようだった。
 オマール海老のベシャメルソース。
 鱧の椀。
 真鯛やマグロなどの刺身は、最高の食感と味を引き出すために、切り身の厚みが調整されていた。
 
 「風花、美味いか?」
 「はい! こんなに美味しいものは食べたことがありません!」
 「お前は毎回言うよなぁ」
 
 六花と笑った。

 「まあ、お前も少しは美味い物に慣れようとしているようだけどな」
 「はい。石神さんに言われて心掛けてはいるんですが」

 「お前は俺に言われたからやっているんだな?」
 「はい、そうです」
 「じゃあ、お前は俺がどうしてそう言ったのかは考えていなかったんだな」
 「え?」
 
 風花が分からないという顔をしていた。

 「お前は素直な人間だから、俺が言ったことをやろうとはしている。だけど、その意味は考えてない」
 「……」

 「お前に「絶怒」の連中を鍛えてくれと頼んだよな?」
 「はい!」
 「今日見ても分かったが、風花は熱心にやってくれている。自分でもどうだ?」
 「はい! あの人たちを訓練するのは楽しいですし、みんないい人たちです。最初はちょっとコワイのかと思ってましたが、石神さんを尊敬していて、真面目にうちに通って来てくれています」
 「そうか。じゃあ、あいつらを鍛えることと、美味しい物を探して食べることの違いは分かるんじゃないのか?」
 「え、それは……」

 風花が戸惑っている。

 「もう一度聞く。風花はどうして熱心に「絶怒」の連中を鍛えるんだ?」
 「それは、あの人たちに強くなって欲しいと思うし、それにこれからの戦いで死んで欲しくないと思っているからです」
 「じゃあ、美味い物を喰うのは?」
 「それは……!」

 「分かったか。目的、意味をどこに持つかなんだよ。「絶怒」の連中のためにやりたい。要するに、自分以外のためということだ」
 「それじゃあ、美味しい物を食べるのも!」
 「そうだよ。風花自身が楽しむためにやれば、ただの贅沢だ。でも、自分自身じゃないもののためにやれば、な」
 「!」

 俺は笑って言った。
 六花もニコニコしている。

 「風花にも大事な人間がいる。その人間が喜ぶことをしてやれ。美味い物というのは、それが出来るわけだ」
 「はい!」
 「もちろん、別なことでもいいよ。でもな、美味い物を知っていれば、初対面の人間だって喜ばせることが出来るんだ」
 「はい!」
 「塩野社長さんにご馳走してもいいんだしな」
 「そうですね!」
 「あとは、お前とヤルことしか考えてないカレシな!」
 「そんなことはないですよ!」

 六花と大笑いした。

 「でも、皇紀さんにも、美味しい物を食べてもらいたいです」
 「ありがとうな。こういう店で食べれば、自分の料理も変わって行く。何をどうすれば美味いとか分かるしな」
 「なるほど!」

 カサゴの唐揚げが来た。
 高級魚ではないが、俺がリクエストした。
 風花にも作れるからだ。
 ライムと薬味にアサツキとおろし大根が付いている。
 シシトウとパプリカも添えてあり、彩もいい。
 頭の形から、潰してあることは分かった。
 俺は頭をむしり取って口に入れた。

 「素晴らしいな!」
 
 二度揚げ、もしくは三度揚げし、アロゼもやっているようだった。
 香ばしい骨が噛むと簡単に折れて行く。

 三人の前にコンロが置かれ、店の人間がホタテやカニを焼いて行く。
 焼き加減が完璧で、最高の焼き物を食べられた。
 俺は食べながら、うちでチーズフォンデュをして大失敗だった話をした。

 「やっぱり熱々のチーズをぶっかけ合ってよ。全員火傷した。チーズが無くなって焦げて、中断したんだ。余った食材が可哀そうでなぁ」
 
 店の人間も大爆笑した。
 伊勢海老のコンフィも絶品だった。
 ウニのたっぷりと乗ったご飯が出て、目の前で卵黄に熱いバターを注いだものを掛けられた。
 サッと醤油を振ると、唸る程の美味さだった。

 大満足で店を出た。
 




 風花の家に戻って、俺はワインを、六花と風花は紅茶を飲んだ。
 ドームの上の幻想空間だ。

 「ここ、よく来るんです」
 「そうか」
 「最高ですよね!」
 「そうか」

 俺と六花で笑った。
 大阪の夜景が美しい。
  
 「風花、お前をこんなに広い家に一人で住まわせて悪いな」
 「え?」
 「俺もよく分かっているんだよ。亜紀ちゃんたちが来るまでは、あの広い家に一人で住んでいたからな」
 「石神さん……」

 「でもな、この家にはきっと人が増えて行く」
 「皇紀さんとか……」
 「戦争が終わればな。それまでは申し訳ない。なるべく来させるけどな」
 「いえ、そんな!」
 「そのうちに皇紀との子どもも出来るだろう」
 「!」
 「他にも仲間たちもな」
 「仲間?」
 「ああ、大阪も大都市だ。風花だけで守るのは難しいからな。いい人間をこっちに送るつもりだ。まあ、気に入った奴がいれば一緒に暮らしてもいい」
 「そうですか」

 六花が歌を歌いたいと言った。
 俺も今日くらいはいいだろうと許した。


 ♪ 大阪で 生まれた 女やさかい ♪


 どうやら、覚えて来たらしい。
 風花のために歌いたかったのだろう。
 相変わらず音程のおかしな歌だったが、不思議と温かかった。
 六花の歌声は、朗々と大阪の街に響いた。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...