富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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シベリア大脱走 Ⅴ

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 ロシア、サンクトペテルブルクの中心の「聖ミハイル城」。
 この数年の間に、広大な敷地のあちこちに異様な建物が立ち並ぶようになった。
 そしてその地下には地上の城よりも広大な「地下城」が構築されていた。
 最深部の地下13階。
 宇羅はそこの長く広大な廊下を歩いていた。
 既に照明がほとんど意味を為さぬほどの「闇」が立ち込めている。
 僅かな灯を頼りに進んで行く。
 巨大な高さ9メートルの扉の前に立った。

 「入れ」

 何の到着を知らせるまでもなく、「王」から声を掛けられた。
 宇羅はゆっくりと息を吸い、扉を開けて中へ入った。

 「あいつは《ティターン》を殺したか」
 「はい。「業」様にお譲り頂いた2億6千万の妖魔を苗床と期しておりましたが、思わぬ石神の兵器により、その半数で呼び出しました。それでも確かに「神」。それを石神が殺しましてございます」
 「あいつを斃せるとは思わなかったが、やはり殺したのだな」
 「はい、間違いなく」
 「それでは、あいつは「神殺し」となったわけだ」
 「さようでございますね」

 「ウワハハハハハハ!」

 ザハ・ハディドの巨大な椅子に座る「王」は、背後に濃密な闇を生み出しながら哄笑した。

 「人の身で「神」を殺したとなれば、その呪いは必ずや石神を殺しましょう」
 「さてな。だが、あいつを相当苦しめることにはなるだろう。どうあろうとも、あいつの力は相当弱まる」
 「はい。この世の「順」を逆したわけでございます。万一生き延びたとしても、石神はまともな生活は送れませぬでしょう」
 「そうだな。あいつがこれからどのように慌て苦しむのか楽しみだ」
 「摂理は覆せませぬ。石神もここまでかと」
 
 「石神に味方する者にも、その災厄は降るかも知れん。そのことであいつがまた一層苦しむのが面白いだろうな」
 「はい。「神殺し」の呪いは解けぬものですゆえ。命の続く限り、苦しみ続ける事でしょう」
 
 「ワハハハハハハハ!」

 宇羅は平伏しながら口元を見えないように覆った。
 新たな濃密な闇が、上機嫌の「業」から噴出している。

 「しかしこちらも相当やられた。ミハイルの計画は遅々として進まない」
 「はい。それも石神が弱れば、徐々に取り戻せるかと」
 「資源を根こそぎ奪われたからな。どこかへ取り戻しに行くか」
 「それもよろしいかと」
 「まあ、考えておこう」
 「はい」

 退出のタイミングを、宇羅は逃さなかった。
 立ち上がり頭を低くしたまま後ろへ移動した。
 そのまま素早くドアを開け、廊下へ出る。
 足早に戻った。

 口を覆い、なるべき息をせずに進む。
 階段を上がり、エレベーターに乗り込んでようやく大きく息を吸った。

 「石神は今頃……」

 宇羅の顔に、どす黒い笑みが浮かんだ。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「タカさん!」

 《ティターン》を斃した直後に、俺は身体から力が抜けて行くのを感じた。
 両手の「虎王」がやけに重く、俺は地面に膝を付いた。
 それを見ていたか、亜紀ちゃんが飛んできて支える。

 「大丈夫ですか!」
 「ああ、大丈夫だよ。流石に疲れたかな」
 「そうですよ! スゴイ奴でしたから!」

 俺は笑って「虎王」を鞘に納めようとした。
 右手の「七星虎王」は難なく鞘に入れたが、左手の「五芒虎王」を取り落としてしまった。

 「あ、カッチョ悪い」
 「うるせぇ!」

 俺は笑って拾い上げ、鞘に入れた。
 左手の指先に痺れた感覚がある。

 「まだ多いな」
 「でも、「月光狼」がどんどんやってますよ」
 「そうだな」

 まだ数千万はいそうだが、俺たちだけで戦っていた時よりも、ずっと効率よく屠っている。
 
 「タカさんは休んでて下さい。私たちで掃討戦を片付けます」
 「じゃあ、ちょっと後方に下がるな。無理しないようにしろよ」
 「はい!」
 「羽入と紅たちの様子を確認したら、また戻る」
 「はい! タカさんこそ無理しないで下さいね!」

 亜紀ちゃんは飛んで行った。
 俺は収容所近くへ移動し、羽入と紅の様子を見に行った。

 もう収容所近くまで来る妖魔はほとんどいないようだった。

 「石神さん! さっきのでかいのは凄かったですね!」

 羽入が俺を見つけて駆け寄って来た。
 疲れはあるだろうが、まだ大丈夫そうだ。
 怪我も無い。

 「ああ、何とか全力を出さずに斃せたな」
 「お怪我はありませんか?」
 「大丈夫だ。ちょっと一撃喰らったけどな。何ともないよ」
 「そうですか! こっちは紅と二人で大丈夫ですよ」
 「そうか。まあ、向こうもじきに終わる。最後まで気を抜かずにな」
 「はい!」

 俺は紅の傍にも行き、問題が無いことを確認した。

 「強い敵でございましたね。応援にも行けず、申し訳ありません」
 「お前たちの任務はここの防衛だ。立派にこなしてくれて助かった」
 「いいえ。デュール・ゲリエを回して頂き、ありがとうございます」
 「一時は厳しかっただろう。よく堪えてくれた」
 「とんでもございません」

 俺は滑走路の方へも行き、順調以上に輸送が進んでいるのを確認した。
 チヌークなどの輸送ヘリも全て動員して、既に60%が完了している。
 恐らく、妖魔が殲滅される前に全て輸送が完了するだろう。

 「ロシア軍は来ませんね」
 「来ればどうなるのかは分かっているんだろう。だから来ないよ」
 「そういうことですね!」

 収容所長のアレクサンドロが大笑いした。
 山場を越えてことを確信している。

 俺は柳と双子の戦線へ飛んだ。
 三人が連携しながら妖魔の集団を駆逐している。

 「石神さん!」
 「おう! 順調だな!」
 「はい!」

 柳に少し疲弊が見えたが、まだ大丈夫そうだった。
 俺は隣に立って、「オロチストライク」を一緒に撃ち込んで行く。
 少し離れた場所で、双子が手を振って来る。
 俺も振り返した。
 
 3時間後。
 輸送は全て完了し、妖魔の殲滅ももう一息だった。

 俺は左手の痺れを感じてはいたが、他に異常は無かった。
 
 「柳! もう少しだぞ!」
 「はい!」

 そう声を掛けた瞬間、俺は転んだ。
 柳が不思議そうに俺を見ていた。

 「なんだ! カッチョ悪いなー」
 「アハハハハハ!」

 起き上がろうとし、俺は左足が麻痺していることに気付いた。

 「!」

 柳は前方に集中し、気付いていない。
 俺はしばらくすれば収まるだろうと、そのまま地面に座った。
 柳が俺に気付く。

 「石神さん?」
 「おう、ちょっと疲れた」
 「そうですかー!」

 柳が笑顔で俺の傍に来た。

 「もう戻ってても大丈夫ですよ?」
 「あ、ああ」
 「?」

 俺が動こうとしないので、柳が訝しく感じている。

 「石神さん、どこか怪我しているんじゃ!」
 「違うよ。ちょっと足が痺れてな」
 「え!」

 柳が攻撃をやめ、俺の隣にしゃがみ込んだ。

 「立てないんですか!」
 「今はな。すぐに治るよ」
 
 柳が慌てて立ち上がり、周囲を警戒しながらルーとハーを呼んだ。

 「石神さんが立てなくなってるの! すぐに来て!」

 双子が飛んで来た。

 「タカさん!」
 「どこをやられたの!」

 「大丈夫だ。さっきの戦闘で電撃を喰らったからな。神経が炎症しているんだろう」

 俺は自分の体調の見解を伝えた。
 多少は動くので、神経が断たれたわけではない。

 「見せて!」

 ルーとハーが俺の足から全身に「手かざし」をする。
 
 「炎症はないよ!」
 「でも、何かおかしい!」
 
 双子の言葉に柳が慌てる。

 「どうしたの!」
 「分からない。でもすぐに運んだ方がいい!」
 「じゃあ、私が運ぶ!」
 「ちょっと待って。亜紀ちゃんにも知らせる」

 ルーが亜紀ちゃんと話していた。
 すぐに飛んで来るというのを止め、自分たちが治療をしながら後方に下がると伝えた。
 ハーに抱きかかえられて、収容所まで下がった。

 「タカさん! いつからですか!」
 「数分前だ。その前に左手が少し痺れていた」
 「今は?」
 「ちょっと動かないな。左足も同じだ」

 ルーとハーが俺を見ていた。
 何かを探っているようだ。
 二人が顔を見合わせる。

 「どう?」
 「分からない。でもおかしいよ!」
 「うん」

 ルーが俺に断ってアラスカから「タイガー・ファング」を呼んだ。

 「タカさん、ハーが一緒に行くから! 私は最後までここを指揮するね!」
 「ああ、頼むな。悪いな」
 「そんなこと言わないで! タカさん! 絶対に治すからね!」
 「頼む」

 恐らく今の俺には「飛行」は無理だ。
 輸送機は全て去っている。
 




 俺は迎えに来た「タイガー・ファング」にストレッチャーで運ばれ、ハーと一緒にアラスカへ戻った。
 俺の左腕も完全に動かなくなっていた。
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