富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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川釣りへ

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 明彦の会社に出掛けた翌日の日曜日。
 今日は早乙女の義理の父親、西条氏に誘われて釣りに出掛ける約束だった。
 釣りが趣味だとは聞いていたが、以前から何度か早乙女を通して誘われていた。
 公安のトップの人間であり、また早乙女のことを様々に支えてくれている。
 俺としても警察との重要なパイプになってくれた方だ。
 無碍にはしたくはなかったが、釣りとなると少し考えていた。
 先方が俺たちに、のんびりと気晴らしの遊びをと考えてくれているのは分かる。
 でも、遊びを通じて親睦を深める間柄ではない。
 お互いに使命を以て、仕事の付き合いをしていくつもりだった。

 しかしそれでも再三にお誘い頂いて来たので、一度お付き合いするかということになった。
 早乙女は二度ほど家族で付き合っているらしい。
 俺は子どもたちのことと、全員素人であることを伝えてもらった。
 道志川の川辺で釣るということだったので、バーベキューを提案させてもらった。
 食材と道具はこちらで用意すると。
 そうでなければ大変なことになる。
 そういうことを早乙女に伝えてもらうと、ならば釣り竿や道具は一式西条さんが用意してくれると言ってくれた。
 うちには全くないので有難い。
 購入するにしても、どのようなものを用意すればいいのか分からないからだ。
 うちの家族総勢6人と1匹。
 それに早乙女家の三人。
 
 「柱」たちは絶対に連れて来るなと言った。

 


 新宿のロータリーで待ち合わせた。
 助手席で亜紀ちゃんが、オリ合宿も道志川で、その時も新宿で待ち合わせたと言って喜んだ。

 西条さんは白いハイエースで来ていた。

 「今日は本当に楽しみでした」
 「こちらこそ。大勢で押し掛けてすみません」
 
 挨拶をし、出発した。
 10時過ぎには、河原に着いた。
 崖の下の広い河原の先に、幅10メートル程の道志川が流れている。
 他に釣り人はいないようだった。

 俺たちは全員で荷物を降ろして行く。
 西条さんの釣り竿などももちろん手伝った。

 「ここは結構穴場なんですよ。人があまり来ないんで、魚もスレてないんです」
 「アハハハハハ!」

 確かに、崖を降りるのは普通は面倒だろう。
 西条さんはちょっと見分けがつかない道を知っており、そこを通って俺たちは河原へ降りた。
 最初に西条さんが10本もの釣竿を作ってくれ、俺たちに使い方を説明してくれる。
 昼食にバーベキューをと考えていたので、俺たちは交代でバーベキューの準備をすることにした。
 ある程度食材はカットしてきた。
 
 「凄い量ですね!」
 「アハハハハハ!」

 西条さんが驚いていた。
 早乙女から、うちの子どもたちの「喰い」は説明してもらっていたのだが。
 
 最初は全員で釣りに行き、しばらくしてから交代でバーベキューの準備をした。
 雪野さんは怜花を抱いて早乙女の釣りを見ていたが、やがて戻って来て一緒に手伝ってくれた。
 俺は西条さんに連れられて傍で釣竿を垂らしていた。
 ロボが珍しそうに俺の隣で観ている。

 「釣りは久しぶりですよ」
 「そうなんですか! 前にもやられていたので?」
 「まあ、子どもの頃です。親父が釣りが好きだったので」
 「そうだったんですか!」

 「普段はおっかない親父だったんですけどね。でも釣りに出掛けている間は随分と優しくて」
 「アハハハハハ!」

 「一度川に落ちましてね。さっきみたいな崖から転げ落ちて、下の川で血まみれになったんですよ」
 「え!」
 「まあ、あちこち擦りむいたとかちょっと切った程度でしたけどね。上の親父に助けてもらおうと見たんです」
 「大変でしたね」
 「ええ、そうしたらね。親父が腹を抱えて笑ってやがって!」
 「ワハハハハハハ!」

 まあ、助けてもらったが。
 今思えば、石神の血だ。

 「私も一度釣りをしていて危ない目に遭いましてね」
 「どんな?」

 「千葉の防波堤で独りでやってたんですよ。そうしたら高波に呑まれて」
 「大変じゃないですか!」

 よくそうやって釣り人が遭難している。

 「咄嗟に見ていて飛び込んで助けてくれた方がいて」
 「良かったですねぇ」
 「30歳前後だったなぁ。相手の方はもうちょっと上で。逞しい人でね、それでいて顔が綺麗で。私の両脇を抱えて泳いで岸まで連れて来てくれました」
 「そうだったんですか」
 「御礼をしようとお名前を聞いたら、教えてくれなくて。持っていたお金をせめてと渡しても貰ってくれない。困りましたよ」
 「良い方だったんですね」
 
 西条さんが懐かしそうな顔をしていた。

 「二人ともびしょ濡れでしょう? その人が流木を集めてくれて、焚火を作ってくれたんです。今くらいの時期だったな。ちょっと寒い日でした。だから焚火が有難くて」
 「それでその人は?」
 「しばらくして、自分はもう帰るからって。私はせめて家まで送らせて欲しいって頼んだんです」
 「そうですか」
 「車で来ていたんでね。その人は電車だったということで。横浜まで送らせてもらいました」
 「横浜ですか。随分と遠くまで来ていたんですね」
 「ええ、釣りが好きだそうで。私も同じですけどね。でも、素晴らしい竹の竿で、赤の糸を等間隔に巻いている見事な竿でしたよ。随分と高いものかと」
 「え?」
 「緑区の市営住宅の入り口で降りられて。もうここまでで結構ですと。車代を渡そうとされたので、今度は私が断りましたよ」
 「えーと……」

 俺は幾つか、その当時の住宅の様子や、走った道などを確認した。

 「え、御存知の場所で?」
 「髪型はオールバックで、背は俺よりもちょっと低い?」
 「そうでしたね」
 「下品な冗談が多い」
 「まあ、楽しい方でしたよ」
 「多分ね、それ親父ですよ」
 
 「エェェェェェ!!」

 俺は親父が一番大事にしていた竿を覚えている。
 悪戯好きな俺には、絶対に触らせてくれなかった。
 まあ、本当にいい竿で、俺が病気ばっかりするので売ってしまったが。
 それ以降、多分親父は釣りにも行かなくなった。
 申し訳ないと思っている。

 俺と西条さんはしばらくお互いの記憶を擦り合わせた。
 間違いないだろうということになった。
 時期的には、俺が小学3年生くらいだ。

 「そう言えば、息子さんが大病をしたんだって言ってましたね」
 「俺のことでしょうね」
 
 思わぬ縁に、二人で驚いた。

 「助けて下さったことももちろんですが、あの気さくで優しい人柄が忘れられませんでした。後日、改めてお礼に伺おうと思ったんですが、また断られるだろうと」
 「そうだったんですか。まあ、絶対に断ったでしょうね」
 「やっぱりそうですか!」

 話ながらも、西条さんは流石に10匹もニジマスや鮎を釣り上げた。
 俺は鮎を1匹とニジマスを2匹。
 早乙女はニジマスを2匹。

 子どもたちは全員でニジマスを4匹だった。
 まあ、一人1匹はニジマスが食べれた。
 鮎は俺と早乙女と雪野さんで頂いた。
 あとはロボにやった。

 バーベキューとダッチオーブンでシチューを作った。
 
 「自分で釣り上げて食べるのはいいですね」
 「そうですよね。また是非やりましょうよ」
 「まあ、時間が作れれば。なかなか忙しくてね」
 「そうでしょうな。先日はローマ教皇までいらしたとか」
 「参りましたよ。突然でしたからね」

 「石神さんは、どんどん大きくなられる」
 「俺はそんなことに興味は無いんですけどね。どうにも目の前のことを夢中でやっていると、いつの間にか」

 西条さんが、遠い目をされた。

 「あの時の御恩がようやく返せる」
 「え?」
 「石神さんのお父様に助けて頂いたこの命は、石神さんのために使いますよ」
 「やめて下さいよ。親父だってそんなつもりは無かったんですから」
 「そうですね」

 西条さんが微笑んだ。

 「今日は親父の話が聞けて良かった。最高の気分です」
 「私もですよ。忘れたことは無い。今日は本当に嬉しいです」


 

 ロボがもっと鮎が無いかと、俺の方に来た。
 
 「おい! 誰かロボに鮎を釣って来い!」

 ハーが裸になって川に入るので、慌てて止めた。

 「お前がぶちこんだら、この辺全滅で釣りが出来なくなるだろう!」
 「アハハハハハ!」

 「ちっちゃく撃て」
 「アハハハハハ!」

 子どもたちがタモ網を持って集まった。
 西条さんが何事かと見ている。

 ハーがちっちゃい「轟雷」を川面に撃った。
 20匹くらいのニジマスや鮎などが浮かんで流れて来る。
 子どもたちが一斉に掬った。

 「これは……」
 「「「「「「ワハハハハハハハ!」」」」」」





 ロボに鮎を焼いてやり、ロボが大喜びだった。 
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