富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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斬の屋敷にて Ⅱ

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 「どうした?」

 俺はいつもと様子が違う斬に声を掛けた。
 
 「まあ、座ってくれ」

 斬は言ったが、椅子も何も無い。
 俺と鷹は笑って道場の床に座った。
 斬は目の前で正座した。

 おもむろに両手を付いて頭を下げる。

 「おい!」

 鷹に向いていた。

 「鷹さん。栞が大変世話になっている。ありがとう」
 「え?」

 鷹も驚いている。

 「わしはこんなじゃが、栞は普通の娘に育てたつもりだ。じゃが家がこういうもので、どこか歪な所もある」
 「そんなことはありませんよ?」
 「栞にはずっと仲の良い友はいなかった。仲良く成れば、みんな栞の中のわしに気付いて遠ざかって行った」
 「……」

 よく分かる。
 栞の天真爛漫な性格は本物だ。
 しかし、同時に血生臭いものが確かにある。
 奈津江はそれを感じながらも、栞の天津爛漫さを選んだ。
 稀有なことだっただろう。
 まあ、そういう女だからこそ、俺とも付き合えたのだろうが。
 今思えば不思議なことでもある。

 「栞はワガママな所も多い。なまじ力があるために、知らずのうちに相手に強要してしまうこともある」
 「私には、そんなこと、一度もありませんでしたよ」

 鷹が笑って言う。
 まあ、地獄の飲み会には一度も出なかったからだが。

 「あんな孫でも、わしにとっては大切な家族じゃ。鷹さんが栞と本当に仲良くして下さって嬉しい」
 「そんなことは。私も栞が大好きですから」

 斬が顔を上げて笑った。
 士王に向ける慈愛の笑顔とはまた違った、爽やかな笑顔だった。
 こんな笑い方も出来るのかと、俺が驚いた。

 「こいつならば栞と上手くやって行けるだろうとは思っていた」
 「まあな」
 「でも、他に栞をこんなに大切に思ってくれる人間がいるとは思わなんんだ」
 「斬さん、そんなことはありませんよ。栞はみんなに愛される人間です」
 「ああ、他にも一江さんと大森さんだったか。前に会ってあの方々も栞を大切にしてくれていることが分かった」
 「そうですよ。他にも沢山いますよ?」
 「ああ。でも鷹さん、あなたは特別だ。栞がよく話してくれる。鷹さんがいてくれるから、安心して欲しいとわしに言った。栞はもう大丈夫だ。こいつと貴女がいてくれる。本当にありがとう」

 俺は鷹と顔を見合わせた。

 「お前にも改めて礼を言おう。そして、今日鷹さんを連れて来てくれて感謝する。やっと鷹さんに礼を言うことが出来た」
 「おい、大丈夫かよ?」
 「二人ともありがとう。これからも栞のことを宜しく頼む」

 俺は立ち上がって叫んだ。

 「栞! 来てくれぇー! 斬が死にそうだぁー!」
 「お前ぇ!」

 斬も立ち上がった。
 栞が吹っ飛んで来る。

 「おじいちゃん!」
 「斬がもう死ぬってよ!」
 「死なんわ!」

 鷹が大笑いして栞を止めた。
 俺が斬がいきなり俺たちに礼を言い始めたことを話した。
 栞が呆れて俺の胸を叩いた。

 「もうちょっとおじいちゃんを大事にしてあげてよ!」
 「お、おう」

 斬に茶を寄越せと言った。
 鷹と笑いながら着替えて座敷へ行った。

 


 あれだけの豪華な昼食の理由が分かった。
 鷹に喜んでもらおうとしたのだ。
 有名な料亭の娘であることは知っているのだろう。
 だから、その鷹のために、斬が用意出来得る最高の料理を用意したのだ。

 夕飯もそうなのだろうと予想した。
 子どもたちには昼と同様の大量の美味い料理が用意された。
 だが、俺と栞の配置がおかしい。

 俺と栞が上座に座らされ、斬が栞の側に座った。
 俺と栞の膳がおかしい。
 知らない人たちもいる。

 「おい、なんだこれは?」
 
 斬が黙っている。
 仕方なく、俺も食事の配膳を待った。
 大中小の盃が置かれた。

 全ての準備が終わり、俺と栞の前に、女性が俺の盃に酒を注ぐ。
 斬が俺を見ている。
 もう分かった。
 三々九度だ。

 俺は一口飲み、栞に渡す。
 栞も一口飲み、俺に返す。
 俺が飲み干す。

 結婚式の作法だ。
 最後の大の盃を俺が飲み干した。
 斬が拍手し、全員が拍手した。

 「おい、なんだよ」
 「お前たちは結婚式を挙げていないだろう」
 「まあな」
 「だから略式じゃ。やらせてくれ」
 「分かったよ」

 栞が涙ぐんでいる。
 俺が初めて見る人たちは、花岡家の親戚たちらしい。
 栞が教えてくれた。
 全員ではないだろうが、斬が呼んだのだろう。
 俺たちの前に来て、祝いの言葉を述べて行く。
 俺は注がれるままに酒を飲んだ。

 俺は言われたわけでもないが、立ち上がって挨拶した。

 「花岡斬の孫の栞を娶った石神高虎です。できちゃった婚です」

 みんなが笑い、斬が苦い顔をしながらも笑った。
 栞との出会いや同じ病院に勤め始めて付き合いだしたことを話した。
 士王のことも紹介する。

 「末永く栞を愛していきます」

 つまらない締めで終わった。
 みんなが拍手してくれる。
 斬が嬉しそうに笑っていた。

 子どもたちの「喰い」が始まり、みんな驚きながらも笑ってくれた。
 鷹がニコニコしながら酒を注ぎに来た。

 「おめでとうございます」
 「ああ、なんかな」
 「あなた!」

 鷹が笑った。

 「こうなると、鷹とも何かしたくなってきたな」
 「はい、いつでも喜んで」
 「ハワイとか行く?」
 「アハハハハハ!」

 斬も笑っている。

 「今日は大いに飲め。わしも楽しい」
 「お前は飲むなよな。めんどくせぇから」
 「なにを!」

 じきに親戚たちは俺たちに挨拶して帰って行った。
 
 「タカさん! 食事の永久機関だよ!」
 「そうか! この家を食いつぶせ!」
 「「「「はい!」」」」

 みんな楽しそうだ。
 俺も楽しかった。

 斬が立ち上がった。
 いきなり「高砂」を謡い舞い出した。
 みんな驚く。
 いい謡だった。

 「お前に、あんなことが出来るとはな!」
 「ふん!」

 宴は10時まで続いた。
 その間、料理が途切れることは無かった。
 子どもたちは大満足だった。




 斬と風呂に入った。

 「今日はありがとうな」
 「いや、お前に付き合わせてしまった」
 「そんなことはないぜ。俺も嬉しかったよ」
 「そうか」

 夢というほどではなかったのかもしれないが、斬はずっと考えていたのだろう。
 たった一人の大事な孫娘のために、ちゃんとしたことをしたかったのだ。
 俺がこんな人間だから、これしか出来なかったが。

 「お前には瑠璃玻の話をしたな」
 「ああ」
 「あいつがいたから、わしは雅に厳しくは出来なかった」
 「お前の背中を見てたんだ。立派な人だったよ」
 「……」

 斬が遠くを見るような目をして、それを閉じた。

 「雅たちが生んだ栞には、ますますな。だからワガママにもなってしまった」
 「栞はカワイイってものだよ。愛らしい性格だ」
 「そうか」

 斬は目を開いて俺を見ていた。

 「「業」は違った」
 「ああ」
 「あれはわしの、「花岡」の因縁じゃ」
 「そうじゃねぇよ。どっちかと言うと、俺の因縁らしいぜ?」
 「ふん! まあよい。わしが必ずカタを着ける」
 「まあ、ガンバレ」

 斬の思いは分かっている。
 俺と栞のために、自分が差し違えても「業」を斃すつもりでいるのだ。
 俺たちのために。

 恐らく、あのまま末期がんが癒えなければ、独りでロシアに向かって行っただろう。
 そういう男だ。
 しかし、今は本当に「業」を斃すために、技を練り上げている。
 そのことが、今日の組み手でも分かった。
 そして俺たちと共に、「業」に立ち向かおうと考えてくれるようになった。
 



 斬が今日、亜紀ちゃんたちを指導していた光景を思い出す。
 あれは次の世代に何かを残したいという思いがあった。
 俺にはそれがよく分かった。
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