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橘弥生の強襲
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翌日。
3時のお茶を飲んでから、俺たちは日本へ帰った。
十日近く一緒にいたので、湿っぽいことにはならない。
また、いつでも会えるのだ。
ただ、士王がまた泣いた。
吹雪もつられて泣いた。
栞と六花が笑いながら相手した。
「タイガー・ファング」に乗り込み、俺の家の近くの「花見の家」の庭に降りる。
「青嵐、紫嵐! またな!」
二人が笑顔で去って行った。
日本時間で朝の9時。
みんなで歩いて俺の家に向かう。
亜紀ちゃんの電話が鳴った。
「はい! あ! もういらしてるんですか!」
亜紀ちゃんが誰かと話している。
敬語を使っているので、俺は不思議に思った。
「カタ研」の先輩だろうか?
前を歩いていた亜紀ちゃんが振り向いて叫んだ。
「六花さん! 鷹さん! タカさんを逃がさないで下さい!」
「「「?」」」
俺たち三人は不審に思ったが、六花と鷹が俺の両腕を組んだ。
「なんだ!」
そのまま歩いて行く。
亜紀ちゃんはずっと電話で話している。
俺の家が見えて来た。
門の前に、大きな車が停まっている。
近づくとロールスロイスのシルヴァースピリットⅡだ。
旧い車だが、やはり威厳がある。
しかし、その車には見覚えがあった。
運転手が降りて来て、後部のドアを開けた。
降りて来た。
運転手がグレーの毛皮のコートを羽織らせる。
「トラ!」
「!」
亜紀ちゃんが俺の背中から両肩を掴んだ。
スゴイ力だった。
「橘さん!」
橘弥生が俺を睨みつけていた。
「どうして!」
「あなたが今日帰ると聞いたから! わざわざ出向いて来たのよ!」
「だから、どうして!」
橘弥生はそれに答えずに、反対側のドアを開けた。
頭を下げて、老女の手を引いて降りるのを助けていた。
あの橘弥生がそんなことをする人間はほとんどいないはずだ。
降りて来た老女は俺に手を振った。
「徳川さん!」
以前に橘弥生が俺の病院の近くでコンサートを開いた時に引き合わされた女性だ。
徳川先生と呼んでいた。
橘弥生にピアノを教えた方だと言われた。
「だから、どうして!」
「早く門をお開けなさい! 徳川先生が寒いじゃないの!」
慌てて門を開いた。
訳も分からないままに、急いで玄関を開けて橘弥生と徳川先生を中へ入れた。
子どもたちが入って、リヴィングを整える。
暖房を入れ、お湯を沸かす。
俺はエレベーターでお二人を上に上げ、コートなどを引き受けた。
運転手は車の中に留まった。
「まったく! 20分も待たされたわ!」
「だから、今日は一体どのような御用件なんですか!」
「決まっているじゃないの! トラに次のCDを作らせるためよ!」
「そんな!」
まあ、姿を見た瞬間から分かってはいたが。
それ以外の用件でうちに来るわけはない。
分からないのは、どうして今日待ち構えていたのかだ。
「橘さん、遅れて申し訳ありません」
「いいのよメリカからだったんでしょう?」
「はい!」
訳が分かった。
こいつが仕込みやがったか。
亜紀ちゃんがニコニコしてハーが淹れた紅茶を運んで来た。
ルーが買い置きの焼き菓子を出して来る。
俺は小テーブルを持って、運転手にも持って行けと言った。
皇紀がすぐに手配する。
「徳川さんまでいらっしゃるとは」
「あなたに興味がありましたからね。お久し振りです」
「はい! あの日お会いしたことは忘れません!」
「あら、うれしい」
俺はピエール・マルコリーニのチョコレートを出させた。
「本当に覚えてくれていたのね」
「はい、あの時は頂くばかりで申し訳ありませんでした」
「オホホホホ」
優雅に笑い、嬉しそうにチョコレートを口にしてくれた。
「俺も、アメリカ大統領には出してませんよ」
「ウフフフフ」
橘弥生が微笑んでいた。
滅多に見ないことだ。
「トラ、徳川先生もあなたにCDを出して欲しいと仰っているのよ」
「あのですね」
徳川さんが俺に向いた。
「最初のCDを聴かせてもらったわ。素敵な音楽だった。やはりあなたの中には音楽が常に流れているのね」
「いえ、そんなことは」
「サイヘーちゃんとは別な素敵な音。本当にギターがお好きなのね」
「それはまあ。もう離れられないものになってしまいましたよ」
「それは良いことだわ」
橘弥生が俺を見ていた。
優しい眼差しだった。
「年末にね、素敵なお嬢さん方と会ったわ」
「あー」
桜花たちだ。
「御礼を言わせて。あなたがあの三人を門土の墓に行かせたのでしょう?」
「いや、あれは桜花たちが自分で行きたいと言ったんですよ。普段は外国に住んでいるんですけどね。俺が前に門土の話を聞かせたら、日本へ行ったら絶対に墓参りがしたいと言ってまして」
「そうだったの」
「門土のことが大好きになったんですよ。それでです」
「ありがとう。あの方たちに会えて本当に嬉しかった」
「ああ、お茶をご馳走になったそうで。ご迷惑をお掛けしました」
「私がお誘いしたの。ねえ、あのお経はトラが教えたのでしょう?」
「まあ、ちょっとしたアドバイスですよ。あいつらが一生懸命に練習したんです」
「素晴らしかった。門土も喜んでいると思う」
「そうだったらいいですね」
徳川さんもニコニコしていた。
もう話は聴いているのだろう。
橘弥生が亜紀ちゃんを呼んだ。
「ねえ、もうトラの曲は決まったかしら?」
「すいません。この人、本当に抵抗してて。でもですね、「ソルヴェイグの子守歌」って良かったですよ!」
「ああ、あれね」
「こら!」
「それとシューベルトの『水の上で歌う』!」
「いいわね」
「おい!」
「それから、サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』! 最高でした!」
「ああ、いいわね」
「でも、エレキギターでやったんですよ」
「それもいいと思うわ」
「同じエレキで、オルフの『カルミナ・ブラーナ』も良かったです」
「トラの好きそうな曲ね」
「ヴェルディの『レクイエム』と、モーツァルトの『レクイエム』の《ラクリモーザ》も素敵でした!」
橘弥生が喜び、徳川さんも嬉しそうに聞いていた。
俺はげんなりしていた。
六花や鷹、他の子どもたちもニコニコしている。
「トラ、CDは二枚組に出来そうね」
「ちょっと! 困りますって!」
「徳川先生まで来ているの。もうつべこべ言わないで」
そう言われても、俺にとってはチョコレートが好きな素敵な女性でしかない。
でも、そう言えば橘弥生が激怒することは分かっている。
「トラ、前のCDは世界中で500万枚売れたわ。今も買われ続けている。あなたの音楽をみんなが待っているのよ」
「俺は医者ですよ。待たれても困ります」
「あなた! いい加減になさい!」
それは俺が言いたい。
でも、どうしても橘弥生は苦手だ。
「トラ! 地下へ案内なさい」
「え?」
「徳川先生、申し訳ありません。きっと懲らしめて「うん」と言わせますから」
「それは楽しみね」
否応なく、俺はお二人を地下へ案内した。
どうやら、逃げることは出来そうにない。
3時のお茶を飲んでから、俺たちは日本へ帰った。
十日近く一緒にいたので、湿っぽいことにはならない。
また、いつでも会えるのだ。
ただ、士王がまた泣いた。
吹雪もつられて泣いた。
栞と六花が笑いながら相手した。
「タイガー・ファング」に乗り込み、俺の家の近くの「花見の家」の庭に降りる。
「青嵐、紫嵐! またな!」
二人が笑顔で去って行った。
日本時間で朝の9時。
みんなで歩いて俺の家に向かう。
亜紀ちゃんの電話が鳴った。
「はい! あ! もういらしてるんですか!」
亜紀ちゃんが誰かと話している。
敬語を使っているので、俺は不思議に思った。
「カタ研」の先輩だろうか?
前を歩いていた亜紀ちゃんが振り向いて叫んだ。
「六花さん! 鷹さん! タカさんを逃がさないで下さい!」
「「「?」」」
俺たち三人は不審に思ったが、六花と鷹が俺の両腕を組んだ。
「なんだ!」
そのまま歩いて行く。
亜紀ちゃんはずっと電話で話している。
俺の家が見えて来た。
門の前に、大きな車が停まっている。
近づくとロールスロイスのシルヴァースピリットⅡだ。
旧い車だが、やはり威厳がある。
しかし、その車には見覚えがあった。
運転手が降りて来て、後部のドアを開けた。
降りて来た。
運転手がグレーの毛皮のコートを羽織らせる。
「トラ!」
「!」
亜紀ちゃんが俺の背中から両肩を掴んだ。
スゴイ力だった。
「橘さん!」
橘弥生が俺を睨みつけていた。
「どうして!」
「あなたが今日帰ると聞いたから! わざわざ出向いて来たのよ!」
「だから、どうして!」
橘弥生はそれに答えずに、反対側のドアを開けた。
頭を下げて、老女の手を引いて降りるのを助けていた。
あの橘弥生がそんなことをする人間はほとんどいないはずだ。
降りて来た老女は俺に手を振った。
「徳川さん!」
以前に橘弥生が俺の病院の近くでコンサートを開いた時に引き合わされた女性だ。
徳川先生と呼んでいた。
橘弥生にピアノを教えた方だと言われた。
「だから、どうして!」
「早く門をお開けなさい! 徳川先生が寒いじゃないの!」
慌てて門を開いた。
訳も分からないままに、急いで玄関を開けて橘弥生と徳川先生を中へ入れた。
子どもたちが入って、リヴィングを整える。
暖房を入れ、お湯を沸かす。
俺はエレベーターでお二人を上に上げ、コートなどを引き受けた。
運転手は車の中に留まった。
「まったく! 20分も待たされたわ!」
「だから、今日は一体どのような御用件なんですか!」
「決まっているじゃないの! トラに次のCDを作らせるためよ!」
「そんな!」
まあ、姿を見た瞬間から分かってはいたが。
それ以外の用件でうちに来るわけはない。
分からないのは、どうして今日待ち構えていたのかだ。
「橘さん、遅れて申し訳ありません」
「いいのよメリカからだったんでしょう?」
「はい!」
訳が分かった。
こいつが仕込みやがったか。
亜紀ちゃんがニコニコしてハーが淹れた紅茶を運んで来た。
ルーが買い置きの焼き菓子を出して来る。
俺は小テーブルを持って、運転手にも持って行けと言った。
皇紀がすぐに手配する。
「徳川さんまでいらっしゃるとは」
「あなたに興味がありましたからね。お久し振りです」
「はい! あの日お会いしたことは忘れません!」
「あら、うれしい」
俺はピエール・マルコリーニのチョコレートを出させた。
「本当に覚えてくれていたのね」
「はい、あの時は頂くばかりで申し訳ありませんでした」
「オホホホホ」
優雅に笑い、嬉しそうにチョコレートを口にしてくれた。
「俺も、アメリカ大統領には出してませんよ」
「ウフフフフ」
橘弥生が微笑んでいた。
滅多に見ないことだ。
「トラ、徳川先生もあなたにCDを出して欲しいと仰っているのよ」
「あのですね」
徳川さんが俺に向いた。
「最初のCDを聴かせてもらったわ。素敵な音楽だった。やはりあなたの中には音楽が常に流れているのね」
「いえ、そんなことは」
「サイヘーちゃんとは別な素敵な音。本当にギターがお好きなのね」
「それはまあ。もう離れられないものになってしまいましたよ」
「それは良いことだわ」
橘弥生が俺を見ていた。
優しい眼差しだった。
「年末にね、素敵なお嬢さん方と会ったわ」
「あー」
桜花たちだ。
「御礼を言わせて。あなたがあの三人を門土の墓に行かせたのでしょう?」
「いや、あれは桜花たちが自分で行きたいと言ったんですよ。普段は外国に住んでいるんですけどね。俺が前に門土の話を聞かせたら、日本へ行ったら絶対に墓参りがしたいと言ってまして」
「そうだったの」
「門土のことが大好きになったんですよ。それでです」
「ありがとう。あの方たちに会えて本当に嬉しかった」
「ああ、お茶をご馳走になったそうで。ご迷惑をお掛けしました」
「私がお誘いしたの。ねえ、あのお経はトラが教えたのでしょう?」
「まあ、ちょっとしたアドバイスですよ。あいつらが一生懸命に練習したんです」
「素晴らしかった。門土も喜んでいると思う」
「そうだったらいいですね」
徳川さんもニコニコしていた。
もう話は聴いているのだろう。
橘弥生が亜紀ちゃんを呼んだ。
「ねえ、もうトラの曲は決まったかしら?」
「すいません。この人、本当に抵抗してて。でもですね、「ソルヴェイグの子守歌」って良かったですよ!」
「ああ、あれね」
「こら!」
「それとシューベルトの『水の上で歌う』!」
「いいわね」
「おい!」
「それから、サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』! 最高でした!」
「ああ、いいわね」
「でも、エレキギターでやったんですよ」
「それもいいと思うわ」
「同じエレキで、オルフの『カルミナ・ブラーナ』も良かったです」
「トラの好きそうな曲ね」
「ヴェルディの『レクイエム』と、モーツァルトの『レクイエム』の《ラクリモーザ》も素敵でした!」
橘弥生が喜び、徳川さんも嬉しそうに聞いていた。
俺はげんなりしていた。
六花や鷹、他の子どもたちもニコニコしている。
「トラ、CDは二枚組に出来そうね」
「ちょっと! 困りますって!」
「徳川先生まで来ているの。もうつべこべ言わないで」
そう言われても、俺にとってはチョコレートが好きな素敵な女性でしかない。
でも、そう言えば橘弥生が激怒することは分かっている。
「トラ、前のCDは世界中で500万枚売れたわ。今も買われ続けている。あなたの音楽をみんなが待っているのよ」
「俺は医者ですよ。待たれても困ります」
「あなた! いい加減になさい!」
それは俺が言いたい。
でも、どうしても橘弥生は苦手だ。
「トラ! 地下へ案内なさい」
「え?」
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