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ブロードウェイ「マリーゴールドの女」
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緑子は本当にすぐに動いてくれ、俺は月曜日の夜に劇団へ出掛けた。
劇団の代表、代表取締役社長、そして他に2人の取締役と緑子が待っていた。
俺に時間を会わせてくれ、8時になった。
「石神さん、ご連絡が遅くなって申し訳ありません」
最初に劇団代表の岩瀬さんが俺に頭を下げられた。
「いいえ、突然のお話だったことは俺も知ってますし。そちらも方針を固めるのに大変だったでしょう」
「そう言って頂けると。確かにその通りで、私共にとっても驚くばかりで。石神さんには、こちらの対応案を立ててからお話ししようと」
「はい、分かります」
俺との契約はまだ有効だ。
「マリーゴールドの女」をやる時には、緑子を主役にするということだ。
そして、緑子が他の役者を推薦、もしくは自分が辞退する場合には、別な役者で主演を決める。
付則で、一応その場合には俺の承諾を得るという条項もあった。
今回は事情が少々異なる。
海外での話であり、緑子の劇団はほぼ関与しない。
ただ、「マリーゴールドの女」の上演の権利は劇団が握っているので、何らかの許諾と共に配当もあるはずだ。
日本の演劇が海外で上演されることは滅多にはないが、これまで無かったことでもない。
その対応は決めればいいだけのことだった。
問題は俺だ。
著作権は一応俺に帰属していて、俺の承諾が無ければ他の劇団や劇場では上演出来ない。
その辺の事情を、ブロードウェイの脚本家は知らなかったのだろう。
まあ、通常は劇団で脚本の著作権を持っているものだ。
「それで、石神さんはどのように考えられていますか?」
「はい、俺としては基本的に、そちらが問題ないようであれば上演を許可したいと思っています」
「そうですか!」
劇団の人たちが喜んだ。
劇団の上演作品が海外で扱われ、評価されることは、多大なメリットがある。
しかも今回はブロードウェイでも老舗の「ブロード・ハーヴェイ」での上演だ。
数々の大ヒット上演を繰り広げた、最大手の一角だった。
1917年の創立で、建築デザインが素晴らしいことでも知られている。
流石は静江さんの知り合いだ。
俺は今回の騒動の事情を説明した。
俺の恋人だったレイチェル・コシノが緑子の芝居に感激し、脚本の英訳をしていたこと。
そしてレイは最後まで訳し終え、自分が最も信頼する静江ロックハートに監修をお願いしていたこと。
その後で、レイは死んだこと。
静江さんはしばらくレイの死のショックで、脚本を見られなかったこと。
でも、ようやく目を通し、知人の脚本家にも意見を求めたこと。
「そういうことでしたか。私共も、どうして「ブロード・ハーヴェイ」から連絡が来たのかどうにも分からなくて」
「すいませんでした。俺もレイが英訳したいという話は聞いていたのですが、まさか本当に仕上げていたとは知りませんで」
代表たちも納得し、今後の対応について話し合った。
「劇団の配当などは、ご自由に話し合って下さい。俺としてはレイの名前が明記されれば、それで結構ですから」
「レイチェルさんの?」
「はい! 脚本の英訳をレイチェル・コシノであることを一番に。ああ、監修補佐としてシズエ・ロックハートも是非。それと、オリジナル舞台の主演女優として、緑子の名前を。俺の名前はいりません」
「そうはいきませんよ、石神さんのお名前も絶対に必要です」
「それなら、日本語脚本として、出来るだけちっちゃい目立たない掠れたフォントでお願いします」
「アハハハハハ!」
俺たちは更に幾つかのことについて話し合った。
「石神さんのオリジナル脚本家としての配当は当然ですが、今回の立役者となったレイチェル・コシノさんの配当はいかがしましょうか?」
「ああ、なるほど」
レイは亡くなっており、係累もいない。
レイの気持ちとしては、静江さんが親代わりだったが、静江さんは断るだろう。
「どこかのアメリカの団体に寄付してはどうでしょうか?」
「なるほど!」
「ああ、俺の分も一緒に。もしもお金を頂くようなことがあればですが」
「それはありますよ! 石神さんは素晴らしい方だ」
「とんでもない! ああ! 劇団の分はちゃんともらって下さいよ?」
「アハハハハハ!」
それと、日本での上演のことを必ず向こうでも紹介させることを頼んだ。
緑子が全て主演女優として高い評価を得ていたことだ。
緑子が驚き、泣きそうな顔で俺を見ていた。
話し合いが終わり、少し雑談となった。
「まだ決定ではないのですが、サンドラ・カーンが主演を打診されているそうです」
「え! あの大女優の!」
舞台女優から一躍ハリウッド映画で活躍するようになった女優だ。
今40歳前後と記憶している。
「これから先方とも打ち合わせて行きますけどね。基本的にキャスティングなどは向こうが決めるでしょうが」
「じゃあ、もう一つ希望を!」
「なんですか、石神さん?」
「主演女優に、緑子が演技指導をするという」
「何言ってんの、石神!」
「ほお!」
「緑子の芝居ですからね。こいつが指導すればバッチリでしょう!」
「あんた! もう辞めなさい!」
緑子が素で怒っているので、みんなが笑った。
立ち上がった緑子が気付いて赤くなって座った。
「あの、私がサンドラ・カーンに指導なんて無理ですよ!」
「いいじゃないか。こういうのも経験だよ。きっと君の経験にもなる」
「いや、冗談じゃないですからぁ!」
またみんなで笑った。
1か月後。
劇団と「ブロード・ハーヴェイ」との間で正式な契約が決まった。
上演の条件として俺が提示したレイと静江さんの名前を前面に出すことも承諾された。
俺の名前も結構大きく出るようだったが、仕方ない。
ただ、「原作(Original Story & Screenplay)」ではなく、「日本語脚本(Japanese Screenplay)」と強引に表記させた。
そうすれば、観客は単なる日本語訳をしたと思ってくれるだろう。
この脚本はレイが仕上げたのだ。
「ブロード・ハーヴェイ」の内部では、当然俺のオリジナルだとは分かっている。
しかし、表には出さないようにした。
そして本当にサンドラ・カーンが主演女優にキャスティングされた。
脚本を見せたところ、彼女が是非やりたいと言ったそうだ。
まあ、俺に対するリップサービスだろう。
演出家やスタッフも一流の人間が集められた。
「ブロード・ハーヴェイ」としては、この芝居を絶対に成功させたいと考えていた。
着々と準備が進み、緑子が渡米した。
渡米にあたり、あいつは俺の同行を求めた。
「俺が行ってもしょうがねぇだろう!」
「あんたがやったんだから、責任とりなさいよ!」
俺が行かないなら絶対に断るという態だった。
仕方なく、数日の休みを取って緑子と一緒に行った。
飛行機での渡米は久しぶりだ。
緑子の旦那の冬野も連れて行こうとしたが、もう『虎は孤高に』の撮影でそれどころではなかった。
全然必要無かったが、亜紀ちゃんが無理矢理ついて来た。
まあ、緑子と二人なのもアレなので、結果的には丁度良かった。
6月の中旬。
俺たちは渡米した。
劇団の代表、代表取締役社長、そして他に2人の取締役と緑子が待っていた。
俺に時間を会わせてくれ、8時になった。
「石神さん、ご連絡が遅くなって申し訳ありません」
最初に劇団代表の岩瀬さんが俺に頭を下げられた。
「いいえ、突然のお話だったことは俺も知ってますし。そちらも方針を固めるのに大変だったでしょう」
「そう言って頂けると。確かにその通りで、私共にとっても驚くばかりで。石神さんには、こちらの対応案を立ててからお話ししようと」
「はい、分かります」
俺との契約はまだ有効だ。
「マリーゴールドの女」をやる時には、緑子を主役にするということだ。
そして、緑子が他の役者を推薦、もしくは自分が辞退する場合には、別な役者で主演を決める。
付則で、一応その場合には俺の承諾を得るという条項もあった。
今回は事情が少々異なる。
海外での話であり、緑子の劇団はほぼ関与しない。
ただ、「マリーゴールドの女」の上演の権利は劇団が握っているので、何らかの許諾と共に配当もあるはずだ。
日本の演劇が海外で上演されることは滅多にはないが、これまで無かったことでもない。
その対応は決めればいいだけのことだった。
問題は俺だ。
著作権は一応俺に帰属していて、俺の承諾が無ければ他の劇団や劇場では上演出来ない。
その辺の事情を、ブロードウェイの脚本家は知らなかったのだろう。
まあ、通常は劇団で脚本の著作権を持っているものだ。
「それで、石神さんはどのように考えられていますか?」
「はい、俺としては基本的に、そちらが問題ないようであれば上演を許可したいと思っています」
「そうですか!」
劇団の人たちが喜んだ。
劇団の上演作品が海外で扱われ、評価されることは、多大なメリットがある。
しかも今回はブロードウェイでも老舗の「ブロード・ハーヴェイ」での上演だ。
数々の大ヒット上演を繰り広げた、最大手の一角だった。
1917年の創立で、建築デザインが素晴らしいことでも知られている。
流石は静江さんの知り合いだ。
俺は今回の騒動の事情を説明した。
俺の恋人だったレイチェル・コシノが緑子の芝居に感激し、脚本の英訳をしていたこと。
そしてレイは最後まで訳し終え、自分が最も信頼する静江ロックハートに監修をお願いしていたこと。
その後で、レイは死んだこと。
静江さんはしばらくレイの死のショックで、脚本を見られなかったこと。
でも、ようやく目を通し、知人の脚本家にも意見を求めたこと。
「そういうことでしたか。私共も、どうして「ブロード・ハーヴェイ」から連絡が来たのかどうにも分からなくて」
「すいませんでした。俺もレイが英訳したいという話は聞いていたのですが、まさか本当に仕上げていたとは知りませんで」
代表たちも納得し、今後の対応について話し合った。
「劇団の配当などは、ご自由に話し合って下さい。俺としてはレイの名前が明記されれば、それで結構ですから」
「レイチェルさんの?」
「はい! 脚本の英訳をレイチェル・コシノであることを一番に。ああ、監修補佐としてシズエ・ロックハートも是非。それと、オリジナル舞台の主演女優として、緑子の名前を。俺の名前はいりません」
「そうはいきませんよ、石神さんのお名前も絶対に必要です」
「それなら、日本語脚本として、出来るだけちっちゃい目立たない掠れたフォントでお願いします」
「アハハハハハ!」
俺たちは更に幾つかのことについて話し合った。
「石神さんのオリジナル脚本家としての配当は当然ですが、今回の立役者となったレイチェル・コシノさんの配当はいかがしましょうか?」
「ああ、なるほど」
レイは亡くなっており、係累もいない。
レイの気持ちとしては、静江さんが親代わりだったが、静江さんは断るだろう。
「どこかのアメリカの団体に寄付してはどうでしょうか?」
「なるほど!」
「ああ、俺の分も一緒に。もしもお金を頂くようなことがあればですが」
「それはありますよ! 石神さんは素晴らしい方だ」
「とんでもない! ああ! 劇団の分はちゃんともらって下さいよ?」
「アハハハハハ!」
それと、日本での上演のことを必ず向こうでも紹介させることを頼んだ。
緑子が全て主演女優として高い評価を得ていたことだ。
緑子が驚き、泣きそうな顔で俺を見ていた。
話し合いが終わり、少し雑談となった。
「まだ決定ではないのですが、サンドラ・カーンが主演を打診されているそうです」
「え! あの大女優の!」
舞台女優から一躍ハリウッド映画で活躍するようになった女優だ。
今40歳前後と記憶している。
「これから先方とも打ち合わせて行きますけどね。基本的にキャスティングなどは向こうが決めるでしょうが」
「じゃあ、もう一つ希望を!」
「なんですか、石神さん?」
「主演女優に、緑子が演技指導をするという」
「何言ってんの、石神!」
「ほお!」
「緑子の芝居ですからね。こいつが指導すればバッチリでしょう!」
「あんた! もう辞めなさい!」
緑子が素で怒っているので、みんなが笑った。
立ち上がった緑子が気付いて赤くなって座った。
「あの、私がサンドラ・カーンに指導なんて無理ですよ!」
「いいじゃないか。こういうのも経験だよ。きっと君の経験にもなる」
「いや、冗談じゃないですからぁ!」
またみんなで笑った。
1か月後。
劇団と「ブロード・ハーヴェイ」との間で正式な契約が決まった。
上演の条件として俺が提示したレイと静江さんの名前を前面に出すことも承諾された。
俺の名前も結構大きく出るようだったが、仕方ない。
ただ、「原作(Original Story & Screenplay)」ではなく、「日本語脚本(Japanese Screenplay)」と強引に表記させた。
そうすれば、観客は単なる日本語訳をしたと思ってくれるだろう。
この脚本はレイが仕上げたのだ。
「ブロード・ハーヴェイ」の内部では、当然俺のオリジナルだとは分かっている。
しかし、表には出さないようにした。
そして本当にサンドラ・カーンが主演女優にキャスティングされた。
脚本を見せたところ、彼女が是非やりたいと言ったそうだ。
まあ、俺に対するリップサービスだろう。
演出家やスタッフも一流の人間が集められた。
「ブロード・ハーヴェイ」としては、この芝居を絶対に成功させたいと考えていた。
着々と準備が進み、緑子が渡米した。
渡米にあたり、あいつは俺の同行を求めた。
「俺が行ってもしょうがねぇだろう!」
「あんたがやったんだから、責任とりなさいよ!」
俺が行かないなら絶対に断るという態だった。
仕方なく、数日の休みを取って緑子と一緒に行った。
飛行機での渡米は久しぶりだ。
緑子の旦那の冬野も連れて行こうとしたが、もう『虎は孤高に』の撮影でそれどころではなかった。
全然必要無かったが、亜紀ちゃんが無理矢理ついて来た。
まあ、緑子と二人なのもアレなので、結果的には丁度良かった。
6月の中旬。
俺たちは渡米した。
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