富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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桃の枝

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 俺が今の病院に移り、院長は最初に俺に宣言した通りに俺を徹底的に鍛え上げた。
 優しい人間であることは、とっくに最初から分かっていた。
 だから、その「優しさが」とんでもない「厳しさ」となって俺に襲い掛かって来た。
 俺は時々愚痴をこぼし、癇癪も起こした。
 それでも、辞めるとは一度も考えなかった。
 院長の「優しさ」が痛い程に分かっていたからだ。
 まあ、本当に痛かった。

 1年を過ぎる頃から、院長が俺を自分の家に呼ぶようになった。
 その優しさはまっすぐそのままで、それが余りにも優し過ぎて俺が困る程だった。
 院長ももちろん優しいが、奥様の静子さんはそれを上回っていた。
 俺はお袋と共に、静子さんを一生大切にしなければならないと誓った。
 お袋が死んだ後は、もう院長と静子さんが俺の中の最高の恩人になった。
 料理がそれなりには出来る俺が、一度も静子さんの手伝いをしたことは無かった。
 お袋が俺のために、いつも食事を作ってくれていたためだ。
 俺は静子さんをお袋のように慕っていた。
 申し訳ないと思いながらも、静子さんに甘えてしまっていた。
 人よりも多く食べてしまう俺の食事を用意するのは大変だっただろうが。
 でも、静子さんはいつもニコニコして俺の大食いを笑って見てくれていた。

 


 「今日も本当に美味かったです! いつもありがとうございます!」
 「まあまあ、お粗末様でした」

 いつもそう言って静子さんは笑ってくれた。

 「じゃあ、片づけは俺がやりますから」
 「いいのよ、石神さんは座って主人の相手をしててね」
 「いいえ、院長はお顔のご病気なんで、休んでもらって下さい」
 「石神!」
 「アハハハハハハ!」

 いつも無理矢理片付けだけは手伝わせてもらった。
 そして毎回、そこそこの手土産を持って行くようになった。
 食事の御礼には全然及ばないようなものだ。
 あまり高価な物は受け取っては貰えない。
 だから結構気を遣った。
 フルーツや菓子などが多かった。
 お二人が食べられる量で。

 そのうちに、静子さんの誕生日にプレゼントを渡せるようになった。
 院長は絶対に受け取らないばかりか俺に折檻をするだろうから、プレゼントなど渡したことはない。
 まあ、そういう仲でもない。
 でも、静子さんへの誕生日プレゼントだけは、院長はいつも笑顔で受け取ってくれた。
 礼すら言われた。
 静子さんは毎回遠慮し、困ると言っていたが、この点だけは院長も味方だった。

 「いつも美味しい食事を頂いてしまっているので、せめてこういう時だけはやらせて下さい」
 「そうだ。石神は生意気だが、こういうプレゼントなどは気が利く。貰ってやりなさい」
 「あなた……」
 
 毎年受け取って貰えるようになり、俺は次第に高価な物も渡せるようになった。
 静子さんも俺の収入や資産はある程度知っているので、それほど遠慮されなくなった。
 お袋が死んでからは、どんどん高級な物も渡すようになった。

 「こんな高価なものは貰えないわ!」
 「お袋にもう出来なくなってしまったので。お願いします!」
 
 俺がそう言うと、静子さんも困った顔をしながら受け取ってくれるようになった。
 口に出したことはないが、静子さんも俺の思いを察してくれたのだろう。
 俺は静子さんのことをお袋のように慕っていた。

 そういう付き合いが段々決まって行った。




 あれは3月の上旬の頃だった。
 まだ少し寒い季節で、静子さんが絶品の鶏の団子鍋を食べさせてくれた。
 俺が大食いなのを知って、沢山の鶏団子を用意してくれていた。
 院長も好物だったか、俺と争うように食べていた。
 静子さんが嬉しそうに俺たちの器にお替りを入れてくれた。
 ご自分の器には全然よそらない。
 お俺が静子さんの器に盛ると、院長が微笑んでいた。
 院長が自分の器を俺に向けてきた。
 無視した。
 そういう仲じゃない。
 しばらく俺を見ていた。
 自分でも手を引くタイミングを喪って困っているのが面白かった。

 「ウフフフフ」

 静子さんが笑い、院長の器に入れてやった。
 院長がニッコリと笑い、俺の頭を引っぱたいた。



 その翌朝。
 院長はまだ寝ている。
 俺は6時半頃に起きた。
 静子さんはもう起きて朝食の支度をしている。

 「今日は掃除もして行きますよ」
 「ゆっくり休んでらして」
 「ぐっすり寝ましたよ! じゃあ、庭から始めますね」
 「もう、本当に石神さんは」

 毎回だと遠慮されるので、折を見て時々掃除をして帰らせてもらった。
 俺は今日も自分で勝手に掃除用具を手にして掃除を始めた。
 院長の家は日本家屋で、結構広い。
 部屋数は6部屋ある。
 多分、二人は子どもが出来た後のことを考えていたのだろう。
 しかし、夫婦に子どもは産まれなかった。
 居間、食堂、院長たちの寝室、それに客室ともなる空き部屋3つ。
 その他に仏間を兼ねた3畳の納戸もあった。
 広くは無いが庭もある。
 静子さんお一人では掃除も大変だった。
 庭掃除をしていると、途中で院長が起きて来る。
 庭にいる俺に気付いた。
 俺が静子さんに知らせた。

 「お猿が迷い込んでますよ!」
 「ウフフフ」

 院長が俺を睨む。

 「じゃあ、先にお布団を干してきますね!」
 「石神さん、もうその辺で」
 「重たい布団を干すのはいつも大変でしょう。院長なんかやるわけないし」
 「!」

 俺がお部屋へ行くと、院長がついてきた。
 一緒に布団を干す。
 いい綿の布団なので本当に重い。
 俺が敷布団を干し、院長は掛布団を干した。
 静子さんが呼びに来た。

 「もういいですから、下に来て下さい」
 「お、おう」

 院長が恥ずかしそうな顔をし、下へ行った。

 俺はそのまま寝室の掃除をしようと思った。
 なかなかここはやらせてもらえなかった。
 お二人の寝室なので、俺も気を遣って入らなかった。
 その日はいい機会だった。
 俺が天井や壁の埃を落とし、掃除機を掛けて畳を拭いていると、院長が戻って来た。
 静子さんに言われて俺を戻しに来たのだろうが、モジモジして何も言わないで俺を見ていた。
 俺は笑顔で振り向いて、もうちょっとだと言った。
 引きダンスの上に、一本の木の枝が乗っていた。

 「なんだ?」

 もう枯れて乾燥し、黒く変色している。
 細い枝で、敷物の上に長さは70センチほど。
 少し湾曲している。
 
 「院長、この枝は何です?」
 「あ、ああ。それはそのままにしておいてくれ」
 「はい!」

 きっと大切なものなのだろうと思った。
 そうでなければ、静子さんがあそこに放置しているわけはない。
 お二人の思い出のものだろうと、俺はそのままにして掃除を続けた。





 あの枝のことを俺が知ったのは、ずっと後のことだった。
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