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橘弥生と「母の日」
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ドラマが始まり、いつものように前回のあらすじが流れるとみんなが思っていた。
しかし今回は違っていた。
まだ観ていない場面。
「トラ! どうした!」
「乾さん、俺……」
どうやら今回のクライマックスの一部のようだった。
「ウォォォォーーーー! 今回は違うゥゥゥ!」
うるさいので亜紀ちゃんの頭を引っぱたく。
「なんだよー! あのシーンってぇ、タカさんが……」
双子が慌てて亜紀ちゃんに駆け寄ってルーが口を塞ぎ、ハーが膝で後頭部を蹴った。
「みんな楽しみにしてるんだよ!」
「ごめん……」
俺は無言で橘弥生に頭を下げた。
橘弥生は笑っていた。
「楽しいわね、トラ!」
「そう言って貰えると」
テーマソングをいつものように亜紀ちゃんが大声で歌い、橘弥生は耳を塞いでいた。
すいません、これは俺も止められません。
CMに入り、亜紀ちゃんが「喰い」に入る。
ドラマの本編が始まる。
亜紀ちゃんが滑り込んで俺の前に座る。
ルート20のパレードのシーンからだった。
乾さんたち「走り屋」の方々を先頭集団が止めてしまい、俺たちの縁が始まる。
乾さんたちの優しさが懐かしい。
驚いたことに、陳さんの店がそのまま出て来た。
「陳さんのお店だぁー!」
亜紀ちゃんが吼える。
俺も笑った。
陳さんがそのまま出て来たからだ。
そして榎田さんのお嬢さんを助け、棚田さんの運送屋を手伝い、前島さんたちの事故のエピソードがテンポよく繋がっていく。
亜紀ちゃんが途中で号泣する。
柳と双子が呆れている。
「亜紀ちゃんが泣くと感動できないよ!」
「ゴヴェンデェ!」
もうダメだ。
橘弥生の方を見ると、驚いたことに涙を流していた。
俺は慌てて顔を前に戻した。
ラストシーンは主人公の高校卒業時とキャプションが流れた。
東大に合格した俺が、乾さんに報告に行く。
乾さんたちが合格祝いだと騒ぎ、陳さんの店で俺に好きなように食わせてくれる。
最後に俺が泣きながら乾さんの店に行くシーン。
冒頭で流れたあのシーンでドラマが終わった。
まだ「高校生編」が続くので、俺に何が起きたのかは出さない。
上手い編集だった。
「最高だぁー!」
毎回言う亜紀ちゃんの雄叫びで終わった。
「タカさん! 今回のはいつもと違いますよね!」
「そうだったな!」
「これ! きっとまた話題になりますよ!」
「そうだな!」
橘弥生が俺の袖を掴んだ。
「トラ、あれは何があったの?」
「あー、まー」
「橘さん! それはいずれ分かりますって!」
「そ、そう?」
もちろんそうだろう。
あのシーンを出したということは、俺が傭兵になることをドラマでも示すのだと分かった。
南の書いた「第一部」とは別な、真伝と称する「第二部」の内容で脚本を起こすのだろう。
まあ、大学生以降も描くつもりらしいから、そうしなければストーリーが繋がらない。
随分と長いドラマになりそうだ。
「よし、じゃあ移動するぞ!」
「「「「はい!」」」」
子どもたちが先に上がって準備を始める。
俺は橘弥生を「幻想空間」にお連れした。
亜紀ちゃんが橘弥生を最初に部屋に入れた。
「トラ……ここは……」
「なかなかいいでしょう?」
「あなたは本当に……」
あの橘弥生が驚いている。
俺も嬉しかった。
子どもたちが飲み物や料理を運んで来る間、俺はガラスの空間を案内した。
下にある諸見の鏝絵も見せる。
「後でよく見たいわ」
「是非! ご案内しますよ」
俺は座って諸見の話をした。
「口が利けないのかってくらいに喋らない奴なんですよ」
「そうなの」
「でも一本通った男でしてね。ああいう素晴らしいものを残してくれました」
「ええ、素敵な作品だわ」
俺が散々諸見をからかった話をすると、大笑いしていた。
準備が整って、俺たちは乾杯した。
それほど飲まない人かと思ったが、クロ・ダンボネを一口飲むと、そのまま一気にグラスを空けた。
俺がすぐに注ぐ。
「美味しいシャンパンね」
「良かったです!」
飲める人らしい。
俺は席を外し、自分の部屋から函を持って降りた。
テーブルの上を空けて函を置くスペースを作る。
函は50センチ角だ。
「これをどうぞ」
「なに?」
橘弥生が俺を見上げる。
「ちょっと早いですけどね。母の日のプレゼントですよ」
二日後の日曜日が母の日だった。
「え?」
「俺のお袋はもういませんからね。代わりに受け取って下さい」
「トラ……」
橘弥生が俺から函を受け取った。
重いので手伝ってテーブルに置いた。
ちょっと俺に微笑んでリボンを解き、包装紙を剥がした。
被せの蓋を取る。
「!」
「前に知り合った3Dコピーの会社がありましてね。そこで作らせたんですよ」
六花が響子に贈るクリスマスプレゼントで使った会社だ。
橘弥生の愛用のピアノ、ファツィオリ「F308」と、それを演奏する橘弥生。
写真を持ち込んで作ってもらった。
「あなた……」
そしてピアノの横に立つ若い男性。
門土だった。
橘弥生が号泣した。
俺は驚いて必死に謝った。
まさかあの冷徹な女性がこんなにも乱れるとは思わなかった。
「すいません! 俺、とんでもないことを!」
亜紀ちゃんに合図し、亜紀ちゃんが走って行った。
大量のピンクや赤のカーネーションの入った花瓶を持って来る。
「橘さん! 私たちももうお母さんがいないんで、これを貰って下さい!」
「……」
橘弥生が涙で覆われた顔を亜紀ちゃんに向け、花瓶のカーネーションを見た。
しばらくして、ようやく落ち着いた。
「すいませんでした。俺が勝手に橘さんの大切な思い出を」
「いいの、トラ……」
かすれた声でやっと囁いた。
「ごめんなさい。でもあなた、ちょっと本当にやり過ぎよ」
「すいませんでした!」
橘弥生が微笑んだ。
「ありがとう。驚いてしまったけど、本当に嬉しいわ」
「そうですか」
「みなさんもありがとう。母の日なんてすっかり忘れていたわ」
「橘さんはお母さんですよ」
「そうね。そうだったんだわ……」
亜紀ちゃんに言って、函を下げさせた。
冷静さを取り戻した橘弥生が、少し席を外した。
もう少し落ち着きたいだろうし、化粧も直したいだろう。
「タカさん、大丈夫かな」
「おー、ちょっとやり過ぎたな」
「もう解散する?」
「大丈夫だよ。世界一のピアニストを舐めるな」
橘弥生が亜紀ちゃんと戻って来た。
15分くらい経っていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさいね」
「橘さんが謝ったぁー!」
「トラ!」
橘弥生が俺の頭を撫でながら俺の隣に座った。
「あなた、覚悟しなさいよ」
「何をですか!」
「私にこんなに恥を掻かせて。絶対に許さないわよ!」
「今までも散々な目に遭いましたけどー!」
橘弥生が大笑いした。
「さあ、飲みましょう。折角の美味しいお酒ですもの」
「はい!」
全員で笑い、また乾杯した。
子どもたちの「喰い」に、また橘弥生が大笑いしていた。
しかし今回は違っていた。
まだ観ていない場面。
「トラ! どうした!」
「乾さん、俺……」
どうやら今回のクライマックスの一部のようだった。
「ウォォォォーーーー! 今回は違うゥゥゥ!」
うるさいので亜紀ちゃんの頭を引っぱたく。
「なんだよー! あのシーンってぇ、タカさんが……」
双子が慌てて亜紀ちゃんに駆け寄ってルーが口を塞ぎ、ハーが膝で後頭部を蹴った。
「みんな楽しみにしてるんだよ!」
「ごめん……」
俺は無言で橘弥生に頭を下げた。
橘弥生は笑っていた。
「楽しいわね、トラ!」
「そう言って貰えると」
テーマソングをいつものように亜紀ちゃんが大声で歌い、橘弥生は耳を塞いでいた。
すいません、これは俺も止められません。
CMに入り、亜紀ちゃんが「喰い」に入る。
ドラマの本編が始まる。
亜紀ちゃんが滑り込んで俺の前に座る。
ルート20のパレードのシーンからだった。
乾さんたち「走り屋」の方々を先頭集団が止めてしまい、俺たちの縁が始まる。
乾さんたちの優しさが懐かしい。
驚いたことに、陳さんの店がそのまま出て来た。
「陳さんのお店だぁー!」
亜紀ちゃんが吼える。
俺も笑った。
陳さんがそのまま出て来たからだ。
そして榎田さんのお嬢さんを助け、棚田さんの運送屋を手伝い、前島さんたちの事故のエピソードがテンポよく繋がっていく。
亜紀ちゃんが途中で号泣する。
柳と双子が呆れている。
「亜紀ちゃんが泣くと感動できないよ!」
「ゴヴェンデェ!」
もうダメだ。
橘弥生の方を見ると、驚いたことに涙を流していた。
俺は慌てて顔を前に戻した。
ラストシーンは主人公の高校卒業時とキャプションが流れた。
東大に合格した俺が、乾さんに報告に行く。
乾さんたちが合格祝いだと騒ぎ、陳さんの店で俺に好きなように食わせてくれる。
最後に俺が泣きながら乾さんの店に行くシーン。
冒頭で流れたあのシーンでドラマが終わった。
まだ「高校生編」が続くので、俺に何が起きたのかは出さない。
上手い編集だった。
「最高だぁー!」
毎回言う亜紀ちゃんの雄叫びで終わった。
「タカさん! 今回のはいつもと違いますよね!」
「そうだったな!」
「これ! きっとまた話題になりますよ!」
「そうだな!」
橘弥生が俺の袖を掴んだ。
「トラ、あれは何があったの?」
「あー、まー」
「橘さん! それはいずれ分かりますって!」
「そ、そう?」
もちろんそうだろう。
あのシーンを出したということは、俺が傭兵になることをドラマでも示すのだと分かった。
南の書いた「第一部」とは別な、真伝と称する「第二部」の内容で脚本を起こすのだろう。
まあ、大学生以降も描くつもりらしいから、そうしなければストーリーが繋がらない。
随分と長いドラマになりそうだ。
「よし、じゃあ移動するぞ!」
「「「「はい!」」」」
子どもたちが先に上がって準備を始める。
俺は橘弥生を「幻想空間」にお連れした。
亜紀ちゃんが橘弥生を最初に部屋に入れた。
「トラ……ここは……」
「なかなかいいでしょう?」
「あなたは本当に……」
あの橘弥生が驚いている。
俺も嬉しかった。
子どもたちが飲み物や料理を運んで来る間、俺はガラスの空間を案内した。
下にある諸見の鏝絵も見せる。
「後でよく見たいわ」
「是非! ご案内しますよ」
俺は座って諸見の話をした。
「口が利けないのかってくらいに喋らない奴なんですよ」
「そうなの」
「でも一本通った男でしてね。ああいう素晴らしいものを残してくれました」
「ええ、素敵な作品だわ」
俺が散々諸見をからかった話をすると、大笑いしていた。
準備が整って、俺たちは乾杯した。
それほど飲まない人かと思ったが、クロ・ダンボネを一口飲むと、そのまま一気にグラスを空けた。
俺がすぐに注ぐ。
「美味しいシャンパンね」
「良かったです!」
飲める人らしい。
俺は席を外し、自分の部屋から函を持って降りた。
テーブルの上を空けて函を置くスペースを作る。
函は50センチ角だ。
「これをどうぞ」
「なに?」
橘弥生が俺を見上げる。
「ちょっと早いですけどね。母の日のプレゼントですよ」
二日後の日曜日が母の日だった。
「え?」
「俺のお袋はもういませんからね。代わりに受け取って下さい」
「トラ……」
橘弥生が俺から函を受け取った。
重いので手伝ってテーブルに置いた。
ちょっと俺に微笑んでリボンを解き、包装紙を剥がした。
被せの蓋を取る。
「!」
「前に知り合った3Dコピーの会社がありましてね。そこで作らせたんですよ」
六花が響子に贈るクリスマスプレゼントで使った会社だ。
橘弥生の愛用のピアノ、ファツィオリ「F308」と、それを演奏する橘弥生。
写真を持ち込んで作ってもらった。
「あなた……」
そしてピアノの横に立つ若い男性。
門土だった。
橘弥生が号泣した。
俺は驚いて必死に謝った。
まさかあの冷徹な女性がこんなにも乱れるとは思わなかった。
「すいません! 俺、とんでもないことを!」
亜紀ちゃんに合図し、亜紀ちゃんが走って行った。
大量のピンクや赤のカーネーションの入った花瓶を持って来る。
「橘さん! 私たちももうお母さんがいないんで、これを貰って下さい!」
「……」
橘弥生が涙で覆われた顔を亜紀ちゃんに向け、花瓶のカーネーションを見た。
しばらくして、ようやく落ち着いた。
「すいませんでした。俺が勝手に橘さんの大切な思い出を」
「いいの、トラ……」
かすれた声でやっと囁いた。
「ごめんなさい。でもあなた、ちょっと本当にやり過ぎよ」
「すいませんでした!」
橘弥生が微笑んだ。
「ありがとう。驚いてしまったけど、本当に嬉しいわ」
「そうですか」
「みなさんもありがとう。母の日なんてすっかり忘れていたわ」
「橘さんはお母さんですよ」
「そうね。そうだったんだわ……」
亜紀ちゃんに言って、函を下げさせた。
冷静さを取り戻した橘弥生が、少し席を外した。
もう少し落ち着きたいだろうし、化粧も直したいだろう。
「タカさん、大丈夫かな」
「おー、ちょっとやり過ぎたな」
「もう解散する?」
「大丈夫だよ。世界一のピアニストを舐めるな」
橘弥生が亜紀ちゃんと戻って来た。
15分くらい経っていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさいね」
「橘さんが謝ったぁー!」
「トラ!」
橘弥生が俺の頭を撫でながら俺の隣に座った。
「あなた、覚悟しなさいよ」
「何をですか!」
「私にこんなに恥を掻かせて。絶対に許さないわよ!」
「今までも散々な目に遭いましたけどー!」
橘弥生が大笑いした。
「さあ、飲みましょう。折角の美味しいお酒ですもの」
「はい!」
全員で笑い、また乾杯した。
子どもたちの「喰い」に、また橘弥生が大笑いしていた。
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