富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
2,015 / 3,202

道間家の休日 Ⅲ

しおりを挟む
 翌朝。
 俺は一人で朝食を摂った。
 麗星と五平所は、俺が持ってきたデータを朝早くから検討しているようだ。
 午前中俺は庭を散策し、少し鍛錬をさせてもらった。
 麗星から庭で自由にしててくれと許可は得ている。
 神剣を持ってくるのは気が退けたので、虎徹で演武をする。
 庭の手入れをしていたか、道間家の人間が俺を見ていた。

 「すいません。勝手にやらせてもらってます」

 俺は一通りの演武を終えて挨拶した。
 
 「素晴らしい舞でした。思わず見とれてしまい、申し訳ありません」
 「とんでもない。拙い手でお目汚しを」

 麗星と五平所にはもっと砕けた口調だが、他の道間家の人間には丁寧に接していた。
 ここには古代より続く規律と重みがある。

 「宜しければ、茶でもお持ちしましょうか」
 「本当ですか! どうも妻には嫌われているようで、何もしてもらえなくて」
 「アハハハハハ!」

 30代前半の若い男性だった。
 白の作務衣のようなものを着ている。
 髪を短く刈り、濃い眉の精悍な顔だった。
 俺は東屋で待つように言われ、虎徹を脇に置いて待った。
 すぐに、先ほどの若い男性が盆に冷えた緑茶を持ってきてくれた。

 「ありがとうございます」
 
 礼を言うと、盆をテーブルに置いて一緒に座った。

 「石神様とはあまりお話ししたことがなくて、少し宜しいですか?」
 「もちろんです」

 男性は蓑原と名乗り、代々道間家に仕えているそうだ。
 
 「前に、庭をお屋形様と歩いているのを拝見しました」
 「そうですか」
 「石神様が美しく、驚いたものです」
 「俺が? そんなことは」
 「いいえ。ああ、石神様の外見ももちろんなのですが、その火柱の美しさが何とも」
 「ああ、あなたには見えるのですね」
 「はい。うちの家系などは大したものではないのですが、私はたまたま少しばかり見えるようです」

 蓑原は俺に興味を持っているようで、俺自身に関して聞いてきた。

 「「虎」の軍を統べられている方とは存じています。それにあの石神家の方であることも」
 「ああ、何なのか今でも分からないのですが、俺が勝手に当主に祭り上げられてしまって。でもね、他の剣士からは下っ端扱いだし、引っぱたかれるどころか、真剣でブスブス刺されて死にそうになるんですからね!」
 「えぇ!」

 俺は昨年の当主就任の一連の鍛錬や、先日の牛鬼狩の顛末などを話し、蓑原は爆笑した。
 明るい青年だった。

 「とにかく、あの人らには逆らえないんですが、それ以上に大事な人間たちなんですよ」
 「そうですか。何やら素敵ですね」
 「道間家も同じですよ」
 「はい?」
 「麗星や天狼ばかりじゃない。五平所も他のあなた方も、俺にとっては大事な人間たちです」
 「本当ですか!」
 「麗星がどれほどの人間の愛に支えられているのかが、来るたびに分かります。ありがたいことです」
 「とんでもございません!」

 俺が時間を持て余しているので相手をしてくれたのだと思ったが、本当に俺と話したかったようだ。

 「石神様は、この道間家を御救い下さいました」
 「俺のやったことなんて。皆さんがやってらっしゃるんですよ」
 「いいえ、道間家が滅びるかという時に、道間家の念願の「道間皇王」が石神様のお陰で御生誕なさいました」
 「ああ、あれはちょっとエッチなことをしただけで」
 「なんと!」

 蓑原がまた爆笑した。

 「私にも少し、道間の血が流れておるのです」
 「そうですか」
 「そうは言っても先祖に何人か血が入ったというだけで」
 「それでも「業」に殺されなくて良かった」
 「はい。父と兄は殺されましたが」

 「業」と宇羅の道間家の血筋を狙った殺戮は徹底していたようだ。

 「あなたは?」
 「たまたま吉野で修業をしておりました。私の所にも妖魔が来たのですが、いらっしゃった石神家の方々に助けられました」
 「ああ! じゃあ堕乱我狩ですか!」
 「はい、御存知でしたか。あの時期でした」
 
 蓑原に縁を感じた。

 「それでは吉野の修行というのは、石神家と一緒に堕乱我を狩っていたのですか?」
 「はい。未熟ながら、日本最高の妖魔殺しの方々に同行させていただきました」
 「あの人ら、そんなこともやってたんだぁ」
 「愉快な方々ですよね?」
 「そんないいもんじゃないですよ!」
 「アハハハハハ!」

 蓑原は、自分が道間家の衛士なのだと言った。

 「大した働きは出来ませんが、精一杯にやらせていただいております」
 「そうですか。今後ともよろしくお願いいたします」

 それで俺の演舞を興味深く見ていたのか。

 「普段は庭の手入れなどをしているのです」
 「そうですか。ああ、夕べハスの花の美しい香りがしました」
 「はい! 宜しければご覧になりますか?」
 「是非」

 俺は蓑原に、庭の池に案内してもらった。
 池の一角に、ハスの美しい花が沢山咲いていた。

 「夕べも見たいと思ったのですが、余りにも良い香りで花まで観るのがもったいなくて」
 「さようでございますか。石神様は本当に奥ゆかしい」
 「とんでもない。ただの臆病ですよ。良い物を全部手にしてしまうのが怖いだけで」
 「なるほど」

 二人でしばらくハスの花を眺めた。

 「兄もここのハスの花が大好きでした」
 「そうでしたか」

 俺は手を合わせ、般若心経を唱えた。
 蓑原が俺をずっと見ていて、俺が唱え終わると黙って頭を下げた。

 「石神様とご縁が出来て、本当に良かった」
 「こちらこそ」

 麗星が俺を呼びに来た。
 昼食の時間のようだ。

 「蓑原さんが案内してくれていたんだ」
 「そうですか。あなた様をお一人にして申し訳ありませんでした」
 「いや、蓑原さんと一緒で楽しかったよ」

 蓑原は頭を下げて去って行った。




 昼食は鰻だった。
 俺の好物なので用意してくれたのだろう。
 今度はテーブルで食べる。
 天狼が俺の向かいで、麗星と一緒に食べた。
 一口食べる度に、俺を見て微笑んだ。

 「あなた様が御一緒で、天狼も嬉しいようです」
 「俺もだよ」

 天狼が嬉しそうに笑った。
 
 「なんだ、五平所は食べないのか」

 五平所は焼き魚の膳だった。

 「年を取ると脂っこいものがあまり」
 「お前、まだまだ天狼の孫を見る役目があるんだぞ?」
 「いえ、そんなには」

 麗星が笑った。

 「なんだよ! 見たくないのかよ!」
 「いえ、それはもう見てみたいですが」
 「じゃあ頑張れ」

 後で「Ω」と「オロチ」を飲ませよう。

 「ああ、さっきの蓑原さんは良かったなぁ。本当にいい人だった」
 「さようでございますか」
 「一緒にいて、実に気持ちがいい。道間家の人たちはみんなそうだけどな」
 「ありがとうございます」
 
 麗星が話し出した。

 「あなた様と出会わなければ、蓑原と一緒になっていたやもしれません」
 「そうなのか!」
 「他に道間の血を支えられるものは少なく」
 「そうかぁ」

 麗星が微笑んだ。
 
 「蓑原の家は道間家の衛士を担っておりました」
 「ああ、蓑原さんもそうらしいな」
 「はい。でも、あの蓑原には幼い頃から親しくしていた女性がおりました」
 「ほう!」
 「今は一緒に暮らしております」
 「ヤバかったな!」
 「はい!」

 みんなで笑った。
 道間の家は深い。
 個人の感情など入り込むことは出来ない。

 「わたくしも、あと二人は産まねばなりません」
 「そうなの?」
 「次も男児、その次は女の子でお願いします」
 「なんだ、そりゃ」

 俺は笑ったが分かった。
 麗星には二人の兄がいた。
 それを取り戻したいのだろう。

 「じゃあ頑張んないとな!」
 「はい!」

 麗星が明るく笑った。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

処理中です...