富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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道間家 二人目の子 Ⅱ

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 11月の第2周の金曜日の晩。
 俺はシボレー・コルベットで京都へ向かった。
 東京を夕方の4時に出ているので、7時頃には道間家へ着くだろう。
 大使館ナンバーでのこの車ならではの走りだが。

 東名高速のサービスエリアで、一度コーヒーを飲んで休憩した。
 麗星に電話する。

 「時間通りに着きそうだ」
 「お待ちしております!」
 「身体はどうだ?」
 「はい! 何の問題も! ああ、あなた様に早くお会いしたくて」
 「大人しく待ってろ!」
 「はい!」

 麗星がいつになく嬉しそうだ。
 今回の妊娠は、天狼の時とは大分違っているようだった。
 悪阻がほとんどなく、それは楽だったのだがその代わりにお腹の子どもが暴れることが多かった。
 天狼はその点では非常に大人しく、夜もぐっすりと眠れたのだが、今回は時々起こされるほどだった。
 女の子のはずなのだが、元気がいいらしい。

 「さっきも大分暴れてまして。もう本当に元気なんですのよ?」
 「お前も相当な女だったからなぁ」
 「もう! あなた様!」

 俺は笑って電話を切り、出発した。




 7時前に道間家へ着き、玄関前に車を回した。
 以前に親しくなった蓑原が門を開けてくれる。
 ウインドウを開けて挨拶した。

 玄関で麗星と、天狼を抱いた五平所が待っていてくれた。
 ドアを開くと、麗星が抱き着いて来る。

 「落ち着け! 危ないだろう!」
 「あなた様!」

 まあ、こういう所が可愛い女なのだが。
 もう予定日なのだが、麗星は着物を着ている。
 紺絣の椿をあしらった美しい柄だ。
 俺を出迎えるためにだ。
 帯は締めつけてはいないようで、多少崩している。
 俺は玄関へ向かい、言った。

 「おい、もう少し動きやすい服に着替えろよ」
 「はい、一緒にお夕食を頂きましたら!」
 「分かったよ」

 夕飯は俺が大好きな京料理だった。
 寒ブリの煮物は少しも生臭くなく、濃厚な味が心地よい。
 栗ご飯も米に少し出汁が効いていて非常に美味かった。
 麗星も天狼と嬉しそうに食べている。

 「天狼はまた大きくなったな」
 「はい! 父上!」

 天狼が嬉しそうに微笑んだ。
 俺がいる食事は天狼にとって数少ないことだ。
 
 夕飯の後、麗星とゆっくりと風呂に入り、一緒に眠った。




 翌朝。
 俺は麗星を起こさないようにそっとベッドを出た。
 朝の6時だ。
 顔を洗って髭をあたり、髪を整えて庭に出た。
 庭を掃く音が聴こえ、そちらへ歩いて行った。

 「石神様!」

 蓑原が庭を掃除していた。

 「おはよう」
 「おはようございます! お早いですね」
 「お前の方が早いだろう!」
 「アハハハハハ!」

 茶を用意すると言うので、東屋で待った。
 すぐに蓑原が俺の茶を持って来る。

 「悪かったな、仕事の邪魔をしてしまって」
 「とんでもない」

 蓑原も手を止めて、俺の話に付き合ってくれた。

 「蓑原はここの防衛任務も担っているのだろう?」
 「はい。力不足ではございますが」
 「蓮花という女は知っているか?」
 「はい、石神様の戦力の中心にいらっしゃる方と。ここの防衛システムを組んで下さった方ですよね?」
 「そうだ。その蓮花がな、今度生まれる子どものガーディアンを置きたいと言っているんだ」
 「ガーディアンですか?」
 「ああ、デュールゲリエというアンドロイドなんだがな。お前はどう思う?」
 「私などは。お屋形様や五平所様がお決めになることかと」
 「お前の意見が聞きたいんだ。麗星も五平所も、俺がやりたいと言えば受け入れるだけだからな。でも、俺は道間家には道間家の空気というものがあると思っているからな。防衛システムは致し方なく入れたが、どんどんやろうとは思っていないんだ」
 「私などが……」

 蓑原は遠慮していたが、俺が無理に意見を言わせた。

 「他の方は分かりませんが、私は科学的なものがここに置かれることに抵抗はありません。私はお屋形様や道間家のみなさんが護られるものであれば、幾らでも入れるべきかと思います」
 「そうか」
 「お屋形様も大層なお力をお持ちですし、五平所様や他の上の方々もお強い。天狼様もいずれ途轍もない方になるでしょう。それでも、もしかすると対処出来ない場合もあるかもしれません。石神様がそこを考えて下さるものであれば、本当に有難いことかと」
 「そうか」

 俺は茶の礼を言って屋敷に戻ろうとした。

 「石神様」
 「なんだ?」
 「あの、石神家の方々は御壮健でしょうか?」

 俺は笑った。

 「もちろんだ! あの人たちは殺そうとしたって死なねぇよ」
 「さようでございますね!」

 俺は笑いながら、先日釧路大湿原を台無しにしたという話をした。

 「妖魔退治を頼んだらよ、湿原ごと無茶苦茶にしやがって! 元に戻すのが大変だったぜ」
 「ワハハハハハハ!」

 蓑原が大笑いした。
 感ずるところがあるのだろう。

 「良かったらまた一緒にやるか?」
 「是非お願い致します!」
 「蓑原も変わってんなぁ」
 「アハハハハハ!」

 千両も手が出せない無茶苦茶な連中だが、みんなに好かれる不思議な人たちだ。
 俺はそのうちに機会を用意すると言い、蓑原が喜んでいた。

 屋敷に入ると、五平所が起きていた。

 「悪いな、好き勝手に出歩いて」
 「お好きなように。朝食になさいますか?」
 「いや、麗星と一緒に食べたいよ」
 「そうすると、結構遅くなるかもしれません」
 「あいつ、相変わらずグータラか」
 「まあ、多少は良くなっているのですが」
 「お前も苦労するな!」
 「ワハハハハハハ!」

 俺が部屋へ戻ると、もちろん麗星はまだ眠っていた。
 寝顔をしばらく眺める。
 天真爛漫な性格のままの、あどけない寝顔だ。
 結構な苦労の人生のはずだが、麗星の魂は健やかだ。

 ドン

 鈍く響く音がした。
 驚いて麗星を見ると、目を開けていた。

 「おい、今のは子どもが蹴ったのか?」
 「はい、あなた様も聞こえました?」
 「あ、ああ」

 物凄い音だった。
 並の女性ならばどうにかなっているだろう。
 大赤龍王を身に宿した麗星だから耐えられている。

 「すげぇな」
 「はい。わたくしも驚いております」

 優しく麗星を抱き上げ、キスをした。

 「お茶の香りがいたします」
 「ああ、さっき蓑原が煎れてくれたんだ」
 「まあ、わたくしも!」
 「まずは顔を洗って来い」

 喰うことに関しては貪欲な女だ。
 そういう所も天真爛漫なのだろうが。

 「じゃあ、先に行って食堂で待ってるぞ」
 「はい、すぐに参ります!」
 「いいよ、ゆっくりと来い。大事な身体なんだからな」
 「分かりました!」

 麗星がにこやかに微笑んで部屋を出て行った。
 化粧の無い顔だが、非常に美しい。
 俺は食堂へ向かった。
 
 五平所が待っているので、もうすぐ麗星が来ると伝えた。

 「今日は随分と早起きです!」
 「そうか!」

 二人で笑った。
 内線が鳴った。

 「え! すぐに参ります!」
 「どうした?」
 「陣痛が始まったようです!」
 「あんだと!」

 そういえば、前回も何か喰おうとしている時に陣痛が始まったような気がする。
 五平所と洗面所へ行くと、麗星がうずくまっており、すぐにストレッチャーで運ばれて行った。
 待機している助産婦が俺に頭を下げて麗星と部屋へ入った。
 以前に天狼を取り上げてくれた方だ。
 俺との縁も深いことを、前回知った。

 俺は五平所に誘われて、朝食を摂っていた。
 五平所が付き合ってくれ、することもない俺たちは待っているしかなかった。
 五平所が麗星の子どもの頃の話をしてくれ、大笑いした。

 「何しろお元気な方で。10回ほど死に掛けました」
 「ワハハハハハハ!」

 今度も女の子であることが分かっており、五平所は楽しみだと言った。

 「お前、まだまだ死ねないな」
 「いえ、いい加減この年では」
 「でも元気だろ?」
 「まあ。石神様から頂いたあのお食事のお陰で」
 「そうだろう!」

 「Ω」「オロチ」の粉末だ。

 「まあ、元気な子だといいけどな」
 「さようでございますね」
 「麗星の直系なんだから、心配してねぇけどな」
 「まったくです」

 1時間も話していなかったが、家の人間が俺たちを呼びに来た。

 「お生まれになりました!」
 「おい、早ぇな!」
 
 五平所と慌てて見に行く。
 部屋の外で待っていると、すぐにあの助産婦が子どもを抱いて出て来た。

 「可愛らしい御子様です」
 「おお!」

 五平所と二人で喜んだ。
 俺はそっと受け取り、ゆっくりと揺らしてやった。
 大きな声で泣いていた。

 「元気な子だ。良かった」
 「はい!」

 助産婦は微笑んで頭を下げて、また中へ入った。
 麗星の世話をするのだろう。
 少しして中へ招き入れられた。

 「あなた様!」
 「今度はやけに早かったな」
 「はい、元気な子です」
 「そうだな」

 今朝のあの腹を蹴る音を聴いている。
 麗星も出産の疲れはほとんどない。
 
 「お前は大丈夫か?」
 「はい、驚くほどに。本当にポンと出てくれたような」
 「すげぇな!」

 みんなで笑った。
 麗星が五平所に目で合図する。
 五平所が俺の前で頭を下げた。

 「あなた様、お名前を」
 「おい、ゆっくり考えようぜ」
 「いいえ、もうあなた様の中でお決まりになっていますね?」
 「!」

 麗星に指摘され、驚いた。
 やはり並の女ではない。

 俺は「ナッチャン」に関わる一連の話をし、蓮花からアラスカで聴いた夢の話もした。

 「あなた様、それは……」
 「俺にも分からんよ。でも、そういうことがあったんだ」
 「それで、あなた様はどのようなお名前を?」
 
 麗星に尋ねられ、俺は一瞬間を置いた。

 「その前に、道間家には天狼みたいに特別な名前はまだあるのか?」
 「いいえ、それほどは」
 「あるのかよ!」
 「まあ。でも、あなた様はどうか気になさらずに」
 「気にするよー!」

 麗星と五平所、それに助産婦も笑った。

 「まあ、とんでもない名なら変えるからな!」
 「そんな、この子の名前ですのに」
 
 俺は深呼吸して告げた。

 「《奈々》。奈良の「奈」に繰り返しの「々」だ。どうだ?」

 麗星と五平所が硬直していた。

 「と思ったけど、別な名前を考えてたんだよ!」

 二人は聴いていなかった。

 「おい! 別な名前!」
 「あなた様! 道間家では……」
 「だから別な名前だって!」
 
 「《道間七道》というものがございます!」
 「俺の話を聞けよ!」

 相変わらず俺の話を聞かない連中だ。

 「道間家の根源は七つの道にあります。本来は「真の道」を表わすのが「道間」の名の由来でした。しかしそれを隠すために「道の間」という家名になっているのです」
 「へぇー!」
 「道間家が七つの真の道を歩み始める時、「ナナ」を名に持つものが生まれるという伝承が……」
 「だから別な名前ぇ!」

 「「ありがとうございます!」」

 二人が頭を下げた。




 なんだよ、この家ぇー!
 でもまあ、しょうがねぇ。
 奈々があの「ナッチャン」なのかどうかは分からない。
 それはどうでもいい。
 俺はこの子どもを大事に育てるだけだ。
 ゲッセマネも天使も知ったことか。

 奈々は俺の腕の中で安らかに眠った。
 麗星と同じく、あどけない寝顔だった。
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