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加奈子と志野 Ⅱ
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石神家「禁断のすき焼き大会」。
飢えた獣共は、月に1度のこの日を楽しみにしている。
肉は幾らあっても足りないので、一応40キロとしている。
亜紀ちゃんがスライサーで肉をカットしていく。
他の子どもたちはそれぞれの食事を作っているが、全員が亜紀ちゃんの動作を見ている。
野菜など、どうでもいい連中だ。
「なんか、雰囲気変わりましたね」
「分かるかー」
「はい、ゴチャマンの前みたいな」
「さすがだー」
加奈子と志野が緊張し始めた。
午後5時。
うちの夕飯は早い。
一応、俺と加奈子、志野の鍋は別になっている。
素人さんには「大会」はきつい。
「いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
「「いただきます」」
「時々何か飛んで来ることがあるから注意しろ」
「「はい?」」
皇紀がぶっ飛んで来た。
俺が右足の旋風脚で床に飛ばす。
皇紀はちゃんと受け身を取って、床でクルクル回る。
「なんですかぁ!」
「今日は最初から荒れてるな」
「どういうことっすかぁー!」
まあ、見れば分かる。
子どもたちはいつも通りに殴り合いながら肉を奪い合っている。
「てめぇ! 「花岡」使ってやがるのかぁ!」
亜紀ちゃんが叫んだ。
ルーの箸を折ろうとして出来なかったようだ。
俺はゆっくりと肉を器に入れながら眺めていた。
「虎白さんに、早霧家の剣を教わったからね!」
「もっと見せてあげるよ!」
ハーが亜紀ちゃんの箸を狙った。
一瞬で吹っ飛ばされる。
「!」
「「ギャハハハハハハ!」」
「タカさーん!」
「「花岡」じゃねぇなら、レギュレーションに触れねぇ。今日は諦めろ」
「エーン!」
「「花岡」って、あの「花岡」ですか?」
しまった。
「まあな。こいつら一応門下生なんだよ」
「そうなんですか!」
まあ、全国的に「花岡」は流行りつつある。
一般合気道の範囲だが。
「なんか、凄まじいっすね」
「そうかー」
「毎日、こんななんですか?」
「いや、今日は特別だ。「すきやき大会」って、月に一度の大食いデーなんだよ」
「へぇー」
「ああ、「大会」は他にも焼肉とステーキとバーベキューとかがあんのな」
「すごいっすね」
「まーなー」
確かに異常だ。
「お前らも行く?」
「いや、死んじゃいますって」
「お前らも随分と丸くなったなぁ」
「そういう問題じゃないですよ!」
ガシンガシンと骨のぶつかり合う音がする。
どれほどの威力かは、この二人ならば分かるのだろう。
誰も怪我をしないので、二人もそのうちに慣れて食べ始めた。
「お前ら、御堂グループから誘われただろう?」
「はい!」
「受けろよな」
「はい、それはもちろん! でも、あたしらなんていいんですかね?」
「大丈夫だよ。お前らが真面目に仕事をすることは、既に調べてあるしな。大歓迎で迎えてくれるよ」
「はぁ」
「仕事は今まで通りだ。お得意さんとかとの関係もな。その上で望めば他の仕事も回してくれる」
「そう聞きました」
「車両の整備や購入も優遇されるよ。ガソリンも提携のスタンドで安く手に入るようになる。御堂グループは全体で支え合う体制だからな。世の中でガソリン代が値上げしたって、グループ傘下ではそれほどのこともないはずだ」
「はい、いいこと尽くめで、驚きましたよ」
税理士も格安で入れてもらえるし、必要なら事務の人間も派遣してくれる。
「決算は事業所ごとなんですよね?」
「まあな。中枢の企業は連結決算にはなるけど、お前たちの収入はそのまま自分たちのものだ。御堂グループというのは、お互いに協力し合う企業の合同体のことなんだよ」
「はい、夢のようなお話です」
「トラさんのお陰ですね」
「俺じゃないよ。御堂がお前たちをグループに入れたいだけだ」
それでも二人は俺に感謝した。
「あの、「虎」の軍ってあるじゃないですか」
「ああ」
「あれって、トラさんの軍隊ですよね?」
「なんだと?」
「志野と二人で話してたんです。あのトラさんならやるだろうって」
「何言ってんだよ」
俺は認めるつもりはない。
「トラさん、御堂総理と一緒に選挙の時によく映ってましたよね?」
「なに?」
「見りゃ分かりますよ! だってトラさんですよ? あたしらが見間違うはずはありません」
「声もトラさんでしたしね」
「おい……」
認めるつもりはない。
「流石、トラさんだって。トラさん、仲間を守るためには何でもするじゃないですか」
「昔の話だろう」
「大事な人間を「業」から守るためですよね? トラさんはやっぱトラさんだった」
「何言ってんだ。俺は一介の医者だよ」
「まあ、いいですよ。隠しておかなきゃいけないことでしょうし」
二人が笑っていた。
「お前らよ、俺が「虎」だったとしたら、なんなんだよ?」
「そんなの! トラさんだったら、もう安心ってことですよ」
「なんだ?」
「トラさんなら、相手がどんな奴だって勝っちゃうでしょう?」
「何言ってんだよ」
俺も笑った。
「あたしら、目の前でずっと見て来たんですからね!」
「御堂総理の当選と総理就任だって、トラさんがやったんでしょ?」
「おい!」
「流石トラさんだって、二人で話してましたよ」
「二人って、茜は?」
二人が顔を見合わせて笑った。
「茜は話すと大変なんで」
「大変ってどういうことだよ?」
「今でも「保奈美 命」ですからね! トラさんが世界に君臨する「虎」の軍だって知ったら、絶対に保奈美のことを頼みに来ますって」
「ああ」
俺にも分かった。
茜は保奈美の行方を知りたいのだろう。
俺ならば探してくれると思うに違いない。
「トラさんだって忙しいし、やることが一杯なんでしょう? だったらご迷惑になるし。茜は保奈美のことになると、ちょっと普通じゃなくなりますからね」
「そうだろうな」
二人を新宿まで送って行った。
家まで送ると言ったのだが、遠慮された。
「病院にまた顔を出しますから」
「ああ、俺の部署は第一外科部だ。誰でも言ってくれれば伝わるよ。オペじゃなければ、俺も顔を出すからな」
「分かりました!」
二人が笑顔で帰って行った。
俺の中で、懐かしさが溢れ出て来た。
20年以上にもなるが、みんないい連中だ。
俺たちは無茶なことも多くしたが、俺たちは大事なものをあの青春の中で培った。
今でも、それがみんなの中にあるのが嬉しかった。
飢えた獣共は、月に1度のこの日を楽しみにしている。
肉は幾らあっても足りないので、一応40キロとしている。
亜紀ちゃんがスライサーで肉をカットしていく。
他の子どもたちはそれぞれの食事を作っているが、全員が亜紀ちゃんの動作を見ている。
野菜など、どうでもいい連中だ。
「なんか、雰囲気変わりましたね」
「分かるかー」
「はい、ゴチャマンの前みたいな」
「さすがだー」
加奈子と志野が緊張し始めた。
午後5時。
うちの夕飯は早い。
一応、俺と加奈子、志野の鍋は別になっている。
素人さんには「大会」はきつい。
「いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
「「いただきます」」
「時々何か飛んで来ることがあるから注意しろ」
「「はい?」」
皇紀がぶっ飛んで来た。
俺が右足の旋風脚で床に飛ばす。
皇紀はちゃんと受け身を取って、床でクルクル回る。
「なんですかぁ!」
「今日は最初から荒れてるな」
「どういうことっすかぁー!」
まあ、見れば分かる。
子どもたちはいつも通りに殴り合いながら肉を奪い合っている。
「てめぇ! 「花岡」使ってやがるのかぁ!」
亜紀ちゃんが叫んだ。
ルーの箸を折ろうとして出来なかったようだ。
俺はゆっくりと肉を器に入れながら眺めていた。
「虎白さんに、早霧家の剣を教わったからね!」
「もっと見せてあげるよ!」
ハーが亜紀ちゃんの箸を狙った。
一瞬で吹っ飛ばされる。
「!」
「「ギャハハハハハハ!」」
「タカさーん!」
「「花岡」じゃねぇなら、レギュレーションに触れねぇ。今日は諦めろ」
「エーン!」
「「花岡」って、あの「花岡」ですか?」
しまった。
「まあな。こいつら一応門下生なんだよ」
「そうなんですか!」
まあ、全国的に「花岡」は流行りつつある。
一般合気道の範囲だが。
「なんか、凄まじいっすね」
「そうかー」
「毎日、こんななんですか?」
「いや、今日は特別だ。「すきやき大会」って、月に一度の大食いデーなんだよ」
「へぇー」
「ああ、「大会」は他にも焼肉とステーキとバーベキューとかがあんのな」
「すごいっすね」
「まーなー」
確かに異常だ。
「お前らも行く?」
「いや、死んじゃいますって」
「お前らも随分と丸くなったなぁ」
「そういう問題じゃないですよ!」
ガシンガシンと骨のぶつかり合う音がする。
どれほどの威力かは、この二人ならば分かるのだろう。
誰も怪我をしないので、二人もそのうちに慣れて食べ始めた。
「お前ら、御堂グループから誘われただろう?」
「はい!」
「受けろよな」
「はい、それはもちろん! でも、あたしらなんていいんですかね?」
「大丈夫だよ。お前らが真面目に仕事をすることは、既に調べてあるしな。大歓迎で迎えてくれるよ」
「はぁ」
「仕事は今まで通りだ。お得意さんとかとの関係もな。その上で望めば他の仕事も回してくれる」
「そう聞きました」
「車両の整備や購入も優遇されるよ。ガソリンも提携のスタンドで安く手に入るようになる。御堂グループは全体で支え合う体制だからな。世の中でガソリン代が値上げしたって、グループ傘下ではそれほどのこともないはずだ」
「はい、いいこと尽くめで、驚きましたよ」
税理士も格安で入れてもらえるし、必要なら事務の人間も派遣してくれる。
「決算は事業所ごとなんですよね?」
「まあな。中枢の企業は連結決算にはなるけど、お前たちの収入はそのまま自分たちのものだ。御堂グループというのは、お互いに協力し合う企業の合同体のことなんだよ」
「はい、夢のようなお話です」
「トラさんのお陰ですね」
「俺じゃないよ。御堂がお前たちをグループに入れたいだけだ」
それでも二人は俺に感謝した。
「あの、「虎」の軍ってあるじゃないですか」
「ああ」
「あれって、トラさんの軍隊ですよね?」
「なんだと?」
「志野と二人で話してたんです。あのトラさんならやるだろうって」
「何言ってんだよ」
俺は認めるつもりはない。
「トラさん、御堂総理と一緒に選挙の時によく映ってましたよね?」
「なに?」
「見りゃ分かりますよ! だってトラさんですよ? あたしらが見間違うはずはありません」
「声もトラさんでしたしね」
「おい……」
認めるつもりはない。
「流石、トラさんだって。トラさん、仲間を守るためには何でもするじゃないですか」
「昔の話だろう」
「大事な人間を「業」から守るためですよね? トラさんはやっぱトラさんだった」
「何言ってんだ。俺は一介の医者だよ」
「まあ、いいですよ。隠しておかなきゃいけないことでしょうし」
二人が笑っていた。
「お前らよ、俺が「虎」だったとしたら、なんなんだよ?」
「そんなの! トラさんだったら、もう安心ってことですよ」
「なんだ?」
「トラさんなら、相手がどんな奴だって勝っちゃうでしょう?」
「何言ってんだよ」
俺も笑った。
「あたしら、目の前でずっと見て来たんですからね!」
「御堂総理の当選と総理就任だって、トラさんがやったんでしょ?」
「おい!」
「流石トラさんだって、二人で話してましたよ」
「二人って、茜は?」
二人が顔を見合わせて笑った。
「茜は話すと大変なんで」
「大変ってどういうことだよ?」
「今でも「保奈美 命」ですからね! トラさんが世界に君臨する「虎」の軍だって知ったら、絶対に保奈美のことを頼みに来ますって」
「ああ」
俺にも分かった。
茜は保奈美の行方を知りたいのだろう。
俺ならば探してくれると思うに違いない。
「トラさんだって忙しいし、やることが一杯なんでしょう? だったらご迷惑になるし。茜は保奈美のことになると、ちょっと普通じゃなくなりますからね」
「そうだろうな」
二人を新宿まで送って行った。
家まで送ると言ったのだが、遠慮された。
「病院にまた顔を出しますから」
「ああ、俺の部署は第一外科部だ。誰でも言ってくれれば伝わるよ。オペじゃなければ、俺も顔を出すからな」
「分かりました!」
二人が笑顔で帰って行った。
俺の中で、懐かしさが溢れ出て来た。
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