富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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一江 襲撃 Ⅲ

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 化け物が私の正面に立って言った。

 「お前に何の力も無いことは分かっている」
 「へぇ」
 「石神の仲間の中でも、お前は最弱だ。お前のマンションは多少は攻撃力があるようだがな」
 「そう」

 敵に大分調べられている。
 いつの間にか、私も標的になっていたことを知った。

 「だからお前が護られていない場所を選んだ。お前の死体の脳からでも情報は多少は取れるしな」
 「!」

 部長から聞いている。
 タマさんは、死体や身体の一部からでも、何かを読み取れるそうだ。
 「業」の配下にも、そういう能力を持った奴がいてもおかしくはない。
 ライカンスロープは押しなべて凶暴な連中が多いが、中には多少変わったタイプもいる。
 こいつは「お喋り」だ。
 獲物を嬲って楽しむ性癖がある。
 化け物は足元の人間を執拗に脚で破壊していた。
 何も出来ない自分を心の中で詫びた。
 もう救難信号は出している。
 誰かが来るまでに時間を稼がなければ。

 「私が丸腰で移動していると思ったの?」
 「なんだと?」
 
 ライカンスロープが一瞬警戒したことが分かった。
 わざわざ私が弱いのだと言い、私に万一の準備が無いものか探ろうとしていたのかもしれない。
 ならば、会話を引き伸ばすことが出来る。

 「武器があるのなら出してみろ」
 「そうね」

 鞄を探る振りをした。
 ああ、今度から何か持つようにしよう。
 化け物が私に近づいた。
 背中の巨大な脚が私に伸びた。
 そりゃそうだ。
 武器を持っているにしても、それを取り出させるまで待たないよな。
 武器の場所を確認しただけなのだろう。
 こいつもまるっきりのバカではない。

 覚悟を決めて目を閉じた。
 ほんの少しだけど時間を稼いだ。
 私のフェリージのバッグが吹っ飛ばされ、胸元に化け物の脚が向かって来た。


 「部長! 御武運を! お世話になりましたぁ!」


 その時、車両の脇から破壊音が響き、化け物が吹っ飛んだ。

 「一江!」
 「大森!」

 白い「Ωスーツ」を着た大森が、窓の外から何かを撃ち込んだようだった。
 車両の脇が大破し、大穴が空いている。
 私から射線を外して化け物に向かって撃ったようで、ガラスの破片や鋼板の破片は全て化け物に向かって行った。

 「おい、無事か!」
 「なんとかな! 来てくれたか!」
 「もちろんだぁ!」

 大森が叫んだ。
 化け物は大森の攻撃を喰らっても、傷ついていなかった。
 身体は吹っ飛んだがダメージはなさそうだ。
 やはり強力なライカンスロープだ。

 「仲間か?」
 「てめぇ! よくも一江を!」
 「ふふふふ、お前の攻撃など何のこともないな」
 「……」

 大森は私の前に立って、化け物を睨んでいる。
 化け物は、言った通り無傷に見えた。
 大森は「花岡」を習得しているが、亜紀ちゃんたちとは全然違う。
 通常の銃器を持った兵士相手であれば何とかなるが、ライカンスロープと戦うには力不足のはずだ。
 部長も私も、まさか私などにライカンスロープが襲撃して来るとは想定していなかった。
 
 「大森! 私の頭を吹っ飛ばせ!」
 「!」
 「こいつら、私の記憶を盗もうとしている! 部長のために何一つ渡すな!」
 「一江!」
 「お前じゃこいつに勝てない! 私の脳を吹っ飛ばしてから逃げろ!」
 「バカ言うな!」

 化け物がまた近づいて来た。
 大森の力量はもう分かっているのだろう。
 余裕をもって歩いて来た。

 「大森!」
 「ワハハハハハハ!」

 大森が笑い出した。

 「一江! あたしはお前を助けに来たんだぞ!」
 「無理をするな! 私の頭を潰してお前は逃げるんだ!」
 「親友のお前を護るんだぁ!」
 「大森!」
 
 大森に向かって、あの強大な脚が襲った。
 大森は右のフックで脚を撃った。
 反対に大森の重い身体が吹っ飛んだ。

 「大森!」
 「あたしはお前を護れと部長に言われたぁ! 一江を護るために、あたしが何もして来なかったと思うかぁ!」
 「大森!」

 大森が化け物に高速で襲い掛かった。
 私にはどう何を攻撃しているのか見えない。
 しかし化け物も大森を攻撃しているようだ。
 大森の身体から血飛沫が上がり始めた。
 化け物の身体は何の変化も無い。

 「大森! 逃げろぉー!」
 
 大森は返事をしない。
 闘いに集中している。

 「大森、頼む! お前だけでも逃げてくれぇ!」
 「ウルセェェェェェーーー!」

 大森が叫んだ。
 その時、前方から激しい電撃が迸り、近づいて来た。
 眩しいほどの光が、地下鉄の前面を消失させた。
 化け物が振り向く。

 「てめぇぇー!」

 女性の激しい怒りの声。
 聞き覚えがあった。

 「亜紀ちゃん!」

 長い髪を逆立てた亜紀ちゃんが、化け物に光を撃ち込んだ。
 化け物の胸が爆ぜる。

 「よくもぉー!」

 化け物は亜紀ちゃんに向かい、大森が崩れた。

 「大森!」
 「フフ、間に合ったな」
 「大丈夫か!」
 「ああ。一江を護れたな」
 「バカヤロウ!」

 大森の「Ωスーツ」の手足のあちこちが破れ、血が流れていた。
 胸と腹にも複数個所の破れがあり、隙間から傷口が見える。
 左の頬に深い切り傷。

 化け物は亜紀ちゃんがすぐに斃した。
 私たちに駆け寄って来る。

 「大森さん!」
 「大丈夫だ。内臓には喰らってない」
 「一江さんは!」
 「私は無傷だよ。大森が護ってくれたんだ!」

 私がそう言うと、大森が嬉しそうな顔をした。
 亜紀ちゃんが「Ω」と「オロチ」の粉末を大森に飲ませてくれた。
 表参道駅から地上に出ると同時に、「アドヴェロス」の車両が来た。
 亜紀ちゃんが連絡してくれていた。
 うちの病院ではなく、「アドヴェロス」の中にある医療施設で大森を治療した。
 特別に私が処置をさせてもらった。
 手足に激しい打撲で皮膚と肉が裂けた傷が幾つもあった。
 だが大森の言った通り、内臓や骨格に異常は無かった。

 大森の頬に、8センチもの切り傷が残った。
 化け物の爪が抉った傷だった
 頬の他に胸、腹にも同様の創傷が残った。
 大森が頬の傷を見て言った。

 「おお、ちょっとカッコイイな!」
 「ばかやろう! 嫁入り前のお前の顔にこんな傷が……」
 「あ? 何言ってやがる。あたしが結婚なんかするわけないだろう?」
 「お前……」
 
 部長が来てくれた。
 亜紀ちゃんに連れられて部屋に入って来る。
 部長も大変な事件を処理していたはずだ。
 顔がやつれている。

 「よう、無事だったようだな」
 「部長! 大森が!」
 「ああ。大森、よくやった」
 「部長!」

 先ほどまで余裕を見せていた態度の大森が、いきなり泣き出した。

 「お前はやっぱり俺の見込んだ通りの人間だった。本当に一江を護ってくれてありがとう」
 「部長!」

 大森は言葉にならない。
 ベッドに身体を起こして、自分の涙を拭いていた。
 部長が大森の身体をそっと押して寝かせた。

 「外傷のことは聞いている。深刻なものがなくて安心したぞ」
 「はい!」
 「少ししたら一江と一緒に帰れよ」
 「はい!」

 私は部長に連れられて部屋を出た。
 廊下の端で部長に言われた。

 「通信記録を聞いた。お前、死ぬつもりだったか」
 「いいえ、あの時はとにかく夢中で」
 
 部長が深々と頭を下げた。

 「済まなかった。お前が直接襲われるとは」
 「部長!」
 「今後はもっと護衛を付ける。本当に済まなかった」
 「そんな!」

 あのどんな時でも冷静で力の漲っている部長が憔悴していた。
 高校時代の大切な仲間を喪ったせいだ。
 そのことが、私の危機と繋がっていた。

 「部長、大森は立派に私を護ってくれましたよ」
 「ああ」
 「部長はちゃんとやってくれてたじゃないですか!」
 「一江……」

 部長が私の顔を見て少し笑ってくれた。

 「ありがとうな」
 「いーえ!」

 部長は私に護衛のデュールゲリエを付けると言ってくれた。
 蓮花さんの研究所で手配すると。

 「あの」
 「あんだよ?」
 「外見ってある程度は」
 「あ?」
 
 部長が睨む。

 「部長に似させるって出来ます?」
 「絶対出来ねぇ」
 「J様とか」
 「肖像権とかうるさいだろう」
 
 部長が怖い顔をしている。
 調子に乗り過ぎたか。

 「お前、ウンコ型にすっぞ!」
 「やめてくださいよ!」
 「ああ、蜘蛛子にするかぁ」
 「あれは絶対辞めて下さい!」
 「あいつ、後ろの胴体に乗せてくれんだぞ?」
 「結構です!」

 以前に見て知ってる。
 部長がやっと笑ってくれた。

 「お前と大森が生きてて良かった」
 「部長……」
 
 「お前ぇ! なんで目を閉じてるんだぁ!」
 「え、ここはそういう流れでしょ?」
 「ふざけんなぁ!」

 そう言いながら、部長は私を抱き締めてくれた。
 一緒に大森のベッドに戻り、寝ている大森も部長が抱き締めた。
 大森が感激してまた大泣きした。

 


 「Ω」と「オロチ」の粉末のお陰で、大森の傷はすぐに治った。
 頬の傷もほぼ治ったが、薄っすらと痕が残った。

 「これはあたしの誇りだ」

 大森がそう言って笑った。
 カッコイイ奴だ。
 私の大事な親友だ。
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