富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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東雲と小春 Ⅴ

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 タクシーで紺野さんの邸宅を出てしばらく走り、基地のある山が近付いて来た時、小春が俺の耳元で囁いた。

 「新さん、2キロ先で待ち伏せている者がいます」
 「なんだと?」

 日本語で話しているので、運転手には分からない。

 「戦車が3両。どれもサブラASCODです。自動小銃を持った歩兵が30名。ここからは分かりませんが、多分他の武装も」
 「分かった。運転手に止まるように言ってくれ」

 小春がタガログ語で運転手に伝えた。
 金を多めに支払って、タクシーを降りた。

 「反対勢力は大方潰したって聞いたんだがなぁ」
 「新さん、油断しないで下さい」
 「ああ、分かってる」

 戦車があるにしても、小隊規模の軍隊など、俺の敵ではない。
 俺は小春にここにいるように言い、道を外れて走った。

 前方に待ち伏せている一団が見えた。
 どういう連中か調べるために、接近するまで攻撃しなかった。

 その時、俺と並走して来る奴を感じた。
 その瞬間に、俺は吹き飛ばされた。
 咄嗟にガードした右腕が、一瞬でひしゃげた。

 「!」

 地面を転がりながら、暗闇の中で急速に接近して来る相手を見た。

 「ワイヤータイプかぁ!」

 強力なライカンスロープだ。
 スピードがあり、速く、そして硬い。
 俺は左腕で「オロチストライク」を放ったが、敵は簡単に回避してしまった。
 鉤爪を俺の胸にぶちこもうとする。
 俺は身体を捻って、その腕を掴みながら「螺旋花」を放った。
 よじれた筋肉のような腕のワイヤーの一部が吹っ飛ぶ。
 しかし、それほどのダメージではないように見えた。

 「新さーん!」

 俺を呼びながら、小春が急速に接近してきた。
  
 「来るな! 逃げろ!」

 「カサンドラ」を持って来なかったことを悔やんだ。
 俺もボケたものだ。
 
 小春が「槍雷」をワイヤータイプに放った。
 やはり回避される。
 尋常なスピードではない。
 回避しながら、俺に攻撃して来る。
 俺は必死で防御したが、腹にワイヤータイプの右足の爪が入った。
 深く抉られた。

 地面に沈む俺に、小春が身を被せて来た。

 「バカヤロウ! お前は逃げろ!」
 「嫌ですよ!」
 
 ワイヤータイプは、小春の背を蹴り、そして爆撃のように両腕の鉤爪を突き刺して行った。
 密着した俺の身体が、小春から伝わる振動が変わっていくのを感じた。

 「小春! 頼むからどいてくれぇ!」
 「新さん!」

 俺は渾身の力で立ち上がり、小春を背中に回した。
 小春は俺の後ろで倒れた。
 もう立ち上がることも出来ないダメージを負ったのだろう。

 「てめぇ!」
 「新さん。逃げて!」
 「お前、「桜花」を使うつもりかぁ!」
 「早く離れて!」
 「させねぇ!」

 デュールゲリエに「桜花」の技があることは聞いている。
 「ヴォイド機関」を暴走させて自爆するのだ。
 小春にも「ヴォイド機関」が搭載されている。
 だから「桜花」も使えるのだろう。

 「俺はお前を護るんだぁ!」
 「新さん! はやく!」

 ワイヤータイプが俺の腹に右腕を突っ込んだ。
 俺は「絶花」と「金剛花」を使い、全身の筋肉を硬化させた。
 ワイヤータイプは右腕を引き抜けないでいる。

 俺は最期の力を振り絞って、ワイヤータイプの顔面に「虚震花」をぶち込んだ。
 一発では効かない。
 だから意識が途切れるまで、何度もぶち込んだ。

 「東雲さん!」

 駆け寄って来る声が聞こえた。
 遠くで何かが爆発していく音も聞こえた。

 俺は意識を喪った。
 
 「新さん!」

 狂ったように泣き叫ぶ小春の声が最後に聞こえた。






 誰かが話している声が聞こえた。
 目を開けると、懐かしい笑顔が見えた。

 「よう! やっと起きたかよ」
 「旦那……」

 「新さん!」

 小春が俺に抱き着いて来た。
 腹が痛ぇ。

 「おい、小春。まだそいつの腹は塞がってねぇんだ」
 「え! すいません、新さん!」

 俺はなんとか笑った。

 「お前、腹に大穴が空いてんだ。しばらくは入院な」
 「すいませんでした」
 「まあ、しょうがねぇよ。よく生き残ったな」
 「へい。まあ、なんとか」
 
 小春が俺の頭をそっと抱いて泣いていた。
 涙が流れることを初めて知った。
 こいつを泣かせたことは無かった。

 「最初に小春が連絡してくれてな。救助チームを作ろうとしてたら、諸見が真っ先に飛び出しやがってよ」
 「そうだったんですか」

 あれは諸見だったのか。
 
 「綾が小春の通信を感知してな。諸見に知らせたんだよ」
 「助かりました」
 
 虎の旦那が笑いながら言った。

 「まあ、俺も悪かったよ。顕さんの所へ行かせたのは俺だからな」
 「そんな」
 「でも、俺言ったよな?」
 「はい?」

 虎の旦那が俺に顔を近づけて言った。

 「俺、出掛ける時には護衛と武器を持ってけって言ったよな?」
 「え?」
 「言っただろう!」

 怖い声で怒鳴られた。
 
 「は、はい、そういえば!」

 虎の旦那が爆笑した。

 「冗談だよ! 俺さ、石神家本家でいっつもそうやって虐められてんだよ」
 「はぁ?」
 「あの人ら、いつも何にも話してくれなくってさ。失敗すると、全部俺に言ってあったはずだって言うんだよ!」
 「そりゃ大変ですね」
 「な!」

 腹の傷は、虎の旦那が治してくれたそうだ。
 ルーさんとハーさんも来て、あの「手かざし」をしてくれたのだと。

 「あいつらはもうレチョンの喰いまくりだからいねぇ。後で顔を出させるよ」
 「本当にお手数を」
 
 旦那が、泣いて俺に抱き着いている小春の頭を撫でた。

 「こいつの背中も大概でなぁ。本当はボディの換装をしたかったんだが、こいつが嫌がってな」
 「え?」
 「お前に触れてもらった身体だからだってよ! 蓮花まで呼んで、治すのが本当に面倒だったぜ!」
 「小春……」

 「おい、俺もちょっと飯を喰いに行くからな! でも、お前ら絶対にヘンなことすんなよな!」
 「は、はい!」
 「ほんとだぞ!」
 「分かってます!」
 「フェラくらいならいいぞ?」
 「旦那!」

 虎の旦那が大笑いしながら部屋を出て行った。

 「新さん」
 「おお、お前にも迷惑を掛けたな」
 「いいえ! 私、新さんを助けられなかった」
 「ばか、お前を護るのが俺の役目だ」
 
 小春が俺の眼を見詰めて、そっとキスをしてきた。

 「早く良くなって」
 「ああ、もう大丈夫だよ」
 「口でする?」
 「ばか!」

 笑いが込み上げて来て、腹が激しく痛んだ。

 「もう」

 小春が微笑んでいた。
 まだ涙が光っていた。

 「あのライカンスロープはどうなったんだ?」
 「諸見さんが片付けてくれた」
 「そっか。俺じゃ無理だったかぁ」
 「新さんがほとんどやったんですよ」
 「そうか?」
 「はい。もう、顔もボロボロになってましたから」
 「そうだったか!」

 大きな声を出しても腹が痛んだ。
 辛そうな顔をすると、小春が俺の額を撫でてくれた。

 「しばらく大人しくしてて下さい」
 「分かったよ」
 
 俺はなんとか助かった僥倖を思った。
 ギリギリだった。

 「退院したら、諸見に御馳走したいな」
 「はい! 豪華なお食事を作りますね!」
 「頼むな」

 小春が、花瓶を俺の近くへ持って来た。

 「石神様が活けて下さったんです」
 「そうなのか」

 太い枝が刺さり、その周囲に綺麗な花が舞うように活けてあった。

 「虎の旦那は何をやってもスゲェお方だなぁ」
 「はい!」

 小春が嬉しそうに笑った。

 「新さんのために飛んで来て下さって。蓮花さんも。新さんと私の身体を元通りにして下さって。ありがたい方々です」
 「そうだな」
 



 翌日、千両の親父と桜さんまで見舞いに来てくれた。
 こんな遠い場所まで。
 きっと虎の旦那が手配して下さったんだろう。
 本当に申し訳ねぇ。

 でも、本当に嬉しいや。
 こんな自分でも、あんな立派なお方に大事にされていると思うと、嬉しかった。
 もっと旦那のお役に立たねぇと。

 小春にそう言うと、小春もにっこりと笑ってうなずいてくれた。
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