富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
2,359 / 3,202

退魔師

しおりを挟む
 6月の中旬に、うちの病院に転院してきた患者さんがいた。
 柏木天宗(かしわぎてんしゅう)という、もう90歳以上の高齢の男性は、長年退魔師をしていたという。
 俺もあまり関わることの無い職業だ。
 道間家や吉原龍子など、そういう関連の人間に近年関わるようにはなったが、本格的に憑き物や呪い返しを専門にする人間は初めてだった。
 世に拝み屋、祈祷師、占い師、などといった、霊感や特殊能力を使う人間たちがいる。
 特に退魔師ともなれば、霊障を解消したり、呪詛を跳ね除けたり、除霊なども行なう、霊能で戦う人間のこととなる。

 柏木さんは膵臓ガンだった。
 長年膵炎を患っていたが、それが本格的に腫瘍になった。
 ご高齢ということもあり、傘下の病院からうちを紹介され転院して来たのだ。
 そして、俺は柏木さんのことを以前から知っていた。




 
 かなり特殊な経歴の人物であり、病気は元より何よりも高齢であることもあり、院長から俺が担当するように言われた。
 転院初日に、俺は柏木さんに挨拶に行った。

 「初めまして。柏木さんの手術を担当することになった石神と申します」
 「そうですか、どうぞよろしくお願いします」

 柏木さんは腰の低い人だった。
 身長は170センチくらいで、年代的には背の高い方だろう。
 病気のためか今は痩せているが、以前はかなり筋肉質だったことが、俺には見て取れた。
 骨格が太い。
 仕事柄か顔は険しいが、目元と口元には優しい雰囲気がある。
 91歳という年齢だが、老いを感じさせない精悍さがあった。
 もちろん皺やシミなどは多少あるが、気力の充実が伺える顔だった。
 そしてその顔から、非常に真面目で優しい人なのだとすぐに分かる。
 人間は顔に人生が滲み出る。
 長年の膵炎からのガンであったが、病気を感じさせない雰囲気もあった。
 精神力がとにかく高いのだ。

 こう言っては何だが、退魔師、拝み屋、祈祷師、除霊師などには、随分とインチキも多い。
 普通の人間には感じられない領域のことを扱うのだから、幾らでも騙せる。
 高額の依頼料で適当なことをやれるし、問題が起きれば行方をくらませばいい。
 多少の霊感なりを持った人間もいるから、ある程度は功を奏することもある。

 吉原龍子は横のネットワークが充実していた。
 本物の実力者をネットワークに入れ、繋がりを持っていた。
 吉原龍子が俺のために残したノートを見るに、まるで俺のためにネットワークを築いていた感もある、
 そのノートの中に、柏木天宗の名前もあった。
 それで面識は無かったが、以前から知っていた人物だったのだ。
 能力のこともあったが、とにかく誠実で信頼できる人物と評価されていた。
 ただ、実力としては上位ではあるが、「業」との戦いには向かないと俺は考えていた。。
 だからこれまで接触はしていなかった。
 だが、吉原龍子の高い評価を受けている人物であるからには、何かの事態で俺が協力を求めるに値する、ということだったのだろう。
 その吉原龍子の評価の通りの人物だった。
 俺は不思議な縁を感じていた。

 柏木さんは部屋へ入った俺をしばらく見詰めていらっしゃった。
 何か霊能で俺のことを確認しているのだろうとも思った。
 早速オペの説明をし、入院期間の長さなども俺の経験上から話して行った。

 「これからうちでも精密検査をしますが、カルテを拝見する限り、大丈夫だと思いますよ」
 「そうですか」
 「入院は3ヶ月は最低でもと思っていて下さい。抗がん治療と共に、再発も徹底的に見張って行きますから」
 「はい、先生の言う通りにいたします」

 俺は話を終え、明日から検査をすることを伝えた。
 すると柏木さんが微笑んで俺に言った。

 「あの、ここの病院は随分と綺麗ですね」
 「そうですか。建て増した部分もあるのですが、以前からの随分と年数の経つ部分もあるんですよ」
 「そうですか。でも、これほど綺麗な病院は私は知りません」
 「ああ、随分と何度も入院されているんですよね?」

 俺は病院の清潔さを柏木さんが話しているのかと思っていた。
 柏木さんは40代から膵炎に罹り、数十回も入退院を繰り返していることはカルテで読んでいる。
 相当辛い闘病の人生だったと思う。
 膵炎は激痛が伴う。
 退魔師の仕事をしながら、そうやって病気と闘って来られたのだろう。

 「はい、もう数えきれない程。大体1週間から数週間で退院しましたが、無理をするとすぐに悪化しまして」
 「そうですか」

 柏木さんが俺を見て言った。

 「病院というのは仕方がないのですが、どうしても心残りが在ってしまう場所ですから」
 「はい?」
 「どこの病院でも、必ず悪いものがあります。私も入院生活でそういうものが一番弱りました」
 「そうなんですか」

 やっと俺にも柏木さんが言っている意味が分かった。
 退魔師をされてきた柏木さんだ。
 普通の人間には見えないものが見えてしまうのだろう。
 病院は人間が多く死ぬ場所だ。
 また病気や怪我によっては随分と苦しいことも多い。
 そういうものが場所に残り、柏木さんのような人間には見えてしまうのだろう。
 医者として安易に同調するわけにもいかなかったが。
 柏木さんは、さらに突拍子も無いことを話した。

 「石神先生のお陰なんですね」
 「え?」
 「先生は火の柱の中におられる。私もここまでの方は他に知りません」
 「!」
 「石神先生がおられるから、悪いものはここに近寄れませんね。有難いことです」
 「いえ、そんな……」

 驚きはしたが、柏木さんは本物の退魔師だ。
 俺のことも分かるのだろう。
 そして一層驚くべきことを口にした。

 「それに、ここには大きな虎がいますね」
 「!」
 「先ほど、私を見に来ました。私のことを悪いものかどうか、確認に来たようです」
 「そうですか」
 「何とか認めてもらえたようで! あれは相当高い存在ですね。私もあそこまでの存在は初めてです」

 柏木さんが嬉しそうに微笑んでいた。

 「虎を見たんですか?」
 「ええ。響子さんと会っても良いと言われました」
 「え!」
 「私ならば許すと」
 「……」

 俺は答えることが出来なかった。
 柏木さんが良い方だとは思うが、まだ会ったばかりだ。
 レイが本当に認めたのだろうか。
 そんなことは過去に聞いたことはない。
 まあ、レイが見える人間もいないし、またレイの言葉を聞ける人間も響子以外にはいなかったのだが。
 だが、嘘を言う人ではないことも分かっている。

 「柏木さんは相当見える人なんですね?」
 「子どもの頃に、師匠に見出されまして。それから修行をさせられました」
 「そうだったんですか」

 宮城県の出身とのことだった。
 同じ町に住む拝み屋がその師匠であり、農家で兄弟も多かった柏木さんは、その師匠の家に出されたそうだ。
 口減らしの意味もあったのかもしれない。

 「親兄弟とも引き離され、子どもの頃は随分と悲しい思いもしました。ですが、師匠のお陰でこうやって少しは世の中の役に立つ仕事が出来た。感謝しています」
 「立派な方だったんですね」
 「はい。私はずっと師匠に感謝しています」
 「そうですか」

 初日の話としては、幾分深くなり過ぎた。
 医者と患者の関係だ。
 非常に興味はあるが、あまりにも踏み込み過ぎた。
 
 でも俺は、最初から柏木天宗という人物に惚れ込んでいた。
 戦前の生まれの、得難い誠実な人格の人だった。
 戦後の教育を受けた人間には持ち得ない、人間として大事な何かを抱き続けて来た人だ。
 俺にはそれが分かっていた。

 俺と柏木さんはすぐに打ち解け、親しく話をするようになった。
 俺の悪い癖で、柏木さんとは医者と患者の関係を超えて付き合うようになった。

 吉原龍子は、そういうことも見通してノートに柏木さんの名前を残していたのかもしれない。
 本当に素晴らしい出会いだった。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...