富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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佐野さんとの再会 Ⅱ

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 佐野さんを「虎温泉」に連れて行った。
 浴衣をお貸しした。
 佐野さんの背中を流させてもらう。

 「おい、随分とまた贅沢なことをしてやがんな!」
 「うちって物凄い貧乏でしたからね」
 「ああ、そうだったな」
 「その反動ですよ」

 「ワハハハハハハハハ!」

 佐野さんが笑った。
 佐野さんは健康そうな身体で、まだ鍛えているのだろうことも分かった。

 「お前の身体はすげぇよな」
 「そうですね」

 俺の背中を流しながら佐野さんが言った。

 「トラはいつだって傷ついて来た」
 「そんなことは」
 「まあ、お前に傷だらけにされた奴らの方が多いけどな!」
 「アハハハハハハ!」

 二人で湯船に浸かっていると、双子がかき氷を作りに来た。

 「こんなサービスまであんのかよ!」
 「はい」

 二人で練乳イチゴを食べながらのんびりした。

 「俺は今、和久井警備ってとこで働いてんだ。和久井署長が俺の定年後に誘ってくれてな」
 「そうだったんですか!」

 和久井さんは俺によく鰻をご馳走してくれた署長だ。

 「和久井社長と、よく一緒に飲んでお前の話をしてるよ」
 「そうですか」
 「まあ、お前は俺なんかに連絡したくもなかったんだろうけどよ。俺たちはお前をずっと待ってたんだ」
 「すみません。俺、傭兵なんかしてたし、ご連絡しても迷惑だろうって」
 「ああ、聞いたよ。聖と一緒にアメリカへ行ったんだってな」
 「はい。聖が俺を助けてくれて。お袋の入院費も出してくれて、俺を傭兵に誘ってくれました」
 「そうか」
 「散々戦場で暴れて来ました。俺は汚れちまった。だからみなさんにももうお会い出来る資格も無いって」
 
 「ばかやろう」

 佐野さんが微笑んでいた。

 「お前がどんな奴なのかなんて、みんな分かってるんだよ! 暴れん坊で変態で。それでお前ほど優しくて情に厚い奴はいねぇ! お前が汚れることなんかねぇよ。トラはトラだ」
 「はい」
 「お前が金に困ってたことは分かった。まあ、俺も金なんかねぇけどよ。でも、お前とお袋さんの面倒を見るくらい……」

 佐野さんが泣いていた。

 「いいんですよ。俺がそんな世話にならないってことは佐野さんも知ってたでしょう。俺はアメリカへ行って良かったんです。本当に聖に助けてもらったんですよ」
 「そっか、そうだったな」
 
 俺はアメリカの傭兵時代のことを少し話し、日本に戻って来てからのことも簡単に話した。

 「港区の大きな病院に今の院長から誘ってもらいましてね。何とかやってます」
 「おい、この暮らしは何とかってもんじゃねぇだろう?」
 「アハハハハハハ!」
 
 佐野さんが俺を見ていた。

 「俺も長年刑事をやってた。お前が会社の社長とかだったらまだ納得もするけどな。でも、医者だけじゃこんな生活は出来ねぇ」
 「はい」
 「お前が悪いことで稼いだ金じゃないことも分かる。お前の眼は昔のままだ。あの優しい、自分のことより大事な人間のことだけ考えてるトラのままだ」
 「ありがとうございます」

 「良かったら教えてくれよ。俺に何か出来るかもしれねぇ」
 「……」

 佐野さんと再会したのは運命なのだろうと思った。
 亜紀ちゃんが発端だが、亜紀ちゃんは佐野さんと会うことを諦めていた。
 それでも、佐野さんがこうやって目の前にいるのだ。
 ならば何かの導きなのだろうと俺は考えた。

 「山中と大学時代に出会って親友になりましてね」
 「山中?」
 「あの子どもたちの父親です。夫婦で交通事故で突然亡くなりました」
 「そうだったか。だからお前が引き取ったんだな。まあ、トラらしいよ」
 「はい。そして、もう一人親友が出来ました」
 「おう」
 「御堂です」
 「!」

 佐野さんには分かっただろう。

 「御堂を総理大臣にしたのは俺です。山梨の旧家の生まれの男で、物静かで優しい奴でした。御堂家の当主として生きていく人生があった。でも俺のためにその人生を捨てて、総理大臣になってくれたんです」
 「おい、あの御堂総理のことだよな……」

 「はい。御堂は「業」と戦う俺のために、日本を護るために俺の頼みを聞いてくれたんです」
 「トラ! お前、まさか……」

 「俺が「虎」の軍の最高司令官です」
 「!」

 佐野さんが言葉を喪っていた。
 俺は建屋に入り、ワイルドターキーを小ぶりのグラスに注いで佐野さんに渡した。
 佐野さんは一気にそれを呑み干した。

 「だ、だから「虎」の軍なのか……」
 「まあ、そういうことです。あの喧嘩三昧の悪ガキが、ついに軍隊まで持っちゃいましたよ」
 「トラ、お前よ……」

 静かにバーボンが佐野さんの身体に沁み渡り、佐野さんがため息を吐いて俺に言った。

 「そうだったか。まあ、途轍もない話だが、一気に納得したよ」
 「そうですか」

 二人で湯船に背を預け、夜空を見上げた。

 「お前はやっぱ変わってねぇな」
 「そうですかね」
 「お前はいつだって誰かのために戦って来た。相手がどんな奴らでもな」
 「バカですからね」
 「鬼愚奈巣もピエロもお前らよりずっと大きな族だった。でもお前がいたから全部潰した」
 「そうでしたね」
 「武闘派ヤクザたちだってお前には敵わなかった」
 「佐野さんにも助けてもらったじゃないですか」
 「バカ言え! 俺たちが行ったら、もういつも終わってたじゃねぇか!」
 「ワハハハハハハハハ!」

 佐野さんもやっと笑った。

 「お前の仲間たちもよ、みんなお前のことが大好きで、いっつもお前と一緒に暴れてたよなぁ」
 「俺はみんなに助けられてばっかりですよ」
 「総長の井上も、保奈美も、聖も木村も槙野も桐原も水島も名護も、みんなお前が大好きだったな」
 「はい」
 「ああ、あのちっちゃい女もいたな」
 「茜ですね。あいつとは最近再会しまして」
 「そうだったか!」
 「あいつ、中免が取れなかったくせに、大型車両の免許取ってましてね。ダンプを転がしてますよ」
 「マジか!」

 二人で笑った。

 「あの時代が懐かしいぜ。俺の刑事人生の中で、一番楽しくって輝いてた時代だ」
 「佐野さんも若かったですしね」
 「このやろう!」

 佐野さんが俺の肩を組んだ。
 昔、俺によくそうしてくれた。
 カツ丼が美味いと言うと、いつもそうやって肩を抱き、背中を叩いて「一杯喰え」と言ってくれた。

 「お前と出会ったからだよ。まあ、驚かされることばっかりで、苦労もしたけどよ」
 「ワハハハハハハハハ!」
 「でも、お前に助けられることばかりだった。女房と娘もお前に助けてもらった」
 「あれは偶然ですって」
 
 佐野さんが笑いながら俺も見た。

 「そうじゃねぇ。あんな偶然なんてねぇよ」
 「何言ってんですか」
 「お前は女房と娘が狙われてるのを知って、護ってくれてたんだろう?」
 「え?」
 
 「後からいろいろと聞いて分かったよ。女房はしょっちゅう真っ赤な特攻服の奴を見てたって言ってた」
 「……」
 「あの山野組の連中も、何度も事務所の周りでお前を見てた。トラ、お前何してたんだよ?」
 「さぁー」





 佐野さんが笑いながら俺を見ていた。
 あの豪快で優しくて俺を可愛がってくれた、あの佐野さんのままだった。
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