富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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「ガンドッグ」軍事教練 Ⅱ

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 8月22日土曜日。
 一昨日、「悪魔島」でのことがあり聖にも手間を掛けた。
 子どもたちが突然の戦闘に巻き込まれたのだが、まああいつらの責任ではない。
 むしろ偶然ではあったが、「業」にとんでもない戦力を与えることが防げたのでありがたいくらいだった。

 さて、今日は聖に会いに行くわけだが、「ガンドッグ」のことが目的だ。
 しかし、それにあたってどうしても解決しておかなければならない問題があった。
 ジョナサンのことだ。
 
 ジョナサンは昔、一人の少女を助けようとした。
 非力なあいつが、身を挺して銃撃される少女に覆いかぶさった。
 しかしジョナサンの細い身体を銃弾が貫通し、少女を救えなかった。
 その少女が「ライブラの魔女」と呼ばれる存在であることは、最近になって知った。
 「ガンドッグ」を率いていたラッセルから死の間際に教えてもらったことだ。
 「ライブラの魔女」は他人をサイキックにする能力を持っていたようだ。
 そして最後の能力で、自分を護ろうとしたジョナサンをサイキックにした。

 その時、ガンスリンガーのリリーはジョナサンの身体を貫通させて「ライブラの魔女」を射殺した。
 それは他の人間から見えない位置で為され、自身は囮の人間と入れ替わって逃げた。
 囮の人間は警官隊に射殺された。
 だからジョナサンはリリーのことを知らず、リリーもジョナサンが生き延びてサイキックになっていたことを知らない。
 確執のある両者は、ここで互いに何らかの決着をつける必要がある。
 これから一緒に「業」と戦う仲間だ。
 正直に互いの事情を理解し、解消しておかなければならない。
 今回、俺はジョナサンを伴って、聖の所へ行くつもりだった。 
 ガンスリンガーたちの仕上がりは、聖に任せているので俺も信頼している。
 むしろ今回の渡米は、ジョナサンのことだ。
 凄絶な戦闘の直後だったが、予定通りにジョナサンを家に呼んだ。

 俺の家の地下室で話す。

 「石神さん、今回はご一緒にセイントPMCに行くということですが」
 「ああ、実はその前にお前に話しておくことがあってな」
 「はい、なんでしょうか?」

 俺は「ガンドッグ」とその戦闘集団であるガンスリンガーたちのことを話した。
 最初の俺たちを襲ってきた経緯から、その後の中国での救出作戦を経て俺たちの仲間になったという件、

 「そうだったんですか。それだけの銃技があるのであれば、仲間になって頼もしいですね」
 「まあ、俺もそう思っていたんだがな。一つ問題があるんだ」
 「なんでしょうか」

 俺は前「ガンドッグ」の指導者であったラッセルから聞いた話をジョナサンにした。

 「昔、エドガー・ケイシーという有名な予言者がいたんだ」
 「はい」
 「その予言を、ラッセルの祖父が聞き、世界の危機となるサイキックを根絶やしにしなければならないと言われた」
 「!」
 「「ガンドッグ」はそのために組織された。ラッセルの祖父はアメリカ政府の高官であり、資産も十分にあった。だから世界人類のために「ガンドッグ」を組織した」

 「……」
 
 俺はジョナサンに、その予言が実は「業」のことであったことを告げた。
 
 「しかしな、当時の社会、国際情勢の中で、まだ「業」の脅威もなく、途轍もない人外の力を振るうのは「サイキック」だと考えても不思議は無かったんだ」
 「それは……」
 「「ガンドッグ」は真面目にサイキック狩りをして来た。そして以前にアメリカ南部の街のショッピングモールで、「ライブラの魔女」と呼ばれるサイキックを射殺した」
 「え、それは!」

 ジョナサンも俺の話の流れに気付いた。

 「そうだジョナサン、お前が守ろうとした少女だ。実際にはもっと高齢だったようだがな。「ライブラの魔女」は他人をサイキックにする能力があったそうだ。その度に年齢が若くなっていく。最後にジョナサンをサイキックにし、死んでいった」
 「そんな、彼女は……」

 ジョナサンは激しく動揺していた。
 アメリカで度々ある無差別銃撃事件だと思っていたものが、実は社会の裏で暗躍していた「ガンドッグ」の巻き起こした事件だったのだ。
 そして自分がサイキックになったのも、「ライブラの魔女」の力だった。

 「今、「ガンドッグ」は俺たちの仲間になっている」
 「石神さん!」
 「「ガンドッグ」を率いていたラッセルは、自分たちが間違ってサイキックを殺してきたことに気付いた。そしてその責任を負って自決した」
 「そんな! そんなことをしたって!」

 ジョナサンは激しく興奮し、また混乱している。

 「ジョナサン、お前の気持ちはよく分かる。だがな、あいつらが人類のために大真面目でやって来たことも、俺には理解できる」
 「でも、僕は! 絶対に僕は許せません!」
 「そうだろうな。でもな、ジョナサン。ラッセルは最初から死んで詫びるつもりで毒を呷ってから俺に全てを告白した。そして「ガンドッグ」の全員が武装放棄して俺たちの前に集まった。俺が納得しなければ殺されるつもりだったんだろう」
 「!」
 「その上で、許されるのならば自分たちの過ちを償い、俺たちと共に「業」と戦いたいと言ってきた」
 「……」
 
 ジョナサンは混乱している。
 自分の激しい感情と道理の間で激しく迷っている。

 「お前にあいつらを赦せと俺は言わない。赦さなくても構わない。それはお前が決めろ。だから、今後一緒にやって行くつもりであれば、お前をあいつらの前に連れて行く」
 「石神さん、僕があいつらを殺してもいいんですか?」
 「それは許さん。俺があいつらのことを仲間にしたんだ。お前がどう考えようと、それは揺るがない。お前が決めるのは、自分があいつらと一緒に戦うかどうかだ」
 「僕が嫌だと言ったら」
 「それでも構わないさ。その気持ちもよく分かる。お前と「ガンドッグ」を一緒にしないだけだ。もちろん、「ガンドッグ」を引き入れた俺を赦せないのであれば、ここで別れてもらってもいい」
 「そんな、石神さん……」

 俺はジョナサンの肩に手を置いた。

 「厳しいことを言ったけどな。俺はお前のどんな決定にも賛否も無い。人として許せない気持ちももちろんだし、共に戦う道を選んでももちろんいい。どちらが正しいということもないよ。ただ、ジョナサンにはっきり決めてもらいたいだけなんだ」
 「分かりました、石神さん。僕を一緒に連れて行って下さい」
 「そうか、ありがとうジョナサン」
 「いいえ」

 ジョナサンは強い瞳で俺を見た。
 俺はジョナサンを連れ立って、花見の家に行き「タイガーファング」でアメリカへ向かった。






 「トラぁ!」
 「聖!」

 セイントPMCに着き、聖が出迎えてくれた。
 ジョナサンにも挨拶する。

 「セイントさん、今回はお世話になります」
 「いいよ。お前、大丈夫か?」
 「はい」

 聖はジョナサンの状況を一瞬で理解していた。
 俺も、ジョナサンが理屈では理解したことは分かっていたが、感情的にまだ決着がついていないことも分かっている。
 若いジョナサンには辛い選択だ。
 それでも一緒に連れてきたのは、ジョナサンがそう言ったからだ。
 あとはジョナサンの心に任せるつもりだった。

 俺たちは「ガンドッグ」の連中が集まっている部屋へ向かった。
 本館のブリーフィング・ルームの一つだ。
 俺たちはそこへ行く間に、一言も話さなかった。
 聖も何かを察して黙って歩いていた。

 ブリーフィング・ルームでは、「ガンドッグ」の全員が揃っていた。
 俺たちが入室すると立ち上がる。
 彼らにはジョナサンのことは話してある。
 全員がジョナサンを見つめていた。
 俺たちは奥のテーブルに並んだ。

 「今日はお前たちに仲間を紹介する。ジョナサン・ゴールドだ。うちの優秀なサイキックであり、何度か危ない所を助けられた連中も多い。つい先日も日本の北海道でジョナサンの活躍によって危地を脱した」
 
 普段であれば俺がそう言えば、謙虚なジョナサンが慌てて否定するところだが、今日はジョナサンは何も言わなかった。
 ソニアとリリーが前に出た。

 「ミスター・ゴールド。本当に申し訳なかった」
 「……」
 「私が「ガンドッグ」の責任者ソニア・ラッセルです」
 「……」
 「そしてこちらがリリー。あなたをショッピングモールで撃った人間です」
 「!」

 大人しく温厚なジョナサンの表情が一瞬で険しくなった。
 やはり、感情を抑えきれないのだろう。
 俺は黙っていた。

 「私もリリーも、あなたに殺されても当然と思っています」
 「本当にそう思っているんですか!」
 「はい。私たちは大きな間違いを犯していました。ただ、もしも許されるのならば、リリーは殺さないで欲しい。彼女は何も知らずに上の命令を遂行しただけですので」
 「何を言ってるんだ!」
 「あなたの怒りは当然です。私たちは許されないことをしてしまった。しかも長い年月を。ですがそれが間違いだったと分かった今、私たちはせめて贖罪したいのです」
 「ふ、ふざけるな……」
 「あなたが死ねとおっしゃれば、私たちは死にます。他の人間も同じです。全員がその覚悟を持っています」
 「何を言っているんだ。あんたは何を言っている!」
 「赦して欲しいとは思います。でも、赦されないことは分かっています。その上で、私たちは「業」と戦いたい。父や祖父たちが命がけで願った道を今でも進みたい」
 「あんた……」
 「でも罪も償いたい。だからあなたに委ねたいのです。私たちが死ぬべきなのか、それとも」

 ジョナサンの顔が苦悩に歪んでいる。
 どれほどの葛藤が渦巻いていることか。
 そしてジョナサンは強い瞳でソニアを見た。

 「死んでいいわけがないでしょう! 「業」と戦うのならば、あなたたちは死ぬべきじゃない!」
 「ミスター・ゴールド!」
 「でも、僕はあなたがたをまだ許せない! その気持ちもあるんだ!」
 「それは当然です。私たちが悪いのです」

 ジョナサンが拳を握りしめた。
 痩せた身体が激しく震えていた。
 温厚で優しい彼にとって、初めての経験だろう。

 「僕は「虎」の軍で戦う。あなた方が同じく戦うと言うのならば、みんな仲間だ!」
 「ミスター……」
 「赦せない。でも、一緒に戦う。今はそれしか言えない」
 「ありがとう、ミスター・ジョナサン」

 ソニアとリリーが手を合わせてジョナサンに祈りを捧げる。
 言葉にはならない、精一杯の何かだ。

 「ジョナサン、いいんだな」
 「はい」
 「そうか。よく決心した」
 「はい」

 ジョナサンは下を向いて、ようやく拳を解いた。
 彼に中でも何かが決着したのだ。






 かつての敵が仲間になることもある。
 それは理屈では拭えないこともある。
 それでもジョナサンはそう決意した。
 本当に頼もしい仲間だ。
 ジョナサンは本当に崇高な人間だ。
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