富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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15年前の親子 Ⅱ

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 「佐伯です! こちらは娘の綾子で」
 「すみません、ちょっと思い出せないのですが」
 「15年前に新宿駅で! 丸の内線のホームで助けて頂きました!」
 
 俺も思い出した。

 「ああ! あの時の親子!」
 「はい! 本当にありがとうございました!」

 記憶が甦り、佐伯さんの顔が鮮明に繋がり、綾子ちゃんの成長した顔とも繋がった。

 「お元気でしたか」
 「はい、本当にお陰様で! あれから二人でしっかり生きてます」
 「それは良かった」
 「全て、あの時に石神さんが助けて下さったお陰です!」
 「石神さん、私のことも覚えてますか?」
 「もちろんだ。綺麗な女性になったね」
 「ありがとうございます!」

 亜紀ちゃんが俺の肩を握ってニコニコしていた。

 「さあ! お話し下さい!」
 「なんだよ!」
 「いい話っぽいですよね!」
 「バカ!」
 「いいから! さあ、お二人も座って下さい! あ、ビールでいいですか?」
 「お前なぁ」

 それでも俺は笑って二人を座らせた。
 雑賀さんがビールを運んで来る。
 亜紀ちゃんと柳が、小皿にとって料理を二人の前に置いた。
 佐伯さんたちが恐縮している。

 「すみません。ここは石神さんの特別なお部屋と知っていたんですが。でも、石神さんがいらっしゃることを聞いて、どうしてもお礼を言いたくて」
 「そうだったんですか」

 俺がここへ来たのを、他の場所で飲み食いしていた連中が見ていた。
 別に隠すようなことではないが、何人か部屋の入口へ来て挨拶して来た。
 そういう人間たちから、佐伯さんも聞いたらしい。

 「「虎」の軍の募集があった時に、すぐに入隊したんです」
 「そうですか。でもよく決意されましたね」
 「そりゃそうです! 石神さんが創った軍隊だと分かりましたから」
 「え?」

 俺はまだ表に出ていない。
 一部の政府の高官たちや特別な組織は知ってはいるが、一般人にはまだ公表していないのだ。

 「「虎」の軍の募集のポスターです。石神さんが写ってましたよね?」
 「ええ、幾つかは。でも、仮面を被ったりして、顔は出してませんが?」
 「分かりますって! 命の恩人なんですから。あの日から、石神さんのことを忘れたことはありません」
 「でも……」

 本当に分からないはずだ。

 「娘がすぐに気付きまして。それで私も見て、確信しました」
 「それは……」
 「私たちにとって、石神さんはそういう方なんですよ」
 「それは何とも」

 俺も笑って認めるしか無かった。
 確かに、俺のことをよく知っている人間が見れば分かるのかもしれない。

 「お二人は「虎」の軍でどのようなことを?」
 「はい、私は建築関係の仕事をしてましたので、工事の部署に入れて頂きました。娘は看護師になりましたので、病院の方へ」

 そう聞いて、佐伯さんがゼネコンに勤めていたと話していたことを思い出した。

 「そうだったんですか」
 「娘は本当は石神さんの病院へ入りたがっていたんですが、どこの病院かは分からずに。でも、前に大変な手術をなさったことを知って! 早速異動したかったようですが、前の勤め先から引き留められまして」

 響子の手術のことだろう。

 「じゃあ、優秀なんですね」
 
 綾子さんははにかんで笑った。

 「石神さんのお役に立ちたくて頑張りました。「虎」の軍での募集を見て、もう堪らずにこちらへ移ったんです」
 「そうだったんですか」

 懐かしく思い出していた。
 あの時の小さな女の子が、立派に成長していた。
 見ただけで、一流の看護師であることが分かった。

 「あの時、石神さんに助けていただいたお蔭です」
 「そんな。たまたまですよ」
 「いいえ、決してそんなことは! あの時にしていただいたことは忘れません」
 「そんな大したことでは」

 亜紀ちゃんがニコニコしていた。

 「あの、佐伯さん。タカさんは何をしたんですか?」
 「それはですね」

 佐伯さんが話し始めた。

 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 妻が死んだ。
 悪性の脳腫瘍で、見つかった時にはもう手遅れで手の施しようが無かった。
 最愛の妻だった。
 見栄えの悪い自分だったが、一目惚れで猛烈にアタックした。
 自分よりも3年遅れて入社して来た妻。
 眩いほどに美しく、そして聡明で優しい。
 自分も若く、仕事も何とか覚えて来た時期で、まだ何の取り柄も無かった。
 僕が妻に交際を求めていることを、周りの人間はバカにしていた。
 もちろん、他にも妻に付き合って欲しいと言う人間は多かった。
 それでも妻と結婚したくて何度も交際を求めた。
 最初のうちは断られていたが、何とか付き合って貰えることになった。

 「ありがとう!」
 「もう! これだけ思ってもらえたらね。だから絶対に幸せにしてね」
 「もちろんだぁ! 必ず君を幸せにするよ!」
 「うん!」

 嬉しくて仕方が無かった。
 僕は仕事を懸命に頑張り、何とか出世コースに乗った。
 全部妻のためだ。
 係長に昇進し、妻にプロポーズした。
 妻が受け入れてくれ、僕たちは結婚した。
 毎日家に帰ると妻が迎えてくれる日々。
 夢のような温かで幸せな日々。
 やがて娘が生まれ、二人で喜んだ。
 仕事も順調で、収入も増えて家を買った。
 何もかもが上手く行っていた。
 妻と娘がいれば、もう僕は何でも出来た。

 しかし、妻が死んだ。
 頭痛が酷いと言い始め、病院に行った時にはもう手遅れだった。
 悪性腫瘍が急速に浸潤し、妻は僅か2か月で逝ってしまった。
 僕は全てを喪ったと思い込んだ。
 だから、あんなとんでもない間違いを犯しそうになった。

 「綾子、遊園地に行こうか」
 「え、うん」
 「今度の土曜日にね。どこがいい?」
 「じゃあ、Dランド」
 「ああ、あそこか。よし、一杯楽しもうな」
 「うん」

 綾子は妻に似て頭の良い子どもだった。
 7歳になり小学2年生。
 妻を喪った僕の悲しみを感じていた。
 いつも妻と僕に甘えて来る綾子が、僕をそっとしておいてくれた。
 自分も悲しいだろうに、僕はそんなことまで気付かずにいた。
 遊園地に誘っても、それほど嬉しそうではなかったのに。
 僕はそれにも気付いていなかった。
 綾子は僕の気持に気付いていた。





 Dランドに電車で出掛け、僕は最後の気力を振り絞って笑顔を作っていた。
 もう、貼りついたような造り笑顔。
 でも、綾子は嬉しそうに僕を見ていた。
 誘った時にはそれほどでもなかったのに、今日は楽しそうに僕に微笑んでくれる。
 良かった。
 最期の思い出を作ってやれそうだ。

 「お父さん! 次はアレに乗ろうよ!」
 「うん」

 綾子が楽しそうに僕の手を引いて行く。
 僕も造り笑顔で綾子と走った。
 朝から夜まで、二人で乗り物を楽しみ、はしゃいだ。
 綾子が本当に楽しそうにしていた。
 やがて夜になり、二人で帰った。
 新宿駅に着き、綾子と手を繋いでいた。
 電車が来ても、乗らなかった。
 背の高い男性が傍にいたのを覚えている。
 とても綺麗な顔立ちで目立つ男性だった。
 年齢も若く、そして逞しい、
 男性も電車に乗らずにいた。
 でも、その時には何も考えることは出来なかった。
 綾子が僕に言った。

 「お父さん、もういいよ」
 「え?」
 「今日は一杯笑っちゃった。楽しかった! だからもういいよ」
 「綾子?」

 「もうお母さんの所へ行こう」
 「綾子!」

 綾子が僕の心を分かっていたことに、その時にやっと気付いた。
 綾子は僕が一緒に死のうとしていることを知っていたのだ。

 「綾子……」

 僕は泣きながら綾子を抱き上げてホームの端に歩いた。
 その時に、突然突き飛ばされた。
 綾子を奪われ、思い切り足で蹴り飛ばされた。
 僕はホームを滑っていった。

 「あんた! 何考えてんだぁ!」

 先ほどの背の高い若い男性が僕を怒鳴っていた。

 「このバカヤロウ!」
 
 また蹴られた。
 周囲の人たちが僕たちを見ている。

 「こんな可愛い子を道連れにすんのかよ! あんた何考えてんだぁ!」

 人垣が出来て、男性の怒鳴り声に何があったのかみんなが悟った。
 男性には、僕たちが自殺しようとしていたことが全て分かっていた。
 電車が来た。

 「おい、一緒に来い!」

 男性が綾子を抱いたまま僕を起こし、一緒に車両に乗った。
 男性は黙っていた。
 綾子の頭を撫で続けていた。
 綾子は男性の肩に顔を埋めて泣いていた。
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