富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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夢のあとに Ⅴ

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 2ヶ月ぶりに日本へ戻り、最初に病院へ寄り、響子に久し振りに会った。
 響子は俺の顔を見るなり大泣きした。
 亜紀ちゃんから、響子が保奈美と諸見たちの予言の夢を観ていたことは聞いていた。
 響子は何とか運命を変えようとしていたようだが、ついにはこういうことになってしまった。
 もちろん、響子のせいではない。
 泣きじゃくる響子を抱き締め、ベッドに横たえた。
 響子はやがて眠った。

 「結構高熱を出して寝込んでました」
 「そうだったか」

 六花が俺がいない間の響子のことを話してくれた。
 響子の予言については六花ももちろん初めて聞いたが、その晩から高熱を出した。
 一時は院長が「手当」をしてくれたそうだ。
 保奈美と諸見たちの死を知り、激しく動揺していたのだ。
 まだ響子の身体は不安定で弱い。

 「心配もしていたんですが、茜さんがいたんで」
 「そうか。あいつは響子の親友だもんな」
 「はい。茜さんも随分と辛い思いだったんでしょうが、一生懸命に響子を慰めてくれて」
 「そうだったか」
 「葵さんも一緒に。だから響子も段々落ち着いて来ていたんです」
 「あいつらのお陰だな」
 「はい」

 六花も相当頑張ってくれたのは分かっている。
 こいつは自分の手柄などは何も言わないが。

 「よしこやタケも来てくれたんですよ。木村さんや武市さん、他にも「ルート20」の方々が大勢」
 「あいつらもか」
 「みなさん、保奈美さんのことは残念がってましたけど、響子を必死に慰めてくれてました」
 「有難いな」
 
 六花と鷹、一江と大森を誘ってオークラで昼食にした。

 「部長の復帰祝いをしなきゃですね」
 「おい、勘弁しろよ」
 「たまにはいいじゃないですか。私たちにお任せ下さい」
 「悪いな」

 楽しく話していると、六花が不思議なことを言った。

 「あのですね、ヘンな話なんですが」
 「なんだ?」
 
 六花が珍しく言い淀んでいた。
 その理由は話を聞いて分かった。

 「あの、私、保奈美さんと一緒にいた気がするんです」
 「!」

 鷹や一江と大森まで同じことを言った。

 「あ、石神先生! 私も実はそうなんです! 保奈美さんが先輩でいろいろ可愛がっていただいた気が!」
 「部長、私もですよ!」
 「自分もです!」

 「……」

 俺が保奈美を喪ったことで気を遣って話さずにいたのだろう。
 でも、本人たちの中でどうにも解決できない記憶のようなものがあるらしい。

 「もちろん私はお会いしたことはないんですけど」
 「そうですね、おかしいですよね」
 
 俺は眠っている一か月間の夢の話をした。
 いや、あれは夢ではないのだ。
 俺と保奈美は確かに20年の年月を一緒に過ごした。
 この病院で一緒に働いていたのだ。

 「そんな不思議なことが……」

 六花たちも俺の話で納得したようだ。
 現実のこの世界の記憶とは違うが、確かに俺たちは一緒にいた。

 「保奈美先輩、優しかったですよ」
 「ああ、あいつは鷹のことを一番信頼していた」
 「そうですか」
 「私もお世話になりました。響子のことも、保奈美さんがよく手伝って下さって」
 「六花がレディースだったと聞いて喜んでたよ。仲良くなれて嬉しそうだった」
 「部長、保奈美さんのオペ看は最高でした。一番信頼できる人で」
 「一江も大森も仲良くしてくれたよな。よく一緒に飲みに行ってたろ?」
 「はい、何を話していたのか覚えてはいないんですが」
 「あたしは覚えてるよ。保奈美さんが酔いつぶれてあたしが背負ってさ。でも部長が来たら必死で何でもないフリをして」
 「ああ、そうだ! でも足が絡まって転んだよな!」
 「そうそう!」

 朧げな記憶はあるようだ。
 俺にはそれが嬉しかった。

 「栞とも親友になってな。聖や御堂や山中たちとも会った。亜紀ちゃんたちにも会っていたから、もしかしたら覚えているかもな」
 「そうですね!」

 一江が俺の復帰祝いを盛大にやると言うので、ちっちゃいものにしろと笑って言った。
 青の『般若』の貸切にすると言い、それならばいいと言った。

 俺は茜と葵にも会った。
 茜も酷い状況だったが、何とかベッドを出られるようにまで回復していた。
 俺の顔を見て、予想通り大泣きした。
 言葉にもならず、ただ泣いて俺に縋った。

 「茜、そんなに泣くな。俺は保奈美とちゃんと会えたんだからな」
 「トラさぁーん!」
 「幸せだった。保奈美と20年も一緒に過ごしたんだ。一度も喧嘩もねぇ。一瞬たりとも保奈美を不満に思ったこともねぇ。あんな生活はあり得ねぇよ。保奈美の愛を目一杯受け取った。俺も保奈美に存分に注いだ。だからな、もう思い残すことはないんだ」
 「トラさぁーん!」
 
 茜を長い時間抱き締めた。
 茜はなかなか泣き止まなかった。
 葵が心配するほどに泣いた。
 30分もそうして、ようやく鎮まって来た。

 「トラさん、保奈美さんは私を護って死んだんです」
 「知っているよ」
 「すいませんでしたぁ! 私が保奈美さんを護って死ぬべきだったのにぃ!」

 また茜が泣き出す。

 「そうじゃねぇよ」
 「だって! 保奈美さんはトラさんに会いたかったぁ! それなのに!」
 「だから違うって。確かに保奈美は俺に会いたがってたよ。でもよ、目の前でお前が危ないってなりゃ、あいつは全力でお前を護ろうとするに決まってるだろう」
 「トラさん!」
 「そういう奴だろ? 俺やお前が大好きな保奈美って、そうだろうよ」
 「!」
 「だからな。保奈美は俺たちの最愛の保奈美のまま逝ったんだ。な、茜」
 「トラさぁーん!」

 また茜が泣いた。

 「もう泣くな。保奈美は幸せだった。凄い女だった。それを忘れるな。俺たちはそういう女に惚れたんだ」
 「はい……」
 
 茜が必死に涙を拭おうとした。
 しかし、溢れる涙は止まらなかった。

 「茜、お前は最後に保奈美に会ってくれた」
 「でも、私……」
 「よくやってくれた。頑張ったな」
 「トラさぁーん!」

 俺はまた茜を抱き締めた。
 茜にも、20年も保奈美と過ごしたのだと話した。
 そうすると、茜の中にもその記憶の片鱗が朧げに浮かんで来たようだ。
 しょっちゅう俺と保奈美に会いに来て、よく家にも泊ったのだと。
 その記憶で、茜がまた泣いた。
 茜が泣いている隣で、葵が言った。

 「石神様、茜と話し合ったんです」
 「なんだ?」
 「これから、茜と私は救護者になろうと」
 「救護者?」
 「はい。保奈美さんは御救い出来ませんでした。でも、これから戦乱の中で少しでも多くの人間を救助して行こうと」
 「そうか」

 茜は絶望を乗り越えて、そんなことを考えてくれていた。
 自分が成し得なかったということで、強い未来に生きる決意を固めたのだ。
 やはりこいつは素晴らしい奴らだ。

 「お許しいただけますか?」
 「もちろんだ。俺からも是非頼みたい」
 「ありがとうございます」
 
 「茜、お前、頼むな」
 「はい……」
 「俺たちは戦うばかりだからな。茜と葵のような奴がいると本当に助かる」
 「ほんとですか」
 「お前たちなら、さぞやってくれるだろう」
 「はい!」
 「頼む」
 「「はい!」」

 やっと茜が笑ってくれた。
 辛い経験の後で、こいつらは挫けないでいてくれた。
 きっとこいつらはやってくれる。

 俺は笑って病室を出て、久し振りに家に帰った。
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