富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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挿話: 夏みかん

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 栞さんが週明けに入院し、家には私とルーとハー、桜花さんたちと斬さんと士王だけになった。
 タカさんは今日は病院で、明日は出産予定の六花さんの所へ行く。
 虎蘭さんは盛岡へ戻った。

 昼食後、すぐにみんなは庭で鍛錬に向かった。
 物凄く暑いんだけど、みんな真面目だ。
 斬さんが直接指導してくれる機会は貴重だからだ。
 私はお昼の洗物をしていて、一人でリヴィングに残っていた。 
 すると、来客があった。
 インターホンの画面を見る。
 
 「あ、河合さんだ」

 ご近所で高木さんの不動産屋に勤めていらっしゃる河合さんだった。
 門を開け玄関へロボと降りると、ロボが大歓迎で河合さんにまつわりついた。
 ロボは河合さんが大好きだ。

 「ロボちゃん、こんにちはー」
 「にゃー!」
 「河合さん、ようこそ。上がってって下さいよ」
 「いいえ、ちょっとお裾分けを持って来ただけだから」
 「え、なんですか?」

 見ると河合さんが大きな段ボール箱をカートに乗せて引いて来ていた。
 重そうなのですぐに受け取った。
 
 「夏みかんなの。本来は旬じゃないんだけど、遅出のものなので、美味しいよ?」
 「そうなんですか! まあ、暑いんで是非上がって下さい」

 この暑い中を重たい荷物を持って来て大変だったろう。
 ロボが河合さんの足の後ろを頭で押す。
 河合さんが笑って「お邪魔します」と言って上がってくれた。
 私が段ボール箱をヒョイと抱えると笑っていた。
 リヴィングでアイスミルクティを出した。
 ロボが早く飲めとグラスを河合さんに前足で押す。
 河合さんが笑って礼を言って一口飲んだ。。
 
 「あのね、高木社長が熊本の果樹園農家さんと関わってね」
 「ああ、あちらに「虎」の軍の拠点を作る予定ですからね」

 話は私も聞いている。
 今、「虎」の軍は日本全土に拠点を作り、「業」のゲート攻撃に対応しようとしている。

 「うん。それでね、間宮さんという果樹園農家の地主の方と知り合ったんだけど、間宮さん、ちょっとトラブルを抱えてて」
 「そうなんですか」

 親戚が間宮さんの土地を狙っていろいろと嫌がらせをしていたらしい。
 高木さんが間に入って、そのトラブルを解決したそうだ。

 「間宮さんの所有の山を幾つか買い取る話がついていたんだけど、ついでにそのトラブルも解決して」
 「高木さん、いい人ですもんね!」

 ちょっとヘンタイさんではあるけど、高木さんは男気のある優しい人だ。

 「うん。そうしたらお礼にって、夏みかんを沢山送ってくれたの」
 「そういうことですか!」
 「もう100キロもね。うちの職員じゃ食べきれないんで、高木社長が石神さんのお宅へ持ってってくれって」
 「ありがとうございます。ありがたく頂きますね」
 「うん。早乙女さんの所にも後で持っていくんだ。申し訳ないんだけど、社長も私もちょっと夏みかんって苦手で」
 「そうなんですか」
 「だから助かるの」
 
 ちょっとお話をして、河合さんは帰って行かれた。
 今度はモンドちゃんを連れて遊びに来てくれると言っていた。
 河合さんの持って来て下さった夏みかんの箱を見た。
 夏みかんはうちでは買ったことがない。
 タカさんが酸味のある果物が好きではないからだ。
 私たちもそれほど好きでもない。
 柳さんはちょっと好きかな。
 時々青いミカンとかグレープフルーツとか自分で買って来て食べてる。
 段ボールを開いてみると、中には立派な大玉の夏みかんが20個ほど入っていた。
 柑橘系のいい香りがした。
 夏みかんの旬は5月~7月初旬までの初夏だ。
 でも、これはちょっと遅く実を付けるものらしい。
 一般には出回らない高級な品種だ。
 箱の中に入っていた説明書きに、そういうことが書いてあった。
 私は大きな実のひとつを手に取った。
 清々しい香りと共に、懐かしい思い出が甦って来た。
 





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 「亜紀ー、ちょっとおいでー」
 「はーい!」

 お母さんに呼ばれた。
 私がまだ6歳。
 皇紀が2歳になり、ルーとハーはまだ生まれていなかった。
 あの懐かしい足立区の一軒家の借り家。
 お母さんはキッチンのテーブルのところで立っていた。

 「お母さん、なーに?」
 「ほら、これ」

 見ると、竹かごの中に見たことも無い大きなみかんが2つあった。
 みかんよりもちょっと黄色くて、皮が厚そうだ。
 それに随分と大きい。

 「なーに、おっきい!」
 「夏みかんよ。亜紀は見たことないでしょう?」
 「うん!」

 お母さんが笑顔で一つを私に持たせた。
 咲子おばさんが持って来てくれたそうだ。

 「いい香りね!」
 「そうでしょう? でもね、お父さんはあまり好きではないの」
 「そうなの?」
 「皇紀も食べられないから、亜紀と一緒に食べようと思って」
 「わーい!」

 嬉しかった。
 自分が食べたことがないものだから、本当に楽しくなってきた。
 お母さんが包丁で切れ目を入れて、指で皮を開いた。
 メリメリと音がして、また一層いい香りが拡がった。
 お母さんは大きな房を一つ切り離して、皮を剥いて私にくれた。

 「食べてみて」
 「うん!」

 ツブツブの実をかじって口に入れた。

 「すっぱーい!」

 お母さんが笑っていた。

 「おいしくない?」
 
 呑み込んでみると、口の中にまた良い香りが拡がる。

 「ちょっとすっぱいけど美味しい! 香りがいいね!」
 「そう!」

 お母さんが嬉しそうに笑った。
 私が美味しいと言ったことが嬉しかったようだ。

 「でもやっぱりちょっとスッパイかなー」
 「そっか。じゃあ、ちょっと待ってて」
 
 そう言ってお母さんはキッチンで夏みかんを全部剥いてお皿に乗せて行った。
 それをまたテーブルに持って来ると、上からお砂糖を指で優しく振りかけて行った。

 「また食べてみて?」
 「うん!」

 お砂糖の乗った実を口に入れてみた。
 先ほどの良い香りはそのままで、酸味は抑えられ砂糖の甘さが口に拡がった。

 「うわぁ、美味しいよ! これ、本当に美味しい!」
 「そう、良かった。じゃあ、全部食べちゃおうか」
 「うん!」

 お母さんはお砂糖を掛けないものを食べ、私はお砂糖が乗っているものを食べた。
 甘くてちょっとすっぱくて、みずみずしくていい香り。
 私は夢中で口に入れて行った。
 夏みかんが本当に美味しかったんだけど、お母さんと一緒に二人きりで食べたのが一番嬉しかった。
 二人でしばらく手についた良い香りと口の息の爽やかさに笑った。
 小さな皇紀にも口にちょっと入れてあげたが、渋い顔をして嫌がった。
 そのことも笑った。
 
 あれから、ほとんど夏みかんを食べた覚えがない。
 お母さんと二人きりで食べたあの思い出だけだ。
 うちではあまり珍しいものは買わなかった。
 タカさんがよく変わった美味しいものを持って来てくれたが、自分が好きではないので夏みかんとか酸味の果物は持って来なかった。





 お母さんとの楽しい思い出。
 ああ、懐かしい。
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