富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
2,743 / 3,202

《ダウラギリ山》攻略戦 Ⅵ

しおりを挟む
 翌朝、4時に目を覚ました。
 目覚ましの必要はなく、俺が眠っていれば紅が起こしてくれる。
 俺もまた、体内時計の調整で紅に起こされる前に目を覚ましている。
 何時に起きると自分に言い聞かせれば、そうなる。
 そういうことが出来るようになっていた。
 戦場の倣いだ。
 これが出来なければ、身体には余計な負担が入る。
 肉体が不活性の状態で行動しなければならなくなるのだ。
 自分で覚醒のコントロールが出来るようになれば、身体は最も負担なく活動できる。
 残る行程は、垂直距離で約100メートル。
 厳しい寒さと慣れない登攀(飛行の断続)を続けて来たが、体力はまだ大丈夫だ。

 もっと前から俺たちの存在は察知されているのかもしれないが、攻撃は未だ無い。
 もちろん作戦初日から俺たちも警戒は怠っていない。
 「霊素観測レーダー」はもちろん、同行する紅、ハオユーとズハンもずっと周囲を警戒している。
 ベースキャンプでは、もっと詳細に解析しているはずだった。
 万一があれば、すぐに俺たちに連絡が来る。
 簡単に朝食代わりのシリアルを食べ、4時半から登攀を始めた。

 今日は本当に登山技術のみで登って行ったので結構きつかったが、紅の登山技術のお陰で俺もなんとか昼前には《ハイヴ》の前に立っていた。
 入り口は縦に8メートル程の巨大な亀裂。
 横幅は歪だが大体5メートルはありそうだ。
 その先に続く暗い道も、しばらくはほぼその大きさだということは観測で分かっている。
 もっと奥へ行くと、もっと大きなトンネルになる。

 紅とハオユー、ズハンが作戦通りに「皇紀通信」を開いた。
 ここまで来れば、本格的な攻略作戦が始まる。
 「皇紀通信」をオープンにすることが、潜入作戦の開始合図になっている。

 「これより突入する」

 ハオユーとズハンが背中のリュックから《スズメバチ》のポッドを取り出した。
 全員が戦闘装備を備える。
 俺は流星剣を抜き、紅は「ドラクーン」というカサンドラのガンモードに特化した射撃装置だ。
 大きなリュックを背負う形だが、両肩から柔軟に砲塔の向きを変える二本の射出口がある。
 対妖魔用に、弾丸は石神さんが開発した特殊合金の弾頭だ。
 ハオユーとズハンは《スズメバチ》のポッドを背負い、片手にカサンドラの高出力タイプの「レーヴァテイン」を握っていた。
 どの時点で《スズメバチ》のポッドを射出するかはまだ決めていない。
 内部構造がまったくの未知だったためだ。
 ポッドには各8体の《スズメバチ》が入っている。
 一応、どちらかの8体で十分だとは言われている。
 敵が察知しているとしても、このポッドが何なのかは分からないはずだ。
 恐らくは何らかの兵器と見做されるに違いない。
 ハオユーがポイントマンとなり、先行する。
 その後ろに俺とズハン、紅は最後尾で後ろを警戒していく。
 ダウラギリ山に開けられた《ハイヴ》は、奥に潜ると高さ20メートル、幅8メートルほどで続いている。
 通常の《ハイヴ》とはまったく違う構造だった。
 まるでトンネルを進む感覚だ。
 
 「やはり事前の観測通りに分岐はありませんね。このまま進みます」

 ハオユーがセンサーをフル稼働しながら進んで行く。
 まだ敵の気配もない。
 この《ハイヴ》が直進していることは、「霊素観測レーダー」などの解析で予測されていた。
 但し、細かな分岐がある可能性もあり油断はしていないが。
 そして作戦では、もしも直進している可能性が高ければ、そこで《スズメバチ》を射出しても良いことになっている。
 今回の目的はあくまでも調査であり、俺たちの帰還が最優先されているのだ。

 「しかし、敵がまったくいないな」
 「はい、一体ここで何をしているのやら」

 俺以外はデュールゲリエの特殊な交信で遣り取りしているはずだ。
 だから俺のために会話してくれているのだ。

 「羽入様、もうここで《スズメバチ》を放ちますか?」

 ハオユーの意見はもっともなことだった。
 最深部に行けば、必ず危険なことがある。
 でも俺はもう少し進むべきだと考えた。
 まだ、その最深部の奴のことが全く分かっていなかったからだ。

 「いや、まだだ。奥の奴のことが分からないし、途中で侵入を阻む何らかの結界がある可能性もある」
 「なるほど、そうですね。ではもう少し進みましょう」

 幸い内部に入ってからは、外側の極寒が和らいでいる。
 地中というのは常に一定の環境を保つ。
 そして俺は進みながら、何らかの圧力を感ずるようになっていった。
 ハオユーたちはまだ何も感知していないようだが。
 まあ、予感のようなものなのだが。

 「ハオユー、何か嫌な感じだ」
 「そうですか!」

 ハオユーが驚いて俺に振り向いた。
 やはり何も感じていないのだ。

 「あくまでも勘だ。曖昧なもので済まないが」
 「いいえ、流石は羽入様。では一層注意して進みます」
 「ああ、頼む。紅はどうだ?」
 「分からないが、何となく羽入の言う通りだという予感がある」
 「そうか」

 紅は《ウィスパー》という未来予測的なものを備えている。
 ハオユーとズハンもそうなのだが、紅の方が修羅場を潜っている分、性能が上がっているのかもしれない。
 ハオユーも一切俺を疑うことが無かった。
 人間以上に優秀なセンサーを備えているはずなのだが、それを過信していない。
 俺などの意見を常に重視してくれる。

 「それにやはりおかしいぜ。ここまで侵入して一切の反応が無いとはな」
 「それは私も考えていました。恐らくは何らかの目的がもうすぐ達成されるのではないかと」
 「なるほど」
 「ですので、我々がここまで来ても無視できるということではないでしょうか?」
 「もっともな判断だ。どうやらここはもう終わっているんじゃないかな」
 
 ハオユーが微笑んでまた振り返った。

 「それも羽入様の勘ですか?」
 「まあそうだ。何かがおかしい。十分に注意してくれ」
 「分かりました、激しい戦場を潜って来た羽入様と紅ですからね。頼りにしてますよ」
 「おう」

 俺も何の確信も無いままに話していた。
 でも、俺の勘がそう告げている。
 そして、俺の勘の通りだった。
 ここはもう既に「終わっていた」のだ。

 ズハンに位置確認を聞いた。

 「入り口から83分経過。3.4キロ進み、あと800メートルでダウラギリ山の中心部に到達します。山頂から1.4キロ下降。入り口から直線距離で約2キロです」
 「そうか、ありがとう」
 「いいえ、とんでもありません」

 突然、俺の感覚が爆発した。

 「不味い! 来るぞ!」

 紅たちが即座に戦闘態勢に入る。
 直後に紅たちも異常を感知する。

 「「ゲート」出現!」
 「!」

 狭い通路に幾つものゲートが開いた。




 地獄の釜の蓋が開いた。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...