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《ダウラギリ山》攻略戦 Ⅵ
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翌朝、4時に目を覚ました。
目覚ましの必要はなく、俺が眠っていれば紅が起こしてくれる。
俺もまた、体内時計の調整で紅に起こされる前に目を覚ましている。
何時に起きると自分に言い聞かせれば、そうなる。
そういうことが出来るようになっていた。
戦場の倣いだ。
これが出来なければ、身体には余計な負担が入る。
肉体が不活性の状態で行動しなければならなくなるのだ。
自分で覚醒のコントロールが出来るようになれば、身体は最も負担なく活動できる。
残る行程は、垂直距離で約100メートル。
厳しい寒さと慣れない登攀(飛行の断続)を続けて来たが、体力はまだ大丈夫だ。
もっと前から俺たちの存在は察知されているのかもしれないが、攻撃は未だ無い。
もちろん作戦初日から俺たちも警戒は怠っていない。
「霊素観測レーダー」はもちろん、同行する紅、ハオユーとズハンもずっと周囲を警戒している。
ベースキャンプでは、もっと詳細に解析しているはずだった。
万一があれば、すぐに俺たちに連絡が来る。
簡単に朝食代わりのシリアルを食べ、4時半から登攀を始めた。
今日は本当に登山技術のみで登って行ったので結構きつかったが、紅の登山技術のお陰で俺もなんとか昼前には《ハイヴ》の前に立っていた。
入り口は縦に8メートル程の巨大な亀裂。
横幅は歪だが大体5メートルはありそうだ。
その先に続く暗い道も、しばらくはほぼその大きさだということは観測で分かっている。
もっと奥へ行くと、もっと大きなトンネルになる。
紅とハオユー、ズハンが作戦通りに「皇紀通信」を開いた。
ここまで来れば、本格的な攻略作戦が始まる。
「皇紀通信」をオープンにすることが、潜入作戦の開始合図になっている。
「これより突入する」
ハオユーとズハンが背中のリュックから《スズメバチ》のポッドを取り出した。
全員が戦闘装備を備える。
俺は流星剣を抜き、紅は「ドラクーン」というカサンドラのガンモードに特化した射撃装置だ。
大きなリュックを背負う形だが、両肩から柔軟に砲塔の向きを変える二本の射出口がある。
対妖魔用に、弾丸は石神さんが開発した特殊合金の弾頭だ。
ハオユーとズハンは《スズメバチ》のポッドを背負い、片手にカサンドラの高出力タイプの「レーヴァテイン」を握っていた。
どの時点で《スズメバチ》のポッドを射出するかはまだ決めていない。
内部構造がまったくの未知だったためだ。
ポッドには各8体の《スズメバチ》が入っている。
一応、どちらかの8体で十分だとは言われている。
敵が察知しているとしても、このポッドが何なのかは分からないはずだ。
恐らくは何らかの兵器と見做されるに違いない。
ハオユーがポイントマンとなり、先行する。
その後ろに俺とズハン、紅は最後尾で後ろを警戒していく。
ダウラギリ山に開けられた《ハイヴ》は、奥に潜ると高さ20メートル、幅8メートルほどで続いている。
通常の《ハイヴ》とはまったく違う構造だった。
まるでトンネルを進む感覚だ。
「やはり事前の観測通りに分岐はありませんね。このまま進みます」
ハオユーがセンサーをフル稼働しながら進んで行く。
まだ敵の気配もない。
この《ハイヴ》が直進していることは、「霊素観測レーダー」などの解析で予測されていた。
但し、細かな分岐がある可能性もあり油断はしていないが。
そして作戦では、もしも直進している可能性が高ければ、そこで《スズメバチ》を射出しても良いことになっている。
今回の目的はあくまでも調査であり、俺たちの帰還が最優先されているのだ。
「しかし、敵がまったくいないな」
「はい、一体ここで何をしているのやら」
俺以外はデュールゲリエの特殊な交信で遣り取りしているはずだ。
だから俺のために会話してくれているのだ。
「羽入様、もうここで《スズメバチ》を放ちますか?」
ハオユーの意見はもっともなことだった。
最深部に行けば、必ず危険なことがある。
でも俺はもう少し進むべきだと考えた。
まだ、その最深部の奴のことが全く分かっていなかったからだ。
「いや、まだだ。奥の奴のことが分からないし、途中で侵入を阻む何らかの結界がある可能性もある」
「なるほど、そうですね。ではもう少し進みましょう」
幸い内部に入ってからは、外側の極寒が和らいでいる。
地中というのは常に一定の環境を保つ。
そして俺は進みながら、何らかの圧力を感ずるようになっていった。
ハオユーたちはまだ何も感知していないようだが。
まあ、予感のようなものなのだが。
「ハオユー、何か嫌な感じだ」
「そうですか!」
ハオユーが驚いて俺に振り向いた。
やはり何も感じていないのだ。
「あくまでも勘だ。曖昧なもので済まないが」
「いいえ、流石は羽入様。では一層注意して進みます」
「ああ、頼む。紅はどうだ?」
「分からないが、何となく羽入の言う通りだという予感がある」
「そうか」
紅は《ウィスパー》という未来予測的なものを備えている。
ハオユーとズハンもそうなのだが、紅の方が修羅場を潜っている分、性能が上がっているのかもしれない。
ハオユーも一切俺を疑うことが無かった。
人間以上に優秀なセンサーを備えているはずなのだが、それを過信していない。
俺などの意見を常に重視してくれる。
「それにやはりおかしいぜ。ここまで侵入して一切の反応が無いとはな」
「それは私も考えていました。恐らくは何らかの目的がもうすぐ達成されるのではないかと」
「なるほど」
「ですので、我々がここまで来ても無視できるということではないでしょうか?」
「もっともな判断だ。どうやらここはもう終わっているんじゃないかな」
ハオユーが微笑んでまた振り返った。
「それも羽入様の勘ですか?」
「まあそうだ。何かがおかしい。十分に注意してくれ」
「分かりました、激しい戦場を潜って来た羽入様と紅ですからね。頼りにしてますよ」
「おう」
俺も何の確信も無いままに話していた。
でも、俺の勘がそう告げている。
そして、俺の勘の通りだった。
ここはもう既に「終わっていた」のだ。
ズハンに位置確認を聞いた。
「入り口から83分経過。3.4キロ進み、あと800メートルでダウラギリ山の中心部に到達します。山頂から1.4キロ下降。入り口から直線距離で約2キロです」
「そうか、ありがとう」
「いいえ、とんでもありません」
突然、俺の感覚が爆発した。
「不味い! 来るぞ!」
紅たちが即座に戦闘態勢に入る。
直後に紅たちも異常を感知する。
「「ゲート」出現!」
「!」
狭い通路に幾つものゲートが開いた。
地獄の釜の蓋が開いた。
目覚ましの必要はなく、俺が眠っていれば紅が起こしてくれる。
俺もまた、体内時計の調整で紅に起こされる前に目を覚ましている。
何時に起きると自分に言い聞かせれば、そうなる。
そういうことが出来るようになっていた。
戦場の倣いだ。
これが出来なければ、身体には余計な負担が入る。
肉体が不活性の状態で行動しなければならなくなるのだ。
自分で覚醒のコントロールが出来るようになれば、身体は最も負担なく活動できる。
残る行程は、垂直距離で約100メートル。
厳しい寒さと慣れない登攀(飛行の断続)を続けて来たが、体力はまだ大丈夫だ。
もっと前から俺たちの存在は察知されているのかもしれないが、攻撃は未だ無い。
もちろん作戦初日から俺たちも警戒は怠っていない。
「霊素観測レーダー」はもちろん、同行する紅、ハオユーとズハンもずっと周囲を警戒している。
ベースキャンプでは、もっと詳細に解析しているはずだった。
万一があれば、すぐに俺たちに連絡が来る。
簡単に朝食代わりのシリアルを食べ、4時半から登攀を始めた。
今日は本当に登山技術のみで登って行ったので結構きつかったが、紅の登山技術のお陰で俺もなんとか昼前には《ハイヴ》の前に立っていた。
入り口は縦に8メートル程の巨大な亀裂。
横幅は歪だが大体5メートルはありそうだ。
その先に続く暗い道も、しばらくはほぼその大きさだということは観測で分かっている。
もっと奥へ行くと、もっと大きなトンネルになる。
紅とハオユー、ズハンが作戦通りに「皇紀通信」を開いた。
ここまで来れば、本格的な攻略作戦が始まる。
「皇紀通信」をオープンにすることが、潜入作戦の開始合図になっている。
「これより突入する」
ハオユーとズハンが背中のリュックから《スズメバチ》のポッドを取り出した。
全員が戦闘装備を備える。
俺は流星剣を抜き、紅は「ドラクーン」というカサンドラのガンモードに特化した射撃装置だ。
大きなリュックを背負う形だが、両肩から柔軟に砲塔の向きを変える二本の射出口がある。
対妖魔用に、弾丸は石神さんが開発した特殊合金の弾頭だ。
ハオユーとズハンは《スズメバチ》のポッドを背負い、片手にカサンドラの高出力タイプの「レーヴァテイン」を握っていた。
どの時点で《スズメバチ》のポッドを射出するかはまだ決めていない。
内部構造がまったくの未知だったためだ。
ポッドには各8体の《スズメバチ》が入っている。
一応、どちらかの8体で十分だとは言われている。
敵が察知しているとしても、このポッドが何なのかは分からないはずだ。
恐らくは何らかの兵器と見做されるに違いない。
ハオユーがポイントマンとなり、先行する。
その後ろに俺とズハン、紅は最後尾で後ろを警戒していく。
ダウラギリ山に開けられた《ハイヴ》は、奥に潜ると高さ20メートル、幅8メートルほどで続いている。
通常の《ハイヴ》とはまったく違う構造だった。
まるでトンネルを進む感覚だ。
「やはり事前の観測通りに分岐はありませんね。このまま進みます」
ハオユーがセンサーをフル稼働しながら進んで行く。
まだ敵の気配もない。
この《ハイヴ》が直進していることは、「霊素観測レーダー」などの解析で予測されていた。
但し、細かな分岐がある可能性もあり油断はしていないが。
そして作戦では、もしも直進している可能性が高ければ、そこで《スズメバチ》を射出しても良いことになっている。
今回の目的はあくまでも調査であり、俺たちの帰還が最優先されているのだ。
「しかし、敵がまったくいないな」
「はい、一体ここで何をしているのやら」
俺以外はデュールゲリエの特殊な交信で遣り取りしているはずだ。
だから俺のために会話してくれているのだ。
「羽入様、もうここで《スズメバチ》を放ちますか?」
ハオユーの意見はもっともなことだった。
最深部に行けば、必ず危険なことがある。
でも俺はもう少し進むべきだと考えた。
まだ、その最深部の奴のことが全く分かっていなかったからだ。
「いや、まだだ。奥の奴のことが分からないし、途中で侵入を阻む何らかの結界がある可能性もある」
「なるほど、そうですね。ではもう少し進みましょう」
幸い内部に入ってからは、外側の極寒が和らいでいる。
地中というのは常に一定の環境を保つ。
そして俺は進みながら、何らかの圧力を感ずるようになっていった。
ハオユーたちはまだ何も感知していないようだが。
まあ、予感のようなものなのだが。
「ハオユー、何か嫌な感じだ」
「そうですか!」
ハオユーが驚いて俺に振り向いた。
やはり何も感じていないのだ。
「あくまでも勘だ。曖昧なもので済まないが」
「いいえ、流石は羽入様。では一層注意して進みます」
「ああ、頼む。紅はどうだ?」
「分からないが、何となく羽入の言う通りだという予感がある」
「そうか」
紅は《ウィスパー》という未来予測的なものを備えている。
ハオユーとズハンもそうなのだが、紅の方が修羅場を潜っている分、性能が上がっているのかもしれない。
ハオユーも一切俺を疑うことが無かった。
人間以上に優秀なセンサーを備えているはずなのだが、それを過信していない。
俺などの意見を常に重視してくれる。
「それにやはりおかしいぜ。ここまで侵入して一切の反応が無いとはな」
「それは私も考えていました。恐らくは何らかの目的がもうすぐ達成されるのではないかと」
「なるほど」
「ですので、我々がここまで来ても無視できるということではないでしょうか?」
「もっともな判断だ。どうやらここはもう終わっているんじゃないかな」
ハオユーが微笑んでまた振り返った。
「それも羽入様の勘ですか?」
「まあそうだ。何かがおかしい。十分に注意してくれ」
「分かりました、激しい戦場を潜って来た羽入様と紅ですからね。頼りにしてますよ」
「おう」
俺も何の確信も無いままに話していた。
でも、俺の勘がそう告げている。
そして、俺の勘の通りだった。
ここはもう既に「終わっていた」のだ。
ズハンに位置確認を聞いた。
「入り口から83分経過。3.4キロ進み、あと800メートルでダウラギリ山の中心部に到達します。山頂から1.4キロ下降。入り口から直線距離で約2キロです」
「そうか、ありがとう」
「いいえ、とんでもありません」
突然、俺の感覚が爆発した。
「不味い! 来るぞ!」
紅たちが即座に戦闘態勢に入る。
直後に紅たちも異常を感知する。
「「ゲート」出現!」
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狭い通路に幾つものゲートが開いた。
地獄の釜の蓋が開いた。
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