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みんなで真冬の別荘 Ⅴ
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山岸は最初うつむいていたが、その顔を上げ、目を潤ませながら俺を見た。
「僕は部長が知っての通り、まだまだ未熟ですし、もちろん戦える人間じゃありません。でも、僕も「虎」の軍で一緒に部長のお役に立ちたいんです!」
「お前、何言ってんだよ」
「お願いします! 僕は一生部長の傍にいたいんです!」
「お前、落ち着けって」
俺は一江にコーヒーを頼んだ。
一江がすぐに運んでくれる。
一江は山岸のいつになく真剣な顔を見て、何も言わずにコーヒーを置いてから部屋を出て行った。
俺は山岸に飲むように言った。
「お前は実力も上がってきているし、何よりも努力家だ。将来はこの病院でも有数の医者になることは確かだぞ」
「いいえ、僕は部長の傍にいたいんです!」
「あのな、傍ったってよ。お前を「虎」の軍の医療関係に入れることは出来るかもしれないけど、俺との接点は今のようには行かんぞ。はっきり言って、ほとんど顔を合わせることもない。俺は戦闘の指揮を執って行くんだからな」
もちろん山岸が入れば、俺はちょくちょく顔を出すつもりはあった。
嬉しい申し出に決まっている。
俺なんかの傍にいたいなんて、こいつは言ってくれる。
俺も山岸のことは可愛いし、だからヘナチョコのこいつを精一杯に鍛え上げても来た。
山岸は俺の期待以上に頑張り、優秀さを示すようになった。
俺がそれをどれほど喜んで来たことか。
でも、山岸のことを思えば、ここでまた修業して普通の生活をするのが一番いいことに決まっている。
「構いません。部長が創った「虎」の軍にいることが僕の希望です。これからも部長の下でやって行きたいんです!」
「弱ったな。お前の申し出は有難いんだけどなぁ」
「そうでしたら部長、是非お願いします」
俺はまたコーヒーを飲めと山岸に言った。
一江の奴、山岸だからとインスタントでさっさと淹れて来やがった。
美味くねぇ。
「山岸、お前はここにいた方が幸せだぞ。間違いなく出世するし給料もどんどん上がって行く。結婚をして幸せに暮らせるんだぞ?」
「そんなもの、部長! 僕はずっと部長の下で働きたくて頑張って来たんです。憧れの部長を目指して今日まで来たんですよ!」
「……」
山岸はヒキコモリだった。
しかし祖父が自分のためにどう生きたのかを知り、心を入れ替えて医者になった。
子どもの頃に死ぬと言われた山岸の病気。
祖父は神仏に祈り、今後一切の治療をしないという誓いを立てて、高齢での骨折で治療すれば助かるところを拒んでそのまま死んで行った。
それを伝えたのは俺だ。
だから山岸が俺を目指して努力して来た気持ちは分かる。
だが、山岸の祖父は山岸が生きてさえいればそれでいいと言っていた。
それは言葉の裏を思えば、山岸に普通の幸せを願っていたに違いないのだ。
立派な生き方でも何でもない、平凡でも普通の幸福を掴んで欲しいと。
その心を思えば、山岸を危険な場所へ連れて行きたくは無い。
山岸の気持ちは本当に嬉しいが、俺は山岸を説得し続けた。
「部長、ダメですか!」
「俺はお前には普通に暮らして欲しいんだよ。お前は今日まで十分に努力して来た。今後も真面目なお前は努力を続け、立派な医者になることは分かっている。この病院自体がいい場所だしな。お前はここにいれば幸せになれる。お前のお祖父さんも俺も、お前にそういう人生を歩んで欲しいんだ」
「ならば部長、僕は一般の「虎」の軍の募集に応募します。医者じゃなくたって構わない! 兵士として一からやってもいい。部長の下でさえあれば!」
「お前……」
山岸が瞳に涙を湛えて俺を真直ぐに見ていた。
「お祖父ちゃんは僕のために誓いを立てて、立派に生きて死にました。僕も同じです。どんな幸福が目の前にあろうとも、自分が死ぬことになろうとも、僕はもう誓ったんです! 一生、部長の下にいるんだって! あの日から今日まで、そう誓って生きて来たんだ! 今更変えるわけないでしょう! 部長、部長の生き方もそうなんじゃないんですかぁ!」
いつも大人しい、決して声を荒げることの無かった山岸が叫んだ。
俺は温厚で優しく真面目で努力家の山岸が大好きだ。
もう我を喪って叫ぶなんていうのは、この一度きりにしたい。
「分かったよ、山岸」
俺は立ち上がって頭を下げた。
「お前ほどの男に俺は失礼だった。山岸、ありがとう。一緒にやって行こう」
「部長!」
山岸が大泣きした。
それも今回だけにしたいものだ。
俺は手を差し伸べた。
山岸が見えない視界で何度か手を彷徨わせ、俺はその手をしっかりと握った。
「お前は最高だ山岸。ようこそ「虎」の軍へ」
「はい、部長! これからもお願いします!」
俺は山岸を座らせ、これからの予定を話した。
しばらくは俺の下でこれまで通りにしながら、徐々に「虎」の軍のことを知り、多少の訓練も受けてもらう。
アラスカの「虎病院」で働いてもらうことも考えたが、もう一つの部署の話もした。
「アラスカに「虎病院」っていう大きな病院があるんだ。いずれ今の蓼科院長に、そこで「大院長」として就任してもらう話が決まっている」
「そうなんですか! 院長先生が!」
「ああ。山岸にはそこで働いてもらう」
「はい、頑張ります!」
「それとな、もう一つあるんだ」
「なんですか?」
山岸も茜が酷い怪我で入院していることは知っていた。
「今うちに入院している美住茜な、お前も知っているだろう?」
「はい、部長の高校時代のお知り合いということも」
「あいつは「虎」の軍の人間なんだ。俺の高校時代の恋人を探して、あちこちの戦場を飛び回って貰っていた。そこで負傷して、今この病院にいる」
「え、そうなんですか!」
「俺の恋人は助けられなかった。でもな、茜はこれから救護に特化した活動をしたいと言っているんだ。茜にとってもこの上なく大事な人間だったんだけどな。それを助けられなかったことで、あいつはめげずに人々を救出する人生を決めた」
「!」
詳しい事情は分からないだろうが、山岸が決めたことを感じた。
「部長、是非僕にその部署をやらせて下さい。最高だ! 誰かを救うチームなんて! 僕はそこでやりたいです!」
「そうか。まあ、今更だが戦場に出るチームだ。危険は多いぞ」
「構いません! 部長、最高ですよ!」
「そうか」
山岸真一。
良い男が来てくれることになった。
「僕は部長が知っての通り、まだまだ未熟ですし、もちろん戦える人間じゃありません。でも、僕も「虎」の軍で一緒に部長のお役に立ちたいんです!」
「お前、何言ってんだよ」
「お願いします! 僕は一生部長の傍にいたいんです!」
「お前、落ち着けって」
俺は一江にコーヒーを頼んだ。
一江がすぐに運んでくれる。
一江は山岸のいつになく真剣な顔を見て、何も言わずにコーヒーを置いてから部屋を出て行った。
俺は山岸に飲むように言った。
「お前は実力も上がってきているし、何よりも努力家だ。将来はこの病院でも有数の医者になることは確かだぞ」
「いいえ、僕は部長の傍にいたいんです!」
「あのな、傍ったってよ。お前を「虎」の軍の医療関係に入れることは出来るかもしれないけど、俺との接点は今のようには行かんぞ。はっきり言って、ほとんど顔を合わせることもない。俺は戦闘の指揮を執って行くんだからな」
もちろん山岸が入れば、俺はちょくちょく顔を出すつもりはあった。
嬉しい申し出に決まっている。
俺なんかの傍にいたいなんて、こいつは言ってくれる。
俺も山岸のことは可愛いし、だからヘナチョコのこいつを精一杯に鍛え上げても来た。
山岸は俺の期待以上に頑張り、優秀さを示すようになった。
俺がそれをどれほど喜んで来たことか。
でも、山岸のことを思えば、ここでまた修業して普通の生活をするのが一番いいことに決まっている。
「構いません。部長が創った「虎」の軍にいることが僕の希望です。これからも部長の下でやって行きたいんです!」
「弱ったな。お前の申し出は有難いんだけどなぁ」
「そうでしたら部長、是非お願いします」
俺はまたコーヒーを飲めと山岸に言った。
一江の奴、山岸だからとインスタントでさっさと淹れて来やがった。
美味くねぇ。
「山岸、お前はここにいた方が幸せだぞ。間違いなく出世するし給料もどんどん上がって行く。結婚をして幸せに暮らせるんだぞ?」
「そんなもの、部長! 僕はずっと部長の下で働きたくて頑張って来たんです。憧れの部長を目指して今日まで来たんですよ!」
「……」
山岸はヒキコモリだった。
しかし祖父が自分のためにどう生きたのかを知り、心を入れ替えて医者になった。
子どもの頃に死ぬと言われた山岸の病気。
祖父は神仏に祈り、今後一切の治療をしないという誓いを立てて、高齢での骨折で治療すれば助かるところを拒んでそのまま死んで行った。
それを伝えたのは俺だ。
だから山岸が俺を目指して努力して来た気持ちは分かる。
だが、山岸の祖父は山岸が生きてさえいればそれでいいと言っていた。
それは言葉の裏を思えば、山岸に普通の幸せを願っていたに違いないのだ。
立派な生き方でも何でもない、平凡でも普通の幸福を掴んで欲しいと。
その心を思えば、山岸を危険な場所へ連れて行きたくは無い。
山岸の気持ちは本当に嬉しいが、俺は山岸を説得し続けた。
「部長、ダメですか!」
「俺はお前には普通に暮らして欲しいんだよ。お前は今日まで十分に努力して来た。今後も真面目なお前は努力を続け、立派な医者になることは分かっている。この病院自体がいい場所だしな。お前はここにいれば幸せになれる。お前のお祖父さんも俺も、お前にそういう人生を歩んで欲しいんだ」
「ならば部長、僕は一般の「虎」の軍の募集に応募します。医者じゃなくたって構わない! 兵士として一からやってもいい。部長の下でさえあれば!」
「お前……」
山岸が瞳に涙を湛えて俺を真直ぐに見ていた。
「お祖父ちゃんは僕のために誓いを立てて、立派に生きて死にました。僕も同じです。どんな幸福が目の前にあろうとも、自分が死ぬことになろうとも、僕はもう誓ったんです! 一生、部長の下にいるんだって! あの日から今日まで、そう誓って生きて来たんだ! 今更変えるわけないでしょう! 部長、部長の生き方もそうなんじゃないんですかぁ!」
いつも大人しい、決して声を荒げることの無かった山岸が叫んだ。
俺は温厚で優しく真面目で努力家の山岸が大好きだ。
もう我を喪って叫ぶなんていうのは、この一度きりにしたい。
「分かったよ、山岸」
俺は立ち上がって頭を下げた。
「お前ほどの男に俺は失礼だった。山岸、ありがとう。一緒にやって行こう」
「部長!」
山岸が大泣きした。
それも今回だけにしたいものだ。
俺は手を差し伸べた。
山岸が見えない視界で何度か手を彷徨わせ、俺はその手をしっかりと握った。
「お前は最高だ山岸。ようこそ「虎」の軍へ」
「はい、部長! これからもお願いします!」
俺は山岸を座らせ、これからの予定を話した。
しばらくは俺の下でこれまで通りにしながら、徐々に「虎」の軍のことを知り、多少の訓練も受けてもらう。
アラスカの「虎病院」で働いてもらうことも考えたが、もう一つの部署の話もした。
「アラスカに「虎病院」っていう大きな病院があるんだ。いずれ今の蓼科院長に、そこで「大院長」として就任してもらう話が決まっている」
「そうなんですか! 院長先生が!」
「ああ。山岸にはそこで働いてもらう」
「はい、頑張ります!」
「それとな、もう一つあるんだ」
「なんですか?」
山岸も茜が酷い怪我で入院していることは知っていた。
「今うちに入院している美住茜な、お前も知っているだろう?」
「はい、部長の高校時代のお知り合いということも」
「あいつは「虎」の軍の人間なんだ。俺の高校時代の恋人を探して、あちこちの戦場を飛び回って貰っていた。そこで負傷して、今この病院にいる」
「え、そうなんですか!」
「俺の恋人は助けられなかった。でもな、茜はこれから救護に特化した活動をしたいと言っているんだ。茜にとってもこの上なく大事な人間だったんだけどな。それを助けられなかったことで、あいつはめげずに人々を救出する人生を決めた」
「!」
詳しい事情は分からないだろうが、山岸が決めたことを感じた。
「部長、是非僕にその部署をやらせて下さい。最高だ! 誰かを救うチームなんて! 僕はそこでやりたいです!」
「そうか。まあ、今更だが戦場に出るチームだ。危険は多いぞ」
「構いません! 部長、最高ですよ!」
「そうか」
山岸真一。
良い男が来てくれることになった。
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