富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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アラスカの悪人 Ⅴ

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 カレーは早い。
 三人で分担して素早く作った。
 タマネギをみじん切りにし、バターで飴色になるまで炒める。
 塩コショウでちょっと味付け。
 一旦取り出してカットした牛肉の表面を軽く炒める。
 牛肉は下味をつけている。
 ジャガイモ、ニンジンを炒め、ちょっとしたらアスパラとカリフラワー、ニンニク、マッシュルームなども一緒に炒め、外に出した牛肉、タマネギを投入、最後にみじん切りのセロリを入れてお湯を投入。
 煮立って来たら、きちんと計って調合したスパイスを入れてかき混ぜる。
 丁寧に灰汁を取って行く。
 炒った小麦粉と牛乳を入れてとろみを付ける。
 これを三人で分担して行なった。
 
 亜紀さんは時々アンソニーに話し掛けながら作っている。
 いつもの元気で明るい亜紀さんだ。
 アンソニーは最初は無愛想だったが、徐々に亜紀さんにちゃんと返事するようになった。
 カレーの美味しそうな香りが漂う毎にだ。
 カレーは素晴らしい!
 もう全員がレシピも全て暗記して遅滞が無い。
 その芸術的な私たちの動きにもアンソニーは魅了されていく。
 「石神家カレー」というもので、石神さんが作ったレシピがとんでもなく美味しい。
 私も真昼も大好物だ。
 寸胴で3つとご飯は30合炊く。
 今日はアンソニーがいるので35合。
 この辺は適当にしてはいけない。
 全員が満足する量は決まっているのだ。
 
 「さあ、出来たよー!」

 亜紀さんが笑顔でアンソニーの前にカレーをよそって置いた。

 「なんだこれ?」
 「カレーだよ。食べたことない?」
 「知らない、なんかウンコみたいだ」
 「おい!」
 「でもなんかいい匂いがするな」
 「そうでしょ!」

 亜紀さんが喜んだ。
 初めてアンソニーが文句以外の言葉を口にしたからだ。

 「「「いただきまーす!」」」
 「イタデ、マス」

 アンソニーも真似をした。
 私はアンソニーの方を見ていた。
 亜紀さんと真昼も見ている。
 亜紀さんはニコニコしている。
 スプーンでカレーを口に入れる。

 「あ、美味しい!」
 「ね!」
 「辛いけどうまいぞ! なんだこれ!」
 「どんどん食べな。一杯あるからさ」
 「あ、ああ」

 あれほど私たちに逆らっていたアンソニーが夢中でカレーを食べた。
 私も安心して掻き込んだ。
 カレーは止まらない。
 アンソニーが食べ終わると、亜紀さんがおかわりを用意した。
 真昼と慌てて私たちがやると言った。

 「いいよ、座って食べてて」
 「でも!」
 「いいから!」
 「「……」」

 真昼と、最後の寸胴は絶対に手を出さないと話し合った。
 亜紀さんって、食事に関しては鬼になるからなぁ。
 反動が怖いです。




 カレーがすっかり空になり、亜紀さんも満足そうに笑っていた。
 アンソニーもすっかり満腹だ。
 
 「こんなに食べたのは初めてだ」
 「そっか、良かった!」

 アンソニーが恥ずかしそうに言った。

 「あのさ、ありがとう」
 「え?」
 「だからありがとうって言ったんだよ!」
 「そうかぁ! やっぱりいい子!」
 「やめろよ!」

 亜紀さんがアンソニーの頭を抱き締めた。
 アンソニーが嫌がるが、亜紀さんを引き剥がせるはずがない。
 黙って頭を撫でられていた。

 「じゃあ、アンソニーのために特別なものを見せてやろう!」
 「なんだ?」
 
 私と真昼で手早く片付け、亜紀さんがアイスティを淹れた。
 そして映像室へ移動する。

 「どうすんだよ!」
 「いいから来い!」

 またちょっとアンソニーが逆らい出した。
 まあ、亜紀さんから逃げられるわけもない。
 手を引っ張られて付いて行った。

 「なんだ、ここ!」

 400インチの巨大なディスプレイに巨大なオーディオ装置。
 よく私たちも来る部屋だ。
 
 「これからお前に特別なものを見せてやる」
 「だからなんだよ!」
 「黙って見ろ! そうすれば分かる!」
 「なんだってんだ!」

 でもアンソニーは大人しくソファの一つに座った。
 口ではああいっていても、なんかウキウキしている。
 こういう本格的な映像装置は初めてだろう。
 私たちもその周りのソファに座る。
 亜紀さんがブルーレイディスクをセッティングした。
 
 『マリーゴールドの女』(ブロードウェイ版)

 英語で観られる方に決めたようだ。
 アンソニーは最初、不貞腐れて見ていた。
 映画を期待していたのだろうが、これは舞台だ。
 でも段々と表情が変わっていく。
 引き込まれているのが分かった。
 いい感じだ。
 主人公のステラが夫と結婚した辺りから、画面に夢中になる。
 アンソニーという少年をステラが引き取った時、はっきり表情が変わった。
 亜紀さんが自分だと言ったことが分かったのだろう。
 そして夫の裏切りによってステラは屋敷を追い出され、一生懸命に育てていたマリーゴールドの花畑も奪われてしまう。
 アンソニーが拳を握って怒りを露わにしていた。
 クライマックス。

 《ステラ! 僕を見て!》

 アンソニーが感動して思わず泣き出した。
 
 「これが本当のお前、ダァァァァァーーー!」
 
 立ち上がった亜紀さんがディスプレイの前に仁王立ちになり、大声で叫んだ。
 画面に引き込まれて泣いていたアンソニーの涙が止まった。

 「おい!」
 「見たかぁ! お前、しっかり見たかぁ!」
 「なんだよ! 折角のシーンを!」
 「「……」」

 亜紀さん、台無しです。
 感動が吹き飛んじゃいましたよ……
 亜紀さんは腕を組んで立っていて、ドヤ顔をしていた。

 一応、最後まで見た。
 アンソニーは結構感動したようだけど、もうちょっとなー。
 亜紀さん、興奮するといつもこうだしなー。
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