富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
3,038 / 3,202

アラスカの悪人 Ⅶ

しおりを挟む
 アンソニーが下を向いていた。
 いろいろなことを考えているのだろう。
 移送車の中で、私がアンソニーに話した。
 
 「亜紀さんもね、悲しいことが一杯あるの」
 「え?」
 「だからだよ。あんなに優しいのは、そういう悲しみを一杯経験しているからなんだよ?」
 「そうなのか……」
 「石神さん、「虎」の軍の「タイガー」はもっとだよ。だからあの恐ろしい「業」とも戦えるの。でも誰かが死ぬといつも悲しんでる。私たちは知ってる」
 「……」

 今のアンソニーには分かるだろう。

 「あなたがハンドバッグを奪った女性、名前はサラ・オズボーンさん。68歳の御高齢」
 「そうなんだ」
 「息子さんのことは聞いたと思うけど、ブラジルの《ハイヴ》攻略戦で戦死された。一人息子さんだったそうよ」
 「……」
 「どんなに悲しかったか、アンソニーには分かるよね?」
 「うん……」
 「だからだよ」
 「え?」
 「だからオズボーンさんは優しいの。息子さんは「虎」の軍のために一生懸命に戦って亡くなった。だから息子さんの愛した「虎」の軍の街のために自分も何かしたいと思った」
 「!」
 「御立派な方。そして優しい方。息子さんはいなくなったけど、息子さんの心のために自分が何かしようとしている」
 「俺!」
 「アンソニー、ちゃんと謝って許してもらおう」
 「うん! 早く謝りたい!」
 「うん!」

 私はアンソニーをDPオフィスまで連れて行き、改めてきちんと調書を作成させた。
 昨日のものでも十分なのだが、アンソニーがDPにも迷惑を掛けたので謝りたいと言ったのだ。
 それに、あのDPには親切にしてもらったからと。
 事情を話すと、昨日城に来てくれたDP1033号さんが警邏中に引き上げてわざわざ来てくれた。
 アンソニーがちゃんと謝って、DP1033号さんは喜んだ。

 「あなたが被害者の方のことを教えてくれ、俺は自分がとんでもない過ちを犯したことを分かりました」
 「そうですか。それはあなたの勇気です。私も嬉しく思います」

 その上で相手の女性に直接謝罪したいと言うアンソニーの望みが正式に受理され、DP1033号さんが同行してくれることになった。
 私の役目はここで終わりだ。
 アンソニーはきっと許してもらえるだろう。

 私は城へ戻った。
 亜紀さんがまたギョロちゃんたちと『ギョロちゃん音頭』を踊ってた。
 ちょっとコワイんで、その後で報告した。


 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 あれから1ヶ月。
 アンソニーから連絡が来た。
 以前に教えた直通の電話だ。
 亜紀さんが私たちにも聞こえるように、オープンにして会話した。

 「ちょっと城にまた行ってもいいですか?」
 「おう、いつでも来い!」

 アンソニーの口調が以前とは違う。
 でも亜紀さんは全然気にしないでアンソニーを誘った。
 その日の午後に、アンソニーが初老の女性を連れて一緒に来た。
 あ、あの人は!
 私は知っている。
 あの人はアンソニーがハンドバッグを奪ったサラ・オズボーンさんだ。
 私たちは居間でお迎えした。

 「サラ・オズボーンです」
 「初めまして、アキ・イシガミです。こちらはマヤとマヒル。ようこそいらっしゃいました」

 亜紀さんが二人を座らせ、私と真昼で紅茶とケーキを用意した。
 アンソニーはちょっと緊張している。
 亜紀さんはにこやかだ。

 「亜紀さん、実はおかあ、いや、オズボーンさんと一緒に暮らすことになったんです」
 「「え!」」
 「そうか、アンソニー、よかったね」
 「は、はい!」

 驚いた。
 でも亜紀さんはそのまま微笑んでいた。
 オズボーン夫人が詳しく話してくれた。

 「1か月前に、アンソニーがうちを訪ねて来て。あの日私のハンドバッグを奪ったことを謝ってくれました」
 「そうですか」
 「家の中に入れて二人で話しました。私は息子のことを、アンソニーはお父さんのことを。アンソニーは自分がやってしまったことを深く後悔していました。私は当然赦し、それから度々アンソニーはうちに来てくれて」

 アンソニーが言った。

 「申し訳なくて、何かお手伝いをしたかったんだ。サラはとてもいい人だったのに。俺、自分がとんでもないことをしてしまって。だからサラのために何でもしたかった」
 「アンソニーは素直な良い子です。だから二人で話し合って、アンソニーを養子に引き取ることにして」

 「「エェェェェーーー!」」

 私と真昼は叫んでしまったが、亜紀さんはまだ微笑んでいる。
 そしてアンソニーの背中に回り、あの日のように頭を抱き締めた。

 「いい子……」
 
 オズボーンさんは微笑んでアンソニーを見ていた。

 「アキさんがこの子を変えてくれたんですね。アンソニーから何度も聞きました」
 「いい子ですから」
 「そうですね」
 
 アンソニーは何も言わない。
 亜紀さんの両腕が顔を覆っているからか。
 両手がだらんと垂れていた。

 「亜紀さん! アンソニーが窒息してます!」
 「うわ!」

 慌てて床に寝かせ、真昼と人工呼吸をした。
 蘇生した。

 「危なかったね」
 「「亜紀さん!」」

 アンソニーが目を覚まして笑っていた。
 私たちも笑ったが、オズボーン夫人は真っ青だった。
 まーなー。
 それから楽しく話し、夕飯にお誘いした。
 またカレーを作った。

 「サラ、ここの「カレー」は美味しいんだよ!」
 「そうなの」

 カレーをオズボーン夫人も気に入ってくれた。

 「本当に美味しいのね」
 「ね!」

 私たちはそれを聞きながら夢中で食べた。
 カレーだもん。
 泊まって行くようにも誘ったが、二人は帰って行った。




 「亜紀さん、良かったですね」
 「ああなるだろうとは思っていたけどね」
 「そうなんですか!」

 驚いた。
 亜紀さんは分かっていたのか。

 「だってアンソニーはいい子だからね」
 「まあ、そうですね」
 「だから必ず幸せになるよ。良い人と巡り合ってね」
 「ああ、なるほど」

 そうなのだろうが、そうならなかったら亜紀さんは自分がアンソニーを何とかするつもりでもあったのだろう。
 困った人を放ってはおけない人だ。
 まあ、悪人には容赦ないが。
 石神さんを見て育った方だ。
 そりゃそうだろう。

 「あー、タカさんに会いたいなー」
 「次の「石神家会」は来週ですね」
 「待てないよー」
 「「アハハハハハハハ」」

 「石神家会」とは、月に一度、石神さん、亜紀さん、皇紀さん、ルーちゃん、ハーちゃんとの5人で食事会をすることだ。
 亜紀さんがいつも楽しみにしている。
 5人だけで集まり、一晩を過ごす。
 亜紀さんが毎回大興奮で出掛け、そして寂しそうに帰って来る。

 「亜紀さん、今度オズボーンさんの家にも遊びに行きましょうよ」
 「あ、そうだね!」
 「亜紀さん、あんまりアンソニーを抱き締めないで下さいね」
 「真昼!」

 三人で笑った。
 



 「アンソニーもソルジャーになりますよね?」
 「え、どうして? まだ分からないじゃん」
 「だって、亜紀さんもそうなったじゃないですか」
 「え?」

 本当に「良い子」は亜紀さんだろう。
 亜紀さんは石神さんに助けられて、石神さんと共に戦う最初の人間となった。
 だったら、亜紀さんに助けられたアンソニーも同じだろう。

 「そういうことは分からないけどさ。でも幸せになって欲しいね!」
 「そうですね!」
 「はい!」

 きっと石神さんもそう思って来たに違いない。
 今でも、きっと。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

処理中です...