富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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《ラヴァーズ》 Ⅱ

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 重慶では大規模な基礎工事が始まっていた。
 西安基地も相当な広さだったが、重慶基地はその数倍の規模にもなるようで驚いた。
 俺と紅は仮に建てられた住居施設に入った。
 仮とは言っても立派な鉄筋の建物だ。
 「虎」の軍の建設部門は非常に優秀だ。
 通常の鉄筋の建物など、10階建てならば数日で完成する。
 俺たちのような警護のソルジャーや基地の建築に関わる人間たちが一緒に入っている。
 食堂は広く、500人が同時に入れる。
 今の基地建設に関わる人間は1000人ほどなので十分だろう。
  ソルジャー800人と、技術者200人だ。
 3交代制で24時間工事は進んで行く。
 人間の技術者が少ないのは、デュールゲリエたちが作業をしているためだ。
 建設作業に特化した機体が5000体も働いている。
 その上で人間がいるのは、人間でなければ出来ない作業があるためだ。
 基幹となる防衛システムは人間が指示している。
 デュールゲリエにはその設計も全体の構造も把握しない。
 万一敵に知られることの無いようにだ。
 それにソルジャー800人のうち500人は上級ソルジャーだ。
 それなりの戦力ということになる。
 まだその規模だが、いずれ建設が進めば本格的な人数がやってくる。
 今は基礎工事なのでその人数だけなのだ。
 それでも強襲が無いとは限らない。
 だから石神家の剣聖や俺や紅のような「ネームド」の人間もいる。
 大きな強襲でも反撃出来るようにだ。

 こうした基地建設の中核防衛によく回される人間がいる。
 俺や紅は珍しいが、竹流などは毎回そうだ。
 東雲さんや月岡さんも司令官として新基地に就任することが多い。
 今もその三人は新たな中国内の新基地建設の現場にいる。
 ただ、現在45カ所の新基地建設が同時進行しているので、俺や紅などの普段は作戦方面に駆り出される人間も、防衛任務に就いている。
 思えば「西安基地」で俺たちが防衛任務に付いていたのも、この新基地建設ラッシュを石神さんが見越していたためか。
 とにかく石神家の方々や俺と紅がここの防衛の中核だ。
 万一の場合は俺たちが踏ん張って、ここのみんなを護らなければならない。

 基地建設の専門家は貴重だ。
 「虎」の軍には数千人の規模でいるが、いずれも大学教授を担えるほどの高い知性の専門家たちだった。
 それだけの能力を持っていながら、「虎」の軍に協力してくれている。
 絶対に喪うわけには行かない方たちだった。
 ここにもソルボンヌ大学で教授をしていたレオール・リルケ博士が来ている。
 建築学の専門家で、これまで数々の基地建設にも関わっておられる方だ。
 基礎工事の段階から来られているのは珍しいが、重慶の新基地には重要な役割があるらしい。

 初日にお会いし、挨拶した。
 俺たちのことは知っておられ、リルケ博士から一緒に夕食を誘われた。
 学者にしては体格の良い、190センチの大男だ。
 髪は白かったが、それを長く伸ばして後ろに流している。
 顔は艶がよく、健康的な方だった。

 「タイガーは中国での基地建設が終われば、本格的にロシア侵攻を始めるつもりでしょう」
 「そうですか。俺たちは下っ端なので、大きな作戦の動きは知りませんが」
 「あなたがたが下っ端? ワハハハハハハハ!」

 リルケ博士が大笑いした。
 もちろん俺と紅もロシア侵攻のことは聞いていたが、リルケ教授がどこまで知っているのか分からなかったので黙っていたのだ。
 でも、リルケ教授もある程度は聞かされているようだった。
 やはり「虎」の軍の重鎮なのだ。
 自分が担う建設がどのように関わっていくのかを知らされているのだろう。

 「何をおっしゃっているのですか。数々の困難な任務を成功させ、何度も「虎」の軍に貢献されてきたあなた方が」
 「いいえ、俺たちなどそんな」

 リルケ博士はにこやかに話す、温厚な方だった。

 「ブラジルで未知のゲートキーパーに遭遇し、それを撃破された」 
 「あれはセイントですよ。俺たちはセイントに助けられたんです」
 「いいえ、違います。あなたがたはほぼゲートキーパーを斃していた。あの戦闘が無ければ、「虎」の軍に大きな被害が及んでいたでしょう。「業」の基地にはあれが数多く配備されていましたからね」

 リルケ教授は俺たちのことや作戦内容までよく知っておられた。

 「偶然ですよ」
 「アキタの山中で、未知のライカンスロープと遭遇した」
 「ああ、あの時ですか」
 「あなたがたは見事に撃破し、その存在が日本に入っていることを明らかにされた」
 「あれもただ必死だっただけです」

 リルケ教授は本当に俺たちのことに詳しかった。
 そしてにこやかに笑って言った。

 「ええ、もっと重要なことがあります」
 「え?」
 「あなたがたは人間とデュールゲリエとが深い絆で結ばれることを証明されました」
 「なんですって?」
 「紅さんは両足を喪ってあなたを護った。あなたは内臓をはみ出させながら紅さんを護った。そして羽入さん、あなたは両腕を喪いかけた」
 「まあ、必死だっただけです。そんな立派なことでは」
 「そしてあなた方は初めての人間とデュールゲリエの恋人となった」
 「それは紅がいい女だったからですよ」
 「羽入!」

 紅が照れた。
 赤い顔をしている。

 「素晴らしいことです。デュールゲリエは確かに機械だ。しかし美しい「心」を持っている。それをあなたがたは証明した」
 「そんなことは」
 「羽入さん、紅さん、これは「虎」の軍にとってとても重要なことです。数でどうしても劣る我々がデュールゲリエという頼もしい「仲間」を得た。単なる機械ではない。我々は共に戦う仲間なんだ。そのことをお二人が証明したのです。素晴らしい!」
 「大したことじゃないんですけどね。でもデュールゲリエは人間と同じです。愛する仲間に相違ありません」
 「そうでしょう!」

 リルケ博士は嬉しそうに笑い、優しい目で俺たちを見た。

 「それに何と言ってもあの「ダウラギリ山攻略戦」です! あの奇跡の生還は、お二人の愛の奇跡です!」
 「いいえ、そんな大層なものじゃ」

 俺たちを救った存在は今もって分からない。
 亜紀さんは「ヒモダンスタイガー」と言っていたが、それはねぇだろう。
 リルケ教授は更に俺たちの行動を褒め称え、そして嬉しそうにグラスを持ち上げた。

 「《最初の二人》に乾杯!」

 俺も紅も笑ってグラスを持ち上げた。
 紅は酒を飲まないが、リルケ教授が紅のために置いていたのだ。
 これがしたかったのか。
 いい人だった。
 そしてリルケ教授はさらに立ち上がって、その場にいた全員に聞こえるように大声で叫んだ。

 「《ラヴァーズ》に!」
 
 他の連中も笑顔で盃を挙げた。

 『《ラヴァーズ》に!』

 恥ずかしかったが、嬉しかった。
 紅の顔が美しく輝いていた。
 なんだかやけに嬉しそうに笑っていた。
 「最初の二人」か。
 まあ悪くない。



 紅が嬉しそうに微笑みながら俺のフラスにぶつけてきた。
 本当に嬉しそうだった。
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