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美咲と橋田先輩
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橋田先輩をお連れしてマンションに戻ると、美咲が丁度起きて来た。
俺が帰ったのを知り、美咲がパジャマ姿で玄関まで来る。
「美咲、橋田先輩をお連れしたぞ!」
「えー!」
美咲が大喜びだ。
良かった、橋田先輩への明確な記憶が美咲の中にはあるようだった。
幼い美咲の中で、それがどのように繋がっているのかは分からないが、美咲は橋田先輩のことがやはり好きなのだ。
橋田先輩も美咲が満面の笑みで喜んでいるので、安心したようだった。
「佐伯さん、こんにちは」
「こんにちはー!」
美咲は不安がること警戒することもなく、橋田先輩を歓迎した。
「今日はちょっとだけお邪魔するね?」
「どうぞー!」
俺は橋田先輩に上がって頂いた。
美咲のお母さんとも挨拶する。
お会いしたことはないが、橋田先輩のことはお母さんも知っている。
俺は3人を座らせて夕食の準備をした。
お母さんも橋田先輩が美咲のためのナノマシンを開発しているのを知っていたので、今日は一緒に食べて行ってくれることになった。
俺が作っている間、3人で楽しそうに話しているのが聴こえた。
今日はローストビーフを作るつもりだった。
出がけに仕込みは済ませており、全面に焼き色を付ける所まで終わっていた。
オーブンに800グラムの塊を入れて弱火で焼き始める。
ポテトサラダはピクルスを混ぜ、寒天で夏野菜のジュレを急いで作った。
ローストビーフは美咲のお父さんも大好きだったので、持ち帰って頂くように多めに作るつもりが良かった。
心配していた美咲は、橋田先輩にニコニコしながら話していた。
「橋田先輩は今はどんな研究をしてるんですか?」
そう聞こえてきて、思わず手が止まった。
「え?」
橋田先輩も驚いている。
それはそうだ、美咲は5歳児の心なのだ。
「ちょっとごめんね。佐伯さんでも今の仕事は機密事項だからお話し出来ないの」
「そうですかー。それは仕方がないですよねー」
美咲はあどけない笑顔で、残念がってはいたが気を悪くした様子は無い。
しかしそれは橋田先輩の「立場」を把握したということだ。
とてもじゃないが5歳児の思考ではない。
今までも数度あったが、美咲は時折大人の知性を持っているかのように振る舞う。
本来の美咲がそうなのだから、特段異常なことではないのかもしれないが。
橋田先輩も慌てずに美咲と話している。
「あ、そうだ! あの絵本って橋田先輩が書いたんですよね! びっくりしちゃいました!」
「ああ、そう。ちょっと恥ずかしいな。アメリカで悶々としてた時に気晴らしで書いたのよ」
「そうなんだー。わたし、あれ、とってもすき!」
「そう、ありがとう」
「はしだせんぱいもむらさきいろにみえたの?」
「え?」
「おんなじだー!」
「佐伯さん?」
ちょっと美咲の様子が変わった。
いや、変わったと言うよりも、普段の5歳児の美咲のままなのだが。
そして美咲が不意に言った。
「あなただーれ?」
「美咲!」
俺は叫んで美咲の所へ行った。
お母さんと橋田先輩は驚いている。
美咲は先ほどまで楽しそうに橋田先輩と話していたのだ。
橋田先輩と親しかったという記憶も確かに持っていた。
美咲はまだニコニコしている。
元々人見知りの無い子供で、誰でも怖がることは無かった。
でも美咲は今は橋田先輩のことが分らないでいる。
美咲は橋田先輩を見ていた。
それは先ほどの親しそうな眼差しでは無かった。
橋田先輩もそれに気付いて、美咲に微笑み話し掛けるのを辞めた。
美咲がまた眠そうになり、俺は寝室に連れて行って寝かせた。
リヴィングに戻ると橋田先輩が俺に言った。
「兜坂君、佐伯さんはどうしたの?」
「分かりません。記憶が混乱しているようですが」
「でも、最初に話していた時には私の知っている佐伯さんだったわ」
「そうですか」
俺も感じていた。
幼い美咲の話し方では無かったし、理解度もそうだ。
「あのね、私も時々感じていたの」
「お母さん?」
「美咲がね、私にお礼を言う時があるの。私の子だから分かるけど、子供の頃の美咲じゃない」
俺には分からない。
「多分ですが、美咲は完全に幼児の美咲になったわけではありません。記憶に関しても混在しているのではないでしょうか」
「うん、私もそう思う。脳科学や心理学は専門外だけど、記憶が完全に喪われたわけではないんでしょうね。だから時々繋がって表にでるんじゃないかな?」
「そうですね。まあ、見守って行きましょう。じゃあ食事の準備をしますから」
「私は帰りますね」
「遅い時間ですし、お母さんも一緒にいかがですか?」
お母さんはちょっと考えて受けて下さった。
「そうね、じゃあ今日は御馳走になります。お手伝いしますね」
「いいえ、俺がやりますからどうか座ってて下さい」
お母さんは遠慮しながらも橋田先輩と話し始めた。
学生時代の美咲の話などを聞いている。
俺は手早く夕飯を出した。
お母さんと橋田先輩が美味しいと喜んでくれた。
「佐伯さんも一緒に食べられたら良かったのにね」
「ええ、起きたら食べさせますよ。結構食欲はあるんです」
「それはいいわね。本当に」
橋田先輩が気を遣ってそう言ってくれた。
美咲は食欲はまだあるが、眠ってばかりで回数が少ない。
以前の美咲を知っている橋田先輩なので、美咲が痩せてしまったことには気付いているだろう。
でも今はそういうことは話さずに、三人で楽しく食事をした。
随分と引き留めてしまったが、俺は駅まで二人を送った。
マンションに戻ると美咲はまだ眠っていた。
苦しそうな表情はなく、むしろ薄っすらと微笑んでいるように見えた。
せめて夢の中では幸せな時間を過ごしていて欲しい。
今の俺には、そう祈るしか無いのだ。
俺が帰ったのを知り、美咲がパジャマ姿で玄関まで来る。
「美咲、橋田先輩をお連れしたぞ!」
「えー!」
美咲が大喜びだ。
良かった、橋田先輩への明確な記憶が美咲の中にはあるようだった。
幼い美咲の中で、それがどのように繋がっているのかは分からないが、美咲は橋田先輩のことがやはり好きなのだ。
橋田先輩も美咲が満面の笑みで喜んでいるので、安心したようだった。
「佐伯さん、こんにちは」
「こんにちはー!」
美咲は不安がること警戒することもなく、橋田先輩を歓迎した。
「今日はちょっとだけお邪魔するね?」
「どうぞー!」
俺は橋田先輩に上がって頂いた。
美咲のお母さんとも挨拶する。
お会いしたことはないが、橋田先輩のことはお母さんも知っている。
俺は3人を座らせて夕食の準備をした。
お母さんも橋田先輩が美咲のためのナノマシンを開発しているのを知っていたので、今日は一緒に食べて行ってくれることになった。
俺が作っている間、3人で楽しそうに話しているのが聴こえた。
今日はローストビーフを作るつもりだった。
出がけに仕込みは済ませており、全面に焼き色を付ける所まで終わっていた。
オーブンに800グラムの塊を入れて弱火で焼き始める。
ポテトサラダはピクルスを混ぜ、寒天で夏野菜のジュレを急いで作った。
ローストビーフは美咲のお父さんも大好きだったので、持ち帰って頂くように多めに作るつもりが良かった。
心配していた美咲は、橋田先輩にニコニコしながら話していた。
「橋田先輩は今はどんな研究をしてるんですか?」
そう聞こえてきて、思わず手が止まった。
「え?」
橋田先輩も驚いている。
それはそうだ、美咲は5歳児の心なのだ。
「ちょっとごめんね。佐伯さんでも今の仕事は機密事項だからお話し出来ないの」
「そうですかー。それは仕方がないですよねー」
美咲はあどけない笑顔で、残念がってはいたが気を悪くした様子は無い。
しかしそれは橋田先輩の「立場」を把握したということだ。
とてもじゃないが5歳児の思考ではない。
今までも数度あったが、美咲は時折大人の知性を持っているかのように振る舞う。
本来の美咲がそうなのだから、特段異常なことではないのかもしれないが。
橋田先輩も慌てずに美咲と話している。
「あ、そうだ! あの絵本って橋田先輩が書いたんですよね! びっくりしちゃいました!」
「ああ、そう。ちょっと恥ずかしいな。アメリカで悶々としてた時に気晴らしで書いたのよ」
「そうなんだー。わたし、あれ、とってもすき!」
「そう、ありがとう」
「はしだせんぱいもむらさきいろにみえたの?」
「え?」
「おんなじだー!」
「佐伯さん?」
ちょっと美咲の様子が変わった。
いや、変わったと言うよりも、普段の5歳児の美咲のままなのだが。
そして美咲が不意に言った。
「あなただーれ?」
「美咲!」
俺は叫んで美咲の所へ行った。
お母さんと橋田先輩は驚いている。
美咲は先ほどまで楽しそうに橋田先輩と話していたのだ。
橋田先輩と親しかったという記憶も確かに持っていた。
美咲はまだニコニコしている。
元々人見知りの無い子供で、誰でも怖がることは無かった。
でも美咲は今は橋田先輩のことが分らないでいる。
美咲は橋田先輩を見ていた。
それは先ほどの親しそうな眼差しでは無かった。
橋田先輩もそれに気付いて、美咲に微笑み話し掛けるのを辞めた。
美咲がまた眠そうになり、俺は寝室に連れて行って寝かせた。
リヴィングに戻ると橋田先輩が俺に言った。
「兜坂君、佐伯さんはどうしたの?」
「分かりません。記憶が混乱しているようですが」
「でも、最初に話していた時には私の知っている佐伯さんだったわ」
「そうですか」
俺も感じていた。
幼い美咲の話し方では無かったし、理解度もそうだ。
「あのね、私も時々感じていたの」
「お母さん?」
「美咲がね、私にお礼を言う時があるの。私の子だから分かるけど、子供の頃の美咲じゃない」
俺には分からない。
「多分ですが、美咲は完全に幼児の美咲になったわけではありません。記憶に関しても混在しているのではないでしょうか」
「うん、私もそう思う。脳科学や心理学は専門外だけど、記憶が完全に喪われたわけではないんでしょうね。だから時々繋がって表にでるんじゃないかな?」
「そうですね。まあ、見守って行きましょう。じゃあ食事の準備をしますから」
「私は帰りますね」
「遅い時間ですし、お母さんも一緒にいかがですか?」
お母さんはちょっと考えて受けて下さった。
「そうね、じゃあ今日は御馳走になります。お手伝いしますね」
「いいえ、俺がやりますからどうか座ってて下さい」
お母さんは遠慮しながらも橋田先輩と話し始めた。
学生時代の美咲の話などを聞いている。
俺は手早く夕飯を出した。
お母さんと橋田先輩が美味しいと喜んでくれた。
「佐伯さんも一緒に食べられたら良かったのにね」
「ええ、起きたら食べさせますよ。結構食欲はあるんです」
「それはいいわね。本当に」
橋田先輩が気を遣ってそう言ってくれた。
美咲は食欲はまだあるが、眠ってばかりで回数が少ない。
以前の美咲を知っている橋田先輩なので、美咲が痩せてしまったことには気付いているだろう。
でも今はそういうことは話さずに、三人で楽しく食事をした。
随分と引き留めてしまったが、俺は駅まで二人を送った。
マンションに戻ると美咲はまだ眠っていた。
苦しそうな表情はなく、むしろ薄っすらと微笑んでいるように見えた。
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今の俺には、そう祈るしか無いのだ。
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