美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い

青夜

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実験の開始

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 会社の保管室から「5A169」構造体を盗み出すことに成功した。
 気の弱い自分が緊張するのが分かっていたので、俺はプリウスではなくタクシーで移動した。
 チャンスは一度きりであり、万一にもミスは冒せないのだ。
 車の事故でも起こして、「5A169」構造体を喪うことがあってはならない。
 そう思ってのタクシーだったのは確かに正解だったが、想像以上に精神的に動揺が激しかったようだ。
 極度の緊張のため車内で吐き気がして運転手に心配された。
 俺がえずく音を気にされたのだ。
 ルームミラーで何度も俺を確認しようとする。

 「お客さん、御気分が悪いんですか?」
 「申し訳ない、カゼを引いたようでちょっと吐き気がするんです」
 「大丈夫ですか! 前のシートの背中にエチケット袋がありますから、遠慮なく使って下さい。いつでも車は止めますから」
 「ああ、そこまでではないですよ。でも念のために手に持っておこう」
 「はい、お願いします」

 タクシー内で嘔吐すれば運転手には大変な迷惑だ。
 臭いは篭るので、営業に差し支える。
 心配だろうが申し訳ない。

 「どこか病院へ寄りましょうか?」
 「いや、大丈夫……」

 それから運転手は何度も話し掛け俺の容態を心配してくれたが、俺は生憎それ以上は話が出来なかった。
 会社を出て緊張がほぐれたせいなのか、俺は激しい嘔吐感と全身の震え、悪寒を感じて来た。
 自分の気の弱さを痛感した。
 何とかマンションまで付き、運転手にはチップも含めて多めに渡した。
 身体の震えが納まるまで、マンションの前から走り去るタクシーを何となく見ていた。
 まだ吐き気は続いており、俺は急いで中へ入った。
 自分がとんでもないことをしている自覚はあったが、それ以上に俺の無意識の領域では一層恐れていたのだろう。
 エレベーターに乗ると吐き気はますます強まり、玄関を潜った途端に胃の中の特殊ポッドを吐き出してしまった。
 自分に用意の無い衝動であったため、身体を折って激しく苦しみ溜まっていた胃液を床に吐き出した。
 特殊ポッドが床にぶつからないように、何とか上半身を必死で起こした。
 丈夫なケースにしてはいたが、衝撃で何があるか分からないためだ。
 アラミド繊維で結ばれていたことで特殊ポッドは床まで落ちずに俺の膝にぶつかって揺れた。
 荒い息の中で俺は特殊ポッドを引き上げて両手で握った。
 粘液で濡れたそれを滑らせないように大事に抱えた。
 キッチンでハサミを取りアラミド繊維を切って特殊ポッドを置き、奥歯の結び目も苦労しながら解いた。
 特殊ポッドと手を洗い、何とか呼吸を整えた。
 深呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせた。
 ショック症状の身体の苦しみと、何とか「5A169」構造体を持ち出すことに成功した喜びで涙が出て来た。
 何とか一番の山場を超えることが出来た。

 食事用の椅子に座り、息を整えた。
 これから長時間の作業になるため、一度食事をした。
 食欲は無かったが、無理に詰め込んだ。
 野菜カレーだ。
 それにトマトをジューサーで挽いてトマトジュースを。
 そして風呂に入り、交感神経を整えた。
 
 寝室に入り、俺は準備を始めた。
 まず橋田先輩に繋がる機器を再点検し、特殊ポッドの「5A169」構造体を専用の流体検知装置にセットする。
 申し訳ないが万全を期すために橋田先輩は全裸にしている。
 弱ってはいるが、やはり美しい身体だった。
 俺の目の前にあるのに、それは何故か遠くに見えた。
 部屋の暖房を最大にし、薄手の毛布を上に掛けている。
 バイタルセンサーの接続を確認し、ECMOなどの機器の電源を入れて動作をチェックした。
 流体検知装置から伸びるチューブを橋田先輩の腿の静脈に挿し込んだ。 
 3時間をかけ、全ての準備が整った。
 橋田先輩は意識も無く目を閉じたまま俺の自由にさせていた。

 「橋田先輩、始めますよ。お身体に「5A169」構造体を入れます。もうこれしか方法は残されていませんので御許し下さい」

 俺は安らかに目を閉じている顔に近付き、キスをした。

 「橋田先輩に万一のことがあれば、俺もすぐに後を追いますから」

 俺が流体検知装置の電源を入れようとすると、背中に声を掛けられた。
 この部屋にはもちろん俺の他には橋田先輩しかいない。
 驚いて振り向く。

 「タカちゃん……」

 掠れた声でそう呼ばれた。

 「橋田先輩!」

 橋田先輩が目を開いて俺を見ていた。

 「タカちゃん、ありがとう」

 橋田先輩の口からそう聞こえた。

 「おい、美咲なのか!」
 「私は大丈夫だよ。きっと橋田先輩も助かる」
 「美咲!」
 「ずっと見てた。タカちゃんが頑張ってるのも知ってる」
 「美咲、俺は、俺は……」
 「いいんだよ。橋田先輩のことは宜しくね」

 橋田先輩の顔でそう言って、目を閉じようとした。

 「待ってくれ、美咲! 俺は!」
 「タカちゃん、愛してる。ずっと」
 「俺はお前を!」
 「タカちゃん……」

 橋田先輩は目を完全に閉じた。
 俺はそのまま動けずにいた。

 「美咲、お前は……」

 俺のことを「タカちゃん」と呼ぶのはこの世界で一人だけだ。
 橋田先輩ももちろんそのことは知っている。
 混濁した意識がそうさせたのか。
 それとも……



 俺は「5A169」構造体を橋田先輩の体内へ流して行った。
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