姫様、婚活中。

みやこ。@他コン2作通過

文字の大きさ
1 / 34

姫様、婚活する。①

しおりを挟む




「わたくし、結婚活動を始めます!」

 議会の最中だというのに姫様は勢いよく立ち上がり声高らかに宣言した。
 姫様の唐突な発言に議場は凍りつき、俺は頭を抱えることになる。



✳︎


 事の発端は遡ること2時間前——。
 我がクレイン王国が国王——チャーリー・ウィリアム・スチュアート様が倒れたとの知らせがあった。

 優雅に午後のお茶会中だった姫——シャーロット・ルイーズ・スチュアート様はその知らせを最後まで聞く事無く、すぐさま陛下の寝室へと向かった。それに宰相である俺、レオナルド・ハワードも続く。

「姫様、落ち着いてください! 陛下は⋯⋯」


 俺の静止も聞かず、姫様は足早に王城の長い廊下を駆け、寝室の扉を勢いよく開け放った。

「お父様! 御無事ですか!」


 姫様は、はあはあと息を切らしベッドに横たわる陛下に問いかける。その問いかけに陛下はキョトンとした顔で答えた。

「ああ、シャル。来てくれたのか。⋯⋯でもそんなに血相を変えてどうしたんだい?」

「え⋯⋯? だってお父様が生死を彷徨っていると⋯⋯」

 俺は、姫様の勘違いにはあ、と小さくため息を吐きやれやれと首を振る。


「⋯⋯ですから姫様、落ち着いて下さいと言ったでしょう」


 自身の盛大な勘違いにやっと気付いた姫様は顔を真っ赤にして俯いた。
 そんな姫様を見兼ねて、陛下の側についていた妃殿下—— ソフィア・フランシス・スチュアート様がにこにこと優しく微笑みながら口を開いた。


「あらあら、シャルちゃんったら本当にチャーリー様が大好きなんだから。ね、チャーリー様、親冥利に尽きますわよね」


 可愛い一人娘の勘違いに陛下も父の顔をして顔を綻ばせる。

「そんなに心配してくれて嬉しいよ。でも、ただの食当たりだから数日安静にしていれば問題ないそうだよ」

「わたくしったらなんて勘違いを⋯⋯。恥ずかしいですわ。⋯⋯でもお父様が御無事で良かった」

 姫様は赤くなった頬を押さえながら恥ずかしそうに言った。それを見て、妃殿下は少し厳しい顔をして陛下に注意をする。


「でもチャーリー様。あれ程主治医に控えるように言われていたのに食べ過ぎはいけませんわよ。シャルちゃんにも心配かけたくないでしょう?」

「そうだなあ⋯⋯。これからは気をつけるよ」

 妃殿下の言葉に、陛下は気まずそうに答えた。そして、話題を自分から逸らすように、姫様へと向き直る。

「そうだった。シャルにお願いしたいことがあるんだよ。」

「なんですの?」

「この後、大臣達との会議があるのだが私はこの通り、数日はベッドの上での生活になるだろう。そこで、私の代理をシャーロットにお願いしたい」

 頼りにされたのが余程嬉しかったのだろう。先程までの弱々しい態度から一転、ぱぁっと明るい表情になり元気いっぱいに返事をする姫様。

「もちろんです! わたくしにお任せ下さい!」

 かくして、シャーロット姫はこの後の定例会議の代理を任されることとなったのだった。



✳︎




「今回は軽い食当たりでしたが、お父様も御高齢ですし、今後何が起こるかわかりません。それに、我が国には跡継ぎは女であるわたくししかいませんし⋯⋯」

「⋯⋯そうですね。ですが、姫様は王位を継ぐお勉強もされていますし、国家経営の才能もありますので何も問題ないかと」

「でもこのままでは我が国は⋯⋯」


 姫様は陛下の寝室を出てから真剣な表情で、何やらずっと考え込んでいるようだった。少しでも姫様の不安を和らげようと口を開きかけたが、丁度そこで姫様の自室へと着いてしまった。
 俺はドアノブに手をかけ、扉を開く。


「それでは姫様、お時間になりましたらお迎えにあがります」

「ええ。よろしくね、レオ」

 にこり、と微笑み返事をするが、どこか心ここに在らずな状態で先程よりも幾分か力のない笑顔だった。



✳︎



 こうして、冒頭の姫様の台詞に繋がるのである。
 軽く現実逃避し先程までの事を思い返していると、その間にも姫様は意気揚々と話を進めていく。

「それで、結婚活動するにあたって一番大切な、殿方に求める条件を考えて参りましたの!」

 落ち込んでいる姫様よりも、楽しそうな姫様の方が遥かに好ましいが、いくら何でもこの提案に乗るわけにはいかない。我が国の王族は、陛下と妃殿下の意向により恋愛結婚推奨なのである。

 フリーズする俺たちをよそに話はどんどん進んで行く。そして、話も佳境に入る頃、姫様はなにやら大きい巻物を取り出したのだった。

「其の一、王家に婿入りできる者であること。其の二、経済的に我が国を支援できる者であること。其の三、国民を第一に考え、愛すること! いかがかしら?」

 自信満々に巻物を見せる姫様だが、何故これが賛同を得ると思ったのだろうか。

 「姫様、いくらなんでもこれはめちゃくちゃ過ぎます⋯⋯。それに、ご結婚はまだお早いかと」

 俺の言葉に姫様は少しむっとして反論する。

「そんなことありませんわ! わたくしのお友達には婚約者がいる方もいらっしゃいますし、結婚されてる方だっています!」

「シャーロット様。よそはよそ、うちはうち、でございます」

「レオナルド、何故解ってくださらないの? わたくしは国の今後を思って⋯⋯」

 姫様の一度決めたら曲げない精神は美点とも言えるが、悪く言えば頑固者だ。いつもなんだかんだ言いながら姫様のフォローにまわることが多いが、今回ばかりは味方するわけにはいかない。それに、そろそろ固まったまま動かない大臣達を正気に戻さねばならない。俺はごほん、と一つ咳払いをし問いかけた。


「皆さんは先程のシャーロット殿下のお言葉をどう思われますか?」

 姫様には悪いが、今回の提案は却下されるだろう。俺は、勝利の確信を持って定例会議の出席メンバーに問いかけた。

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 
 ?⋯⋯反応が無い。
 聞こえていないのかと、大臣達の方を見ると何故か泣いていた。


「は!?」


 驚きのあまりつい素に戻ってしまい、慌てて口を押さえる。⋯⋯危ない危ない。
 きっと、泣くほど姫様の無茶苦茶な提案に反対なのだろう。


 そして、長い長い沈黙の後、財務大臣である豊かな口髭がチャームポイントの一見気難しそうな初老の男——ジェイコブ・ファーマーが口を開いた。

「姫様⋯⋯爺は感動いたしました。あの小さかったシャーロット様がこんなにもご立派になられて⋯⋯」

「そうですなあ。姫様のお気持ちはとても嬉しいです。私も妻とは知人の紹介で出会いましたが、今では相思相愛ですし、姫様にもきっと運命の相手が見つかる筈ですよ」

 その言葉に賛同するのは、内務大臣であり恰幅の良い優しげな面持ちの中年の男——ピーター・ウォードだった。

 そして、3人の大臣のうち最年少で、外務大臣である優男風の気弱な男——ジョージ・ケリーはというと⋯⋯なんと号泣していた。
 顔を拭っているハンカチは涙でびちょびちょに濡れ、時々嗚咽も聞こえて来る。

「⋯⋯⋯⋯」

 俺は、いい歳(といっても俺と同い年だが)の男が人目も憚らず泣きじゃくる様子に圧倒され言葉が出なかった。我が国を背負う三大臣の1人である彼がこんなので良いのだろうか。それに、

——泣きたいのは俺の方なんだよ!


 しかし、俺は大人なので心の中で涙を流すだけに留めておいたのだった。

 改めて議場を見渡すと、姫と2人の大臣は少女のようにキャッキャと話に花を咲かせていた。浮かれる年長者2人と子どものように泣きじゃくる外務大臣とのカオスな空間に夢であれ、と俺は強く願ったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?

恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】微笑みを絶やさない王太子殿下の意外な心の声

miniko
恋愛
王太子の婚約者であるアンジェリクは、ある日、彼の乳兄弟から怪しげな魔道具のペンダントを渡される。 若干の疑念を持ちつつも「婚約者との絆が深まる道具だ」と言われて興味が湧いてしまう。 それを持ったまま夜会に出席すると、いつも穏やかに微笑む王太子の意外な心の声が、頭の中に直接聞こえてきて・・・。 ※本作は『氷の仮面を付けた婚約者と王太子の話』の続編となります。 本作のみでもお楽しみ頂ける仕様となっておりますが、どちらも短いお話ですので、本編の方もお読み頂けると嬉しいです。 ※4話でサクッと完結します。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...