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姫様、婚活する。①
しおりを挟む「わたくし、結婚活動を始めます!」
議会の最中だというのに姫様は勢いよく立ち上がり声高らかに宣言した。
姫様の唐突な発言に議場は凍りつき、俺は頭を抱えることになる。
✳︎
事の発端は遡ること2時間前——。
我がクレイン王国が国王——チャーリー・ウィリアム・スチュアート様が倒れたとの知らせがあった。
優雅に午後のお茶会中だった姫——シャーロット・ルイーズ・スチュアート様はその知らせを最後まで聞く事無く、すぐさま陛下の寝室へと向かった。それに宰相である俺、レオナルド・ハワードも続く。
「姫様、落ち着いてください! 陛下は⋯⋯」
俺の静止も聞かず、姫様は足早に王城の長い廊下を駆け、寝室の扉を勢いよく開け放った。
「お父様! 御無事ですか!」
姫様は、はあはあと息を切らしベッドに横たわる陛下に問いかける。その問いかけに陛下はキョトンとした顔で答えた。
「ああ、シャル。来てくれたのか。⋯⋯でもそんなに血相を変えてどうしたんだい?」
「え⋯⋯? だってお父様が生死を彷徨っていると⋯⋯」
俺は、姫様の勘違いにはあ、と小さくため息を吐きやれやれと首を振る。
「⋯⋯ですから姫様、落ち着いて下さいと言ったでしょう」
自身の盛大な勘違いにやっと気付いた姫様は顔を真っ赤にして俯いた。
そんな姫様を見兼ねて、陛下の側についていた妃殿下—— ソフィア・フランシス・スチュアート様がにこにこと優しく微笑みながら口を開いた。
「あらあら、シャルちゃんったら本当にチャーリー様が大好きなんだから。ね、チャーリー様、親冥利に尽きますわよね」
可愛い一人娘の勘違いに陛下も父の顔をして顔を綻ばせる。
「そんなに心配してくれて嬉しいよ。でも、ただの食当たりだから数日安静にしていれば問題ないそうだよ」
「わたくしったらなんて勘違いを⋯⋯。恥ずかしいですわ。⋯⋯でもお父様が御無事で良かった」
姫様は赤くなった頬を押さえながら恥ずかしそうに言った。それを見て、妃殿下は少し厳しい顔をして陛下に注意をする。
「でもチャーリー様。あれ程主治医に控えるように言われていたのに食べ過ぎはいけませんわよ。シャルちゃんにも心配かけたくないでしょう?」
「そうだなあ⋯⋯。これからは気をつけるよ」
妃殿下の言葉に、陛下は気まずそうに答えた。そして、話題を自分から逸らすように、姫様へと向き直る。
「そうだった。シャルにお願いしたいことがあるんだよ。」
「なんですの?」
「この後、大臣達との会議があるのだが私はこの通り、数日はベッドの上での生活になるだろう。そこで、私の代理をシャーロットにお願いしたい」
頼りにされたのが余程嬉しかったのだろう。先程までの弱々しい態度から一転、ぱぁっと明るい表情になり元気いっぱいに返事をする姫様。
「もちろんです! わたくしにお任せ下さい!」
かくして、シャーロット姫はこの後の定例会議の代理を任されることとなったのだった。
✳︎
「今回は軽い食当たりでしたが、お父様も御高齢ですし、今後何が起こるかわかりません。それに、我が国には跡継ぎは女であるわたくししかいませんし⋯⋯」
「⋯⋯そうですね。ですが、姫様は王位を継ぐお勉強もされていますし、国家経営の才能もありますので何も問題ないかと」
「でもこのままでは我が国は⋯⋯」
姫様は陛下の寝室を出てから真剣な表情で、何やらずっと考え込んでいるようだった。少しでも姫様の不安を和らげようと口を開きかけたが、丁度そこで姫様の自室へと着いてしまった。
俺はドアノブに手をかけ、扉を開く。
「それでは姫様、お時間になりましたらお迎えにあがります」
「ええ。よろしくね、レオ」
にこり、と微笑み返事をするが、どこか心ここに在らずな状態で先程よりも幾分か力のない笑顔だった。
✳︎
こうして、冒頭の姫様の台詞に繋がるのである。
軽く現実逃避し先程までの事を思い返していると、その間にも姫様は意気揚々と話を進めていく。
「それで、結婚活動するにあたって一番大切な、殿方に求める条件を考えて参りましたの!」
落ち込んでいる姫様よりも、楽しそうな姫様の方が遥かに好ましいが、いくら何でもこの提案に乗るわけにはいかない。我が国の王族は、陛下と妃殿下の意向により恋愛結婚推奨なのである。
フリーズする俺たちをよそに話はどんどん進んで行く。そして、話も佳境に入る頃、姫様はなにやら大きい巻物を取り出したのだった。
「其の一、王家に婿入りできる者であること。其の二、経済的に我が国を支援できる者であること。其の三、国民を第一に考え、愛すること! いかがかしら?」
自信満々に巻物を見せる姫様だが、何故これが賛同を得ると思ったのだろうか。
「姫様、いくらなんでもこれはめちゃくちゃ過ぎます⋯⋯。それに、ご結婚はまだお早いかと」
俺の言葉に姫様は少しむっとして反論する。
「そんなことありませんわ! わたくしのお友達には婚約者がいる方もいらっしゃいますし、結婚されてる方だっています!」
「シャーロット様。よそはよそ、うちはうち、でございます」
「レオナルド、何故解ってくださらないの? わたくしは国の今後を思って⋯⋯」
姫様の一度決めたら曲げない精神は美点とも言えるが、悪く言えば頑固者だ。いつもなんだかんだ言いながら姫様のフォローにまわることが多いが、今回ばかりは味方するわけにはいかない。それに、そろそろ固まったまま動かない大臣達を正気に戻さねばならない。俺はごほん、と一つ咳払いをし問いかけた。
「皆さんは先程のシャーロット殿下のお言葉をどう思われますか?」
姫様には悪いが、今回の提案は却下されるだろう。俺は、勝利の確信を持って定例会議の出席メンバーに問いかけた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
?⋯⋯反応が無い。
聞こえていないのかと、大臣達の方を見ると何故か泣いていた。
「は!?」
驚きのあまりつい素に戻ってしまい、慌てて口を押さえる。⋯⋯危ない危ない。
きっと、泣くほど姫様の無茶苦茶な提案に反対なのだろう。
そして、長い長い沈黙の後、財務大臣である豊かな口髭がチャームポイントの一見気難しそうな初老の男——ジェイコブ・ファーマーが口を開いた。
「姫様⋯⋯爺は感動いたしました。あの小さかったシャーロット様がこんなにもご立派になられて⋯⋯」
「そうですなあ。姫様のお気持ちはとても嬉しいです。私も妻とは知人の紹介で出会いましたが、今では相思相愛ですし、姫様にもきっと運命の相手が見つかる筈ですよ」
その言葉に賛同するのは、内務大臣であり恰幅の良い優しげな面持ちの中年の男——ピーター・ウォードだった。
そして、3人の大臣のうち最年少で、外務大臣である優男風の気弱な男——ジョージ・ケリーはというと⋯⋯なんと号泣していた。
顔を拭っているハンカチは涙でびちょびちょに濡れ、時々嗚咽も聞こえて来る。
「⋯⋯⋯⋯」
俺は、いい歳(といっても俺と同い年だが)の男が人目も憚らず泣きじゃくる様子に圧倒され言葉が出なかった。我が国を背負う三大臣の1人である彼がこんなので良いのだろうか。それに、
——泣きたいのは俺の方なんだよ!
しかし、俺は大人なので心の中で涙を流すだけに留めておいたのだった。
改めて議場を見渡すと、姫と2人の大臣は少女のようにキャッキャと話に花を咲かせていた。浮かれる年長者2人と子どものように泣きじゃくる外務大臣とのカオスな空間に夢であれ、と俺は強く願ったのだった。
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