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執着男、お断り。①
しおりを挟む「お父様は国のことは考えなくていいとおっしゃったけど、やはり次期国王となる方なのだから慎重に決めなくてはならないわね⋯⋯。それにしても、わたくしと結婚するメリットは小国の次期国王になれるということだけなのだけれど、殿方は来てくださるかしら⋯⋯」
姫様は頬杖をつきながら不安そうに呟いた。
「⋯⋯姫様、お行儀がよろしくないですよ」
一国の姫らしからぬ品の無い所作に軽く注意をし、残念ながらその不安は杞憂に終わるだろうと考える。
姫様はこのグランド大陸で知らぬものはいない程の美女である。腰まで伸びたプラチナブロンドの髪に、長い睫毛に縁取られた大きなアクアマリンの瞳、それに小さな薄桃色の唇は非常に魅力的で、美しいと言う言葉はシャーロット姫の為にあると言っても過言では無い程の美しさである、らしい。
100人いれば、100人が振り返る程の整った容姿のシャーロット様は皆の憧れのようだ。⋯⋯若干、その完璧な容姿に対して中身が伴っていないような気もしなくもないが⋯⋯。とにかく、男ならば、何がなんでも姫様をものにしたいと考えるだろう。
✳︎
昼食の後、のんびりとした時間を過ごしていた俺と姫様だったが、その平穏を壊す出来事が起こった。
「ひっひめしゃま、たいへんです~~!!」
声のした方を見ると、ドアを破らんばかりの力で開け放ち、余程急いで走って来たのかはあはあと肩で息をするジョージがいた。彼は我が国の外務大臣であり、姫様の結婚活動の窓口である。そんな彼が慌てて姫様の元に来たということは、ついに⋯⋯。
息を飲み、俺は覚悟を決めてジョージの言葉を待った。
「たたたたいへんなんです! ひめさまぁ!」
しかし、あわあわと焦るジョージの話は一向に進まず、痺れを切らした俺は、彼に深呼吸を促す。
「すー⋯⋯、はー⋯⋯すー、はー⋯⋯⋯⋯」
息を整えた事で少し落ち着いたのか、ジョージは先程よりも幾分か冷静に話し出した。
「姫様の結婚活動についてですが、是非にと、予想を超える大勢の男性から申し出がありました。そして⋯⋯な、なななんと! その中のお一人はもう国境にいるそうです⋯⋯」
「はあ!?」
「あら、随分と積極的な方なのね」
姫様は自分のことなのに、どこか他人事のように呑気に構えている。妃殿下にも姫様の事を任されたことだし、俺がしっかりしなくては⋯⋯。
「いくらなんでも気が早すぎるだろう。アポイントも無しに⋯⋯。一体どこのどいつなんだ? その非常識な男は」
その男の性急さに些かイライラを滲ませてジョージに問いかける。
「それが⋯⋯。グランデ王国の大貴族、ウォーカー公爵家の次期当主ヘンリー・ウォーカー侯爵様です!!」
「なんだって!?」
「⋯⋯どなた?」
「ええ! 姫様、ご存知無いのですか!? ウォーカー家と言えば、織物業で成功を収めたグランデ王国を代表する貴族です! 衣服の流行はウォーカー家が作る、とも言われているのですよ!」
姫様の反応に驚き、ジョージは早口で捲し立てる。⋯⋯それにしても流石財務大臣。国外の情報には一等詳しいようだ。
「それで、姫様! いかがなさいますか?」
ジョージは興奮気味に姫様に問いかけた。対する姫様はというと、
「そんなにすごい方なのね。でも何故わたくしを⋯⋯?どなたかと勘違いをされているのかも」
⋯⋯相変わらずの鈍感が炸裂した。姫様の天然さに呆れを通り越し尊敬すら覚える。これはもはや、才能かもしれない。
「⋯⋯姫様はグランド大陸では有名人ですからね。侯爵様の求婚も頷けるかと」
「ウォーカー公爵家⋯⋯。羨ましいです! 僕にもそれくらいの権力と財力があれば姫様と⋯⋯なーんて!」
ジョージがここぞとばかりに姫様にアピールするが、どうやら彼の言葉は姫様には届いていないようだった。乙女の様な繊細さとピュアさを持つジョージはそれに気付き、がっくりと肩を落とした。
✳︎
「いやあ、突然の訪問で申し訳ない。急な訪問にも関わらず、歓迎に感謝する。こちらは、私からシャーロット王女へのプレゼントです」
ウォーカー家の従者が運んで来たのは、応接室が埋まる程のプレゼントの数々だった。
あの後、話し合いの末大国の貴族を無下にするわけにもいかない為、我が国に招くという事で決着がついた。すぐに国境へ伝令を送り、ヘンリー・ウォーカーが我がクレイン王国へとやって来たのだった。
「我が家自慢のシルクであつらえたドレスや貴重な宝石をお持ちしました。シャーロット王女のお気に召す物が有れば良いのですが」
彼はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべ、姫様を見つめる。ヘンリー・ウォーカーはウェーブのかかった肩までの金の髪に、翠の切長の瞳の毅然とした態度の自信に満ち溢れた青年であった。
「ウォーカー様、たくさんのプレゼントをありがとうございます。ですが、大変申し訳ないのですがこんなにいただくことは出来ませんわ」
女性なら手放しで喜ぶ筈のプレゼントの数々に、姫様の反応が予想外だったのだろう。ヘンリー・ウォーカーは少し驚いた表情を見せた後、わざとらしく悲しそうな素振りをしながら口を開いた。
「そうですか。私からのプレゼントはシャーロット王女のお気に召さなかったのですね。⋯⋯残念です」
「! 決してそのような事はございません。お気持ちはとても嬉しいですわ」
「⋯⋯それは良かった」
一瞬、姫様を見つめる彼の瞳の奥になにやら冷たいものを感じ、姫様を庇うように前に立つ。
「ヘンリー・ウォーカー様。ご挨拶が遅れました。私はクレイン王国の宰相を務めております、レオナルド・ハワードと申します。我が国への滞在中、何かご不便などございましたら何なりとお申し付けください」
彼は、俺の横槍に一瞬狼狽える様子を見せたがすぐに笑顔へと戻る。ヘンリー・ウォーカー侯爵様御一行を応接室へと通してからというもの、彼は一直線に姫様を見つめ他の人間は目に入っていない様子であった。しかし、俺の乱入によってようやく俺の存在を認識したようだ。
「ああ。ご丁寧にどうもありがとう」
「⋯⋯立ち話も何ですし、どうぞおかけください」
✳︎
「⋯⋯それで、何故わたくしとの結婚を考えてくださっているのですか?」
早速、本題に入るせっかちな姫様。
「まさかいきなりその話題から来るとは思いませんでした。⋯⋯その話の前に、私はもっとシャーロット王女と色々なお話がしたいのですが」
「失礼しました。どうしても気になってしまって」
「お気になさらないでください。⋯⋯でも、何故かといえば、私があなたに一目惚れをしたからです。その宝石の様な大きな瞳に、絹の様に美しいブロンドの髪。貴女の見目麗しい外見に惹かれはしましたが、これからじっくりとシャーロット王女の事を知っていきたいと思っております」
にこり、と女性を虜にしてしまう様な甘い笑顔を見せるヘンリー・ウォーカー。殆どの女性ならばイチコロだろう。しかし、うちの姫様は一筋縄ではいかない。
「そうですね。暫く我が国に滞在していただくことになりましたし、わたくしもこれからたくさんウォーカー様の事を知れたらと思っております。もしかしたら、婚約者になる方かも知れませんし」
世の女性が憧れる美男子からの熱烈なアプローチに、姫様は狼狽える事無く淡々と答える。流石に彼の心も折れ、諦めるかと思ったが俺の予想とは裏腹にヘンリー・ウォーカーは更に距離を詰めて来た。
「よかった。ではウォーカー様では無く、親しみを込めてファーストネームのヘンリー、と呼んでいただけませんか?お互いをもっと知る為にも、ね?」
「わかりましたわ。ヘンリー様」
あろうことか彼は姫様の手を握り、さらに距離を詰めた。その様子に俺は考えるよりも先に身体が動き、彼の手を姫様から引き剥がす。
「レオナルド⋯⋯?」
「⋯⋯顔合わせも済んだ事ですし、本日はこのくらいにしましょう。続きはまた後日ということで」
姫様を挟んで、俺とヘンリー・ウォーカーの間にバチバチと火花が散る。彼は一刻も早く、邪魔な俺を追い出して姫様と2人きりになりたいに違いない。しかし、彼にどう思われようが構わない。いきなり姫様に触れるだなんて許される筈がないのだ。
しかし、口説き文句や距離の詰め方といい、女性の扱い方を熟知しているこの男は全く油断ならない。姫様が彼の毒牙にかからないように俺が護らなければ。——それに、出会ってすぐに許可も無く姫様をファーストネームで呼ぶとはどういう了見だ!
姫様の結婚活動に未だ抵抗を覚える俺は、貼り付けた笑顔の裏側でどうやって奴を追放してやろうかと考えを巡らせるのだった。
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